第212話 無能と呼ばれた辺境伯爵令嬢
私が辺境伯爵家――バトランド辺境伯爵家はグランドアース帝国建国の際、武勲によって皇家に貢献した家系だった。それは約600年前のことであった。
古い、武辺の家系である。
伝説の、遥か地平線の向こうのまた向こう。海をいくつも跨いだ先にある極東の神人の国では2500年以上も一つの国家を保っているともいう。
素晴らしくも羨ましい話だ。その国はきっと豊かで国民はみな幸せであろう。
対する我々はただの人間。神人たちの如く神々の末裔、または系譜ではない。
なのでたかだか600年の年嵩であっても、あえて『古い』と言わせてもらいたい。
さて、そんなグランドアース帝国、バトランド辺境伯爵家だが。
武勲によって成り立つ家系だと私が先ほど申し上げた通り。
簡単に言えば、戦闘特化の家系であった。脳筋とも言うが……。
一族の者であれば最低でも剣術はマスタークラス。剣聖と呼ばれる者もゴロゴロ排出していた。稀に剣神とも呼ばれる者も現れて伯爵家の基盤をより強固にする。
剣だけを例に挙げたが魔術も大したもので。ただし、攻撃魔術特化となる。
最低でも地水火風の四属性の内、複数属性を扱い――ときには全属性を扱うマスタークラスも現れる。魔術師ではなく魔術を導く者としての魔導師と呼ばれる者がゴロゴロ現れて、ときには魔術師を統べる魔塔主に就任する者すら現れる。
ところが、だった。
私――レミリアード・ウィル・バトランド。辺境伯爵家の長女。18歳。
私には、何もなかった。有用なスキルが、一切。
いや、一つだけそれっぽいものはあるにはあるのだった。
この世界の神は慈悲深く、家系の血と外部の血から、もっとも適したスキルを与えてくださるというのだ。そのスキルを通して、ジョブも付与される……のだが。
私のスキル。それは『デザイア』と呼ばれる。
個々のスキルには必ずレア度なるものが設定されている。
一応はSSSSS+となってはいる。ちなみにジョブは『希望師』なのだそう。
なんだそれは? 意味が分からない。ふざけたジョブとも言えよう。
にしても5つ『S』ランクが付く上に『+』がつくだなんて、神級ではある……。
デザイア。
古代文献によると建国より一度だけ、皇家の姫君に現れたレアスキルだとあった。
が、発動したことは、ついぞなかったとのこと。『デザイア』スキル保持の姫君は、このスキルを発動させることなく天寿を全うしていたのだった……。
かくいう私も、このスキルが発動したことは、一度たりともなかった。
古代文献によると『デザイア』とは願望や欲求という意味らしい。
つまりスキルレア度から鑑みるに――
どんな願いも叶えるスキル、というふうにも受け取れる。
ジョブ名も『希望師』などと意味不明なものもついているし……。
そんな御大層なものより、剣術スキルを与えてくれた方が良かったのに。
最初に語ったようにバトランド辺境伯爵家は、建国からの武辺の家系。
武によって家を興した一族。良くも悪くも武闘派。戦闘民族、いや、戦闘一族。
そして辺境伯爵家とは、つまり辺境伯のことなのだが――
周知の事実を語らせてもらうと、辺境伯とは武闘派のみが
国境の一番危険な、帝国に敵対する国と隣接する土地をあてがわれる代わりに広大な領地を与えられ、位においては実質上侯爵位と肩を並べる家系。
くどいほど繰り返すが、バトランド辺境伯爵家は武辺の家系なのだった。
……私は、この家では、無能だった。
わが家系では性別に関係なく、まずは武を磨くことを是としていた。武に才能がなくても魔術に才能があるならそれで良し。磨き上げれば一人前と認められる。
武術系スキル、または魔術系スキルがあれば、何も問題はなかった。
幾分下に見られる徒手空拳系スキルであっても良いし、精霊術などでも良い。
しかし私にあるのは『デザイア』と呼ばれる意味不明な神級レアスキルのみ。
ところで、先立て、自己紹介の折に私の年齢は18歳だと記した。
ならば後々混乱しないように、今の内に吐露しておこう。
私の享年は18歳だった、と記すのが正しい表現となる、と。
私のような跡取りがいては困るのだろう。……ん? 何かおかしなことを私は言っただろうか。通常、長女が家の跡継ぎになるのは当然のことではないか?
まあ、いい。
要するに私は『病死』または『事故死』してもらわねば困る存在だったわけで。
私の18歳の誕生日。神殿にて極秘に今一度スキル鑑定を、バトランド家の財力で抱き込んだ神官の元で行なって、結果が変わらぬことを確認した母上は。
「レミリアード。迷宮探索へ行くぞ。あるいはもしかしたら、必死で戦うお前にわが一族の血が猛り上がり、スキルが生成されるかもしれぬ。拒否権はないと心得よ」
「……はい、母上」
「どーせ無理でしょ。レミリ姉さまは無能。これは変わらない」
「フレイア、その口を閉じろ。長女相続を曲げる例外を作るわけにはいかんのだ。それはいつか家系を破滅に導く悪い前例となろう。理解できずとも納得せよ」
「……はーい、母上」
「まったく……性格はレミリアードの方が圧倒的にわが一族に沿うのだが」
「努力してまーす、母上ー」
「……レミリア―ド。出発の準備をせよ。その銀の髪を切れ。戦いに長髪は無用」
「……はい、母上」
「ははっ。姉さまは男のように家に籠っていればいいから長髪でもよかったのにね」
「その口を閉じろ、フレイア! お前は髪色以外、姉とは正反対すぎる!」
「はーい、母上ー」
フレイアは次女だ。つまり私の妹。
わが家系は母と父、三姉妹と二兄弟で構成される。
父は皇家傍系のアーストロッド公爵家三男で、わが家門に嫁いできた。
三姉妹の内、私が長女レミリアード。戦闘スキルを持たない『無能』の跡継ぎ。
次いで口の悪い次女のフレイア。この子は剣聖のスキルを持つ。ジョブも剣聖だった。高い才能を持っていても必ずしも性格も良いとは限らない手本みたいな愚妹。
最後に、この場にはいない三女はクリスティアという無口な末妹がいる。私には態度で気づいている。彼女は私を軽視し、むしろ憎悪していると。この子は将来は魔塔主になれるほどの魔力と、四大属性魔術スキル持ちの『魔導師』であった。
二兄弟はどうしたのかって? いずれは他家へ嫁ぐ兄弟たちなど現時点ではどうでもよかろう。とはいえ私個人としては彼らは嫌いではない。たとえ彼らが私を嫌っていたとしても。女は男のそういう雄々しいところも許容してこそ女である。
私は無能ではあれど、人として、そして貴族令嬢としての矜持がある。
すなわち女は男を守ってやらねばならない。世界は女権で成り立っているから。
ともあれ、私はバトランド家が所有、管理する迷宮へと探索へ向かうことになる。
迷宮の名は『最も深き魔力の迷宮』または『アビス』という。
母上、私、フレイア、クリスティア。4人で迷宮探索に入る。
ちなみに、私はこの迷宮に入ったことがない。達人でも危ないとされる迷宮。
経験があるのは練習用とされる『浅層の回廊』と呼ばれる迷宮くらいだった。
もう、おわかりだろう。私の命運を。
私はその最下層とされるダンジョンボスの部屋で――
母上に斬られた。
母上は剣神スキル持ちの、ジョブも『剣神』だった。
袈裟懸けに、一閃。迷いのない剣筋。殺すと決めた、一撃。
ケヒッと邪悪に顔を歪めるフレイア。
虫でも見るかのような蔑んだ表情のクリスティア。
ただ、母は。親としてのある種の感情も無きにしも非ずだったのか。
それとも私がたまたま石につまずいてつんのめったせいか――いや、関係ないか。
その一撃は本来なら致命傷に至るものだった。が、しかし今回に限ってはギリギリで持ちこたえられる、皮一枚を残す結果に留められた。
もちろん出血が酷いため、すぐにでも手当てしないといずれは失血死するのだが。実は今回のようなケースを見通して、こっそりと忍ばせていた治癒の護符の効果もほぼ効力を見ない。回復より継続ダメージのほうが大きすぎるのだった。
母上は一撃だけ私に加えて、そしてダンジョンボス討伐へまた戻った。
そう、私はダンジョンボス討伐の際に誤って斬られた形となる。
ただよろしくないことが続き、ここのボスは東方の大鎧を着た巨大武者で。
最初は騎馬で現れ巨大な十字槍で戦い。馬がやられてからは降りて大太刀で戦う。
そんなダンジョンボスだった。物理で責め立てる武辺の塊のようなボスであった。
私は、このダンジョンボスに挑んで斬られて死んだことになるのだろう。
こみ上げてきて、口から大量に吐血する。
ああ、つまらない人生だった。
家族に、母上はともかく妹たちに心の底からバカにされ――
いちいち描写なんてしないが、当然の如く家中の使用人にまで軽んぜられて。
何も希望のない人生だった。なにがジョブ『希望師』か。片腹痛いわ。
先人の皇族の姫君と同じ超レアSSSSS+スキル『デザイア』か。
なんの役にも立たない。発動しなければどんなレア神スキルも無意味。
それならば私は何も望まない。さっさと人生なんて終われ。
……。
……違う。
……違う、違う!
違うのだ、そうじゃない!
私はずっと、心の底から切望していたのだ。
戦闘スキルがないなら、戦闘スキル以外で強くなりたいと。
あまりにも強烈なレアスキルの存在のせいで他の汎用スキルすら生えず、しかして唯一価値を与えてくれる可能性のある神のスキル。SSSSS+『デザイア』。
私はあと
むしろボス戦に巻き込まれて死ぬ可能性の方が高いかもだが。
それはどうでもいい。
私の唯一のスキル『デザイア』よ。
私は死ぬ。だから、せめて、死ぬ前くらいスキルの発動をしてみせよ。
私は捧げるぞ。この途絶える寸前の命を。だから――
……。
そうか。
反応しないか。
……残念だ。
もう、眠い。私は寝る。
……。
……。
『すべてを失った先の、そのまた向こうにあるのは希望か、更なる絶望か』
『デザイア。発動条件をクリア。発動者の希求を分析。単純に強さを求めると理解』
『演算中。演算中。回答に至る。その願いを叶えるには召喚が必要。ゆえ、召喚す』
『我はデザイア。ラストデザイア。持たざる者の最後の希望。どんな願いも叶える』
うるさいな。私は眠いのだ。邪魔をするな。
「……ぐふ!?」
どさ、と何かが私の上に落ちてきた。強制的に目を覚まされる。
残された力を振るって、その『何か』を私からどける。
ぼやける視界に、映るのは、真っ赤なドレスを着た……若い女?
この迷宮を探索するために私はミスリルの鎧をまとっていた。それは、母上の一撃によって両断、胴部分はガンビスンという鎧を着るためのインナーが露出していた。
そこに何かが落ちてきたのだが――まさかの女。
しかも眠っている。いや死んでいるのか? わからない。
深紅の髪、非常に整った顔立ち。ああ、どうしてだろう。私は女なのにこの女に一瞬抱かれたいと思ってしまった。男のように雄々しく、快楽に身を任せたいと。
ダンジョン最下層のボス戦は未だ繰り広げられている。
だがそんなものはどうでもいい。
デザイアだ。私の無能スキルが発動したのだった。
つまり、これは?
「お、起きろ……起きろ。私の、最後の希望……っ」
私は彼女の元に這って移動し、馬乗りのような姿勢でぱんぱんと彼女の頬を叩く。
「起きて……お願い、起きて!」
「……う、ん? ふぅー。アリエル、私、もう何時間眠ったかしら?」
「お、お……起きた……っ!?」
「……え、ここ、どこ?」
「起きた……起きた……っ!!」
「まぁた懲りずに召喚されたっぽいわね。ないわー。ホントないわー」
「起きた……目覚めた……っ。私の、最後の希望……!!」
「……お前、何? なんでそんな血まみれで美味しそうな匂いを発してるの?」
「ひっ……!?」
女はギラリと口元から牙を覗かせた。彼女の眼は大型猫系肉食獣のようで。
恐るべき存在。人知を遥かに超えた美貌の持ち主――人ならざる者。
知識ではない。魂レベルでの直感で私は勘づく。こんな美形が人のはずがない。
私の中の何かが囁くのだ。理屈や理由をすべて突っぱねて、ただ者ではないと。
……この女、吸血鬼ではないか。母上ですら見たことのないはずの上位魔族。
しかもただの吸血鬼ではないだろう。あのデザイアが召喚したのだから。
真祖、または元祖と呼ばれる吸血鬼たちの女王ではないか?
いや……私の最後の希望が、まさかの、吸血鬼!?
【お願い】
作者のモチベは星の数で決まります。
可能でしたら是非、星を置いて行ってくださればと。
どうぞよろしくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます