第3話 そしてあの日あの時!

 そして『まいっち』とのオフの日、日曜になった。


 まいっちの事は嫌いじゃないが、ネットでのやり取り以上の深い付き合いを望んでいるわけでもない。『仮面リア充』の俺としては、リアルでのトモダチJKが一人増えるというだけのことだ。だから慌てることもないし、胸躍るという感覚もない。


 朝食を食べた後にゆっくりとコーヒーを楽しんで。カジュアルなジャケットにジーパンという出で立ちで家を出た。


 このベッドタウンにある港南中央駅まで徒歩十分。新緑が眩しい中央公園脇を下り、国道沿いを進んで駅にまで達する。祝日とは言えそこそこ混んでいる駅から上り列車に乗り、渋谷駅にまで三十分で到達した。


「ハチ公広場に朝十時……」


 スマホを見ると、五分前。

 友達同盟のアカウントにメッセージ。


 まいっち:真っ白ワンピースにベレー帽。黒髪ロングの十七歳が私。もう着いてる


 きょろきょろと広場を見渡すと――いた!


 本当に真っ白なワンピースに、艶やかな黒髪の少女。体躯もバランスが良く、柔らかな女性的曲線が男子の目をとらえて離さない。


 周囲からも注目を浴びていて、「おい。お前、声かけてみろ」とか言っている兄ちゃんがいたりもする。


 後ろ姿からでも、美少女だとわかるシルエット。というか、これが振り向いたら凡庸な面立ちだったというのは詐欺ではないのか、と言えるほどの印象度だ。


 まさかポンコツ・オブ・ポンコツのあのまいっちがこんな女子だったなんて……とは驚いているが、だからと言って深くお近づきになりたいとは思わないのが『仮面リア充』の俺なのだが。


「初めまして。まいっちさん。友達クンの……桜木優斗です」


 始めは丁寧な挨拶から。柔らかくそれでいて紳士的な声をかけると、その少女が振り向いて……


 時間が止まった。


 少女、まいっちが、「え?」といった顔で表情を固めている。


 俺もわからない。


 今見ているものが理解できない。


 目の前には、長年のネットでのトモダチであるまいっちの素顔があるはずなのだが、その現実が頭に入ってこない。


 二人して見合って。

 じいっとした時間が過ぎて行き。

 徐々に頭が回り始める。


 後ろ姿から想像していたのを超えるほどの、長い黒髪が美しい美人。切れ長の目に、強い意志を感じさせる瞳が宿っていて、鼻筋は真っ直ぐ。そして引き結んだ唇。モデルの様な整った造形の、どこからどう見ても別格のクールビューティー――早瀬舞依――が、そこに立っているのであった!!


「「何故にーーーーーー!!」」


 俺と舞依が同時にハモった。


「どういう……ことなの?」


 舞依は混乱している様子。


「なんで……。偽物じゃない……の? 私、騙されてない?」

「俺も……驚いた。でも、俺が本物の『友達クン』だ。信用してくれていい」


 舞依に、友達同盟が映し出されているスマホの画面を見せる。舞依はそれを凝視した後、手を頬にあて、ふるふると「この現実を認めない」といった挙動。


「でもまいっち……舞依っち……ってのがまさか……」

「そのまさかよっ! 私がまいっちこと、早瀬舞依よ!」


 その舞依がきっとした鋭い視線を向けてきた。


「私が敬愛する『友達クン』がクソリア充だったなんて! ショックで立ち慣れそうにないわ!」

「チャットで言っていたクラスで気に入らないクソリア充って……」

「そうよっ!」

「俺かよっ!」

「だからそうだっていってるでしょっ!」


 後ろ姿でメッセージを送ってきた時とは別人の様に感情を昂らせて、舞依は気にいらないこんな現実認めないと憤っている。


 周囲にいた連中が急に離れてゆくのが視界の端に映る。男たちの視線が、あこがれからヤバいカップルを見る目に変わっており、そそくさと去ってゆくが、舞依がその周りを気にする素振りは微塵もない。


 舞依に向き直る。


「お前……猫かぶってた?」

「そんなんじゃない!」

「だって、孤高のクールビューティー……だろ?」

「そんなの勝手に言われてるだけ!」


 舞依が熱い口調で俺に言葉をぶつけてくる。


「『孤高の氷姫』とか、本当に迷惑。私は友達一杯のリア充になりたいのに!」

「お前、男子の告白とか、断ってるだろ?」


 舞依がむうっと膨れた表情で顔をそらす。


「男の人からの告白なんて、男性経験ゼロの私がどうにかできるわけないじゃない。男子から告白されたら心がパニクって何も考えずに逃げ出すだけだから!」

「マジか?」

「マジよ! 今までも何人にも告白されたけどどうしようもなくて! 黙ってたらいつのまにか孤高のクールビューティとか持ち上げられてどうしようもなくて!」

「……残念だ。残念美人だ」

「残念言うなっ!」

「ちなみに今、男の俺と話してるのは、いいのか?」

「いいわよっ! ずっとやり取りしてきたネットの友達クンでしょっ! 全然大丈夫。無問題。気にならないからっ!」


 むうという膨れっ面で俺を見据えてくる舞依。お嬢様然とした純白のフレアスカートと、さらさらと流れる黒髪に耽美な面容が、舞依の中身と真逆のコントラストを引き立てて何とも言えない残念な気分だ。


 もったいない。マジ、もったいない。


 外見の超絶美少女度を、中身の激烈ポンコツ具合が打ち消してしまっている。舞依はリア充になりたいと言っていたが、確かに黙っていれば孤高の氷姫様。群がる男たちは後を絶たないのだろうが、いざそのリア充を目指して友達をつくるとなると、この様子だとかなり難易度高くなるだろうと想像してしまう。


「リア充になりたい……って言ってたよな」

「そう。リア充に『なる』の」

「むしろいっそのこと外見美人に徹して、孤高の氷姫様で崇め奉られるのじゃダメなのか?」

「駄目。私は、もう寂しいの、ヤなの。だから私がリア充になるの手伝って!」


 舞依はとんでもないことを言い出した。


「俺がかっ?」

「そうよっ!」

「なしてそうなるんだ!」

「だって桜木君、クソリア充じゃない。クソリア充のくせに困りごとがあったら言ってくれドヤって言ってたじゃない。クソリア充の桜木君なら、私がリア充になるいい方法とか知ってるでしょ!」

「確かに、俺は学園ではリア充として振舞ってはいるんだが……」

「ここで会ったが百年目よ。私、尊敬『してた』友達クンとのやり取りで、今までの陰キャからリア充の道へ踏み出そうとやっと決心したの。だから手伝って!」

「なんで俺が! 断る!」

「なら、ここで泣き叫んで学園でもずっと桜木君に付きまとって駄々こねて迷惑かけるから! 私の事捨てるの許さないから! クソリア充に頼るしかもう私がリア充になる道はないって決めたんだからーーーーーー!!」


 うわわわーーーんっと、舞依が泣き出し始めた。

 これには流石に困って、俺は「むぅ」とうめいた。


 そんなにリア充になりたいものなのか?


 表面的な押し引きと駆け引きとマウントの取り合いでわいわい言っているだけで、特別楽しい物でも何でもない。アレは人と人とのコミュニケーションとは言えない。昔、『あいつ』と深くやり取りして、互いの人間性の良いところも悪いところも分かち合った俺にはそれがよくわかる。


 試しに聞いてみた。


「彼氏……とかが欲しいのか?」


 すると舞依は赤くなってブンブン顔を振って答えてきた。


「彼氏なんて無理無理! ハードル高すぎ! 女の子の友達……とか。でも……最終的には彼氏が欲しいって野望はある!」


 言い放った後、有無を言わせないという鋭く濡れた眼光を俺に向けてくる。


「とにかく、クソリア充の貴方しか頼りにできないから手伝ってもらうからっ!」


 濡れた目が座っている。どういう心境なのかはわからないが、覚悟は決めているという決意の面立ち。


 言葉遣いはともかく、ここまでの覚悟で俺を頼ってこられたらさすがに断り切れない。まいっちこと早瀬舞依の正体を知ってしまったという後ろめたさも強くある。


 うーん。俺は他人と深く接触するつもりがない『仮面リア充』なんだがなーと胸中でうめき、天を仰ぐ。ポンコツオブポンコツのまいっちの正体、孤高の仮面氷姫、早瀬舞依とのファーストコンタクトなのであった。

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