第173話 王都旧ダンジョンから抜け出して
やられたらやり返す。右の頬をぶたれたら、即座に左の頬をぶちかえす。そしてまた右頬をぶたれる。即座に、今度は倍の力でぶち返す。繰り返す、繰り返す。
これが憎しみが憎しみを呼ぶ負のスパイラルという現象の根本。世界に争い――大きなものでは、戦争がなくならない主な理由の一つでもあると思われる感情。
だって殴られっぱなしで納得できる人なんて、そうそういないからね。
でも、荒っぽいけど、この理屈の根本に立ち直れば……。
相手を全部倒し切れば問題自体が消えるよね。かなーりサイコな話だけど。
いやあ、完全に魔族に染まった考えだね。
というわけで超絶ぶちのめしにやってまいりました。
吸血鬼主体の暗殺組織。カルドから聞くには『
時刻は15時とちょっと。冬とはいえ、まだお昼の明るい時間帯。
「こんにちはぁ」
「……店はまだ準備中。営業時間は18時からだ」
「そうなんだ? 昼間に眠るだなんて、まるで幼い吸血鬼の子どもか低位の吸血鬼よねぇ? あなたも思わない? 吸血鬼化志望の、人間暗殺者さん?」
「――!? お、お前……がはっ!?」
スカイガーデン王都、平民区とスラム地域の境界。
都市部には必ずある生活困窮者のたまり場。
安宿と安酒場と、安娼館。
得体の知れないものを売るバッタモノ売りの屋台が立ち並び。
それが食品として成り立つのか分からない屑スープの屋台なんかもある。
ボロを着た物乞いとスリの子ども。静かに立ち尽くす人、座り込んでいる人。
何かに怯えているか、妙にギラついているか、もしくは死んだ目をしている。
いかにもな感じの場所に、いかにもな感じにしてはちょっと洒落たショットバー。
その店に、衆目の切れ間を縫って、私はするりと来店したのだった。
「私はね、恩復はきっちりとするタイプなの。今回は死神として応えるわよ?」
「……」
「まあ死体に物申してもね。というわけで、あなた、今から食人屍鬼堕ちだから」
人族の吸血鬼化は、生きているうちでしか効力を表わさない。
私は蛇腹剣についた血をびゅっと一振りして払った。
死んでから吸血鬼化手順(略式で十分だが)を踏むとどうなるか。
端的には、少量の血を――
吸血鬼たる私が対象の死体に分け与えるとどうなるか。
吸血鬼社会の最下級は『奴隷、レッサーバンパイア』となっている。
でもそれより下があるのは魔族の間でも意外と知られていない。
吸血鬼社会未満の存在。いわゆる畜生扱いのクリーチャー。
人の死肉を貪るもっとも卑しい存在。食人屍鬼――またの名を、グール。
死体に吸血鬼が血を分け与えると、もれなくこいつが出来上がるわけで。
狩った動物の肉を喰う。これも一種の屍肉喰いではあるのだけど、人間にとっては別種族でしかも獣の肉で、人には動物性タンパク質が必要なためこれはこれで納得の行くものだった。むしろビーガンとかいう宗教のほうが私には理解不能だった。
前世世界の、ナチスドイツのハイルなあの人はベジタリアンであったらしい。
ホントかな、ホントかもね? 今世の私にはもう確認の術もないのが残念ね。
動物性たんぱく質が不足すると、身体と精神の情緒が不安定になるらしいわよ。
事あるごとに、何度も触れているように。
精神など肉体の玩具に過ぎない。肉体あっての精神。もっと突き詰めれば『なんらかの容器あっての精神』であり『容器の形に精神は依存する』のであった。
だけど、人の屍肉を好んで喰らうような存在は、ね……。
人の生血をすする吸血鬼としても、人肉には嫌悪感が先立つというか。
血は吸った分、また骨髄から綺麗に補充されるけど、肉は食べたら元に戻らない。
卑しいね。性的に食べるって意味ならまだしもね――えっ、なんか違うって?
つまり、要するに、人肉喰いは卑しいのだ。当然、グールも卑しい。
ヒャッハーッ! 新鮮な肉だぁ! とか、自分の腕でも
……前置きがとても長くなっちゃった。
概略。
本来の姿、幼女のままで直接関わるのは良くないと思って私は大人モードに。
そうして私は、吸血鬼暗殺者のロビー企業ならぬロビー酒場を襲撃する。
関係者は人間だろうと吸血鬼だろうとすべて蛇腹剣の血錆である。
そうして、一人を残し、その他全員を食人屍鬼に堕とした。
「……さてさて。平常、落ち着いていれば灰髪のダンディーなオジサマ。吸血鬼のテンプレみたいな恰好。あなたが吸血鬼暗殺団のボスよね?」
「なんなのだお前は!? 一体、我々と見知らぬお前になんの関係がある!?」
「関係? ありありよぉ」
私は高ぶる殺意を抑えるために、ふうーっとわざと気だるくため息を付く。
「一つ目。私のパーティの、10歳にも満たない女の子をこの世から消そうとした」
「はぁん!? それがなんだというのだ!?」
「二つ目。あなたたち暗殺者吸血鬼は、吸血鬼の、ひいては魔族の誇りを穢した」
「待て。お前は……?」
「私は吸血鬼。真祖の父と元祖の母を持つ、星の太祖。夜族の絶対支配者」
「ほ、星の太祖……っ!?」
「三つ目。吸血鬼社会の階級序列は完璧なもの。あなたの態度は不遜極まるわね」
「ま、待ってくれ。そんな理不尽な!」
「よって死刑。吸血鬼なら、いえ、魔族なら。殴るときはまず真正面から殴れ!」
ボッ、と私は『夜の帳』暗殺団のボス――子爵級吸血鬼の下半身を消し飛ばした。
やおら、ヤツの背後に回ってガッツリと首根っこを鷲掴みにする。
絶対に逃がすつもりはない。
超音速跳躍。私はショットバーの天井を粉砕しつつ、空へと向かう。
6対12枚のコウモリ翼を広げ、私は音を後方へ置き去りにしつつ天を目指す。
今日はくもり空だった。この浮遊大陸は古代人の技術によって人工的に天候を作り出すシステムを採用しているようだ。なぜってこの浮遊大陸、そもそも1キロ上空にあるのだから。私は雲を一瞬で突き抜け、もっともっと上昇加速させる。
高度10万メートル。
冬の太陽は、弱弱しくも、それでも夜族にしてみれば禍々しい光の源だった。
私にとっては不愉快な光を発する、遥か遠くの超巨大核融合体って感じだけどね。
私は後ろ首を鷲掴みにする暗殺団のボスを、太陽に向けて晒し者にする。
この暗殺団のボスにしてみれば、それがどういう意味になるか説明の必要もなく。
「――うっぎゃあああああぁぁああああああぁっ!!!?」
身を焼く、死の光となるのだった。
「伯爵級、または伯爵位でもいいけどね。高位の吸血鬼なら耐えられても――」
「焼けるうううううううっ。やああああめええええてええええくれええええっ!!」
「あなたは低位だから、太陽の光で滅ぶ。むしろ滅べ。穢らわしい、暗殺者め!」
「俺がああぁああっ、悪かったああぁあああぁああっ。降参するうううぅううー!」
「ダメ。ここで滅べ!」
「うっぎゃああああぁああぁああー!!!」
焼ける、
髪の毛を燃やしたような、強烈な臭気!
まごうなき火葬場のニオイ!
暗殺団のボス吸血鬼は、まるでトースターで過剰に焼かれて真っ黒になった食パンのように、ドス黒く変色する。私は怨嗟を念をもって後ろ首を掴み続ける!
抵抗は無意味。全く無意味。
藁束に火が燃え移ったように滅せよ。
フィラメントが燃え尽きるように消えろ。
必ず、滅ぼす。
……時間にすれば5分もしなかっだろう。次第にボス吸血鬼の反応が鈍くなり、ガクリと力を失い、そして、すべてが黒い灰となって風に撒かれていった。
「……ふう」
私はパンパンと手を叩いて死灰を払う。
悪党の討伐とはいえ、同族の処刑は決して気分の良いものではない。
しかしこれは必要な行ないだった。
とまれ、吸血鬼の、否、魔族としての矜持を穢す者など許しておけるわけがない。
私は自分が魔族であり、夜族であり、吸血鬼であることを誇りに思っている。
人間が人間讃歌を声高に謳うように、魔族も魔族を讃歌するのである。自らの種族に誇りを持つ。なんらおかしいところはない。だからこそ今回の処刑だった。
初めての同族殺害に高ぶる心を抑え、次の目的地へ行く。自分でもわかる。ギラギラしていることに。己が殺意に打ち震えていることに。
それは悦びであり、失望でもあった。しかし後悔は微塵も感じていない。ただ、二律背反する気持ちに満足感が加わって、逆に心地よいのだった。
「あははっ!」
次はレイランたちと落ち合って(ダーシャ先生はギルドに帰らせた)、暫定とはいえカーツブルグ家当主にして子爵の彼女を暗殺せしめんとした――
「あはははははっ!」
レイランの叔父の処断、その手伝いだった。ああ、心が、踊るなぁ!
【お願い】
作者のモチベは星の数で決まります。
可能でしたら是非、星を置いて行ってくださればと。
どうぞよろしくお願いします。
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