第15話 舞依の家
そして土曜日になって、港南市中央地区にある舞依のタワーマンション前に集合となった。
数棟が緑豊かな敷地内に建ち並ぶ様は壮観で、世間から隔絶している富裕層のための空間だと思い知らされる。
「すっげぇな。一般庶民とはかけ離れてるな」
「母は大手商社のキャリアウーマンですから。仕事だけが生きがいの人です」
冷えた口調で舞依が俺に説明する。
「行きましょう。ここの四十四階です」
舞依に従ってエントランスを抜け、エレベータを昇って舞依の住居内に足を踏み入れた。
フローリングの通路を通ってLDKに入る。室内はシックで落ち着いたブラウンの色合い。広々として木目が美しく、リビングには何人でも座れそうな巨大なソファーセットがしつらえてあった。
「座って待っていてください。今、飲み物を用意します」
舞依は、他の生徒に対するとまだぎこちなさは取れないのだが、俺たちに対して話をする分にはもう澱みない。俺=『友達クン』とのネットでのやり取りは長く、その積み重ねというか心理的な近さは大きいのだなぁと思い知らされる。
逆に言うと、もっと日奈やユリカとのコミュニケーションを重ねて心の壁の取り方を訓練すれば、流ちょうな会話ができるようになるだろうと推測する。間違っていないと思う。その為にも、このお泊り会の様な交流が大切なきっかけになるのだろう。
俺は当初、ここまで舞依の『リア充になりたい大作戦』に介入するつもりはなかった。ぶっちゃけ、適当に舞依のトモダチ一号、トモダチ二号を見繕って、あとは放っておくつもりだったのだ。
でも、舞依の真剣さに引き込まれ。舞依の図抜けたポンコツ度合いに「こいつ……俺が何とかしなくちゃ」と思うようになり。舞依のペースに引きずり込まれてここまできてしまったのだ。
後悔はしてない。してないが、過去の『まどか』との辛い想い出は心に刻み付けられている。その愚を繰り返すつもりはなく、舞依や日奈たちに必要以上に介入して『仮面リア充』を捨てるつもりは毛頭ないのも事実だ。
――と、ユリカがぽんっと、意の一番にソファに腰かけて口にする。
「ここが舞依さんと私の今晩の愛の巣になるんですね。ユリカ、舞依さんに誘われて、感激ですっ!」
うふふと、口元と崩してにやけるユリカ。
舞依が、じとーっとした冷ややかな目をそのユリカに注ぐ。
「ならない……から。愛の巣とかには。秩序を乱すエロい女は……窓から放り捨てるから」
「舞依さんのいけずぅ。照れなくていいんですよ(ハート)。二人でラブラブちゅっちゅしましょう」
「しないから。というか、日奈も桜木君もいるのによくそういう事、口にできるわね」
「私は愛の営みに他人の目は気にしません(キリッ)」
「だから私はアナタのこと、愛していないからっ!」
「ユリカ相手だと普通に会話になるよな」
「…………」
俺の突っ込みに、ユリカと会話のキャッチボールをしていた舞依が、むうっと不本意だという顔を俺に向けた。なぜに?
そして舞依が、気を取り直したという調子で台所から持ってきてドンっとソファ前のテーブルにペットボトルを三つ置く。
「これ、『スイス天然水』。『おーい麦茶』。『普通のオレンジジュース』。どうぞ」
「「「…………」」」
俺たちは、高級感溢れる室内を見回してから、もう一度舞依に目を向けた。
「ペットボトルでもグラスに注いでもってくるんじゃ……」
俺が指摘するが、舞依はきょとんとして理解していない様子。
「舞依さん」
あれ、何かやっちゃいました? という舞依に、ユリカがあくまで落ち着いた抑揚でその名を呼ぶ。
「なに?」
「台所、借りますね」
そのままユリカは勝手知ったるという様子で台所に入ってゆく。
「茶葉はこの棚ですね。ティーポッドは……」
ユリカは俺たちが待っている中、台所で十分ほど作業をしてから、トレーに紅茶セットを乗せてリビング戻ってきた。
ユリカはトレーをテーブルに置き、慣れた仕草で皆の前に紅茶を給仕してゆく。しなやかで優美で無駄のない所作。思いがけなく、その育ちの良さ的な物を見せつけられてしまってみな驚いている。
「ユリカ……」
ポンコツ舞依が呆然とユリカの華美な動きを見つめている。
俺も驚きの中、ユリカに言葉を向ける。
「なかなか……やるな。ギャップ萌えで意中の人物、舞依を篭絡するのは……一手だ」
「そんなんじゃないです。小さいころから厳しくしつけられてきたので。舞依さんが困ってたから役に立てるんじゃないかって思いまして」
舞依が呆けた様子で、ユリカの動きに目を奪われている。
「恋に落ちたか?」
俺が聞くと、舞依は気づいたという様子でぶんぶんと顔を振った。
「そんな目でみないでよっ! 貰い物のお茶とか入れたことないからっ! 一度自分で入れようとしたときは散乱したからっ!」
「お茶の用意が出来ました。いただきましょう」
舞依に変わってユリカが提案し、俺たち四人はソファに座って一息ついたのだった。
「で、会話の訓練なんだけど……」
両手で不器用にティーカップを持って、ずずずと紅茶をすすってから、舞依が切り出す。
「私と日奈とか、私と桜木君とか。対面形式で場面を設定してやったらいいかなって思うの」
日奈は普通にティーカップに口をつけている。
ユリカは真相の令嬢の様な優雅な様。
「そうだな。四人で五月雨式にしゃべっているより実践的かもしれんな」
「そうだね」
「…………」
俺と日奈は舞依に同意する。ユリカは黙って優美な様。
「ところでこれ、すごくおいしいわね」
舞依は唐突に話を変えた。
「確かに美味しいが。会話練習か紅茶か、どちらかの話にして欲しいぞ」
「だって、おいしいんだもの。いつも家で飲むのは出来合いのものだけだから、こういうのはいいなぁって」
「ポンコツ全開のセリフで少し引くが。いっそのこと、ユリカを嫁にもらったらどうだ」
「ポンコツ言うな! あと、私が欲しいのは『嫁』じゃなくて『婿』だから!」
「そんな相手、いるのか?」
俺が質問すると、
「むきっーーーーーー!!」
舞依は吠えた。
「ポンコツだなぁ」
「ポンコツ言うな!」
「じゃあ、美少女だなぁ」
仮面リア充の俺は舞依を持ち上げる。
「……それは」
舞依はうつむいて顔を隠した。
「……言っても、いい」
「じゃあ、言わない」
「むきっーーーーーー!! 今気づいた。桜木君、私で遊んでるでしょ!」
「気づいたか。遅かったな」
「きっーーーーーー!! 邪悪! 邪悪な獣だわっ!」
「そういう舞依さんも、けっこう楽しんでるでしょ。会話」
日奈が割って入ってきた。
「そ、それは……」
舞依が図星を疲れたという様子でたじろいだ。
「そう。それでいいの、舞依さん。会話って特に意味はなくて、楽しければオッケーだから」
「そう……なんだ……」
「そう。舞依さんも、だんだんわかってきてるって思う」
「マジっ!?」
「マジ。だから自信もって」
「うん。ありがとう」
舞依は日奈の手を握って、ぶんぶんと上下にゆすって喜びを表した。
それから、四人でのティータイムをしばらく楽しんだのち、舞依の会話練習に突入した。
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