第30話 陽キャグループの攻撃

 翌日。


 舞依のトークルームで盛り上がった会話をした次の日。俺は気分よく目覚められた。朝食を食べて制服に着替え、いつも通りに家をでる。


 国道沿いを進みながら、中央公園脇のスロープを丘上の校舎に向かって上る。


 思い返すと、俺も舞依と出会って変わったと思う。日奈と仲良くなり、ユリカと敵なんだか味方なんだかわからないなんだかなーの関係になった。


 交流のあった鮎美たちに対して外見だけのトモダチキャラを演じてきた俺だったのだが、舞依たちとかかわっている間に、本当に舞依たちが「友達」だと思えてきている俺がいる。あいつら……もう『トモダチ』じゃなくて『友達』だよな、と思っている俺がいるのを否定できない。


 過去に苦い思いを味わった。傷つけ合った棘を心の中に抱えこんで過ごしてきた。人と接するのが嫌で、距離を置いていた俺。舞依に頼まれて舞依のリア充大作戦を手伝っているうちに、俺がその舞依たちとの心の交流を心地よいと再び感じてしまっているのを否めない。


 苦しかった『まどか』との関係に震えながら、でも、また舞依や日奈と『友達』付き合いをしてみたいと願っている俺を否定できない。


 正直、怖い。昔の失敗が、過去を後悔する思いが、俺の足を泥沼の中に留めようとする。だが同時に、ここからもう抜け出したいという強い希望もあるのが今の俺なのだ。


 舞依たちの顔が無性に恋しくなった。あいつらの顔を見たいと思う。舞依や日奈と挨拶を交わし、ユリカと角突き合わせて攻撃防御を楽しみたい。


 そんなことを考えながら、丘上の学園に向かう足が自然と早くなる朝の登校路なのであった。





 クラスに着くと、先に来ていた舞依と日奈がお喋りしていた。二人となんでもない挨拶を交わす。砂だらけの心に清水が流れ込んでくるような満たされる想いがあった。そして会話に突入する。


 チャイムが鳴って授業が始まり、四時間目が終わるとユリカがやってきて、皆でわいわいと仲良くカフェテリアに向かう。


 厚生棟の二階のファミリーレストラン程の室内は結構込み合っていたが、その奥のテーブルに五人で陣取ることに成功した。


 この場所は、舞依のリア充大作戦が始まったころからの定位置で、学園内でも俺たち専用の場所として認知されているテーブルだった。


 そして各々、和洋中の好きな料理の代金を払ってテーブルに戻ってくる。


 五人でそろって『いただきます』をしようと思ったところで――


「ヒナっち、もう完全にそっち側になったんだ」


 背後からトゲのある声が聞こえてその方向を見やる。北条鮎美とそのグループの陽キャ女子三人が、日奈と俺たちに視線を向けていた。


 友好的な感じではない。いや、逆に俺たちを敵として見ているような鮎美グループ。俺たちにも勢い、緊張が走る。


「ヒナっち、最近陰キャと仲いいよね?」

「……え?」


 日奈の粗相を指摘するという陽キャの声音に、日奈が戸惑いを見せた。


「前はアユっちたちと一緒に食べてたのに、何も言わないでいなくなったよね?」

「なんなのよアンタたち!」


 ユリカが荒げたセリフを言いかけた時、日奈がそれを制して陽キャ女子に言い訳をする。


「いやそれはそうなんだけど……アユっちと食べるのが決まりってわけじゃなかったし……」


 気付くと、陽キャグループの男女は七人にまで増えている。周囲の注目も浴び始める。なんだなんだ……? という感じなのだが、あえて介入してくる生徒はいない。


 それはそうだろう。何せ今現在で陽キャグループの男女が七人だ。カースト上位のイケメンだろうが、人数的な力学関係から介入できるレベルではない。


 俺は、この鮎美たちの目的を悟る。日奈を沈めることと、加えて日奈と一緒にいる舞依たちをカースト下位に落とすことだ。


 日奈も、薄々陽キャグループの目的に気づいているのか、歯切れが悪い。自分の意志で舞依たちと仲間になって交流を深めてきたのだが、陽キャグループ総出で責められると分が悪い。日奈と言えど、簡単には対抗し得ない数でもある。


 加えて、日奈が、一緒にいる舞依たちの立場をおもんばかってくれていることもあるだろう。


 女子たちは日奈に、「最近、陰キャと仲いいよね?」と攻撃を仕掛けてきた。舞依もユリカも、「陰キャ」扱いだ。彼女たちが「陰キャ」と言っているのだから舞依たちにもケンカを吹っ掛ける気満々なのだろう。その、陽キャたちが敵認定している舞依たちの事を考慮して、彼女等にうかつに敵対的な言葉を発するのをためらわせているのに十分な鮎美たちの圧力であった。


 こうなる、このような場面があるのではないのだろうかとは、薄々想像はしていた。俺も「仮面リア充」だ。彼女たちとの付き合いはある。正確にはあった。だから、彼女たちが学園で目立つ舞依やユリカを良く思っていないことは百も承知で、自分たちのグループより舞依やユリカと交流を始めた日奈をいつまでも放っておく女子グループじゃないのは、よく理解していたのだ。


 俺は、鮎美たちに見られないように事前に打ち合わせをしていた男子女子にスマホでメッセージを送る。カフェテリアに来てくれと。具体的に言うと、チャラ男のタクヤやサエコ、俺に気のあったマコら六人。鮎美が日奈や舞依に牙をむいた時に俺たちの味方をして、陽キャグループの総意で日奈たちを排除するという事にならない様に流れを傾ける為だ。


 メッセを送り終わると同時に女子のセリフが耳に届く。


「せっかくヒナっちをグループに誘って、今までウマくいってたのにマズくない、それ?」


 じろりと、その生徒が日奈を見やる。周囲の陽キャ生徒たちも、日奈を責める目線を注いでくる。


「…………」


 日奈は押し黙った。うつむいて、居場所がなさそうな顔をしている。


 場面の雰囲気は一変していた。さらに陽キャグループが増えていて、十人近くに囲まれ……カフェテリアの雰囲気は重く不穏な空気に満ちていた。


「ご、ごめんなさい……」


 日奈が申し訳なさそうに口にした。


「私、自分の事しか考えてなかったかも……しれない」


 言ってはいるものの、口惜しいという感情がその噛みしめている唇から感じられる。


「謝れば済むってもんでもないよね?」


 陽キャグループからの攻撃の手は止まらない。


「私たちみんな、ヤな思いしたんだよ?」

「ヒナっちのこと、心配したのに、裏切られたんだよ?」

「ヒナっち、さすがにワガママだよね」


 日奈がさらに縮こまる。身を丸めて、肩を震わせて、何とか耐えているという様子だ。


 この場面で、日奈に制されて陽キャ連中の様子を見ていたユリカが、流石に我慢がならないという調子で声を上げた。


「いい加減にしなさいよ、アンタたち。日奈、何も悪くないじゃない。インネンつけて日奈をどうしようっていうのよ!」


 ユリカは燃えるような敵意の目を陽キャに向けている。


「ユリカさん。俺、ユリカさんにフラれて引きこもろうってくらい傷ついたんですよ」


 男子生徒の一人がぽつりとつぶやいた。


 え? っとユリカの顔に戸惑いが生まれる。


「ユリカさんはそれなのになんともなくて、ここで楽しくナカマとお昼食べてるんですね」

「そ……それは……」


 ユリカが何と言ってよいのかわからないという様子で口ごもる。


「日奈もユリカも他人の事なんてどうでもいいのよ」


 女子生徒のセリフに、ユリカが唇を噛んだ。


 一般生徒なら陽キャ連中に顔を向けてもいられないだろうと思う。数を有する陽キャグループの圧力がそれだけ強いという証拠でもある。日奈の顔が苦しみに歪んでいる。


 そろそろ俺が呼んだタクヤたちが到着する頃合いだった。事前の計画通り。しかし、「ヘラヘラリア充」で「面倒ごとは避ける系」だった俺なのだが、友達の日奈が苦しめられているのを見て、友達のユリカが責められているのを見て、今までになかった感情が沸き起こってきているのを感じていた。


 怒り。


 気付くと立ち上がって鮎美たちに燃えた瞳を向けていた。


「お前らいい加減に……」


 言いかけたところで、同時に張り上げられた声に俺のセリフがかき消される。


「いい加減に、しなさい!!」


 舞依の張り上げた大声だった。

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