第213話 力が欲しいって? うん、あげる。

 私こと大人バージョンのカミラと、血みどろの銀髪少年は見つめ合っていた。

 私が下。少年は私の上。


 もとい、私は覆いかぶさるように組み伏せられている。


 顔が近い。吐息が当たる。吐血したらしく、血生臭くてとてもいい香り。

 自然と口内の牙が伸びてくる。にゅっとね。だって私、基本は吸血鬼だもの。


 にしても。


 午睡して目が覚めたら男に組み伏せられているとは思いもしなかったわ。

 世の中ホント分からないわね。これがマリーだったら喜んでちゅっちゅなのに。

 安心して昼寝もできないとか……やはり棺の中で寝るべきかしらねぇ?


 ……うん?


 あ、これ違う。こいつ、髪の毛を短髪にした少女だわ。なーんだ。

 見た目は15~16歳くらいのあどけない少年のように見えたけれど、男装かぁ。


 ふーん、そうなんだ? 良い趣味してるわね? うふふ……。


 男のくせに私を組み伏せるなんて自殺願望、ならば叶えてやろうと思ったけれど。

 女の子ならまあ許してやろう。代償に、後で血を飲ませてもらうとしよう。


 物騒なこと言ってる? そんなことないでしょう? 未来の魔帝暴君よ、私。


 それよりも。


 どうやら私の住む世界基準ではあり得ないという先入観が邪魔をしたらしい。

 前世世界ならまだしも、今世の倫理観では『女性が髪を短く切る』なんて、ね。


 私はジッと観察する。銀の短髪少女を。魔眼や鑑定は興ざめなので使わない。


 整った顔立ち。それだけでも身分の高い貴族であるのは一目瞭然。貴族は基本的に政略結婚だが、そのためにも美しい子女を用意するものだった。結果、美男美女率が自然と上がるわけで。美容への手入れも、際限なく金をかけるし。なんで男装なんてしているのか少し興味が湧くが、今問うのは詮無きことだろう。


 ジクジクと流れる彼女の胸の傷、アーマーインナーガンビスンも切り裂かれている。

 美味しそうな血。処女かな……うん、処女だね。童貞と処女は匂いでわかるもん。

 はあ……ふう……あったけぇ血ぃ、ヴェロヴェロ舐めたぁ~い。


 ……なんてね。そんなどこぞのゾンビめいた下品な行為はしないよ。


 それよりも、だね。


 その先、控え目な胸の、かろうじて段差のある下乳の根本。

 傷口が酷い。ぱっくりやられてる。女性特有の脂肪層から赤い肉が覗いてる。


 ふむ、なるほど。


 どうやっているのか半端に止血が作用している。たぶん魔道具か何かだろう。

 致命傷ではない。が、あと30分もしないうちにやっぱり失血死する感じ。



「わ、私の最後の希望……叶えて、ください……」

「問おう。お前が、私を、んだのね?」

「……はい」



 私たちの少し向こう側では三人の女たちと巨大な武者がしのぎを削り合っている。

 剣戟に次ぐ剣戟。あと魔術も。

 なんとなく状況を察するが、それは口にしない。言ったところで意味がない。

 どうやらここはダンジョンらしい。武者はダンジョンのボス格なのだろう。

 この男装少女はボスレイド攻略で負傷したかどうかはともかくリタイアした、と。



「私さ、以前アホの女神から召喚を受けて、腹いせに食い殺したことがあるの」


「……!?」


「レベルなんてたった120億だったっけ。あれ? 130億だったかしら。とにかく弱っちいの。星の管理神だからその程度でも務まるのだろうけれどもね」


「レベルの桁が……!?」


「私のレベルは垓に達してから数えるのをやめたわ。すぐそれが無意味ってわかったから。そんな私をぶだなんて、なんて身の程知らずな娘なんでしょうね?」


「私は……じき死にます。なので……その前に。この身を、捧げます……っ」


「うん。まあ……若い処女の血は、私的には若い童貞の血の次に好物だけどね」



 爆音、轟音、鉄と鉄が打ち合う音。派手にやらかしてる。まるで殺陣たてみたいに。


 ちらり、と私は今一度、周囲の様子を走査する。


 武器防具などの装備品が私と少女の周辺に散らかっている。

 割られた鎧。どうやらミスリル製のよう。これは鑑定しよう。品質はB+だね。

 ふむ、なるほど。防具破壊時にアーマー固定ベルトが千切れて外れた、と。

 鞘に収まった剣。これもミスリル製。品質はB。ふむ。なのか。


 私は映画撮影みたいな戦いの音が響く方へ、注意深く意識を傾ける。


 大鎧を着た巨大武者。おそらくはダンジョンボス。レイドボスと呼ぶ場合もある。


 対するは、3人の剣士と魔術師の女性たち。年嵩に妙に開きのある3人だった。


 一人目。

 三十路すぎのオバサン剣士。銀髪、短髪。彼女を見る限り、血みどろで死にかけの少女は実は男装趣味の少女ではなく、戦闘用に髪を切ったと推測修正される。

 白金に輝くダイヤアーマーがひときわ目を引く。そんな彼女の獲物は鋭い蒼光を纏う魔力付与バスタードソード。どうやらスキルで魔剣化させているらしい。

 追記事項。

 血みどろの少女と顔立ちが非常に似ている。母親か親族か、その辺りなのだろう。


 二人目。

 小生意気そうな娘剣士が1人。歳は13歳くらい? 剣筋は良いけどそれだけの娘。

 ミスリル製と思われる部分鎧に、ブロードソード双剣持ち。軽戦士スタイルか。

 高貴な身分のはずなのに、なぜか卑しい雰囲気がある。わけがわからない。

 例えるなら人間ヒト族の中になぜかチンパンジーが混ざったかのような違和感。

 銀髪で短髪。面影だけ見れば血みどろ少女の妹なのではと推測するが……。


 三人目。

 陰キャな娘が1人。年嵩はさっきのより2歳ほど下っぽい。魔術が得意らしい。

 夜空のような深い藍色のローブとフード。右手には赤い宝珠を埋め込んだワンド。

 ローブから覗く双眸が、どう見てもレイプ目なのが彼女の最大の特徴。

 何か常に憤っているというか、怒りを胸に隠している印象を受ける。はて、生理でも来ているのか。ちなみにローブフードで見えにくいが、青髪なのは確認した。



「ふぅーん? お前、あのオバサン剣士にバッサリとヤられたのね」

「……!? ど、どうして……わかったの……?」


「鎧が袈裟懸けに割られている――が、切断面に叩き潰した跡を残している。ではない、傷跡。つまり、の太刀を持つ武者にやられたわけではない。あと、あのモンキー小娘の腕前程度では鎧は破壊できない」


「……はい」


「大方アレでしょ。お前が無能だから事故に見せかけて殺そうって寸法。どうせお前、もしかしなくても貴族でしょう? ひょっとして跡取りだったりする?」


「はい……」


「で、どうして欲しいの? 見返したい? それとも復讐? あるいは逃避?」


「願いを……叶えてくださる……のですか?」


「本来なら召喚者など殺して然るべきだけど……召喚陣もなく、お前自身も大した魔力もなく、しかも弱くてボロボロで死にかけなのよね。弱きは悪。ただ……ふむ」


「……」


「お前、面白そうなスキルを持っているよね。なんなら私のユニークスキルと肩を並べるくらい。上手く使えばこの世界を滅ぼしも救いも出来るレアスキル」


「で、デザイア……と言います。最後の最後……すべてを投げ打って……それでやっと発動する……スキルらしいです。ただ……どんな願いでも、叶うとか……」


「うん、どうもそのスキルの影響を受けてか、お前を殺す気にならない。もちろんその気になればこの抑制などすぐに吹き飛ばせるわよ。でも、あえてやらない」


「……」


「与えられた恩恵に感謝なさい。……それで願いは? 言ってみなさいな」


「わ、私の願い……?」


「そう。血生臭い口で、魂の叫びを声高に宣しなさい。ふふふ……」


「私の願いは……げほっ!?」



 彼女は言いかけて、つんのめるようにして手で口を抑え、喀血した。

 この子、もう長くないな。と私は冷静に分析する。血を流し過ぎているのだ。


 ガァンッ! ガァンッ! ガァンッ! と、ひときわ重い音が連続する。

 激しい剣戟。必死の剣。どうやら彼女の親族側が押されているようだ。


 喀血した少女に私がしてやれることはない。私の回復魔法は生命体には作用しないのだった。ただ一つできるのは、黙って彼女が落ち着くのを待つことのみ。



「母上、こいつ……いつもと違って強い! なんで!? どうして!?」

「稀に本来より遥かに強い個体が、ダンジョンボスを務める場合があるというが!」

「私の魔術が殆ど効かないだなんて……!?」



 ふーん? こんな弱い武者型ダンジョンボスが強いと感じる、ねぇ?

 ちょっと武者の強さを鑑定しちゃおうか。


 ふむ、ふむ。


 武者のレベルは800。よっわ。私なら殺意を込めて睨むだけで爆砕できる。

 阿賀野流戦国太刀の使い手。あれっ、なんだろう。なぜか馴染みを覚える単語が。

 武者の本体は、自らの最強を求めて人を辞めてしまった阿賀野一族の成れの果て。

 死してなお、わが最強を求め続ける――が、呪いにより弱化している、と。


 皮肉な魂だねぇ。これは討伐による解放をしてあげたほうが良さそう。


 私はするりと立ち上がる。とりあえず召喚者たる彼女の安全確保でもしようね。



「ごきげんよう、弱くて愚かな諸君。惰弱な戦闘を早く済ませて欲しいわね」


「――!? な、なんだ貴様!? いつの間に!?」

「彼女に召喚された英傑サマよ。お前たちなど物の数に入らないほどの」

「ふかしてんじゃねーぞゴルァ!」

「……何こいつ、嫌い」



 弱いヤツが何を粋がっているのか。無駄無駄無駄。某Dio様っぽく嘲笑うわよ。

 ……一人くらい殺してもいいかもね。食事代わりに。


 どれにしようかな?


 と、そのとき。私と武者と目があった。

 剣身一体。殺意に満ち満ちた、赤く濁る良い目つきだった。


 注釈。私の武者観は鎌倉あずま武士が基準だった。要するにバーサーカーである。


 カッと、武者は太刀を八相に構える。遠慮のない殺気が私に、突き刺さる。



「あらあら、まあまあ! 弱いくせになんて情熱的なアプローチなんでしょう!」



 官能的過ぎて淫魔の尻尾が生えて来ちゃう。殺し愛、なんてね。

 いいわよぉ。少し相手してあげる。そしてサヨウナラだね。


 武者が私をターゲットに変更したのは既に語った通り。


 彼(?)は前方に倒れるような仕草から一気に間を詰めてくる。この一挙動突進。縮地走法だった。足の運びも能舞の足捌きを極化したみたいな動作になっている。


 対する私。人差し指を前面に立て、半歩すり足を取り、紙一重で斬撃を回避する。


 そして流れに逆らわず横合いから武者の首の下へ、前面に立てた人差し指を突っ込む。普通なら――普通の人間なら喉を抉られて死ぬ。だが武者の中身は空だった。



「へぇー。怨霊にも色々あるのね。面白いわぁ」



 私は突っ込んだ指をくんっと上に持ち上げた。するとどうなるか。武者は中空に放り上げられるのだった。大体10メートルくらい、彼(?)を真上に飛ばしてやった。



「追い打ちバスターホームランっと」



 私は瞬時に想像魔法『EL・DO・RA・DO』を行使する。以前アーデルハイドの元枢機卿ハンスにプレゼントした鉄塊みたいな巨大剣を作りあげるのだった。

 そうして落下してきた武者を、ガンッと踏み込んで逆袈裟にぶった斬る。

 余波でオバサン剣士も少し斬ったけど、そんなのどうでもいいよね。


 左下から右上に両断された武者は、床に落ちる前にそのままチリのように消えた。



「……見事、と言いたいところだが。召喚された英傑、だったか?」

「そうだね。どうやら私はお前たちの敵みたいよ? そこの処女ちゃん次第だけど」


「しかしそいつはもうすぐ死ぬ。わかっていての発言なのか?」

「……お前、あの子の何なのかしら?」


「母だった」


「過去形。じゃあ他人よね。私たちの仲に口出ししないでほしいわね?」


「このダンジョンはわがバトランド伯爵家の管理物だが?」


「何言ってるの? バカなの? ああ、バカだからこその発言ね。ダンジョンマスターでもないのに管理者を騙ってどうするの? ……殺すわよ」



 軽く殺意を込めてやる。ほんの少しね。込めすぎると人体が爆発するからね。



「ぐ……っ!? なんだ……っ!? 殺気が際限なく膨れ上がるだと……!?」

「そうだね。なら、ついでに死んでおく? 偽物のダンマスさん?」


「マズい……引くぞ! フレイア、クリスティア! アレとは戦うな! 死ぬぞ!」


「チッ……てめえ、いつかぶった斬る」

「いつかとはいわず、今すぐ斬ってあげる。ほら、こーんな感じにね」


「うぎゃっ!? な、なんで斬撃が……っ!? 5間約9メートルは離れているはず……!?」



「馬鹿者! 引け! 撤退だ! クリスティア、その馬鹿娘に肩を貸してやれ!」

「……はい、母上。……モンキー姉貴、いつまで経っても頭の中身が猿山の猿」


「いてぇよぉ……」



 這う這うの体ほうほうのていで逃げる、母娘ら三人。

 撤退をすべきときは迷わず撤退を選ぶ。なるほど、悪くないわね。むしろ良い。

 追撃するのはやめてあげよう。どうせ私から逃げ切れるわけないのだから。



「さて、召喚者の処女ちゃん」

「そ……その呼び方は……さすがに……げほっ……ちょっと……」


「息も絶え絶えに何言ってるの。願いごと、早めに言いなさいよ」

「私の名前は……レミリアード……です……」


「そう。じゃあレミリア。願いを言いなさい。私の気が変わらないうちに」

「私が、死ぬ前にと……言わない辺り……優しい……ですね……」


「ほらほら、早く早く。私はね、とっても気まぐれよぉ」


「……に、なりたい」

「うん?」

「あなたのような……吸血鬼になりたい。死も……弱さも……無縁……げほっ」


「要するに力が欲しいって?」

「は……はい……」


「うん、あげよう」

「あ、ありがとう……ございま……」



 あ、これ次の瞬間には死んでるわ、と勘づいた私は。

 即、召喚者の処女ちゃん――否、レミリアードの首筋に咬みついて吸血していた。




【お願い】

 作者のモチベは星の数で決まります。

 可能でしたら是非、星を置いて行ってくださればと。

 どうぞよろしくお願いします。

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