第205話 服従か、死か。選べ。
光源は燭台型の魔道具が一本だけ。傍で頼りなく魔術の炎が揺らめいている。
天井は仰ぎ見るほど高く。一本のロウソク魔道具程度では光など届かぬ。
時折、あちこちより軋む音が響く。
まるで押し殺した悲鳴。中にいる者の心中を容赦なく不安に掻き立てる。
外の気配。
轟々と風が吹く。凄まじい突風で外界を隔絶する嵐の結界である。
ここは嵐の塔。別名、
真昼間でさえ、嵐の結界が喚ぶ雷雲がおどろおどろしく天に広がり黄昏のよう。
虜囚は1人。私のみ。
一応は貴族らしく淑女のドレスは着せられてはいるが、私の好みなどお構いなしの衣服など獄舎の囚人服となんら変わらない。屈辱なのである。
私は見慣れた周囲に目をやる。
外界への繋ぐ、頑丈無骨な鋼鉄の扉。
この扉が唯一の、牢の出入り口。
牢の外は――絶壁になっている。
ヒトが誤って落ちたら二度と這い上がれぬ高さ。むしろ即死する高さか。
そう。
この嵐の塔は二重構造になっていて、外の塔の内側にもう一つ塔を造る構造になっている。鋼鉄の扉の外は、外と内の塔を繋ぐ細く長い回廊が伸びているのだった。
私は、鋼鉄の扉を冷えた目で眺める。
経験上、そろそろ彼はやってくる。
成人男性の目の高さほどにある、小さな鉄製の覗き窓。
コツコツとわざとらしく足音を立てて近寄ってくる人物。そして立ち止まる。
予想通りか。つまらないな。
次いで、ジャコッと、鈍い音を立てて開く覗き窓。
「……ソフィーティア・テレス・ジャンロック公爵令嬢」
若い男の声が牢に響く。澄んだ声色。姿が見えなくてもわかる。あいつだ。冷徹な氷の心を持った、ゾッとするほどの銀髪美男子。私の宿敵。怨敵ともいうが。
「……」
「心変わりはないか?」
「……」
「……そうか。変わらぬか」
「……」
「こちらに降るというなら、牢から出してやれるし、処刑も取りやめるというのに」
「……いけしゃあしゃあと」
「久しぶりの声を聞いた。が、憎まれ口か」
「私の家族を謀殺しておきながら、そして、ありもしない罪をでっち上げながら」
「それが政治というものだよ」
「レオナルド・ヨゼフ・トリスタン小公爵」
「……うん?」
「私はお前を殺すことだけを支えに生きてきた。苦しいときも、お前を殺す一心で泥水さえも啜れた。そんな私に降れとは愚かにもほどがある」
「姿をくらまし、男装をして傭兵団を作り上げた気概は素晴らしいと思う」
「……」
「だが、それがどうなった?」
「くっ……」
「私に刃は届いたか?」
届かなかった。私はヤツの首筋を狙えど、その刃は届くことはなかった。
もっと的確に言えば剣を抜く暇も与えられなかった。その前に傭兵団を潰された。
トリスタン小公爵は、覗き窓を閉めて、去ってゆく。彼は私に屈従を求めている。
そんなものには決して屈しない。
……ジャンロック公爵家とトリスタン公爵家は王国黎明期より関係はあまり良くなかった。それが近年になって悪化の一途をたどり、敵対関係になっていた。
理由? 知らないわ。どうせきっかけなど両家の些細な軋轢から生じているわよ。
だが長年に渡り小さな軋轢も積もりに積もれば、比例して憎悪も増すもので。
互いに謀略を尽くし、互いに果てなく潰し合うも……一瞬の隙を突かれる形でわがジャンロック公爵家は国家の叛逆者に仕立て上げられてしまったのだ。
王国には2人の王子がいた。
1人は長男のデュブリック王子。ただし側室の子。
1人は次男のアールロイ王子。彼は正妻の子である。
つまり、跡継ぎ問題である。
我々ジャンロック公爵家は次男のアールロイ王子を推した。
長男次男に関わらず、正妻の子であるというのが最大の理由となる。
一方、トリスタン公爵家は長男のデュブリック王子を推した。
正妻側室の子に関わらず、なにはともあれ長男であることを理由として。
相続問題は、泥沼の問題でもある。
争いは激化、謀略の限り尽くし、しかし我がジャンロック公爵家は優勢だった。
が、相続権の確定まさにその時、王が毒殺される惨事がおきた。しかも巧妙な根回しと詐術で我々ジャンロック家の手の者の仕業に仕立て上げられてしまった。
先に書いたように我々ジャンロック家は第二王子――正妻の子のアールロイ王子を推して優勢だった。つまり王を弑逆する理由などないのだった。
わかりきった現実。しかしそれすらもトリスタン公爵家は利用してきた。
表向きは第二王子優勢ではあれど、実は第一王子に王は心を傾けているのだと。そういう演出で、喜劇めいたクソ芝居にて高らかに嘘を謳い上げたのだった。
我々には一つだけ弱点があった。
第二王子、つまりアールロイ王子は……少しばかり知能に問題を抱えていた。しかしそれはそれで優秀な大臣たちを構成すれば、彼でも賢王になれるはずだった。
そこを、トリスタン公爵家は、的確な時期に的確な謀略で勝負を決めてきた。
実は父王は第二王子を嫌っていた。そして彼は父王に、知恵遅れ気味のお前は王にふさわしくないと指摘され、つい、カッとなって相続権決定の日に毒殺したと。
もちろん嘘である。そもそもアールロイ王子は当時、確かに王城にはいたが、父王と茶を飲んではいなかった。他の用向きで自室から一歩も出ていなかった。まあ、後で知るにはお気に入りのメイドと……男女の大人遊びをしていたらしいのだが。
しかし公的には、大々的にアールロイ王子の父王弑逆が流されて。
人々は真実や事実などどうでも良いのだ。
リアリティがあれば。
あの愚王子ならやりかねないと思わせるシュチュエーションさえ整えば。
そして私たちジャンロック公爵家は、叛逆者の烙印を押されてしまい。
その頃、私は貴族子息令嬢の通う学院に寮生として就学していた。つまりほぼ一連の謀略とはノータッチで過ごしていた。ところが一変して囚われの身になりかけて、単身脱出し、男装をしてまで、この嘘にまみれた日々を覆すべく頑張ってきた。
トリスタン小公爵とは学生時代からの知り合いであった。彼は私とは違い跡取り故に一連の出来事をすべて網羅しており、そうして私を真っ先に捕らえようとした。
そして10年の月日が経ち、現在に至る。
男装し、傭兵団を構築し、隣国に潜伏。兵力を培って、更には策を巡らせて外交悪化をもたらし、侵略によってかのトリスタン公爵家を滅ぼさんと目指したが……。
失敗に終わってしまった。
それ以前に、傭兵団は戦う前に副官の裏切りで私はトリスタン公爵家の囚われに。
……いっそ、死ねたらいいのに。
が、死ねない。生きている限りは、この復讐劇は終わらぬ。
終わらぬのだ……っ。
意気込む。
と、同時に私は異変を感じ取った。
「……風鳴りが、止んだ?」
処刑を前にしてなお、決意を新たにする私であったが――。
この異常事態に私は目を剥いて
この塔は嵐の塔。別名、
常に塔の周りには激しい風が吹き荒れて、塔への出入りの手段は超古代の魔術的転移を使わねば決して潜れない鉄壁の守りを持つ。
しかも塔は二重構造となり、囚われし者を絶壁により完全に封殺する。
そんな、嵐の塔なのだが……風が止んでいた。逆に恐ろしい凪の世界となった。
「何? 何が起きたというの?」
怖い。
あるはずのものが無くなるのは恐怖である。家族を失う恐怖。貴族としての立場を追われる恐怖。命を狙われる恐怖。一体何が起きているのか。
破裂音。
塔の天井が、ベキッと冗談みたいに吹っ飛んだ。わけが分からず、声も出ない。
そして、壁を崩壊させつつ……巨大な黄金の何かが目の前にズドンと。
もうもうと立つ土埃。
そんな中、黄金の何かは変化して、小さな女の子になった。金髪金眼の女の子に。
年嵩は10歳くらいか。
彼女は、白いローブの若い男――と思われる人物の顔面を鷲掴みにしていた。
「うははははっ、抵抗は無駄ぞ! 力なき正義は無力! わかっておろう!?」
「にゃあ! 服従か、死か、選ぶにゃ! 服従すればいつもの生活が送れるよ!」
「あばばばば……っ」
なんかもう1人増えた! 変わった語尾のもう1人だ!
その子は深紅の髪、深紅の目、見た目は3歳くらいの小さな女の子だった。
金髪と深紅の髪の幼女たち。
深紅の幼女は歩くたびにピコピコ音を鳴らしている。しかも空中を歩いてる!?
というより二人とも、発言が剣呑すぎて怖い! 見た目とのギャップが酷い!
「既に天帝ルミナスグローリーはわらわの孫によって滅ばされているでのう! そなたが従っていた支配者は、もういないのじゃ。さあ選べ、服従か、死か!」
「お前の名前、なんだっけ。星の管理者の……えーと、ミナス・ルミデルだっけ」
その御名前。私たちの世界の主神さまの尊き御名前なのですが……。
「早く選ぶにゃー! 迷っているうちにおばあちゃんに頭を砕かれちゃうよー!?」
おばあちゃん? 金髪幼女がおばあちゃん? ああ、思考が追いつかない。
白いローブの若い男は、金髪金眼の幼女の腕をパンパンとたたき、降参の意を表した。金髪幼女、彼の顔面鷲掴みをやめて、ポイと彼を床に転がす。
「げほっ……げほっ……。こ、降参です。従います! も、元あった立場を保証してくださるなら私たち当惑星の神々は何も異議を唱えません! 誓います!」
「初めからそう言うにゃー。そしたら痛い目を受けずに済んだのにー」
「よーし、第一歩目から過激な対応になったが、丸く収まったので良しじゃな!」
「うん!」
「……むお?」
「どしたのおばあちゃん?」
「そこに人の子がいる。こんな古臭いだけが取り柄の塔になぜいるのじゃ?」
「どうでも良くにゃいー? 次いこー?」
「ま、そうであるな」
「――子ども? ど、どこから侵入してきたのだ! この惨事は何なのだ!?」
「トリスタン小公爵……」
「おっ? また人の子が増えた。美男美女。ふむ。逢瀬の塔であったか」
「ふみゅー? えちえちするのー?」
「男と女。それはもう、するのであろうな。ふむ……なるほど」
「にゃあ?」
「鑑定するとこの男はこの女が好きなのじゃな。しかし家同士は敵対関係にある。女の方の家は負けて取り潰された。が、せめて好きな女だけでも生き残れるよう苦慮したと。監視の目があるため助けるにも難しく、ならば降ってくれればと願っている」
「にゃっふう」
「ロメオとジュリエッタの亜種みたいなものよの」
「じゃあ最後は服毒自殺エンドにゅ?」
「で、あろうな。ああ、つまらぬつまらぬ」
「みゅう」
「よし、行くぞ。おい、約束は契約と同じじゃからな、この星の管理者よ」
「は、はい。誓って約束は守らせていただきます!」
「ついでにこの人の子らに祝福でもくれてやれ。聖人と聖女の印をつけるとか」
「そ、そうですねっ。こんな私の姿を見られては後々困りますし!」
「そなたの無様な姿などどうでも良い。が、口封じのため祝福するしかあるまいて」
「お、お前たち……この世界の主神、ミナス・ルミデルの祝福を与えよう。教皇よりも上の立場、聖人聖女となれ。……だから、この一件は黙っていること。いいね?」
「あっはい」
「あっはい」
「聖人と聖女は半神半人の扱いである。お前たちに害を及ぼさんとする者があればそれはこのミナス・ルミデルに弓を射る行為と同等となる。強く生きるがいい」
「もう良かろう、行くのじゃ!」
「にゃはっ。いこーいこー!」
「のひょえええええええええええええええええっ!?」
金髪金目の幼女が巨大な黄金竜に変怪する。その背にぴょこんと乗る深紅の幼女。
一方、私たちの主神様は乱暴に鷲掴みにされ――そして竜は飛び去ってしまった。
「……」
「……」
呆然とする。一連の事態がちっとも呑み込めない。
私たちの神さまより強い存在が2柱も現れて、オマケとばかりに私たちに祝福を。
いや、待て。
そうじゃなくて、落ち着いて、先ほど交わされたセリフを思い出すのよ!!
「レオナルド」
「……ああ、うん」
「私のこと、好きだったの?」
「……そうだ」
「敵対している家柄なのに?」
「誰かを好きになるのに、家など関係ないだろう」
「……」
「助けたかったのだ。私は跡継ぎではあるが当然ながら当主ではない。力が、ない」
「……」
「しかし自分のできうる限りの策と手段でソフィーティア、キミを救うつもりでいた。皮一枚だった。ギリギリだった。私が弱いせいで、すまないことをした」
「嘘……嘘よ……」
「本当だ。この塔もわが家系の者に手を出させないようにするためのものだ。が、監視の目が常にあって、以降の目立った行動が私にはできなくなっていた」
「降れと言っていたのは?」
「降って貰えれば手段が増える。どうにか隠遁させて助ける手立てを立てていた」
「嘘でしょ……」
「本当だ! 私はソフィーティアのことを愛してしまったのだから!」
「ああ……神さま……」
神さまと言えば、私たち、祝福を貰ったのだった。
こういう場合、どこかに必ず聖印が刻まれていると習った覚えがある。
……探す間もなく、見つけた。左手の甲に太陽を模した聖印が打たれていた。
「それで、どうすれば」
「教会に行けばそれで解決する。この印を見せれば」
「聖印、だから?」
「聖人と聖女とは半神半人であり、教会で言えば教皇よりも立場が上だ。誰も私たちに手は出せない。神に直接弓引く行為など、どんな悪人でもそれだけはしない」
「……」
「よし、行こう。兵は拙速を貴ぶ、だよ」
「……信じていいのね?」
「信じて欲しい。命を賭けてでもキミを守る」
「……わかったわ」
こうして、恨みつらみの半生が、突如として一変、囚われからの大逆転となった。
以降、両家を私たちは潰し、そして新たな家を私たちは作った。
ジャンロック家とトリスタン家。
名前を合わせて、ジャスティン聖人公爵家の爆誕とあいなった。
【お願い】
作者のモチベは星の数で決まります。
可能でしたら是非、星を置いて行ってくださればと。
どうぞよろしくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます