第26話 舞依覚醒①

 廊下を四人で進んでいると、ふと女子生徒三人が言い争っている場面に出くわした。


 いや、言い争っているというのは正確ではないだろう。二人が一人に絡んで責め立てているというのが正しい表現なのだろう。


 絡んでいるのはギャル二人。垢抜けた外観の、どこにでもいそうな陽キャ女性徒。リボンが青なので俺と同じ二年生。名前は知らないが見覚えがある顔だ。


 対して絡まれているのは、赤リボンの一年生。


 ギャルの声が響く。


「ぶつかってきて誠意が足りないよな? ソンガイ?……バイショウだよな?」


 気弱そうな一年生が謝る。


「すみ……ません。不注意……でした。申し訳……ありません」


 小さな声でドギマギしている様子。丁寧なお辞儀で謝罪する。困っているのだが、どう対応してよいのかと惑っているのがありありとわかる。


「アヤマってすめばケーサツいらないよな?」

「すい……ません。曲がり角で飛び出しがあるって思うべき……でした」

「あっ?」

「…………?」

「それって、ウチラが悪いってことかよ?」

「いえ。そういうつもりじゃなくて……」

「言ってるよな? 飛び出してきたウチラが悪いって」

「そういうつもりじゃ……」

「廊下歩いてるんだから、曲がり角とか注意して当然だよな」

「ウチラは注意しないけどな」


 ギャル二人が一年生を馬鹿にした様子でけらけら笑う。


「これ……どう落とし前つけてくれるんだ?」

「どうって……」


 困惑を深めた一年生に、もう一人が顔を近づけて圧迫する。


「ドゲザ……だよな? トウゼン」

「え?」

「そうだな。ドゲザだな、トウゼン」


 ギャル二人の要求に、女生徒の顔が強張る。


 状況は分かった。不注意でぶつかった相手に、陽キャギャル二人が因縁をつけて楽しんでいるという構図だろう。陽キャというのも困った人種だ。中にはこういう輩もいたりする。


 以前なら、『仮面リア充』で他人に介入しない俺は他人事だとばかりにスルーしていたのだが、後輩生徒の困っている顔に感情を引かれる。舞依たちと付き合うようになった影響かもしれない。この一年生を見捨てておけないと思ってしまう。


 ――と、ユリカがギャルに対して声を出した。


「ちょっとあんたたち!」


 ユリカが怖い顔をして、後輩に攻撃を仕掛けて楽しんでいるギャル二人に対峙する。そのユリカを制して……なんと舞依が、覚悟を決めたという様子で前に出たのだ。


「やめ……なさい!」


 声は震えていたが、舞依のギャルたちに対する感情ははっきりと見えていた。


 舞依は、魔王に挑む一般兵士というぐらいの死すら覚悟したという顔付きで、ギャル二人に対峙する。


「無理難題を……仕掛けて、楽しむ、なんて……」


 舞依は歯を食いしばって勇気を振り絞ったという様子で言い放った。


「人として、恥ずかしいって、思わないの!」


 舞依がギャルを必死の面持ちで見据えている。両手の拳を握りしめて、肩を震わせて。でもはっきりとしっかりと目線を相手に向けて背けない。


「こいつ……」


 ギャルは当初、ユリカや舞依にとがめられた時は戸惑っている様子だったが、状況を把握すると楽しめるオモチャが飛び込んできたという「これはこれは……」という愉悦の笑みを浮かべた。


「氷姫様だよな? 最近友達つくって、一人じゃなくなったってハナシの?」

「それ……が……何か?」


 舞依がギャルの言葉を受けて立つ。


「そうかそうか。氷姫様のお出ましか? ウチら、アンタのこと前から気に入らなかったんだよねー」

「そんなことは、関係、ないわっ!」


 舞依が必死に、ギャルたちに対峙していた。脂汗を流しながら、顔をこわばらせて、でも自分の意志で自分の足で立って歩き始めている。俺はそう感じた。


「あんたたちっ!」


 ユリカが舞依を助けようとしたのを俺は腕で制した。ユリカが「何故っ!?」という顔で俺を見ている。


 俺は、舞依の自分からの行動をもう少しだけ見たいと思っていた。いざとなれば、助けに入るつもりだ。でも今は、他人とまともに会話すらできなかった舞依が、その他人を助けるために勇気を振り絞って行動に出ている。その成長に目を見張っていた。


 舞依は、日奈たちとは友達になった間柄で勝手知ったる仲だ。舞依の心にあった壁も消えて、普通の会話ができる仲になっているし、実際、舞依のセリフもよどみない。しかし、全くの見ず知らずの赤の他人となれば、舞依にとってはまだハードルが高い。それも、普通の会話ではなく『ケンカ』だ。舞依が受けている心の圧迫も、それは想像を絶するものだろう。


 しかし舞依は、目の前の害悪を受けている一年生を無下にしきれずに動いたのだ。舞依は、日奈やユリカと仲良くなるというだけではなく、世に立つ人として育ちつつあったのだ。


 陽キャギャルたちはこういう場面は手慣れたものだろう。対して舞依は初めてだ。少し相手が手ごわくはあるが、初陣の相手としてはこんなものだろう。


 舞依がこれから生きて行くにつれ、他人と接してゆくにつれ、合わなかったり衝突したりする場面は幾度となく現れる。その訓練、その訓練への切っ掛けとしては悪くないシチュエーションだと思える。


 こうして冷静に見て居られるのも、相手が学園の陽キャギャル二人だからで、これが学園外のヤンキーなどだったら俺と言えどこんなにも沈着にはしていられない。


 さて、舞依はどう出るか……。見ているうちに場面は進んでゆく。


「そうだ! 氷姫様が代わりにドゲザってどうかな?」

「いいねそれ! 氷姫様のドゲザ画像、『友動』に上げればバズるんじゃね? 氷姫知らないヤツだって、こんな女がドゲザって、そそるんじゃね?」

「制服美少女がドゲザ! いいねいいね! マジ、高評価止まらないじゃん!」

「謝るのは……あなたたち……だわ」


 舞依の表情が一層険しくなる。歯を噛みしめて耐えているのがわかる。


「ドッゲザッ! ドッゲザッ!」


 ギャル二人が手拍子で舞依に要求してきた。


 周囲にも「なんだなんだ?」と人が集まり始め、それがさらに舞依のプレッシャーになってゆく。


「ドッゲザッ! ドッゲザッ! ドッゲザッ! ドッゲザッ!」


 ギャルは攻撃の手を緩めない。二人に責められて、舞依は必死の形相で対峙を続けている。


「その人に……あ、謝りなさいっ!!」


 舞依が最後の力を振り絞ったという声で叫んだ。舞依は顔を苦しみに歪めて、陥落寸前に見えた。


 ここまでか? 俺は思って、さてと助け舟を出そうと口を開きかける。その機先を制する形で、今まで黙って見ていた仲間が口を開いた。日奈だった。

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