第17話 会話練習その2 舞依とユリカの場合

「舞依さん! 愛してます! 一目ぼれでした!」


 いきなりの飛ばした告白に、俺は含んでいた紅茶を噴き出してしまった。いや、含んではいないけど。


「きっかけは四月の入学式。花びら舞う桜の木の下にたたずんでいる舞依さんを見て、こんな綺麗な人がいるなんてってドキってしました。見てるだけで鼓動が早くなって、でも見るのはやめられなくて!」


 おいこれ、舞依の会話訓練だぞっ! という俺の突っ込みを気にする様子もなくユリカは熱にうなされた様子で続ける。


「私が見つめていると、それに気づいた舞依さんは顔をそらしてすうっと去っていって。その冷えた冷たい態度に、心奪われました!」


 ユリカに対してもこれから向かっていこうという様子だった舞依がドン引きしている。


「思えば、男子にも女子にもちやほやされ続けた人生でした」

「そうなんだ……」


 日奈が、一人で突っ走っているユリカに対してもう何を言っても……というあきらめた表情でぽつりと感想だけを告げ、ユリカがその後にさらに続ける。


「ユリカ、自分で言うのもなんですけど、小さいころから家事からバイオリンにピアノ、語学に乗馬、合気道等の英才教育を施された深層の令嬢で。加えてこんな容姿だから男子がいっぱい寄ってきて。さらに頼みもしないのにハーフが珍しい女子と、ユリカの周囲の男子目当ての女の子もいっぱい寄ってきて。客寄せパンダみたいな小学校中学校でした」

「いやそれはそれで……私が憧れる場所なんだけど……」


 舞依がユリカの出方を警戒しながら、「で?」と、その先を促す。


「でも舞依さんは、私の外見に興味の欠片すら持ってくれませんでした、いい意味で。それは私の外見ではなくて中身を見てくれたことだってユリカは思いました!」

「まあ、そうね。外見だけじゃなくて中身にも興味はなかったのだけど」

「ユリカが告白してフラれた時、この人がユリカの運命の人だって、確信しました! ユリカは今まで告白されること百回以上。波風立てないように相手を気づかって少しの会話だけOKすること十回以上。でも誰もユリカの内面なんて見てくれなくて。もう他人なんてどうでもいいか……って思ってたんです! でもっ!」

「でも……?」


 舞依が引きながらもユリカの独白の続きは怖いもの見たさで聞きたいという対応。


「舞依さんにはそんなユリカのうわっぺらだけの取り繕いなんて少しも通用しませんでした! 目から鱗が落ちる経験と衝撃でした! 今までユリカは何をやってたんだろうって、心から思いました。だから言われるままにこなしていたお稽古事とか全部やめました。令嬢のフリもかなぐり捨てました。そしたら周りから女子たちはいなくなりましたが、それでオッケーです。ユリカは舞依さんに出会ったことで自分の足で歩き始めることができたんです!」

「…………」


 舞依はユリカの独白を黙って受け止めているという様子を見せていた。


「だから舞依さん! 愛してます!」

「それは……むぅ。わかった……わ」


 舞依は渋々ながらユリカの気持ちを理解したという返答を返した。


「わかってくれましたか! なら心もカラダも結ばれてもっと分かり合いましょう! とりあえずキスから! いっしょにいちゃいちゃちゅっちゅしましょう! 私の気持ち、受け取ってください!」

「だから! どうしてそうなるのっ! エロい思考が駄々洩れでいい話が台無しじゃない! ユリカを真っ当な道から外してしまったことに罪悪感を覚えるわ」

「ユリカは正常です! 人間は本質的にエロい生物なんです! だからユリカが舞依さんを求めるのも全然おかしくありません! 舞依さんも心の奥底のリビドーに素直になればわかります!」

「リビドーないから。私は、エロい気持ちとか一切ないから」

「それはさすがに……思春期の女の子としては、無理があるかな?」

「まあ、人間、本来の姿はユリカの言う通りエロいのかもな……」


 日奈と俺がユリカに肩入れした。ユリカの独白に威力があったという理由もあるかもしれない。


「つっ!」


 舞依が渋い顔をした。


「じゃ、じゃあ……私には強い理性があるから! 心の奥底のリビドーには流されないから!」

「無理です! 人間、理性では本能に勝てません。三大欲求といわれているのは信実だからなのです。クラスのリア充たちを思い浮かべてください。みんな楽しそうに会話してますよね。アレはみんな、自分のリビドーに素直に行動しているからなんです」

「え? マジ?」

「マジです」

「そ、そうなの? リア充って……みんな、そんな……なの……?」

「そうです!」

「じゃあ、私にどうしろって言うのよっ!」

「ユリカと……ぽっ」


 ユリカが頬を染めて、嬉し恥ずかしという様子で手を当てた。


「まあ、その程度でいいんじゃないか? 舞依の訓練にもなったと思うし、ユリカの事も少しだけわかったし」


 ここいら当たりで止めておかないと、ユリカの理論攻撃にポンコツ具合の舞依が降伏しかねないと思って、言葉をはさむ。


「そうね。舞依さん。あまりユリカさんの言う事、真に受けないでね。欲望のままに行動するだけだと、それは人間じゃなくて獣だから」


 日奈もさすがに舞依が理屈攻めで落城させられるのはマズいと思ったらしい。


「二人とも、邪魔しないでください!」

「た、確かに……欲望のままに行動したら、獣……よね……」

「舞依さんっ!?」

「危なかったわ。私、本当に私の心の奥底にあるっぽいリビドーに従わないと、思春期のリア充っぽくないのかもって、思ってたところ」

「ああっ、もうっ! あと一歩だったのにっ! でも、舞依さんの心に楔を打ち込むのに成功したっぽいからいいとします。舞依さん、今は邪魔が入りましたが、次の機会には絶対に結ばれましょう。心とカラダ的に」

「結ばれないからっ! ユリカが私にとって危険人物だってことを再認識した所だからっ!」

「舞依さんのいけずぅーーーーーー!!」


 ユリカの悲鳴が舞依のマンションに響き渡るのであった。

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