話外 しんこんりょこう 解決その1 人狼風味

 朝から大広間の空気が凍りついていた。

 私は知っている。

 文明・文化・精神性の発展途上にある世界では宗教が特に幅を利かせていると。

 何せ、あらゆる善悪を宗教教義に合わせて判断するほどである。

 つまり神と宗教の徒たる聖職者にモノを申すのはなのだった。


 だけど、それはそれ。これはこれ。


 必要であれば、敵対するのならなおさら、私は神であろうとヤっちゃうから。

 私を無礼召喚した女神ドルメシアスの末路を思い出す。

 惑星エメスに乗り込んで来た天帝ルミナスグローリーの末路も記憶に新しい。

 要約すると、強ければどんな無理も無茶も押し通せるわけで。



「……聞こえなかったかにゃ? 二重身が化けた偽物。聖王国セント・ジョーンズの司教、ディロン・エッツィオ。堕女神だめがみの使徒。本物の彼はどこにやったの?」


「……正気ですか、あなた。私を、神殿を侮辱して、ただで済むとお思いですか?」


「神の権威でにゃあに強圧をかけても無駄にゃし。……我はスレイミーザ帝国皇帝、カミラ・マザーハーロット・スレイミーザ四世である。と、同時にお前たちの神の上司にあたる主神と懇意にする者なり。かの主神を幼女ロリ化させたのは我なり!」


「……!? 幼女が大人化した……!?」



 私は濃密な魔力を纏いつつ嫉妬の権能でみるみる大人モードになる。

 例によって前世世界満州族の女性正装、通称チャイナドレスでの登場となる。

 今回のドレスは黒地シルクサテン金糸昇竜刺繍皇帝のみ許される意匠の、腰元きわどいスリットタイプだった。

 視覚効果を踏まえ、立ち昇る深紅のオーラもしっかりまとっておく。ついでに日常使い用の略式帝冠(サークレット形状)も忘れずつけておこう。魔王の冠である。



「そこのぶっきらぼうエルフ」


「……何」


「お前は種族的に、土着エルフ、またはハイエルフと呼ばれていたんじゃなくて?」


「……」


「天竜神メガルティナ・アタナシア・ゴドイルタに聞き覚えは?」


「――!? メガル……!? し、知らない……知らないっ。私、知らない!」


「声が震えてるわよ。お前は他の種族をすべて生贄に、自分たちの種族を『神化』させようとした咎エルフ族の生き残りよね? なんでわかるのって? 咎人がそれを知ってどうするの? にしても元世界アタナシアからよくも異世界ここまで逃げたものよね。本来なら私のお祖母ちゃんに、老若男女構わず皆殺しにされたなのに。ああ、もう気づいているかもだけど、私は天竜神の係累、魂的な孫でもあるのよ」


「やめて! 私は、関係ない!」


「それはこちらが決めること。ちなみに既に祖母に連絡済みなので私と敵対しても無駄。判決の天秤は祖母と私の手にある。精々、私のご機嫌でも取りなさい?」


「ああああ……っ」


「……さて、堕女神の走狗イヌよ。お前を発見した理由を教えてあげようかしら」


「まるで決定事項のように、私を二重身扱いするのはよしてもらいましょうか!」


「だって二重身でしょ」


「……なんということ。これが異世界人の本性なのか。嘆かわしい……!」


「寝言は寝てから言いなさいよ?」


「く……ああ言えばこう言う……!?」


「ディロン・エッツィオは大地の神ドラシンの司教。それを前提に、私が名を失いし女神へ疑問を呈した際お前はどんな反応を示したかしら? よく思い出しなさい。かの女神がGMゲームマスターだとして、公正かつ公平な審判が出来るのかと言ったときよ」


「……」


「お前は、私をいさめた。会ったことはないけれど、本物のディロン司教なら絶対に私をいさめなどしない。なぜってドラシンは大地の神で、名を失いし女神は大地母神だから。いわんや、。……ねえ、信仰する神のシェアを損ないかねない愚行、高位の聖職者がすると思う? いいえ、彼らはそんなマネ、決してしない。脅迫されようと、しない。場合によっては殉死も覚悟する。彼らは自らが奉ずる神を裏切らない。この狂気じみた信仰心こそが高位の聖職者たらしめているの」


「しかし、神を敬うのは当然のこと……!」


「愚か者。だから言ってるでしょ。一般信徒ならともかく、高位の聖職者がそんなミスは犯さないと。お前の発言、はっきり言って異端なのよ。異教徒はまだ改宗の余地があるので許される部分はあるけれど、異端者は異端審問官による拷問の後、火炙りよ。……お前は堕女神の使徒ゆえにボロを見せた。隙を見せてしまったのよ」


「……」


「反論するなら今のうちにしなさい。もうすぐ封印投票を行なうからね」


「……」


「沈黙は無意味。逆に己が二重身と認めたものと見なすわよ?」


「……クソッ。なんなのだこの女。まるで蛇のよう! 私を陥れようとしている!」


「魂的には蛇ではなく竜。そして高位のバンパイアよ。さらに……まあ、いいわ」



 あっさり諦めて悪態を付き始めるとは、女神の使徒も大したことないわねー。

 私が二重身だったら我慢強く、発言には細心の注意を払いつつ立ち回るんだけど。

 そして毎夜ごとに、確実にターゲットを殺して回るね。



「さーて……みにゃさん。朝からを醸しちゃったけど、封印投票しよ!」



 私は大人モードをやめて元の幼女姿に戻る。お気に入りのいつもの深紅のドレスにピコピコシューズである。空中でもピコピコ音を鳴らして歩くのが大変楽しい。


 というのも。


 緩急をつけないといけないと思ったためだった。

 緊張させたままでは思わぬ投票が入って排除対象を逃しかねない。

 確実にまずは一人、いや、一体か。二重身を始末する。



「お、おう……いや、まじか。司教さま、あんた……じゃあ俺は敵を護衛してたと」


「立ち合いに来てて、カッシュより隙があって、入れ替わりやすかったのだろーねー。護衛騎士とはいえ、ずーっと逐一、傍で護っていられるわけもなしー」


「だが、俺の責任でもある……っ」


「人間が神に勝てるわけないにゃ。堕女神のレベルは20兆はあると思うしー」


「20兆……」


「納得したところで、投票しよ! にゃあは見つけたんだよ! ディロン・エッツィオが名を失った女神の使徒で、二重身ニセモノだって。自分もそう思う人は手を挙げて!」



 私は、ばっ、と手を挙げてみせる。子どもっぽく、肩ごと手を上げる感じでね。


 するとどうだろう。


 次々と手を挙げるメンバー。私をチラチラ見ながら手を挙げるエルフ。私が手を挙げた勢いに釣られて手を挙げたアホの子のダークエルフ。えー、ありえへん……でもそうとしか思えないなぁと気持ちを乱しながらも手を挙げる聖王国の聖堂騎士。ちょっと後で問い質したい魔族の司教とその護衛騎士たちもぴょこりと手を挙げる。霊媒師の役職を与えられた虎獣人も手を挙げる。謎精霊は何故か両手を挙げている。ホントわけわからん。そしてマリーも静かに手を挙げていた。


 私を含めて9人、反対者は1人。


 ディロン司教のみが私の提案に首を横に振ったわけだ。だってニセモノだから。


 この初っ端から例外的な封印者投票は、あえて言わせてもらうに、挙手者満場一致でディロン司教を封印することに可決する結果に終わった。



「で、封印はどうするの? にゃあたちのやり方とは違うのでその辺わかんにゃい」


「ロープでグルグル巻きにでもするか」


「それだと簡単に逃げられそう」



 と、そのとき。

 シュッと。

 どこからともなくカプセルのようなものが私たちのすぐ側に現れるのだった。



「にゃにこれ?」

「いや、わからん」

「調べてみよー。私が一番ね!」

「あ、おい。ラン……だったか、不用意に近づくのはやめておけ」

「なんでー? 大丈夫だよたぶん」

「にゃあも見たい!」

「一緒に見ようね!」

「にゃあ!」

「緊張感がまったくねぇな……」



 一応、警戒しつつその謎物体に近づいて確認する。大きさは高さが2メートルの卵型であった。説明プレートらしきものがカプセルに貼られているので読んでみる。



「コールドカーボナイザー。中に入れて発動ボタンを押すと一気にマイナス200度まで下がり、同時にカーボン変性魔法で搭乗者を完全に封印します……?」



 へぇーと思う。名もなき女神のくせにちゃんとルールは守るのね。まあ守らないなら今すぐでも捕まえて食べちゃうけど。私の暴食権能は好き嫌いしないから。


 私とダークエルフのランがカプセルを調べる間に、虎獣人のガイラと聖堂騎士のカッシュが二重身偽物ディロンを両脇から捕らえた。逃走防止であった。



「おのれ……もし、私が二重身じゃなかったとき、あなたが次の封印対象ですよ!」


「心配するにゃ。お前は確実に二重身だよ」


「くそ……くそっ! 私は、二重身ではない! その幼女こそ二重身だ!」


「はいはい、おやすみなさーい♪」


「ぐああああっ!!」



 ニセモノディロンを無理矢理中にカプセルに押し込んで扉を閉める。そしてスイッチをポン。ばしゅ、と白いガスが。とたんにパリパリと茶褐色に彼は変貌していく。



「みゅー。凄い凄い! ハン・ソロ船長のカーボン姿みたいになったにゃー!」

「なんか干し肉みたいな色で美味しそう!」


 私たちは歓声を上げる。周りはその私を見てドン引きしている。……なんで?



「ところで、ガイラが明日、霊媒師の役職能力で二重身かどうかの結果がわかるの」


「確かに今『見』ても何もわからないな」


「たぶん今はこれを確認するって決めるだけになると思う。で、明日結果が届く」


「どうやって?」


「んー、頭の中に結果発表が囁かれるとか」


「……なるほど」


「外れてたらにゃあを封印すると良いよ」


「まあ……お嬢ちゃんの発言は至極もっとものように俺は感じたがね」


「うん」


「というかお嬢ちゃん、本当に異世界で皇帝をやっているのか?」


「うん。にゃあの世界では魔族は強さこそ正義だからね。魔帝とも呼ばれているよ。にゃあは先帝陛下の養子に入って、皇太女を経て跡を継いだのよー」


「まじか……」


「それは良いとして」


「ん?」


「にゃあの中ではもにょもにょした気持ちがあるのよね。特に、魔族の人たちに」



 私は海原の神を信奉する魔族のズヴァルトピレン司教と、その護衛騎士のゴーレム系魔族、ロ・アンに向き直った。ん? とわかっていない顔をする2人。



「なんで二重身ディロンのおかしな発言に二人は疑問を挟まなかったのー?」


「「えーと……」」


「はい、ズヴァルトピレン司教から」


「あれ? とは思ったのですよ。ただ、ディロン司教に何か考えがあるのかな……と。それからカミラお嬢さんのたこ焼きの話を聞いてすっぽり忘れたと言うか」


「忘れるほどだったの?」


「私、美味しいものが大好きでして……」


「えぇ……」



 いや、それってどうなのよ。たこ焼きで忘れちゃう? うーん、わからない。


 あーもう、切り替えていこう。



「護衛騎士のロ・アンの見解はー?」


「私も疑問に思ったのですが、お嬢さんの幼女ゴーレムの惑星の話を聞いて居てもたってもいられなく、疑問を呈する以前にすっぽりと忘れてしまいました」


「あ、うん。えぇ……」



 ちょっと、この二人大丈夫なの?

 マイペースにもほどがある。


 うーむむ……。


 人狼ゲーム視点で考えるに、彼らの狂人の可能性はどうだろうか……。

 しかし二人とも? 二人が狂人?

 ……いや、違うね。直感だけど、この人たち、素だと思うわ。


 魔族って自分の興味事に意識が引っ張られるコトがよくあるし。私も食欲とちゅっちゅが大好きだし。可愛い女の子を見たら口説きたいし、えちちもしたい。


 とりあえず、灰色判定でいいや。

 投票も終えたし。

 今日はもう、明日までフリータイムだね。

 残された二重身はあと一体。そしてそいつに与する狂人も一人。

 狩人の役職者は、私を護るか、霊媒師役職のガイラを護るか、二択となるだろう。



「じゃあみんな、朝ごはん食べよ! メイドたちが用意してくれてると思うよ!」

「なんかここのメイド、お嬢ちゃんの下僕みたいになってないか? この広間に来たときもお姫様抱っこで、しかも大量の護衛付きだったし」

「そりゃあドラキュラ伯爵の代わりに、にゃあが仮の主人になってあげてるからー」

「そ、そうなのか……まじかよ」



 その夜、誰も二重身に襲われることなく、次の日へと続いた。どうやら狩人役職を持つ誰かがグッドジョブしたらしい。まあ、私を狙ったら逆にヤっちゃうけれど。




【お願い】

 作者のモチベは星の数で決まります。

 可能でしたら是非、星を置いて行ってくださればと。

 どうぞよろしくお願いします。

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