話外 しんこんりょこう 中編 人狼風味

 神さまが企画してくださったミステリー新婚旅行である。ただのではないのはわかりきった話で、私もそれを踏まえた上で旅行プランを願ったのだった。


 しかし。


 まさかこんなコトになろうとは……。

 


「ようこそいらっしゃった。異世界の小さな同胞よ。吾輩わがはいは当城の主にして伯爵家の当主、ドラキュラ・ヴラド・ツェペシュ。通称ドラキュラ伯爵。歓迎いたしますぞ」


「パパと同じ名前!」

「ほほう。お嬢さんのお父上の御尊名を尋ねてもよろしいかな?」


「パパの名前はヴラド・ツェペシュ・ノスフェラトゥにゃし。公爵家の当主なの!」

「ふむふむ、確かに同じ名前。そしてお嬢さんは公爵家の御令嬢なのですなぁ」

「にゃあはカミラだよ。神さまがなんか面白いイベントを企画してくれてるって」


「面白い……ああ、まあ、面白いかもしれませんなぁ」


「楽しみにしてるの。えっとね、こちらはにゃあのお嫁さんのマリー」

「愛らしい女の子ですが。ふむ……同性婚、というものですな?」


「うんっ。神さまにお願いしたら、にゃあたちの子どもを作ってもらえるからね♪」


「なるほど、なるほど」



 ツアコン役のロリ神さまとは城の正面門で一旦別れていた。夫婦で存分に楽しんでくださいね、だそう。気の回し方がまさに神がかっている。いや、神か。

 なんにせよ。

 このご厚意は素直に受け取らないとね。だって私とマリーの新婚旅行だもの。

 

 私は急遽、想像魔法『EL・DO・RA・DO』で貴族向け馬車を創る。機械仕掛けの鉄馬に自動運転で馬車を引かせて私たちは城敷地内へと乗り込むのだった。


 玄関正面口。深紅のロール絨毯が入口まで伸びている。

 

 出迎えにはロール絨毯の両サイドにずらりと並んだ年若い姿のメイドたちが。

 その最奥には――ドラキュラ伯爵が、自ら出迎えに立っていた。

 ふむむ。当主がお出ましとは大歓迎だね。

 しかし伯爵がまるで古典的な貴族タイプの吸血鬼なのが苦笑を誘う。人々が持つ吸血鬼イメージを大切にする性質タチなのかな? 悪く言えば保守派、というか……。


 青白い顔、オールバックヘアスタイル。黒のスーツ、黒のマント。ただしマントの裏地は鮮血の如き赤。磨き抜かれた黒革のブーツ。私のパパ氏も結構紋切りスタイルな吸血鬼だけど、彼の場合は往年の吸血鬼映画魔人ドラキュラ俳優、ベラ・ルゴシを連想させる。


 そして、先ほどの会話を交わしたわけで。


 ……ああ、うん。そうだよ。その通りなんだよねー。


 会話内容から読み取れるように、私たちは本当の身分を隠している。

 例えば私がスレイミーザ帝国の四代目皇帝であるとか、マリーが皇后であるとか。

 また、例えば私が混沌の顕現体、あるいはそのものであるとか……。


 神さま経由でドラキュラ伯爵に知られているであろう私たちの情報は――


 まず『高位の吸血鬼』であること。そして『神さまと懇意であること』のみ。

 会話からの『公爵家令嬢』及び『マリーが私のお嫁さん』は開示して問題のない情報として扱われる。元々は公爵家の娘だったのだから、あながち嘘でもないし。

 ともあれ現魔帝が愛する正妻と二人だけで旅行とは、たとえ異世界であっても誰にも漏れてはならない極秘事項なのだった。まあ、必要に迫れば開示するけどね。


 ふっと空を見上げる。


 中天には半月が。崖上の城。眼下には黒々とした海が広がっている。


 うーん、良い光景だねー。



「では、広間へ向かいましょうぞ」

「はーい」

「よろしくお願いいたします、ご当主。あ、その前にお手洗いを借りたいです」

「城内に入り次第、使用人に案内させよう」

「カミラは?」

「にゃあは大丈夫! 念の為オムツしてきたし! なんならお漏らししても平気!」

「そうだったわね……」

「オムツとな……」

「伯爵。小さい女の子のお出かけは、オムツの着用が大正義なのにゃー!」

「う、うむ……そうなのか……のぅ?」



 私たちはドラキュラ伯爵に連れられてキャッスルヴァニア内部へと踏み込んだ。

 暫時、マリーがお手洗いへ急行する。突然催したそうで。女の子あるあるだね。

 再び合流し、長い廊下へ。ピコピコとてとてと、行く。幼女が二人、手を繋いで。


 私たちの後に続くのは年若いメイドたち。しずしずとついてくる。

 彼女らは鮮血のような赤い目をしている。そして青白い顔。匂いでもわかる。彼女らも吸血鬼。伯爵の眷族らしかった。なお、男性体は一人もいないようだった。



「……ちなみに、お嬢さんがたが最後の客人となるのですよ」

「みゅ? 他にも人が来てるの?」

「ええ。吾輩、様々な客人を招きましてな。お嬢さんがたも含めて10名ほど」

「そうなんだー」

「ただ、特に。吾輩の抱えるの問題解決のため、とっておきの方を呼んでくださると神がおっしゃられたので、ぜひにお迎えに上がったのがお嬢さんがたであったと」

「にゃあ。ドラキュラ伯爵はどんな問題を抱えているのかなー?」

「それは広間についてからお話しようと思っておりますよ」

「ふむー」



 広間へ続く大扉は全身鎧兵が両サイドで守っており――中身はからっぽの動く全身鎧なのだが、彼ら(彼女ら?)の手によってその扉は開放されるのだった。



「大変お待たせをした。最後のお客人を出迎えておりましてな」

「……その、小さな御令嬢たちが?」

「新たなお客人の各人への紹介は後ほど。今言えるのは吾輩と同輩であると」

「お嬢ちゃんたち、吸血鬼種族なのか……」



 四十過ぎの白鎧剣士の男と伯爵が少しの間言葉を交わす。

 大広間にはサンドイッチなどの軽食と飲み物が用意されており、ピアノの従妹みたいなチェンバロを男装した女性奏者が控え目に環境BGMの如く流していた。


 私は幼い子どもらしさを全面に、キョロキョロと『招かれた他の客』を見定める。

 勇者とかいたら面倒だからね。魔帝(魔王)と勇者の相性なんて言わずもがなだよ。

 逆もまた真なりではあるのだけど、私の魔帝(魔王)特性からなのか、勇者だけは雰囲気や気配だけで判別できる。勇者も、私という魔帝(魔王)を判別してしまう。

 マリーはそんな私の意図をもちろん察していて手を繋いだまま黙っていた。


 ふむ、ふむ。


 子どもが他者をジロジロ見るのはよくある光景である。なので誰も不審がらない。


 なるほど……観察したところ、勇者っぽい人はいないみたいだね。良かった。

 観察だけで人物の鑑定をしないのかって? 敵対でもしない限りアレはしないよ。

 誰だって自分を赤裸々に、他人にすべてを見通されるのなんて嫌でしょう?


 それよりも。


 先ほどちょっと話に触れた四十代辺りの鎧剣士。この男は人族なのだけど直感で申し訳ないが宗教臭を強く感じる。なんというか、聖堂騎士、みたいな……。

 ちなみに彼にはバディがいて、二十歳過ぎくらいの白ローブの青年がついていた。


 他に、ツンッとしたエルフの弓術士女。右手の指タコで判断。胸がペタンコ。直感だけど、メガルティナお祖母ちゃんに処刑されるべきエルフの予感がする。


 ひたすら軽食をバクバク食べまくっているおっぱいデカいダークエルフの女。ドクロデザインアクセサリーを多数着けている。霊媒師とか呪術師っぽい。


 猫系獣人――たぶんタイガー系のいかにも格闘家然とした年齢不詳の男。むすーっとしたモフモフの顔立ち。スペアリブの骨をバリバリ粉砕しつつ食べている。


 紫の肌で捩じれた角を二本頭部に持ついかにも魔族な詰襟男(牧師みたいな恰好)と、彼のバディなのだろう漆黒の鎧を纏った性別不明の仮面魔族。


 年齢どころか性別も不明な、キラキラどんよりした精霊の人型不定形謎存在が一体。推量の域から出ないけど、光と闇の二面性を持つ精霊なのではと予想する。


 多種多様な人処ひとどころ。人間二人、エルフ闇エルフ、猫系獣人、悪魔系魔族二人、謎精霊が一体。そして私たち異世界人でしかも吸血鬼が二人。

 

 混沌としていて大いに結構。



「さて、このたび10名もの多様な客人に来ていただいたのは『二重身』問題の解決についてである。……先日、妻が老衰で虹の橋を渡ってしまった。彼女は吸血鬼たる吾輩の妻でありながらも、人の身で一生を過ごした。彼女はいつだって、最高に美しかった。少女の頃は少女の美しさを。成長し少女から大人の女性になり、やがて中年域に入ろうと、老年期に入ろうと。常に、そのときの彼女が一番美しかった」


「わかる。人はその時々の瞬間が、常に一番美しいのにゃー」


「ふむ、さすが同胞たるカミラ嬢。わかって貰えてうれしい。……話を続けよう。ただ、吾輩……妻の逝去を見送るだけは我慢がならなかった。そこで結婚時に交わした契約を有効化させることにした。吾輩が妻と交わした、妻側の契約。それは『妻を人として一生を過ごさせる』こと。……この契約は、成されたのだった」


「妻側ということは、伯爵側にも契約ごとを妻に課したのにゃ?」


「まさに。ならば今度は吾輩の契約を果たしたいと思い妻を蘇生させることにした」


「うん? どゆこと?」


「ふむ……後ほど紹介するつもりではあったが先に周知させておいたほうが良いだろう。ここにいる二人のお嬢さんは異世界人である。ゆえにこの世界の法則には疎い部分がある。しかして侮るなかれ。彼女たちは神との親交があり、自身も高位吸血鬼とくる。外見で判断してはならない。幼い姿に惑うてはならない。彼女たちは強い」



 私たちを除いた全員から注目を受ける。人間と魔族からは特に強い目線を受けた。



「さて話の続きを。異世界人がいるため、改めて詳しく事情を語るのでそのつもりで。結婚時に交わされた契約。妻側は既に語った。ならば吾輩はどんな契約を結んだか。それは『もし天寿を全うする今際いまわの瞬間、妻が死後も吾輩の妻でいようと納得してくれるなら、蘇生させてのち、咬んで吸血鬼化させる』というものだった」


「奥さんは今際いまわきわにそれを承諾し、死後の処遇も『そう』願ったのにゃ?」


「然り。ゆえ、吾輩は妻の死後すぐさま蘇生に取り掛かった。聖王国セントジョーンズ主催のオークションで手に入れた、神に公認された蘇生の神具を使ってな……」


「にゃんだか含みがあるね。……もしかして、蘇生に失敗したの?」


「否。、と答えるのがこの場合のもっとも正しい回答となる。これには聖王国より立会人として派遣された高位司祭殿が証人となってくれる。そこにいる人族の御仁である。若くして司教の地位にいて、名を――」


「ディロン・エッツィオです。聖王国で司教を任されていますよ、小さなレディ」

「これはご丁寧に、なの。にゃあはカミラ、生まれながらの吸血鬼だよ!」

「生まれながら、と。しかも、わざわざ異世界よりやって来るほどの存在。カミラさんは超高位の吸血鬼なのですね。例えるなら真祖や元祖などの……」

「にゃふふー」



 肯定も否定もしない。高位吸血鬼なのは周知されたであろうなのでそれで良し。

 ともあれ。

 先ほど四十路よそじな鎧剣士のバディについて少しだけ言及したが、その彼が聖王国なる国家の司教であるらしい。青味がかった髪の白ローブの彼。年嵩はたぶん二十代。



「続きを語ってもよろしいかな?」

「どうぞー」


「蘇生の神具は吾輩が求める現象を起こさなかった。代わりに、古代神を降臨させたのだ。かつては多産や豊穣を司る大地の神、今は堕ちぶれて名も失った女神を!」


「ふーん? そいつのレベルはいくつにゃ?」


「……神の力は測るものではないと吾輩は思うのである」


「つまりわからないのにゃ?」


「うむ……吾輩、どうにもできなかった」


「それで、二重身とはにゃに?」


「うむ……名を失いし女神は言った。『わらわがその方の妻を蘇生してやろう。その方が求める年代、姿、すべてを叶えてやろう』と。だが吾輩はそれを固辞したことわった


「宗教的、もしくは宗派的な理由かにゃ?」


「この世界の主なる神は大空の神、大地の神、海原の神の三柱となる。いくらかつては大地母神であっても、堕ちた神に頼るのは当世界の民として良くない」


「にゃあのところの神さまは?」


「かのお方は、当世界の三柱神の上司に当たる存在であると判明しているのでな」


「にゃあ。世界の主神さまだからね」


「カミラ嬢が懇意にしている自体が吾輩としては驚きを隠し得ないと言うか」


「ロリ神さまで可愛いもんねー」


「う、うむ……」



 どう答えたものか、みたいな顔になっていて危うく噴き出しかけた。


 続きを促す。



「おほん。吾輩、神々への筋は立てたつもりである。が、名を失いし女神は諦めなかった。かつての栄光を取り戻さんとした。結果、吾輩に賭けを通達してきた」


「どんな?」


「一方的な通達であった。内容は『信頼できる仲間を10人用意しなさい。そなたを入れて11人、わらわと賭けをするのです。わらわは2体の二重身を用意し、また、1人狂人を用意する。人類側には占いと霊媒ができる者、狩りに特化した者をわらわが用意してやろう。なお、人類側の役職はランダムで決める。例えば現職が占い師でも、必ずしも占い師の役職に就けるとは思わないこと』というものだった」


「なーんだ。人狼ゲームかぁー。しかも基本形の人狼にゃー」


「カ、カミラ嬢はこれを知っているのか!?」


「うん。あのね、人狼――じゃなくて2体の『二重身』はこの10人のうち、すでに誰かと入れ替わってるよ。ついでに堕女神だめがみの甘言にほだされて『狂人』化した者も1人混ざってる。人類側の役職『占い師』は10人の中から占いによって対象の正体を確かめられる。ただし一晩につき一人だけ。『霊媒師』は吊るされた者が人類側の存在か二重身かを判別できる。なお『狂人』は人類側判定となる。『狩人』は夜、誰か一人だけ守護につき、それが二重身が狙った者ならその晩は誰も死ぬことはない」


「……見事」


「これはミステリーだね。で、もうゲームは始まっているのかにゃ?」

「うむ、始まっている。だが、今夜はもう話し合うこともなく、眠ることになる」


「初日ではなく、ゼロ日扱いかー」


「堕ちた女神に勝てばたとえ殺されていても全て蘇生される。ただし負けると」

「おおかた蘇生後に堕女神だめがみの信徒になるとか、神のシェア的なアレでしょー?」


「その通り、である……まことにすまないがもう逃げられない。吾輩は信頼できる者を集め、覚悟の上でこの挑戦を受け奉る。重ねて、すまぬことをしたと思う」


「……にゃははっ」


「うむ? 急に笑い出して、気は確かであるか?」


「この程度、ピンチの内にも入らないー。武士という超凶暴な首狩り族の国に転移したわけでもないし、転移後に超弱い魔族の幼女な王女に憑依、しかも国家反乱が起きて処刑待ちでもない。聖女の因子を奪われた忌み娘いみごに憑依とかでもない。まあ、いずれも強引に解決したんだけどね。一人はにゃあの側室になってるよ」


「で、あるか……しかも小さな女の子が女の子を側室に」


「キモチイイと愛情は、比例するの!」

「アッハイ」


「他の人たちの詳しい自己紹介などは、また明日なのかにゃ?」

「うむ。初日に互いの自己紹介をした上で相談をし、封じる者を決める」


「封じるだけ? ロープでてるてる坊主みたいに吊るすんじゃにゃいのね」


「名を失いし女神もあまり殺戮はしたくないのだろう。元々は豊穣多産の神ゆえ」


「にゃるほどー」



 大広間に集まったのは、他のプレイヤーとの顔合わせのためだったようだ。

 ならば今夜の情報収集はこれくらいで良いとしよう。



「各自解散。なお、女神のルールにて夜は個室で各人一人ずつとなる」


「ホントに人狼ゲームそのままだった。特殊な役職がないだけ楽かな」

「ところでカミラ、オムツは大丈夫なの?」

「寝る前に、マリー、お願いにゃ。一人で替えるよりしてもらうのが好き♪」

「わかったわ。いつもみたいに替えて上げる」


「あと、ちょっとだけペロペロするー?」

「したいけど……さすがに無理じゃないの?」

「みゅー?」

「だから、解決したら、たくさんしようね」

「うん♪」



 そうして私たちは、伯爵のメイドたちに案内されて――私は例外的にオムツをマリーに変えてもらってから、用意された各部屋へと籠るのだった。


 朝。


 ドラキュラ伯爵が、二重身に襲われて早速女神の人狼から離脱してしまった……。



【お願い】

 作者のモチベは星の数で決まります。

 可能でしたら是非、星を置いて行ってくださればと。

 どうぞよろしくお願いします。

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