第22話 優斗の過去②
翌日の朝。クラスでまどかと会って「おはよう」といつも通りの挨拶を交わして、お喋りをした。まどかには昨日すれ違った余韻は残っていない様子で、安堵した。普通にお昼を一緒に食べて放課後になったが、その間、まどかの留学の話は互いに話題にしなかった。
二人とも意識して避けていることは理解していた。話題にして、またすれ違いのケンカ別れになるのは本位じゃない。多分まどかもそうなんだろうと思う。
俺とまどかの間に打ち付けられた小さな楔の様なものだと思った。この時は、それがダムの決壊の一穴になるとは想像もしていなかった。やがてその違和感は溶けて消えて、またいつも通りのまどかとの楽しい日常に戻ると信じて疑わなかった。いや、疑うという概念すらなかった。
まどかが夕方家に来て、二人で『友達同盟』の最中チェックを行う。来週からベータ版がスマホ上で施行される。でもまどかに、以前まではあった俺と一緒に作業をするという興奮は感じられなかった。淡々と。ただ淡々と二人でチェックを進めて。「じゃあまた」とまどかが言い残して家を去っていった。
格別な不和感があったわけではなかったが、なにかしっくりこなかった。
まどかと一緒に過ごす楽しさに変わりはない。しかし、二人の間に少しのズレというか違和感を感じる。以前の様にまどかと重なり合っているとまでは感じられない。
それが……妙な後味の悪さとなって口内に残っている。
まどかと二人で飲んでいたアイスティを飲み干したが、口の中の苦さは消え去らなかった。
『友達同盟』のベータ版が試用者に開放されて、実験が始まった。同時に、広告代理店による宣伝も開始される。
それに伴ってまどかは学校を休んでいる。忙煩なのは想像に難くない。俺の家にも遊びに来れない状況になった。
スマホに、「ごめん。マジ忙しい」とだけ短いメッセージが入っていた。まどかを煩わせるのも悪いので「あまり無理するなよ」とだけ返信を返しておいた。
一週間が過ぎた。
『友達同盟』のテストは順調らしい。でも、そのまどかは学校にも俺の家にも姿を見せない。『友達同盟』のベータ版のアカウントを通じて、まどかにメッセージを送った。「ごめん、今日ちょっと寝てなくて」と、まどかから返信が返ってきた。
それから。
まどかと会えない日々が続き、メッセージのやり取りも減っていった。意図したわけではない。ただ、忙しくてろくに寝ていないだろうまどかの事を煩わしたくなくて。まどかからの返信も途切れ途切れになって。
いつも間にか、ぎこちなくなってしまっている互いの心を感じる。
昔、俺の部屋で揶揄い合って馬鹿話をして笑い合った時の事を思い出して……気持ちがぐちゃぐちゃになる。
苦しい。
辛い。
俺は離れてゆくまどかの手を掴もうとして、必死に腕を伸ばす。
そしてそんな毎日に耐えられず、俺は意を決してまどかの会社に乗り込んだ。
「まって。シャワー浴びてくるから」と言ってから、身支度を整えたまどかが前の通りの綺麗な見姿で俺を迎えてくれた。
俺がまどかに、圧迫されていた心を切り出した。
「俺たち、今は上手くいってないけど……俺はまどかを嫌いになったわけじゃないんだ!」
その俺の語りかけに、まどかが俺をまっすぐな瞳で見つめ返してきた。まどかがその唇を開いて言葉を紡ぎだす。
「……私も、優斗の事はずっと好きだよ」
「ならっ! 俺たち、こんな風になる必要ないって! 俺たち、今はすれ違いっぽい関係だけど、きっと前みたいに楽しくしゃべって会話して! 仲良く毎日過ごせるようになるって!」
まどかがその瞳をさらに真剣なものへと変えた。俺の心の奥を見通すように見つめてくる。
「ならっ……。なんで私にどこにも行くなって言ってくれないの? ずっと俺と一緒にいろって。留学なんかやめてしまえって!」
「そんなことっ!!」
俺は考える前に反応してしまっていた。
「まどかの大好きな事、やめろなんて言えるわけないだろっ! まどかは大好きな事、続けるべきだって思う!」
俺の言葉に、まどかの顔が歪んだ。
「私だって、アメリカで計算機やりたいよ。でも、それと今優斗と一緒に過ごすことは同時に選べないの。だったら俺を選べってなんで言ってくれないのっ!」
「そんなことっ!」
売り言葉に買い言葉ではないが、俺たちの会話は平行線だった。
「優斗がやめろって言えば、すぐにやめられるのに……。優斗が俺を選べって言えば、すぐに選ぶのに……。なんで言ってくれないの……」
まどかが唇を噛みしめる。その瞳には雫が溜まっていた。
「つらいよ……」
まどかがまなこをきつく閉じた。つうっと、頬を涙が伝わった。
「苦しいよ……。優斗とこうして会話してるのが……」
「俺も……苦しい……」
まどかの濡れた顔を見ながら、俺も唇を噛みしめて拳を握りしめる。
「なんで……こんなになっちゃったのかな……」
「なんで……こんなになったのかな……」
まどかが壊れそうなガラスの微笑みを浮かべ、俺もそのまどかに笑いかける。
俺も泣いていた。
きつく目をつむると頬を涙が流れ落ちるのが自分でもわかった。
「哀しいね……」
「ああっ。哀しい……な……」
二人して震えながら……
ただただずっと涙を流し続ける……
◇◇◇◇◇◇
気づくと、俺は風呂につかっていて、湯はだいぶ冷めていた。
頬が濡れていて、泣いていたのだと理解した。
あの後。まどかとの関係が自然消滅した後、そのまどかは留学したと風の便りに聞いていた。
俺とまどかで作った『友達同盟』。まどかはアメリカにわたってもサービスを続けた。そして育って、大きくなって、中高生にはなくてはならないツールにまでなってしまった。
まどかは、まだ友達同盟を管理し続けているのか……
心の中でひとりごちると同時に、口内に苦い味が広がった。
俺はもう友達同盟から去りたい。全部なかったことにしたいという思いが強くある。そう思っているつもりなのだが。
「まだ、引きずっているのか……」
今度は口に出してしまっていた。
まどかとの繋がりの残滓である友達同盟を捨てきれない自分がいる。認めざるを得ない。
そして俺は高校に上がった際に、過去の自分を忘れ去ろうとして『仮面リア充』としてデビューした。明るくイケてる様に振舞って、表面上の人間関係の中に過去を埋没させようとした。
でも、多分、俺は成功していない。自分の心の中で『まどかとの辛い過去』のこと、自分が『仮面リア充』になったことを整理しきれていないと実感させられる。
捨て去れないのかもなと、胸中でひとりごちた。
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