第16話 会話練習その1 舞依と日奈の場合

 ソファ前の開いている空間に、舞依と日奈が対峙した。


「じゃ、じゃあ……私が陽キャの日奈さんに話しかけるから、日奈さんはそれっぽく対応するという設定で」

「わかった」

「意識すると緊張するわね。じゃ、じゃあ、いくわよ」

「気楽にね」


 舞依はこれから強敵に向かうという戦闘姿勢。対する日奈はリラックスした様子。


「お、おはよう、ヒナっち! 今日の、朝の、数学の、宿題やってきた!?」

「昨日『友動』で話してたら眠くなっちゃって。これから、かな」

「見せて! ヒナっち!」

「………………うーん」


 決死の覚悟で宣言したという様子の舞依に、日奈はちょっと難しい顔をしてうなった。


「ヒナっちヒナっちっていうのはいいんだけど。私の話、聞いて欲しいかな?」

「え?」

「だって、私、宿題これからだよ?」

「え? え?」

「だから、やってないから見せられないよ」


 舞依は、「あ!」という顔で気づいたという表情を浮かべる。

 日奈は少しマズったという顔をして舞依をフォローする。


「ええと、気にしなくていいから。最初はそんなものだから」

「そう……かな?」

「そう。全然OK。最初からやってみて」

「うん」


 舞依は気を取り直したという顔で再び日奈に向かう。


「少し気負いすぎ。それじゃあ決闘に向かう武士だよ。私たち、友達だから」

「わかったわ」


 舞依は少し身体の力を抜いてリラックスの気配を見せる。


「ヒナっち! 艦こらのイベント、クリアした!? 私は難しくて、丁海域が精一杯……なんだ……けど……」


 日奈の顔がだんだんと残念な人を見る表情になるのに合わせて、舞依のセリフが徐々に小さくなってゆく。


「うーん」


 日奈は再びうめいた。


「JKは艦こらとか、やらないかな? 駅前に出来たスターパックスの限定スイーツとか……の話題がいいかも」

「………………」


 舞依がしょぼーんと落ち込む。慌てて日奈が再度フォローした。


「いや、艦こらが悪いってわけじゃないの。ただ、陽キャってゆーか、活発な娘はゲームとかはあまりやらないというだけなの」


 舞依が受験の本命に落ちたという顔をして落ち込んでいた。


「いや、趣味は人それぞれだからぜんぜんいいと思うんだけど、世間でいうリア充的な娘はおしゃれとか流行とかアイドルの話が多いかなって……」

「会話の内容は問題じゃないと思う」


 俺が割って入った。


「日奈の言うとおり、そんなの人それぞれだし、陽キャの『おしゃれ系会話』に無理やり合わせることもないというのが俺の判断だ。あいつら、適当に周囲に合わせて自分の立ち位置を確保して、隙あらばマウントとろうとしてるだけだからな」


 うんうんと、日奈も同意してくれた。


「ただ、舞依の『姿勢』がマズい。それじゃあ、日奈じゃないが、これから鬼ヶ島に一人で突撃する桃太郎だ。舞依。トモダチとの会話だぞ。なんでそんなに肩ひじ張るんだ?」

「だって……」


 舞依が難しいことを言われて不満だ、という表情を見せる。


「いざ対面形式で陽キャと会話だと思うと緊張しちゃって、リラックスなんてできない!」

「それでいいんだ」

「え?」

「だから、今、『いざ対面形式で~できない!』って言っただろ。そういう風に日奈や陽キャに対して接して話せばいいんだ」

「っていっても……」


 舞依はまだ悩んでいる様子。


「桜木君や日奈と会話するのは慣れがあって。特に桜木君とは『友達クン』からの付き合いだと思っている部分があって。それと、これから陽キャと会話するぞ! っていうのは一緒に出来ないっていうか……」

「うーん」


 今度は俺がうめいた。


 確かに舞依の言う事は分かる。俺や日奈は既にトモダチの間柄で、気心も知れている。舞依の心のガードも自然と低くなる。だから普通の会話ができるのだ。


 それに対して、相手がその日奈と言えど『身構える』と途端に会話がぎこちなくなる。舞依は初対面の相手に対してもっと防御壁を低く設定するべきなのだ。


「舞依。トモダチも俺や日奈やユリカが出来たんだし、リア充陽キャというのとは違うが、孤高の氷姫は脱出したんだから満足したらと思うんだが」

「駄目」


 舞依は即答してきた。


「私、学園リア充になりたいの」


 舞依が心に刻み込んだという決意を吐露してくる。


「いま、日奈たちがいるのはそれはそれで嬉しいし、陽キャたちが互いに分かり合っている親友同士だってわけじゃないってこともわかってるつもり。でも私はあのキラキラしたスポットライトの下みたいな位置に立ってみたいの。独りだった子供の頃から友達に囲まれてわいわいっていうのに憧れてたの」

「そうか……」


 俺は納得した。というか、舞依の気持ちは分かった。隠れ陰キャの舞依には舞依なりの過去と憧れがあるのだろう。ならば慣れるように訓練を積むのが王道だろう。


「舞依さん。今度はユリカとやってみましょう」


 今まで黙っていたユリカに促される。


 舞依は、会話訓練の相手を日奈からユリカへと相手を変える事になった。

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