第221話 ダブルエックスの男性体発現

 私とレミリアード、そして執事長――名前はレンカというらしい、あとなぜか天の神殿に帰らずに女神リスリジェアスも一緒に当主執務室へと移動していた。アサシンメイドたちは解散、一連の出来事に箝口令秘密を漏らしたら即死の呪いを敷いて通常業務に戻していた。


 一方。


 見た目だけ某北斗な拳の妖星ユダそっくりなブレナス青年は、女神リスリジェアスの託宣を神殿に伝えるため即出かけていた。意外と――いや失礼、真面目だね。

 そうそう、ついでに彼のジョブが聖者に変更されたことも神殿に届けるはずだよ。


 託宣内容は女神公認ユニークジョブ『血脈戦術師ドラキュラ』が現れたことを告げるものであった。もちろん私と女神リスリジェアスの談合による捏造である。


 ちなみにドラキュラと言えば前世世界の中世ルーマニアのワラキア公を指すが、この名は本来『ドラゴンの息子』という意味が込められていた。そこから現天帝である神竜メガルティナの、孫娘の血脈の子、という意味に改編して名づけたのだった。



「レミリアードお嬢さまは御存じのように、ここが当主執務室でございます」

「にゃー」

「わんわん」

「案内と先導ご苦労。では、ママ、女神さま。入室いたしましょう」



 妙に頑健な扉。むしろ耐爆対防弾仕様というか。

 えっ、なんなのこれ。ここの当主は一体何と戦っているのだろうか。

 そんなヤバめの扉が、重く、ほんの少し間を置いてがちゃんと開け広げられて。


 私たちは、入室する……おお、と思わずうなってしまう。なんじゃこりゃ、と。

 部屋内部は20坪くらい。総フローリングだが私には足にかかる反発でわかる。

 この壁と床の裏は、アルミとチタンとの発泡金属板で敷き詰められている。

 無骨というか、まるで戦時の軍将校の部屋であった。


 まずバトランド家の紋章旗が当主執務机横の旗立台に立てかけられているのを確認する。濃いワインレッドの頑丈そうな生地に紋章が刺繍されているのだった。


 装飾品でまともそうなものは、それだけだった……。


 窓は大きいが侵入防止の格子が入り、カーテンも濃緑色の軍仕様っぽいものを使っていてしかもカーテン生地は防弾アラミド繊維に酷似する素材でできている。


 壁には鎧立てがあり――生々しい戦闘傷が散見される付与鎧エンチャントメイルが鎮座していた。

 他には、長剣、小剣、あとはコンポジットボウと矢と矢筒、拳銃、突撃小銃なども飾られている。いつでも使えるよう手入れされているのは言うまでもない。


 実用の武器防具ばっかりで若干引く。そりゃあこんなのじゃ毒親にもなるわ。

 そのくせ独特の女性臭がそこはかとなく香るものだから頭が変になりそうだった。


 真空管と思しき機材で作ったニキシー管式置時計が発光微音を立てて時刻を指す。


 ふむ、私のアンチバベルスキルのおかげで時刻は15時05分と読み取れる……。


 この世界、ファンタジーと前世現代が入り混じったような文明を培っているのだった。例えるならそう……前世のゲームでのFF7とかFF8あたりのサムシングである。


 注意。作者はFFは10作目までしかプレイしていません。



「言っちゃなんだけど、最前線要塞の将官執務室って感じだにゃー」

「装飾など不要と元母上はおっしゃってました。普段からガンビスンを着込んで有事にはいつでも鎧を装備できるようにしていたのです。そして武器を携えるわけで」


「みゅー。女はおしゃれするために、綺麗になるために生まれて来るのに」

「ママの世界観ではそうなんですね……」

「まあ郷に入っては郷に従えだね。にゃあの貞操観念観を押し付けたりしないよ」


「私は、その……もっともっとママの色に染まりたいのです……」

「可愛いこと言うにゃー。いい子いい子。じゃあ、まずは当主席に座ろうかー」



 私はレミリアードを当主執務机の椅子に座らせる。正式な当主交代辞令はこの国の王家から発布されるとして、ともあれ代行として臨時当主になるのは問題ない。



「……早速ですが、私たち偉大なる太祖の吸血鬼――ママの血族と、この世界に土着する吸血鬼の見分け方について、もう一度ご教授をお願いします」


「うみゅ。土着の吸血鬼たちは、上位の者も太陽がまるでダメなんだって?」


「はい。真祖の吸血鬼はともかく彼らの血族は上位下位に関わらず陽光を弱点に持ちます。具体的にはによって焼け爛れ黒い煤になり、消滅するとのこと」


「にゃあの血族も、本来なら子爵級以下の吸血鬼はそんな感じだね。でも、今回に限っては眷族への祝福『ディウォーカー』で太陽が平気な吸血鬼仕様にするよ」


「ユニーク新ジョブ、種族ではなくあえて職とする『血脈戦術師ドラキュラ』ですね」

「んみゅ、そういう扱いでとリスリジェアスと話し合って決めたにゃー」

「わんわんっ、わんわんっ」


「……リスリジェアス、なんだかわんこ度が上がってにゃい?」

「私の首にチョーカーをつけて、外なる神さまと引き綱お散歩したいですぅ」


「どんなプレイなのにゃ……」


「裸で四つん這いでも……ドキドキします。粗相したら処理してくださいね」

「いやそれ完全に飼い犬の散歩にゃし……」



 普通に引くわ。ドン引きだよ。なんでこう……特殊な嗜好者ばかり集まるかな。

 以前転移した先のイケメン王子も似たような性癖を持っていたけどさー。

 イヌ耳幼女に首輪をつけて引き綱散歩とか、人生の上級者すぎるから。


 あまり深く考えると頭が悪くなるので、この辺で心のツッコミはやめておこう。


「レミリアード、他に土着の吸血鬼の特徴は何だったっけ」


「はい。土着の吸血鬼は血液のみをかてとして摂取します。これは真祖から下位まで一律となります。アレンジするにしてもワインに混ぜる程度だそうです」


「うみゅ。対してにゃあの眷族はフツーに人間と同じ食事も摂れる。栄養効率が少し悪くなるだけ。味覚も血の味を美味しく感じる以外はヒトと変わらないにゃ」


「素晴らしいです!」


「とりあえずはこの二点から土着吸血鬼とにゃあの眷族を見分けられるにゅ」


「ありがとうございます、ママ!」


「そうそう。忘れないうちに重要事項にゃ。よく聞くにゃし。この世界の、にゃあの眷族で血族を新たに増やせるのは、レミィだけの能力に制限するからね」


「えっ。あ、はい」


「素人が後先なく咬んで咬みまくったら、それこそねずみ算で吸血鬼が増えちゃうのよ。そのつもりはなくてもこの世界が吸血鬼だけの世界になっちゃうのはマズい」


「もしかして、ご飯が……?」


「そう、ご飯に困るにゅ! いくら血以外を摂取できるって言ってもそれではね」


「た、確かに」


「もう一つ重要事項。増やすつもりで咬むときは、相手が生きている間に速やかに行なうこと。でないと卑しい食人屍鬼グールになっちゃうからねー」


「ゾンビみたいなものですか?」


「ゾンビの上位互換みたいなのができる。まあ、例えば敵国に潜入して破壊工作の一環でやるとか、そういった運用法はあるけどね。だけどそれなら敵を吸血鬼化して下僕を作ったほうが効率的だし、コトが終わればそいつを始末すれば後腐れない」


「うわぁ……ママ……考えが怖い……」


「にゃあはスレイミーザ帝国の次期魔帝暴君だからね。必要があれば臣民を守るため敵は皆殺しにするよ。老若男女、差別も区別もしない。良き隣国は滅んだ隣国だよ」


「ひぇっ……」


「物騒な話はここまで。本題に戻ろうねー」


「は、はい」


「えーと、レミィ以外は咬んでも眷族は作れない話だったね。代わりに、お前の寄子となる眷族吸血鬼たちの祝福受容枠を広げて、お前が行なうにゃあの二次祝福ディウォーカーあずかれるようにする。これが太陽が平気吸血鬼の正体になるわけにゃ」


「ママの祝福の代行になるため、祝福の枠が本来以上に必要になるのですね」


「そゆこと。まあ、レミィがこの世界の特別ってコトだねー」

「ママの特別、嬉しいです♪」


「次行くにゃ。お仕事についてだね」

「はい」


「将来のためにもレミィは当主の仕事を覚えないといけないんだけどー」

「……はい」


「端的に、書類仕事は執事長から指南を受けにゃさい。私設騎士団の統率は既に50人ほどぶん殴っているので、つまり実力は見せているから後は楽だと思うー」


「はい、ママ」


「もっともバトランド辺境伯家は武門の家だけど戦闘訓練と戦術教本の再考が必要になるかもね。だって戦力増強のために騎士団は全員咬むつもりでしょ? むしろ咬まない理由がない。たとえお前の戦力がこの世界じゃオーバーキルであってもね」


「ふむふむ!」


「というわけで、今のところお前が咬んだのは執事長だけだし、私設騎士団の編成、戦闘などなどは後回しにしよう。咬んでから考えても遅くないよ。なんなら敵が来たらお前が単騎で出て殲滅すればいい。身体を動かす実践訓練としてね」


「はい、ママ!」


「今は、今できることを片していこう。まずはレミィの最後の兄弟をこちらに呼びつけにゃさい。反抗か恭順か。必要なら咬むのも視野に入れるにゃし」


「はい。……レンカ。カリフォをここへ」

「お言葉のままに、我が主」



 出ていく執事長。最後の兄弟は、カリフォという名の男らしい。


 待つ間、私は勝手に人を駄目にするソファーを作ってそこにダイブした。あー。この駄目になる感じが良いのよね。だってこの部屋、無骨すぎるもん。



「外なる神さま、ご一緒しても……?」

「おいでー。あと、名前で呼んでね」

「か、カミラさま……?」

「うん、おいでー」

「わふん♪ わんわん♪ ……こ、これはホントに駄目になっちゃうソファー!」



 女神リスリジェアスもダイブしてくる。そして、あー、と気の抜けた声を落とした。三角イヌ耳が脱力でへなっとなっている。尻尾もだらしなく伸びている。


 イヌ耳幼女って萌えだわ。これは良いもの。そりゃあドルメシアスも可愛がる。



「うわぁ……凄まじい堕落パワーを秘めたソファーです……。なんの魔術付与も奇蹟もかけられていないというのに、全身の力が抜けてもう動きたくない……」


「これを考えたの、ただの人間だよ」


「侮りがたし、です。そんなだから限界レベルが1500でカンストするんです」


「にゃははっ」



 レミリアードも飛び込みたそうな顔をしていたが、残念、代行とはいえ家の当主がそんなはしたない真似が許されるわけもなく。


 ややあって、正面扉にノックが。



「お連れ申し上げます、我が主。弟君、カリフォさまにございます」


「ありがとう、レンカ」



 やってきたのは一見すれば、一桁後半の年齢、年端のゆかぬ少年に見えた。

 ただし、その表情はふてぶてしい顔つき。

 いや、違う。これは……苦悩?

 整った金髪の容貌からはおよそかけ離れた懊悩が表情から一瞬垣間見る。なにか大きな秘密を抱えたような、そんな目つき。一体、これは……?



「むみゅー!? お前、おかしいよ!」


「……はい」


「お前はレミリアードの敵になる恐れがあるので鑑定する。変な動きを少しでもしたら左右泣き別れにするから。死体は暴食権能で跡も残さない」


「……はい」



 私はカリフォ少年に想像魔法『不思議な第三惑星』をかけて深層まで鑑定する。


 うわ……っ!?


 この少年、男性個体なのにXX染色体だなんて!? Y染色体情報を、X染色体が取り込んでいる! 確かに前世世界の染色体異常症例にあるにはあるが……。


 読み取れば読み取るほど、業深い鑑定結果が出てくる。


 高い魔力を得ながら男になる利点は、何?


 私は人を駄目にするソファーから起き上がってレミリアードにこちらへ来るよう手招きする。すぐにやってくる彼女。私は彼女に耳打ちする。



「……カリフォの出生に関し、お前の元母は酷いことをしている可能性があるにゅ」

「えっ……!?」


「たとえばクラインフェルター症候群に似た染色体異常を、わざと起こす行為とか」

「……つまり、魔力器官を増やす処置を? そんな、私は全然知らない……」

「まあ普通に秘匿するから。そして往々にして染色体異常を持つ個体は虚弱にゃ」


「……あの子は、唯一、私に優しかったのです。高い魔力を持ち、才能に恵まれてユニークジョブ『賢者』を持つほどなのに。確かに身体は少し弱いですが」


「彼の才能は彼だけのモノ。ただ、わが子を作為的に染色体異常にするのは親として道を外している。鑑定結果では、あの子はクラインフェルター症候群的な薬物処置を受け、ある意味失敗していることがわかった。彼はXX形質でありながら、X染色体にY染色体情報を転写、染色体上では女性でありながら男性になっている!」


「えぇー!? 弟だと思ったら、妹!?」


「あー、うん。発現系の『男女』としては、れっきとした男の子……と、思う。鑑定では精子の異常が見られるので生殖能力は失われているけれど……」


「そんな悪魔の如き所業……っ!!」

「気持ちはわかるけど落ち着きにゃさい」



 私はカリフォへ向き直った。

 ビクッと震える彼。私は彼に気遣うように柔らかく微笑む。



「お前は家族から祝福され、与えられた人生を満喫する権利がある」

「え、あ、はい……」

「お前は何一つ悪くない。念の為鑑定してしまったことは謝るにゅ。ゴメンね」

「は、はい。謝罪を受け入れます……」



 さて。


 ここで少しだけ、理科(生物)の、簡単な解説を挟もうと思う。


 ご存知のように、人間男女の肉体的な違いは染色体の型で決定される。


 XXなら女性、XYなら男性。


 ちなみに染色体Xは、2個ある場合どちらかしか発現しないようにできている。

 そうしないと生命活動に支障が出るから。


 付随してこの世界では染色体Xに魔力器官能力を与えられているという。


 XXの発現形式は、先に語ったようにシングル発現である。理由も先に語った通り。ただし魔力器官としては女性は常にツインドライブとして活動し続ける。


 どの神がこのような趣味の悪い実験をやらかしたのかは知らない。

 ホント、悪趣味極まるね。げきおこだよ。

 染色体に魔力器官とか。

 大事なのは、この世界では。

 男女間のこの染色体の差異が、魔力の規模と威力の違いとして表れることだった。


 例外としては――

 X染色体単体しか持たない個体ターナー症候群も女性として肉体が形成されることか。

 この場合はシングルX染色体のため、魔力器官もシングルドライブとなる。

 残念にも、この世界基準で言えば、女性として落ちこぼれ扱いとなる。

 なぜなら魔力の規模と威力がXY染色体の男性と同じレベルになってしまうから。


 そして、XYのY染色体は、肉体面での男性形質を決定づける重要な染色体となる。

 Y染色体は、ヒトゲノムとして非常に奇妙かつユニークな特性を持っている。

 が、ここで語ると非常に長くなるので割愛する。

 理解してほしいのは、Y染色体が男の因子情報を内包していることだった。


 そして、今回。


 カリフォくんなのたが。


 彼の染色体はXX形質だった。

 通常なら、女性となるはずの型である。


 が、バトランド家のあの女当主は何を考えたか、まあ強力な力を持った一族を作ろうとしたのは明白だが、あえて染色体異常の子を作ろうとしたわけで。


 初見で何かを隠しているように見えたのは、自分の異常性に気づいていての緊張によるものと判断する。だって、彼は何一つ悪くないのだから。



「お前は1人の人間として、この先3つの道を選べるにゅ」


「はい」


「1つ目、何も修正しない。現状のまま」


「……1つ目は現状維持。理解しました」


「2つ目、お前は作為的な染色体異常を持っている。おそらく体外受精をしたのだろうね。染色体異常となる薬品を使って母体子宮に戻したとにゃあは見ている。……こう言うのもなんだけど、お前の母の満足の行く結果にはならなかった。XX染色体にY染色体情報が転写され、本来は女なのに男になっている想定外が起きたから。しかも生殖能力も失われている。嫁ぐに嫁げないにゃ。……でも、にゃあはその染色体異常を正しく修正できる。修正時は男女の選択もさせてあげるにゃー」


「……2つ目は染色体を正常なものにする。なお、性別選択も可能。理解ました」


「3つ目、レミリアードに眷族咬みしてもらって吸血鬼になる。吸血鬼化は、肉体におけるすべてのペナルティがリセットされるんだよ。加えて圧倒的に強くなれる。デメリットは、心の奥で願うお前の本音が表面化する場合があること」


「……3つめは姉さまの眷族になる。肉体の負荷が初期化される。理解しました」


「どれでも選ぶと良いよ。もし4つ目のアイデアがあるなら言ってみて」


「あの……すみません、これは今すぐ決めないといけませんか?」


「今後の人生に関わる重大な決断にゃし。一週間あげる。ゆっくり考えにゃさい」


「……ありがとうございます」


「お前は礼儀正しくてにゃあとしては好感度高いよ。もう下がっていいからね」


「は、はい……っ」



 ぽっと頬を赤らめる少年くん。可愛いじゃないの。私は頷いて返す。

 退出していく彼を見送りつつ私はレミリアードとアイコンタクト。

 良い子だね。そうなんですよ。みたいな感じでお互いに微笑み合う。


 バトランド辺境伯家――か。


 一癖も二癖もある貴族。意図的な奇形児すら作ることを辞さない狂気すら持つ。

 ヤバい家だね。強さを求める姿勢は良いとして、やり方が気に入らない。


 私は目を細め、人をダメにするソファーに身を預けつつ――リスリジェアスが甘える子犬みたいにくっついてくるのをされるがままに今後の最善を思案し始めた。




【お願い】

 作者のモチベは星の数で決まります。

 可能でしたら是非、星を置いて行ってくださればと。

 どうぞよろしくお願いします。

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