第217話 漆黒の意志を侍る者
仮眠を取るつもりはない。ただ目を閉じてレミリアードのアベンジを好きにさせていたら、ちょっと出かけてきますと私に断って彼女はどこかへ行ってしまった。
騒がしい子がいなくなったら、ダンジョンコアの静かな鳴動だけがコアルームの音響となった。遠くのほうで、どどど、どどど……と響く感じ。柔らかく静かな鼓動。
先に言ったように、私は仮眠を取るつもりはない。
吸血鬼でありながら淫魔特性を持ち、更には混沌の顕現体となった私には睡眠の必要性も無くなってしまった。が、これまでの慣習が不思議と眠気を誘うもので。
ふわぁ、と大あくびをする。
ムニムニと口を動かす。
もう一度、ふわぁ。お口ムニムニ。
喉が渇いたなぁと思って、ブラッドぶどうジュースのボトルとワイングラスセットを自宅(魔帝宮)から強欲召喚してクイッと一献、やってみる。
つまみはクラッカー on カットバナナ&クリームチーズ、バジルを添えを用意。
もう一つ。クラッカー on ツナマヨネーズ&コーン+パプリカ和え。
自室に付属する厨房を検索したら出てきたのだった。セラーナの習作らしい。
サクサク食べて、クピクピ飲む。
うーん、美味しい。クリーミィだね。
突然、つまみがごっそり消えてセラーナが驚く姿を想像し、クスッと微笑む。
あとで美味しかったよって、褒めてあげよう。何ならキスをしても良い。
私は足を組み、気だるげに玉座に座す。その姿は、客観的に、まるで淫魔女王。
今の私は大人モードカミラ。本来の幼女時と違って思考に若干の変化が生まれる。
何度も語った話。
精神は肉体の玩具に過ぎないのだった。お気に入りの哲学者ニーチェの
精神は水。肉体は器。どんな形にでも変化するのだった。
ゆえに男の身体で女の心を持つ人物などは私に言わせると。
その男の身体だからこそ、お前は女性的な精神を持ったのだと考える。
逆に女の身体に生まれていたら、お前には男性的な精神が宿ったかもしれないね。
現在の肉体を否定する愚かな真似はするな。それはお前の本体であり実体である。
……さて、ここから何が言いたいかというと。
私にとっての貞操観念逆転世界の住人、レミリアードは――
女の身体を持ったがゆえに男の精神を得てしまった、となるのだった。
いわゆる『雄々しい』性格。
私の世界観念でフィルターをかけると『男で女々しい性格』となる。
しかし、その上で。
私の貞操観念観で彼女と相対すれば。
フツーの、どこにでもいる、女の子らしい女の子となる。
「ただいま戻りました!」
「早いわね」
「あっ、なにか美味しそうなものを食べてるし飲んでる!」
「レミィも食べる? なら、あーんしなさい。口に入れてあげる」
「あーん♪」
レミリア―ドはどこで用意したのか両手に汚いズタ袋を3つ引きずっていた。もちろん内容物は容易に想像できる。が、あえて突っ込まない。
「んー♪ クリーミィ!」
「飲み物も飲ませてあげようかしら?」
「口移しですか! 口移しですよね!? 口移しがいいなぁ!」
「いや、そうはならないから。私とではなくて恋人にしてもらいなさい」
「私はママとチュッチュしたいです!」
「……いい子にしてたら、そのうちしてあげるかもね」
「はい! 舌とか入れてくださいね! ママの唾液、甘そうで楽しみです!」
「えぇ……」
貞操観念逆転世界以前に、私と体液交換をしてしまうと淫魔特性を彼女に感染させてしまうかもしれない。まあ別にそれは良い。淫魔たちは基本的に良い子だし。
ただ、私としては。
彼女を元祖の吸血鬼化はさせたくないのだった。
それはマリーだけの特権にしたい。彼女は私の妃であり、将来は皇后となるのだ。
真に愛する、真に大切なヒトは、マリーだけ。私の特別。つまりそういうこと。
……ふう。おちけつ、否、おちつけ私。
グラスにジュースを注ぎ、ストローを突っ込んで彼女の口元に持ってやる。
それをチューっと吸うレミリアード。
と、その時。
彼女の吸血鬼らしくない漆黒の瞳が。あえてこう表現しよう。異端の瞳が。
目の色に若干の朱が差すのが見て取れた。呼応して、彼女の牙がにゅっと伸びる。
ふーん、なるほどね。
私は意識して口元にアルカイックスマイルを浮かべる。
「美味しい! なんという飲み物ですか?」
「吸血鬼向けに品種改良済みのぶどう汁に、童貞と処女の血をブレンドしたものよ」
「甘味と濃厚さ。そして鼻の奥でふっと香る血生臭さが最高ですね!」
「そうなのよ。いい香りでしょ?」
私が愛飲するのは常に最高グレードの一品なのでそりゃあ美味しい。とはいえ、カーミラ症候群でもない人間が飲むと催吐性も相まってケロケロしちゃうけど……。
(警告。通常、人間が血を飲むと、吐きます。血液の鉄分が胃液によってイオン化し胃壁粘膜を必要以上に刺激するからです。なので吸血鬼の真似事はしないように)
「それで、そのゴミ袋をどうするの?」
「あ、はい! こいつらですね!」
封を解いてバサバサと中身を出す。乱暴に転げ出る3つの物体。
言わずともおわかりになられるだろう。
レミリアードの元母と、元妹たち。手酷くやられている。
虫の息。
四肢――特に足は足首から千切れ、また、全身が火傷でただれている。
それを簡単な止血と治療で、彼女らはかろうじて命をつなげている状態。
もっとも、一日もすれば死ぬだろう。早ければ半日程度で息絶える。
「……何か考えがあって持ってきたのよね?」
「はい、ママ。こいつらなんて咬んで下僕化させても良かったのですが」
「ふむ」
「だけどそれだけではつまらないので」
「ふむ? ……続けて、どうぞ」
「このまま死ぬまでじっと観察することにしました!」
「えぇ……?」
いや、それ、どうなのよ。
速やかに処してあげるのも、当人の名誉を尊重する一種の優しさなのである。
そういう心が、この子にはない。
どれだけ家族を恨み呪っているのだろう。殺されかけたのだから、とはいえ。
「つまり今からダンジョンスタンピードを起こし、街が破壊され領民が死に絶えるのを彼女たちの目に焼き付け絶望のドン底に突き落とすのね? その後、処刑」
「うわ、なんですかその素晴らしい提案! 脳汁が垂れそうです!」
「え? ……脳汁?」
「やっぱりママは凄い。私は半殺し状態のこいつらを連れて実家に襲撃をかけ、そこでこいつらを咬んで下僕化し、こいつらに皆殺しをさせるつもりでいました!」
こいつら呼びが3回。もはや親姉妹とは微塵も意識しなくなっているのかしら。
しかし……さすがは私の血脈というか。
内容への思惑はともかく、アイデアのエグさはどっちもどっち。規模が違うだけ。
私の案は完全に魔王のそれだし、レミリアードの案は完全に魔人のそれ。
ちょっとだけ自分の中ではドン引きしているけれども……。
「良い考えがあるんだけど、聞く?」
「はい、ぜひ!」
「レミィ、当初から勧めるようにあなたは家を継ぐべき。吸血鬼になったとはいえバトランド辺境伯家の長女であることに変わりはない。つまり正当な跡継ぎよ」
「はい」
「で、いきなり話がズレるんだけど、あなたが気づいていると思う話をする」
「……はい」
「私の世界はね、基本的に男権世界なの。貞操観念もこの世界とは逆」
「みたいですね……なんか、女性としての動きが違うなと」
「とはいえ私の国は、スレイミーザ帝国っていうのだけどね、魔帝陛下は夢魔で、女性体を基本とした方で。私は元々は公爵家令嬢であり、現在は陛下の養子であり、つまり皇太女であり、名を『カミラ・マザーハーロット・スレイミーザ』と呼ぶ』
「私たちの国みたいに女性が王なんですね」
「そうね。……と同時に私はこの世界の女神の寄親に当たる天帝ルミナスグローリーを殺して300の世界を簒奪し、一時的に天帝となり、魂的な祖母にその世界の管理権を譲り渡して私は先帝に、現在は祖母が天帝として君臨しているんだけど……」
「……スケールが大きすぎます!」
「祖母の名前はメガルティナ・アタナシア・ゴドイルタ。……聞いた覚えは?」
「この世界を慈しむ女神、ドルメシアス様をお遣わしになった天竜神の尊名ですね」
「その天竜神とやらは私のお祖母ちゃんだから。私に甘々の幼女なお祖母ちゃん」
「あっ、はい」
「あと、ドルメシアスは私が食い殺したからもういないわよ。可哀想な代理の女神、リスリジェアスがドルメシアスのフリをしてこの惑星の管理しているから」
「世界の真実にびっくりゲロしそうです」
「まあ何が言いたいかというと、男権世界から来たとはいえ世界の実質支配者は女性が牛耳っていたというか、たまたまそうなっただけというか。要するに、強ければ問題ないってコト。レミィはたった10万レベルの吸血鬼。だけど人類の限界レベルが1500と考えれば十分強い。辺境伯家くらい力づくで当主の座について問題ない」
「えーと……」
「こうなっては今すぐ元家族を処刑して、彼女たちの尊厳を守ってやりなさい」
「あ、はい」
「処刑前に遺言をちゃんと聞くのよ。命乞いや恨みであっても聞くだけ聞いて処しなさい。変に手心を加えるのは彼女らを誹謗中傷し名誉を貶す行為と心得なさい」
「はい、そのようにします」
私はレミリアードにじわじわ嬲るような復讐をさせない。
とっとと処刑して――表向きにはダンジョン討伐中に死亡してやむなく後を継ぐことになったという体裁を整え、そして実家を力で制圧するよう仕向ける。
古来より王とは、力のある盗賊の成れの果てなのだった。
だってそうでしょう? どんな形であれ、力で国盗りしたのだから。
なら、一番わかりやすい単純暴力で下剋上しても問題ない。
そもそも先に手を出してきたのは、彼女の元母親からなのだから……。
レミリアードは虫の息の元母親の首を掴んで上を向かせた。
「では、元母上。言い残すことを聞きましょうか」
「……魔族に堕ちるとは……恥知らずめ……」
「聞いていたでしょ? ママは……カミラママは、この世界の現天帝の孫娘でありこの世界の先帝でもあるの。魔族がどうとか、そういう次元は超えているの。つまり私が魔族に堕ちただなんて心外な発言は受けつけません。……はい処刑」
レミリアードは元母親の首を握り潰し――たのではなく、首に咬みついた。
吸血。ただただ吸血。
私にはわかる。
眷族を作る吸血ではない純粋な食事行為。
なるほど、せめて自分の中に元母の血を取り込んで自分のモノにするつもりか。
剣神スキルとジョブ、その他スキルをこの吸血で奪うつもりらしい。
「……ぷはっ。かび臭くて美味しくない。……さようなら、母上」
「レ……ミ……」
レミリアードは彼女の首を右手刀で撥ねた。
鮮血に染まる右手。
彼女はそれをジッと確認してから――
なぜか、股間に手を突っ込んで目を閉じた。これは……まさか指を……?
「……んっ。そ、そして……私のナカに……おかえりなさい、母上」
……私は新たな眷族であるレミリアードの変態性にドン引く想いではあったが、そういう心の決着法もあるのだろうと納得させて静かに頷くにとどめた。
【お願い】
作者のモチベは星の数で決まります。
可能でしたら是非、星を置いて行ってくださればと。
どうぞよろしくお願いします。
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