第222話 安心した矢先

 貞操観念の逆転した世界での一週間後。


 ここは、バトランド辺境伯当主執務室。


 まず結論から語ろうと思う。

 カリフォはレミリアードによる吸血鬼化は望まず、染色体異常の修正だけ求めた。


 性別選択は、男性のまま。

 具体的にはY染色体を転写していたX染色体を修正し、XXからXY染色体にする。

 この世界独自の染色体に付随する魔力器官が1つ減るため、弱化するが……。



「ユニークジョブ『賢者』の固有スキルはあらゆる事象への『分析』です。たしかに魔力は大事です。それは強さと直結していますので。しかし私が私たる強みはじゃない。賢者とはまさしく賢くある者を指します。魔術も得意ですがそれはオマケに過ぎません。魔術は魔術師や魔導師に任せておけば良い。私は自分のジョブに専念したい。なればこそ魔力がありすぎるのは却って良くないのです! この肉体で培われた経験は、魔力を半減させた先に真価を見出みいだすでしょう!」



 なるほど、独特の価値観だね。面白い。

 彼が自分の染色体異常は自己分析で既に知っていたとのこと。

 だが黙っていたと。

 ひとたび口にすれば、バトランド辺境伯家の跡継ぎ問題に混乱が生じるから。


 以下、カリフォの兄弟姉妹に対する感想――若干私心の入った、軽い分析。


 希望師という謎のジョブの姉。彼の賢者分析すら跳ね返すスキルランク5S+。大したものと感心するも、彼女が当主の座を受け継ぐにはあまりに不利な状況。なにせ、スキルランクが高すぎるのかサブスキルすら生えないのだから。


 思考がまるでモンキーな次女。戦闘力はあれど頭が悪い姉。これで剣聖スキルを持つなんて悪い冗談。こいつが次期当主に選ばれると家がモンキーセンターになる。


 陰気な三女。正直微妙だが、彼女が次期当主ならギリギリ納得は行くものだった。彼女自身も努力の人で、常に切磋琢磨していたとのことなので。


 兄のブレナスのジョブは男聖拳士クンフーモンクだった。ランクB+のなかなかレアジョブ。頭も良く、見目も良い。しかし家に姉妹がいると彼は家の跡継ぎになれない。


 これは彼らの世界の貞操観念観は『強い女が弱い男を抱く』であり『弱い男は家庭を守る』ものであるためだった。要は支配構造が女権社会であると。男性より女性の方が圧倒的に魔力が強いための社会常識だった。たとえ聖者にジョブチェンジしても世間の固定観念はそうそう変えられない。男は、この世界では、弱いのだ。


 さて、それでカリフォについてだけど。


 問題は彼だった。この世界独自の貞操観念逆転思想がまかり通る中で、男なのに女性並みの魔力を持ち、賢者というSランクユニークジョブを持つ。


(基本的にユニークスキル系のランクはS以上の扱いとなる)


 これで染色体は女性と判明するのは……もうおわかりになられるだろう。彼が彼の母から跡継ぎに選ばれる可能性が出かねないのだった。しかして彼はそんなものは望んでいない。彼が求めるのは静かな生活。研究とか分析とか、そういう生活。



「わかったにゃー。それじゃあそのようにしてあげるにゃ。お前は染色体に合わせた女性ではなく、現在自己認識する男性体になる。……レミィもいいよね?」

「もちろんです、ママ」



 カリフォの決断を私は尊重する。レミリアードも大きく頷いていた。

 私は想像魔法『EL・DO・RA・DO』で以前短期留学した際にワイズロード公爵家のルナマリア嬢に服用させた染色体修正薬を作り上げる。今回は男性向けだ。


 ちなみに、味はリンゴシードル風味。


 手渡すとカリフォは迷わずにそれをあおった。良い度胸というか、覚悟が決まりすぎていて私としてはますます気に入ってしまいそうになる。



「……おいしい」

「たぶんじきに眠くなるから、今のうちに寝室へ行くことをオススメするにゃ」

「はい、偉大なる外なる神さま」

「名前で呼んでいいってば」

「あ、はい。なぜか自分ごときでは畏れ多くて……」

「みゅー。……ああそうだ、眠ると丸一日は起きないのでそのつもりでね」



 まあね、この世界も神と人が近しい世界らしいので、そういうものなのだろう。


 早速眠くなってきたらしいカリフォは、メイドの付き添いで執務室から退出する。



「……ふう」



 背負っていた大きな荷物でも下ろしたかのようなため息を付くレミリアード。


 たしかに、この一週間は割と忙しかった。


 まずは新当主就任と爵位移譲を王家に願い出て、公的な発布を貰うべく動いた。


 理由は以下の通り。嘘の中に本当を混ぜるので、逆に誰も嘘を見破れない。


 前当主、セレスティア・オールフリード・バトランド辺境伯は『最も深き魔力の迷宮』最終階層レイドボスに挑み、次女フレイア、三女クリスティアと共に討ち死にす。原因はレイドボスがユニーク強個体であったこと。同道していた長女たる私、レミリアード・ウィル・バトランドは絶体絶命のさなか、S5+スキル『デザイア』の能力を開眼。願いデザイアによって『血脈戦術師ドラキュラ』ジョブを得、これを打ち倒すよし。


 なお『血脈戦術師』は女神ドルメシアス公認の新ユニークジョブであり、現在は神殿に新ジョブ登録中のこと。以上、詳細は神殿からの公布をお待ち下さい。


 大体こんな内容で申請を出したわけで。

 実際はもっと回りくどい貴族的な書き回しだけど、理解に齟齬ができるので割愛。



「時間を見て騎士団を改めて一人でて、眷族にして、全員従えて」

「一人対全員でもよゆーだったでしょ?」


「はい。ですが戦いはあまり慣れていないもので、色んな表情で突っ込んでこられるとやっぱりすこし怯みます。みんなぶっ飛ばして咬んだけど」


「じきに慣れるにゃ」


「その後は執事長つきっきりで書類仕事」


「にゃあはお散歩がてらレミィのためにダンジョンの調整とかしていたの。お前の騎士団の訓練のためのダンジョンレベル調整とか、あとは土地の龍脈を調整とか、土壌を豊かにするために気の流れを変えてダンジョンマップ改変したり。ああ、後でマップを渡しておくにゅ。まあこれはダンマス部屋に行けばモニターできるけど」


「ありがとうございます、ママ」

「んみゅ!」


「それで……」

「ん?」

「あの、ママ……キスしたいです」

「私も! カミラさま! わんわん!」


「ボーイッシュ少女とロリ女神なわんこにモテモテなのにゃ」



 毎日一度はキスしたいとせがまれるのだ。

 女の子同士でちゅっちゅ。

 良いけどさー。

 私の淫魔特性を受け継いだら大変よ?


 でもちゅっちゅしちゃう。舌とかも絡めちゃうもんね。

 百合っ子な行為は心のスーパープロテイン(謎)。

 だって、私もえっちしたいもん。同性愛? 違うよ、百合っ子だよ。

 マリーと『18禁発言検閲削除』したり『18禁発言検閲削除』したいよう。



「最近、お尻の辺りがモゾモゾします」

「私は背中が」


「それ絶対淫魔特性を感染してるにゅ。レミィは淫魔尻尾が、リスリジェアスは淫魔翼が形成されつつあるのよ。早めに申告してくれないと困るにゅー」


「えっちな女の子になるのですね」

「カミラさまとなら、私」


「いやいや……」



 これ以上はマズいわ。まだ初期症状みたいなものだから自制すれば治るはず。

 特に、女神リスリジェアスが淫魔化とか、わんこなえっち幼女だよ。そんなの私に本格的に食べられたいとしか思えない。もちろん性的な意味で。


 とりあえず、2人のおっぱいを揉もう。もみもみ、さわさわ。

 レミィの控えめなおっぱいも、リスリジェアスのぺたんこ胸も愛しいよ。


 ――いや、違うでしょ。それしたらガバッと行っちゃいかねないでしょ。もー。



「ママ……今回は大人モードで……イケナイ私を優しく叱ってください……っ」

「カミラさま……今日こそ引き綱をつけてお散歩に出かけませんか……ハァハァ!」


「あなたたちドM過ぎない!?」



 マゾの要望を簡単に受け入れずに采配するのがS役のお仕事……なのかな?

 ひとまず大人モードにでもなろう……。


 私は嫉妬の権能で大人モードになる。2人を抱き止めて、下着の上からオンナノコの筋に指を。もうすでにしっとりしている。えちえち女の子たちだね。


 ペロッと湿気の指を舐め取る私。


 などと通常運転で百合百合していたら。



「……あら? 何? 転移した?」



 視界が一瞬で切り替わった。


 さんざめく無数のナニカ。人ではないナニカ。黒いオーラが波動のように。


 黒光りする祭壇。おそらくは総黒曜石製。


 血まみれの、様々な種族の若い女性たちが折り重なって……たぶん息絶えている。


 むせ返るような血の匂い。

 思わす牙が伸びる。

 なんて、芳しい。食指が伸びる。



「つ、ついに御降臨なされた! 祈りを捧げて幾星霜、我らが邪神。偉大なる、最強にして最狂の土の精。混沌そのもの。邪神、カオティックさま!」



 元は純白だったのだろう。血で赤黒く染まったローブの人型存在が両腕を振り上げて叫ぶ。そして、その叫び声に呼応して轟音の如き無数の獣の鳴動が響く。


 前世世界で言うところのサッカースタジアムに酷似する、幾万の観衆を収容する邪悪な祭壇場であった。私とレミリアードは、中央の祭場にて召喚を受けたらしい。



「……」

「ま、ママ……っ」

「しっ、口を閉じていなさい」



 狂信者か。しかも、少なくとも人間ではない。口が耳まで裂けた、1つ目の巨人らしきもの。鑑定はかけない。なんというか、見たくないし、知りたくない。


 轟々と沸き立つ狂信者の群れ。

 スタジアム総立ちでシュプレヒコール。

 邪悪な者たち。魔ではない。邪である。

 そんな彼らが、私を邪神と呼んだ。圧倒的熱狂する信仰心で!

 魔女と呼ばれることはあれど、邪神などと呼ばれるのは初めての経験だった。


 直ぐ側には生贄の大量の死体。

 すべて、うら若きメス個体。

 人間らしきもの、エルフらしきもの。

 獣人らしきもの、ドワーフ、ノーム、グラスランナー。天使族らしきもの。

 一様に首筋を切られ、失血死している。

 かぐわしい香り。血のニオイ。狂おしいほど良い匂い。喉が渇く。

 きっと、全員、処女なのだろう。


 私は……暴食の権能で彼女らを保護する気持ちでこの凄惨な場から取り除いた。

 あとで弔ってやろう。私なりのやり方で、だけど。

 ただし。

 血は、お前たちの流した血は、貰う。


 私は目を閉じて、ふっと息を吐いた。

 そして、レミリアードを背後に回して、毅然と立ち上がる。


 私はお前たちのような輩が大嫌いだよ。


 牙を剥く。魔力を軽く開放する。地震が起こる。竜巻が発生する!

 私は、権能をあえて叫ぶ。

 暴食、と。




【お願い】

 作者のモチベは星の数で決まります。

 可能でしたら是非、星を置いて行ってくださればと。

 どうぞよろしくお願いします。

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