第4話 まずは馬より将①

 というわけで、舞依のリア充になりたい大作戦が始まることになってしまった。


 渋谷でのオフ。あの後スターパックスに行って、舞依の得意分野苦手分野を聞いてから学園でのトモダチ作りの作戦を一緒に練っていたら夕方になってしまっていた。曰く――典型的な陰キャコミュ障が舞依その人なのであった。


 特技もなく成績も平凡で、加えて言えば不得意分野が多くコミュニケーションが超苦手。これが男子なら、典型的なラブコメ主人公の陰キャだろう。でも女子で、外見は別格。


 スターパックスで話していても、そのポンコツセリフがなければ。いつも見ているクラスメートでなかったならば。ただ黙って対面しているだけだったなら。その容姿に見惚れてしまっている俺がいただろう。


 舞依とある程度突っ込んだ会話をして、本来は利点になるはずの容姿が逆にリア充作戦の一番のネックかもしれないという結論に至った。


 つまり、見栄えが良すぎて、さらにその方向性がクールビューティ系なので、他人からはかなり近付き難いのだという結論。


 むろん、その容姿に惹かれて寄ってくる男子連中は数多いる。しかしそれは舞依が求めている友達ではない。舞依は、俺とは対照的に、人間の内面的なコミュニケーションを求めてやまない人間だったのだ。


 だから――


「とにかく、陽キャグループに入るというより、気心の知れた仲良しの友人を何人か作るという方向性が舞依には適しているんじゃないか」


 という結論に至ったのであった。





 そして翌日の月曜日。


 早朝の、登校している生徒が少ない時間帯。教室入口の、中からは見えない場所に陣取った俺の合図で、舞依が朗らか陽キャの美島日奈みしまひなに話しかけたのであった。


「あの……みっ、美島……さん……」


 ちらほらといるクラスメートの注視はあるが、この時間に来ている優等生たちからすれば格別に注目すべきことではない。いま教室にいるのはそういったゴシップネタにあまり興味を示さない生徒たちだし、前日の作戦通り、そのタイミングを狙った俺たちなのでもあった。


「え? 早瀬さん。珍しいですね、早瀬さんから話しかけてくるの。で、なんですか?」


 ニコッと、突然の舞依の接触にも動揺することなく、日奈が微笑みを浮かべる。流石は誰にも分け隔てなく明るく接する人気っ娘。男子にも舞依とは違ったベクトルで人気のある、出るとこが出てて引っ込んでるところが引っ込んでる、女の子っぽさあふれる朗らか陽キャ――美島日奈。


「え、ええと……」


 舞依がうつむいた。もじもじと、煮え切らない仕草がそのポンコツ具合を物語っている。ポンコツだと知っているのは俺だけなのだが。


「ええと?」


 日奈が柔らかい笑顔で、舞依の応答を促してくれる。


「私と……トモダひにっ」


 噛んだ。


 ぐっと唇を噛みしめた舞依は、いたたまれないという様子でこらえきれずに日奈から逃げ去る。


 あっ、こけた。


 舞依はけつまずいて、顔面を殴打する。しばらく「氷姫が転んだぞ!」という周囲の注目を浴びていたが、むくりと起き上がり……ここは立派だと褒めたが。泣きながら俺の所に逃げ帰ってきてしまった。


 舞依は半べそをかきながら俺に訴える。


「ぐすっ、ぐすっ」

「ダイジョブか?」

「大丈夫じゃないっ! 顔、痛い……」

「そうか……。難儀だったな」

「ぐすっ。痛かった……んから……」


 舞依がぐすぐすと鼻をすする。俺はポケットからハンカチを取り出し、舞依の顔をふく。ハンカチがその鼻水で濡れてしまうが、ぐずっている舞依を見ていると、まあそのくらいは仕方がないと思えてきてしまう。俺はその舞依を慰める様に、軽く頭をぽんぽんと叩いた。


「そうか。頑張ったのは立派だ。が……もうちょっとなんとかならんもんか?」

「駄目っ!」


 舞依が真剣な瞳で訴えてきた。


「心臓、バクバクして、とても話続けられないっ」

「学園アイドルに告白する陰キャじゃないんだから、もう少しなんとかならんか?」

「無理っ。頭パニックになる」

「相手が日奈だから、か?」

「それは……ない。相手が目立たない女の子でも、ちょと、無理っぽい」

「むーん」


 俺はうなった。なかなか希望した通りに事が運ばない。手こずるだろうとは予測していたが、舞依は俺が思っていた以上の『つわもの』だったのだ。俺に対して普通に話せている分、他の生徒に対する挙動が極めてはっきりとザンネンな出来に見えてしまう。


「舞依、マジ、ザンネン系だったんだな」

「ほっといて!」

「取り合えず、キョドるの……なんとかしないとな。俺相手なら普通に会話できるんだから、心の持ちようと慣れの問題だと思っている」

「そう……かな?」

「そうだよ。自信持て」

「うん」


 舞依は素直にうなずいた。こういう所は舞依の長所で、こじらせているとはいえ、根は素直で良い娘さんなんだと思わせられる。


「もう一度、チャレンジしてこい。相手は日奈だ。多少のそそうは大目に見てくれるから安心していい。場合によっては、俺がフォローしておくから」


「わかった」


 舞依は気を取り直したという顔で再び日奈に向かった。

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