第18話 会話練習その3 舞依と優斗の場合

 で。俺と舞依の会話訓練――もはや会話劇と言っていいだろう――の番になった。観客の日奈がやんややんやと喝さいを飛ばし、対してユリカはまだ舞依を騙し切れなかったことを引きずっている様子。


 あと、そのユリカが面白くなさそうな顔をしているのは、俺と舞依が会話するのがジェラシー的に気に入らないということもあるのだろう。


「じゃ、じゃあ、始めるわ」

「もっとリラックスしろ。肩の力抜いて。これからボクシングするみたいなポーズ、やめろ」

「わ、わかったわ」


 舞依が構えていた腕を下ろす。


「で」

「で? なんだ?」

「設定に希望があるのだけど……」

「希望? まあ、何でもいいが」


 舞依が言うのを少しためらっているという態度を見せた後、意を決したという調子でのたまわってきた。


「……彼女と……彼氏風がいいわ。男子に告白された場面を想定して、私がオッケーするの」

「うーん。確かに舞依は告白場面で上手く応対できないからな。わりといい設定かもしれない」


 俺は舞依に同意した。


「じゃ、じゃあ、いくわよ。ってゆーか、そっちから来て」

「そうだな。じゃあ……」


 俺は舞依に向き直り、まじめな顔を作って告白する。


「舞依さん! ずっと前から舞依さんを見てました! 俺と付き合ってください!」

「うひょっ!」


 舞依が素っ頓狂な声を出した。


「わた、わたしのこと見てたなんて、そ、そんなこというの、ずる、ずるいわ……。だって、ネットでやり取りしてたときは普通に……」

「なんで俺相手にきょどるんだ? あと、ネット、関係ないから。リアルの告白場面だから」

「そ、そうね。じゃあ、気を取り直して、いってみる」

「気楽にな」


 その俺の言葉を聞いているのか聞いていないのか、舞依はもじもじとした様子で俺に告げた。


「お帰りなさい」

「え? なんだそれ?」

「ごはん、お風呂、それとも……ぽっ」


 頬を染めて、嬉し恥ずかしという面持ちをしている。


「なんでそうなるんだーーーーーーっ!」


 俺は思わずも突っ込まざるを得なかった。


「それ、カレカノの会話じゃないからっ! 新婚さんだからっ!」

「え? 新婚さん? でもラノベとかアニメだと……。彼氏と彼女ってこういうのじゃ……」


 慌ててスマホを取り出して、ぎこちない手つきで調べる仕草を見せる。そののち、


「かああっ」


 焼きたてリンゴの様に顔を染めて、手で面を覆った。


「だろ?」

「うん。でも……」

「でもなんだ?」

「彼氏彼女の先の、未来的にはこういうのもアリかなって……」

「さっきのユリカとの会話練習で、エロ否定してたばかりだろ?」

「これはエロじゃないから! 男女の本質的なお付き合いの有り方訓練だから!」


 舞依の返答に、うーんと俺は胸中でうめく。ユリカの様なあからさまなエロは否定するが、舞依とて思春期の女の子。心とカラダの欲求的なものは、自覚しようが自覚しまいが押しつぶすことはできないようだ。


 まあそうだよな、とひとりごちる。嫁は欲しくない舞依なのだが、婿は究極的には欲しくてたまらないと本人も言っていた。他人とまともに話せない舞依が旦那さんとか……。まあ、十年先の未来の事はわからないことはわからないとは思うが……


 その俺の思考を舞依が打ち破る。


「で?」


 舞依が、顔を覆っている手をずらして、その目で俺に要求してきた。


「でってなんだ?」

「返事」

「だから返事って……?」

「ごはん、お風呂、それとも……ぽっ」


 嬉しくて恥ずかしくて。でも答えをものすごく期待しているという顔で、ドキドキとした表情で俺を見つめてくる。


「続け……るんだ?」

「だって、ここまでやったら、最後まで『会話』したいじゃない!? 一人の女性として」


 いやもう『会話』じゃないだろこれ。


「返事」


 舞依が俺に圧力をかけてきた。舞依に隠れたリビドーがあるとしてもそんなに楽しいのか、これ? とは思ったが、舞依の訓練になっていないこともないと思い直して返答する。


「じゃあ、ごはん」

「違うっ!」


 秒で返してきた。


「お風呂」

「それも違う」


 これも瞬時のお答え。


 流石に俺も付き合いきれなくなった。


「ナニを要求してるんだっ! つーか、俺になんて答ろつーんだっ?」

「……答えは……ぽっ」

「………………」


 俺はジト目で舞依を見やる。こいつ、俺を舞依に奉仕するホストかなんかだと勘違いしているんじゃなかろうか? これはもう、代金を要求してよいレベルだよな? と胸中で毒づく。


 と、舞依が逆切れしたという様子でむきになって向かってきた。


「私だって恥ずかしいのよっ! こういうエッチい会話なんてしたことないから! ここまで私にさせておいて、私を満足させる答えを出せなかったら……」


 エッチい会話がしたいという自分の欲求を正直に告げるお答えが素晴らしいと思った。そして目が座っていて怖い。だから、ここは素直に舞依の要求に応えることにした。


「……お前」

「そんな……ぽっ」


 舞依様は要求していた返答を得られてご満足の様子。両手を頬にあて、もじもじくねくねとのたうつ挙動。


「………………」

「なによっ! 私の会話訓練に付き合ってくれるって言ったじゃない! 約束はちゃんと守りなさいよ! 男でしょ!」

「いや、男とか女とか、関係ないんだが。これ……会話訓練……なのか?」


 俺の質問に、むぅと舞依が膨れっ面で反応を示す。さらに「よかったよ。楽しい劇だった」と日奈が手をたたいてくれる。ユリカは自分のエロい要求を棚に上げて「不潔です! ストレスマッハですっ!」と不満をこぼした……俺と舞依の会話訓練? なのであった。

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