第171話 新生吸血鬼カルド少年の供述

「マスターのおっしゃる通り、僕の父は低位の吸血鬼だったそうです。寄親に血を吸われ、その後に寄親から血を分け与えられて人から転化したとのことですが」


「ふむ」


「ただ僕は、父と暮らしたことはおろか、父を見たことも父と話したこともありません。というのも母は自らの身体を男たちに売って暮らす人でしたので。僕との妹は、母に邪険にされながらもなんとか日々を過ごしていました」


「ふむ、それで?」


「あるとき、妹が重い病にかかりました。最初は軽い咳をするだけだったのですが、次第に……咳に血が混じるように。医術を知る人からは消耗熱と教えられました」


「消耗熱ね。労咳、結核とも言うわ。栄養摂取が不十分だった、と」


「……はい。消耗熱は難病です。治療には聖女クラスの神の奇蹟か、高位錬金術師の高価な薬が必要となります。ですがその聖女に巡り合える幸運も、お金も」


抗生物質ペニシリンがあればねぇ」


「ペニシリン、とは……?」


「アオカビから作る薬よ。ある種の鉱物から作る、別な抗生物質もあるけどねぇ」


「……」


「カルド、続きを話しなさい」


「はい……日々弱っていく妹。母は当てにならない。は瘡毒にかかり、一時期は治ったと思ったら再び感染して重い症状となり正気を失ってしまいました」


「瘡毒――梅毒は一度治ったように見せかけても内部では症状が進行し続けるわよ」


「そ、そうなんですか。……話を続けます。僕は途方に暮れました。が。ある日、アールノルトと名乗る人物が僕たちの元にやってきてこう言ったのです」


『わが組織に入れ、半端者よ。さすればお前の妹とやらを救ってやろう』


「組織――吸血鬼たちで構成する暗殺組織でした。自分が半吸血鬼であることに教えられた組織でもありましたが。厳しい訓練、殺しの道具としての教育を擦り込まれる日々。妹には会えなくなりましたが、時折、彼女から手紙が舞い込むのでした」


「……」


「そしてついに。僕に命が下りました。訓練期間は5年ほど。毎日死ぬような……」


「弱いのが悪い。お前の辛い訓練などどうでもいい。本題を早く語りなさい」


「……はい。僕は、カーツブルグ子爵家の暫定当主、レイランの護衛任務につけと命じられました。もちろんこれは表向きの仕事としてです……」


「裏は? 自分の口で語りなさい。お前は責任を取らねばならない」


「う、裏は、暗殺任務……です」


「そうよね。転移後、レイランの身を狙ったものね。……さあ、続きを」


「この計画のため、組織は前もって子爵家の私設騎士団を壊滅させました。なぜならカーツブルグ子爵家は、元々は放浪の冒険者で約150年前に絶大な功績を王国にもたらし、その褒賞として貴族に封ぜられた家系。ゆえになのでしょうか、当主は最低でもCランク一人前冒険者にならなければならない伝統を持っていました。たとえ騎士団に自分を護衛させてでも、冒険者ランクを取得しなければならないのでした」


「伝統も良し悪しがあるわね」


「先に申し上げたように、騎士団は壊滅させられています。つまり、護衛に適任者がいない。これを利用した組織は叔父の紹介で来たという前フリで、凄腕レンジャーとして僕を子爵家暫定当主であるレイランさまのもとに送り込みました」


「カーツブルグ家の家族構成は?」


「も、申し訳ありませんマスター。い、言いづらくて、残してしまいました……」


「話しなさい。これはお前の責任問題。吸血鬼を貶める卑しい暗殺行為へのね」


「はい……組織が依頼を受け、数年前より事故を装ってカーツブルグ家の主家を抹殺する計画が立ちました。任務にかかる際、上司よりあらましを聞かされたのです」


「普通は実行担当にそんな危ない話はしないわ。命じるとして、ただ殺せ、だけよ」



 ここだけの話。私はカルドの吸血時に、一連の暗殺情報を血を通して得ていた。


 私がこんな手間のかかる尋問形式にしているのは、レイランのためだった。



「はい、まさに。しかし暗殺者は自らの処し方も備えられています。すなわち、機密が漏れそうになると『魔法と呪い』の二重作用で爆死するよう設定されているのです。……僕は偉大なるマスターによって寄親を塗り替えられ、しかも半吸血鬼から本物の吸血鬼に転化しました。このとき、これらの作用が解除されたようですね」


「それで、機密の保持の自信から実行担当にも暗殺のあらましを伝えていたと」


「はい。実行担当こそ、この手の情報が必要だと組織は考えているようです。……では、話を続けさせてもらいます。事故を装ったカーツブルグ子爵家の抹殺です。前当主はダンジョン探索中に魔物に殺されたように装い、彼の妻は病気に見せかけた毒殺で、兄は買収した騎士による訓練中の事故で。最後に残る妹のレイランさまは」


「今回の一件ね。話しなさい」


「カーツブルグ子爵家の伝統、当主は一人前の冒険者たるべしを利用して、まだ実力の満たない幼子のうちに彼女の暗殺を画策し、実行に移しました……」


「そう、その通り。それがお前が背負う十字架。卑しい暗殺者としての、ごう


「はい……」


「黒幕は叔父一族ってことでいいわね? 子爵家の乗っ取りを画策したと」


「……はい」


「お前は元は半吸血鬼だった。吸血鬼社会は縦割りで、しかも完全階級社会。血脈が原初に至るほど強いし、エラい。お前の父は低位の吸血鬼だったと推測する。精々が従士か騎士クラス。お前の父に当たる吸血鬼の、その寄親も大したことなくおそらく準男爵か男爵クラス。更にその上の寄親はどうなのか知らないけれどね。いずれにせよ上からの命令は血脈の縛鎖によって決して逆らえない。――それは理解する」


「は、はい……」


「今、私に自分で自分の首を落として死ねと命じられれば」


「従います……血が、拒否することを、拒みます。僕は命令に殉じます」


「私は首が落ちたくらいでは一ミリもダメージにはならないけどね」


「マスター、格好良すぎです」


「お黙り」


「……」


「オーブの罠を仕掛けたのはどうやったのかしら? あなたの口で暴露しなさい」


「……」


「喋る許可を与えます」


「はい……組織に与する吸血鬼化志望が冒険初心者講習会に参加し、組分けでは僕たちと違うパーティに加わり、魔道具で僕と連絡を取り合いつつパーティの進行を調整、僕たちより早く到達、ゴール地点では台座に偽オーブを隙を見て設置を」


「あらあら、面倒なことしてるわね。でもまあ、そんなところでしょうね」



 さて、と。


 レイランのための、ひとまずのイキサツは開示された。


 私は、四つん這いで椅子になっていたカルドから尻を上げて立ち上がり、うーんと背伸びをする。そして怯えた表情でカタカタ震えるレイランを見やった。


「どうする、レイラン。暫定当主としてどう動くかしら?」


「うう……どうしてこんな……」


「当主に性別も年齢も関係ないわ。弱さを見せると他家に食い殺される点ではね」


「お……」


「ん?」


「おしっこ……」



 床が、濡れている。脚を伝って水の跡が。



「えっ、またこの展開? 私ってそういう星の下にあるの? 私と関わる女の子って、一度はお漏らししないと気がすまないのかしらねぇ? 可愛いけどさ」


「うう……だって怖かったし、今も怖いもん……私、悪くないもん……」


「はいはい。じゃあキレイにしましょうね」


「み、見ないでぇ。恥ずかしいよぉ……」


「もう十分恥ずかしいわよ。お漏らしして」


「あっ、また出ちゃう……っ。ああ……おしっこ止まらないよぉ。うう……っ」


「やれやれね……」



 私は想像魔法『秘密の花園』を使う。久しぶりに使う洗浄魔法である。

 レイランはとたんに泡々に包まれるも、実はこれは泡ではなく魔力生成の洗浄成分で、原理的にはドライクリーニングに近い。そして花の香りは、フローラル。



「これでキレイになったわ。まだお漏らしするなら、オムツしてあげましょうか?」


「い、いらないもん……っ。オムツしたくないもん……っ。もうオムツ、嫌……っ」


「あらまあ……じゃあ夜はどうしてるの」


「ばあやが私が眠る前に、オムツ、つけてくれるの……」


「はぁ……」



 どうやらまだ寝小便癖が取れなくて、夜はオムツをつけて眠っているらしい。

 暫定子爵とはいえ、まだ一ケタ後半の幼女だものねぇ。前世の知識では10歳くらいになっても夜お漏らしする女の子はそこそこいるそうだし。


 顔を真赤にして羞恥に悶絶する彼女を、私は優しく頭をナデナデしてやる。


 ややあって。


「レイラン、あなたには選択肢があるわ。このまま逃げるか、戦うかのね」


「私は……」


「うん」


「私は、に……」


「に?」


「逃げたく……ないです。パパとママとにいにのかたきを討ちたいし、家も守りたい」


「そうね」


「あ、あの。神使さま、太祖の吸血鬼さま」


「なあに」


「て、手伝ってはもらえないでしょうか」


「そうねー、どうしようかしらねー」


「お、お願いします! わ、私、できることならなんでもしますから!」



 ん? 今、何でもするって言ったね?

 なーんてね。そんなネタ、披露しないわ。


 ちょっとつまみ食いしたいなぁとは思うけどね。もちろん彼女の処女の血をね。



「……思うんだけど、この大陸の人たちって魔族に偏見はないの?」


「神々の首座にまします光の神と闇の神は、側面が違うだけの同一存在だと私たちは知っていますので。光あれば闇があり、闇が深ければ光もまた強く輝きます」


「あら、そうなの? ダーシャ先生」


「はい」


「北半球とは違い、南半球の人たちのほうが信仰において一歩先んじている、と」


「北半球では違うのですか?」


「違うわねー。でも、うん、そうね。偏見がないと言うなら、別に構わないかな」


「はい?」


「本来の姿に戻ってもいいよね?」


「……はい?」



 私は幼女姿に戻った。白い肌、深紅の髪、深紅の瞳。寸胴ボディにぷにぷに手足。真っ赤なドレスを着た、見た目は3歳児幼女。実年齢は1歳。中身は大人!


 やっぱりこの姿だよ。実家に戻ってきた気持ち。あー、落ち着くぅー。んふぅー。



「ぷっぷくぷー♪ あっ、パパを呼ばないと。えーと、クマさんを出して、ブラとパンツを中に埋め込んで、と。パパーパパー、クマさんモードだよー」


「……ぐるるる?」


「パパー♪ モフモフー♪」


「ぐるるん♪」


「あ、あの……? これは一体……?」


「このダンジョンを攻略するには、本来の姿のほーがねー、やりやすいのよー」


「こ、攻略?」


「ダンジョンコアを乗っ取るの。どうせ階を登っても、ダメ押しの暗殺部隊がどこかで待ち伏せしてるよ。だったら、潜ったほうが気持ちが楽ちんだよー」


「えっと……そうなんでしょうか……えっ、ダンジョンコアを乗っ取る!?」


「神使さま……え……? 太祖の吸血鬼で……? あなたさまは一体……?」


「マスターが可愛すぎて僕、死にそうです」


「これがホントの姿だよっ。大人モードはねー、強いけどねー、気疲れするのよー」


「あ、はい……」


「私よりちっちゃい子に、お漏らしを見られちゃったんだ……」


「マスターの、ぷにぷにしたお御足に頬ずりしつつ足の指の谷間を舐めたいです!」



 一人……まあ下僕のカルドなんだけど、おかしいこと言ってるのは御愛嬌。


 私は彼らに構わず――

 巨大クマさんぬいぐるみのパパに抱き上げられてすたすたと歩き出した。




【お願い】

 作者のモチベは星の数で決まります。

 可能でしたら是非、星を置いて行ってくださればと。

 どうぞよろしくお願いします。

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