第174話 盟神探湯 (くかたち)

「うー。トイレトイレ、なんてね」


 今トイレを求めて全力疾走している私は待ち合わせに向かうごく一般的な女の子。


 嘘ですぅー。


 あ、いえ。確かに走ってもいないし、トイレに行きたいわけでもない。それに私がごく一般的な女の子ではないのもわかってる。ただ、待ち合わせはホントだよ。


 そもそも。


 ベンチに座るツナギのいいオトコなんて当然いないから。いたらいたで困るわ。

 なんのネタかは、分かる人だけ呆れ顔になってくださいな。ウホッ、いいオトコ。


 ……真面目にやれって?


 愚か者どもを心置きなくSATUGAIしたら、妙にたぎるものを感じちゃってさ。

 キラーインスティンクトS A T U G A I の才能で、ちょっとテンションがアゲアゲになってるの。


 あんまり意味ないけど、深呼吸でもしましょうね。すぅー、はぁー。


 はい、もう大丈夫。


 ……私はとの待ち合わせに貴族区と平民区の境界区域近くにあるそこそこ値の張る、いわゆる下位貴族用の宿泊施設に向かっていた。

 下位貴族とは子爵や男爵、準男爵、勲爵士、領地を安堵あんどされた一部の騎士――騎士爵を指す。ちなみに勲爵士とは1代限りの、貴族扱いされる平民のこと。


 待ち合わせる彼女とは、もちろん暫定子爵幼女のレイランだった。


 道すがら、街の喧騒とは少し異なる騒がしさを感じながら平民区の大道を行く。


 その原因はわかっている。


 私が暴れた、あの酒場についてだった。


 一応スラムとはいえ平民区との境界にある酒場である。騒動が起きると普通に周目は集まる。なんせ、突如爆発めいた衝撃の後、建物が全崩壊したのだから。


 どうやら私の超音速跳躍そのものは誰の目にも止まらなかったらしい。


 なお、食人屍鬼は弱い太陽光線でも溶けて灰になるので、建物が崩壊した時点で消滅している。多少の火葬場のニオイは残るかもだけど、どうせ場所がスラムだしね。


 そんなわけで知らん顔で悠々と歩いて、待ち合わせ場所へ。


 下位貴族用宿泊施設『黄金の大樹』亭。



「待たせたわねぇ」

「あっ、神使さまっ。今か今かと、ずっと待ってたよっ」

「マスター、お早いおつきです」



 宿の使用人の案内で部屋に通されて迎えに出てきたのは、すっかり甘えん坊になってしまったというか、多分これが素のレイランだった。あと下僕のカルドがいる。

 遅れてレイランの執事らしい初老の男がやって来て深々と頭を下げる。この人はレイランが赤ちゃんの頃から彼女に仕える信用ある人物であるらしい。


 私に抱きついて、Hカップの胸元に顔を埋めるレイランの頭を優しくポフポフとなでてやる。私のホントの姿を知っても、大人バージョンが好みであるらしい。


 どうであれ。


 子どもに――特に幼女に懐かれるのは、非常に心身に心地よいものだなぁ。



「アジトの暗殺団はキレイにお掃除してきたわ。もうあそこに残るのは瓦礫だけよ」

「神使さまが悪い人達をお掃除して瓦礫だけが残った♪」

「うふふ、そうね。キレイにしたのになぜか瓦礫だけ残ったわねぇ」

「マスターたちの会話には殺伐と団らんが同居していて逆に怖いです……」


「その場にいないメンバーの情報もついでに手に入れたので、私から分離した鉄砲玉コーモリさんが追跡して必ず始末するから安心してね。一人も逃さないから」

「はーい♪」

「もはや隠語で誤魔化すこともしなくなりましたか……」



 その辺りはあまり気にしちゃダメよ、下僕くん。悪い子は滅ぼすぞ♪


 しばらく私は気を張るのをやめたツーテール幼女、レイランと親睦を深めた。

 彼女は私の体臭が殊の外ことのほかお気に入りでずっと胸元に顔を埋めるようにして抱きついてすーはーしている。理由は分かっている。なのですーはー深呼吸を許している。


 吸血鬼とは、魔力の塊で構成された闇夜の種族。そして私は太祖の吸血鬼。


 魔術師の彼女にとって濃厚な魔力臭は、堪えがたい甘美な香りなのだった。


 すーはーすーはー。ぱふぱふ。すーはすーはー。



「あらあら、甘えん坊さん」

「神使さまとってもいい香りがするもん……」



 すーはーすーはー。ぱふぱふ。すーはすーはー。


 ……ふーむ、稚気あふれる幼女に私のおっぱいを存分にぱふぱふされる話を延々語りたい気もしないではない。が、それではよろしくないので話を進めよう。


 レイランの泊まる宿に寄ったのは『神使』として『レイランの家族を暗殺』し『レイランにも手を掛けようとした叔父』にとびきりの罰を下す、その助太刀のためだった。あくまで主役は当事者のレイランで、私は介添人にすぎないのがポイントね。


 ん? 司法関係でもないのに罰を下すのはダメだって?

 でも私、既に『死刑』判決を二度宣告して、実際処刑しているんだけど……。 


 それにね?


 私の背後には、常に神さまがついているのだった。

 なぜって、私は神さまによって転生させてもらったから。

 ときには私は、使徒だの神使などと他者ひとから呼ばれることもある。

 使徒や神使とは、攻性の非常に強い『聖女』や『聖者』を指す。

 彼らは神さまに直接指名されて『成る』存在。私は指名されてないけどね。

 でもなぜかそういうことになっているし、神さまも否定しない。


 要するに何が言いたいかというと。


 神さまからの叱責を受けない=やっても良い判断しているのだった。


 弁護士――特に、前世アメリカの弁護士が度々使う法の網をくぐる舌先三寸に近いけれど、私は彼らみたいな詐欺師ではないのでどうかご安心を。


 カーツブルグ子爵領へは、レイランや彼女の執事から道筋や地理を良く聞いてまずはスパイコーモリさんに先行探索させた。そうして座標を確定させ、コアゲートで直接移動することに。聞けば馬車で約半月のところに領地が在るらしいのだ。



「準備は完了。コアゲートオープン」

「神使さま」


「どうしたの、レイラン?」

「私、怒りに燃えてもいいのですよね? 突然の真実に、これまでちっとも現実味がなくて漠然としていたけれど。これは本当のこと、現実のことですよね?」



 嗚呼、嗚呼。この悲しい問いかけよ。


 真実に至ってもレイランが平気な様子だったのは――

 彼女を取り巻く環境だけでなく。


 心が受け入れを拒絶していたゆえにとは。


 貴族的な冷徹さ、ではなかった。

 そこにいるのは一人の小さな女の子。


 両親と兄を奪われ、茫然自失の女の子。

 感情の起伏表現が上手くいかなくなっている悲しい女の子。


 でも、いえ、だからこそ私は。



「そう、これは現実。現実なのよぉ」



 あえて、無情な現実を突きつける。



「はい……うう……現実、ですよね……」

「……」

「パパ……ママ……にぃに……うう……」


「泣くのは後で。代わりに存分に怒りなさい。全能力向上のバフをかけてあげる。でも、冷静さは決して失わないで。表には熱い心、内部では冷徹な心よ」

「……はい」


「耐え難い事実や真実を突き付けられたときでも、案外と人は平気でいるの。なぜって、心が拒絶してしまうから。受け入れなければ、心が拒否すれば、平気だから」

「……はい」


「だから、今は。怒りなさい。存分に怒りなさい」


「……はい。……はい! パパとママと、にいにのカタキは、私が!!」



 移動は馬車ごとゲートに飛び込む方式を取る。いささか乱暴な例えを取れば、ドラえもんのどこでもドア(量子テレポートではない)みたいなものであった。


 知っての通りカーツブルグ子爵家の私兵騎士団は暗殺団によって崩壊させられている。なので行きは護衛に冒険者を雇った。ただ帰り道は、彼らはまったく不要。私がいるから。そもそも領地まで直接ゲート移動するので護衛など必要なかった。


 気を付ける点があるとすれば。


 ゲートは目立つので、一度王都を出てコッソリと行なうことか。周目に触れると面倒くさい。人に見られると、あるコトないコト妄想されて迷惑だからね。


 それで。


 子爵屋敷からはちょっとした断罪イベントが始まる。


 まずは突貫。


 ドドドド、バキィ! と子爵屋敷の正面門を馬車ごと突っ込んで破壊しつつ闖入。


 制止しようとする兵を無視して屋敷玄関へ急停車。ざわめく使用人たち。そこに、鮮血よりも赤く燃え盛る怒髪天姿のレイランが、馬車からゆっくり降りて来る。


 怒髪状態はは私の憤怒の権能によるもの。私は怒りの感情を飼い慣らせるのだ。


 ぼんっ、と彼女の怒髪天その少し上部で軽い爆発が起きる。

 ずんずんと歩くレイラン。燃え盛る怒りのオーラ。恐れ戦く使用人たち。


 もはや、彼女を止められるものは、誰もいない。無人の野を行くが如く進む。


 そして、彼女は当主執務室のドアに手をかけ、バンと荒っぽく開け放つ。



「――何事だ!?」



 当主執務室、その執務座席に腰かける人物が叫ぶ。


 叔父、と呼ばれるモノ。正当な跡継ぎのレイランを暗殺せしめんとした男。

 歳は三十路半ばくらいかしら。歳に合わないチョビ髭の、小太りオヤジであった。

 名前はなんだったっけ?

 あっとと、聞いてなかったわ。まあ、カーツブルグ家の悪性寄生虫なのは確か。



「カーツブルグ家暫定当主、レイラン・カーツブルグ暫定子爵のお帰りよ。お退きなさい、犯罪者。今すぐにでもむごたらしく断罪されたくなかったらね」


「なっ……!?」



 露払いに私が睥睨しつつ、レイランの代わりに答える。


 ほぼ同時に。


 レイランの怒髪がひときわ天を突く。まるで噴火。

 怒りのボルテージは最高潮。それでいて怒りを制御する――私の助力でね。


 すっと、彼女は叔父なるモノに指をさす。



「下郎。私の父と母と兄上を殺しましたね。その罪、万死に値するわ」

「れ、レイラン。何を世迷言を……」

「夜の帳と呼ばれる暗殺団を雇ったのはお前でしょうに」

「いや、いやいや……」

「私も殺そうとした。お前は、わが子爵家を乗っ取ろうと画策した」

「……」


「でも、神使さまが、王都に巣食う暗殺団を丸ごと誅殺してくださったわ」

「……シンシ?」

「地上における神罰代行人。神のご意思の執行者。私の隣におられるこの御方よ」

「げっ……」


「……レイラン・カーツブルグは宣します。私はお前とその家族を皆殺しにします。性別、年齢、一切考慮しません。老齢の者も、たとえ赤子でも、殺します。お前が父と母と兄上を殺したように。繰り返す。私はお前とその家族を皆殺しにします」


「ふ……」

「……何? 言いたいことがあれば言いなさい。聞き流してあげるから」

「ふざけるな!」

「……それが辞世の言葉なの?」


「皆殺しだと? それがまかり通ったら国の司法が必要なくなるわ!」

「バカなの? 何言ってるの? 表向きは流行り病で死んだことにするに決まってるじゃない。建前と本音は使い分けないと。もちろん、本音は殺害で確定だけど」


「し、知らん。夜の帳だか何だか知らんが、ワシは関係ない!」

「……カルド」

「はい、カーツブルグ子爵家ご当主さま」

「……下郎に、言ってやりなさい……私がこの屑を焼く前に……っ!」


「はい。……僕は、元『夜の帳』の暗殺者です。雇い主はその男。ラス・プーチン・カーツブルグ。ご当主さまがカーツブルグ家伝統の冒険者資格を取る際、事故に見せかけて僕が彼女を殺す手はずを整えました。しかし、偉大なる神使にしてマスターの尽力によりそれは未然に防がれ、また、僕も暗殺者を辞めることが出来ました」


「下民がいい加減なことを……っ」


「またご当主さまの御父上は冒険中にダンジョンの魔物に殺されたように偽装したことも、お母上が病に見せかけた毒殺であったこと、兄ぎみはギャンブルで借金を負わせた騎士の一人に訓練中の事故に見せかけて殺害したことを告白いたします」


「……」


「下郎、神妙に首を差し出しなさい」


「……ちっ」


「その舌打ちは?」


「うるいぞ、ガキが。この家は既にワシのものだ! 出て来い、お前たち!」


「……」


「……なんだ? 出て来い! 出て来いと言っておろうが!」


「……犯罪者。それは無理よ。怪しい動きをしたものは全員、既に私の小さな分身が捕らえたわ。特殊なマントを装備した吸血鬼もいたわね。……これは処したけど」


「……!?」


「下郎、諦めなさい。お前は死ぬ。お前の家族も死ぬ。私は宣言したわ」


「うるさい……うるさい、うるさい!」


「うるさいのは、お前だ!」


「があっ!?」



 滑るようにレイランは突進し軽く跳躍。綺麗な右ストレートを繰り出す。

 ナイスパンチ。吸い込まれるようにチンあごに決まる。

 ふっとぶ『叔父』。二回バウンドする。奥の壁にぶち当たり、頭部を強打する。



「諦めが悪いなら、諦めるまで責め立てるだけよ?」


「ひっ。わ、ワシを拷問にかけるのか!?」


「何言ってるの。ここに神使さまがおられるわ。神明裁判を行なえばいいのよ」


「神明裁判……だと?」



 レイランは私を見た。私は小さく目で頷く。事前に相談していた行動だった。

 想像魔法『EL・DO・RA・DO』で轟々と燃えるマグマ壺を作り上げる。

 カッと肌に焼ける熱波。冬とは思えない暑さ。煮えたぎるマグマ。



「神明裁判。盟神探湯くかたち。本来なら熱湯で行なうのだけど、お前には熱耐性があるようね。なので耐性を無視するマグマの壺を用意した。地下深くのマグマを再現しているので温度は1500℃くらい。無罪宣誓して、手を壺に突っ込みなさい。もしそれが本当なら、神さまは必ず無辜むこのお前が傷つかないよう守ってくれるでしょう」


「なっ……!?」


「無罪なら腕を失わずに済む。無罪なら、ね。私もお前を殺さず、また、謝罪の上で爵位と子爵家をお前に明け渡してもいい。だけど、有罪なら……」


「だ、騙されはせんぞ! ならばレイラン、お前から手を突っ込めばいい!」


「いいわよ?」


「へ?」


「神さま。私は無罪です。父上も母上も兄さまも、私の大切な人。大切な家族。傷つけることなんてしません。もちろん、殺すなど恐ろしいことなどしません!」



 ずぼっ、と。

 迷いの素振りもなく、レイランはマグマの煮えたぎる壺に右手を深く突っ込んだ。



「……」



 レイランはぐるぐると、煮えたぎるマグマの中に突っ込んだ腕を回す。


 平然とした顔。


 しばらくかき混ぜて、そして。


 彼女は手をマグマ壺から抜き出し、ビュッと腕についたマグマを払う。

 大理石の床に、炎の塊が飛沫となって飛び散る。

 彼女は周囲に見せつける。レイランの腕は、少しの変化もなく、無事だった。



「……さあ、次は、下郎の番よ!」




【お願い】

 作者のモチベは星の数で決まります。

 可能でしたら是非、星を置いて行ってくださればと。

 どうぞよろしくお願いします。

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