第170話 王都迷宮幼当主暗殺未遂

 それは、地下3階層の最奥、いわゆるゴール地点で事件は起きた。



「見て! ほら! フロアボスが倒れて奥に続く部屋が現れたわ!」



 黒髪ツーテール幼女魔術師のレイランが歓喜の声を上げる。嬉しくてぴょんぴょん飛び跳ねている。いかにも幼い女児って感じで可愛い。目の保養になるね。


 この擬似ダンジョンにはご丁寧にフロアボスまで用意されていて――それは鈍重な土ゴーレムだったのだが、私たちは連携を意識し私はテキトーに手を抜きつつこれを倒したのだった。


 それで。


 ゴゴゴゴゴッと、フロアボス部屋の更に奥に続く廊下が現れて、凝った演出だねと私たちは慎重に進んでいたのだけれども……。



「きっとあれがオーブの台座ね! あれを手に入れたら、私たちの勝ち!」



 始めのレイランのセリフからの、このセリフ。ご理解いただけたでしょうか。



「あっ。ちょ、ちょっと!? レイランさん!?」

「ダメよ、一人で駆け出しちゃ!」



 きっと目標達成の喜びに気持ちが我慢しきれなくなったのだろう。

 その行動、理解できなくもない。

 できなくもないけれど――

 その短慮は、今後のダンジョン探索で命取りになりかねない。


 レイランはパーティを置去りに駆け出していた。私たちの制止も聞かずに。


 あー、うん。これは私の責任問題になりそうで非常に不味いわ。

 レイランのような幼い子どもにリーダーをさせるのは、あるいは負担が大き過ぎたかもしれない。彼女は私とは違い、外見も中身も経験の浅い幼女なのだから。


 私がこのダンジョンのマスターなら最後の最後に『油断を突く致死性トラップ』を仕込む。そして一人の命を確実に奪う。それがダンジョンの支配者。魔王である。


 レイランは駆ける。彼女が思う『勝ち』に向けて。

 最奥の台座に置かれた、紫に輝くオーブ彼女は手にしようとする。


 瞬間――いや、あるいは咄嗟にと表現すべきだろうか?

 ハッと息を呑む気配が背後から放射された。



「レイラン待って! そのオーブ、変よ! そんな色のオーブ、私は知らないわ!」



 ダーシャ先生が叫ぶ。オーブへ一目散のレイランを制止しようとする。ほぼ同時に先生は空を駆けるように背後から私たちを抜き去った。


 ぞわッとする。私はなぜか、彼女たちの未来を正確に予見してしまった。

 このままだと、レイランとダーシャ先生は死んでしまう、と。


 反射的に私も駆ける! カルドも! アーウィンは重装備が祟って駆け出せない!


 そのオーブ。問題のオーブ。深い紫光を心臓の鼓動の如く放射する謎のオーブ。

 私は想像魔法『不思議な第三惑星』で鑑定する。そして絶句する。


『使い捨て転移アーティファクト。転移先。深き石壁の迷宮、地下階層100階』


 オーブからこれまでになく、爆発的な紫光が溢れてくる!

 

 レイランを中心に、彼女の元に駆けていたダーシャ先生、私、カルドの順に圧倒的な光源に呑まれてしまう。転移の座標と座標が固定された。


 私たち4人は、転移する。

 鑑定の通りなら『深き石壁の迷宮』地下階層100階に。


 それは私が急造した新ダンジョンではなく、王都に元々あったダンジョンだった。

 王都の冒険者たちに長年親しまれて(?)名づけられた迷宮。


 神さま、神さま。これって、神さまのシナリオにあったりします?



 ――いいえ。この現在進行系のトラブルにはノータッチです。



 そうなんだ。



 ――人の欲と悪意が、幼き当主を謀殺せんと策を弄したようですねぇ。



 そうなんだ。



 ――ホントですって。私、ノータッチ!



 信じる。神さまはそんなことしない。そんな無慈悲、するわけがない。

 ちょっとパパ氏をブラとパンティに変怪しちゃうお茶目は見せても、ね。



 ――大好きなパパが私のブラとパンティになってしまった件について。



 そんなラノベタイトル風に言われても困る……と、のん気に神さまと会話を交わしているうちに。思考を早めての会話なので実際はほんのわずかな間だけどね。

 発される紫光は急激に薄まっていく。転移は完了したらしい。

 と同時に私は背後から向かい来る人影を、気配だけでぐいと右腕を伸ばして胸倉を掴み取り、流れを殺さずズガンッとそいつを背中から床に叩きつけた。



「グハッ!?」

「幼き当主を謀殺せんとする……ねぇ?」



 私が床に叩きつけたのは、レンジャーを騙る暗殺者の――



「カルド!? ちょっとイリス! なんでそんな酷いことをするの!」


「この一連は、レイラン、あなたを亡き者にするためのものよ。レベルの低い神の目は誤魔化せても私の目は誤魔化せない。カルド、半吸血鬼。そして暗殺者」


「な……っ!?」


「暗殺対象は、レイラン。あなたって、その歳で暫定とはいえ子爵だったのねぇ」


「ど、どうしてそのことを!?」


「さあね。ダーシャ先生ならある程度の回答を持ち合わせているかもね」


「神使さま!」


「シンシ……さま? え……? シンシ……神使……? まさか……?」


「さてね。でも、神さまから否定の事象が表われないのは確かなのよねぇ」



 自らを使徒(神使)とかたると即座に神罰が落ちる。大体の場合、死ぬ。

 第三者が対象を使徒(神使)と間違うと、なんらかの事象を以って否定がなされる。


 だけど、どうでもいいのよ。そんな話は、今は、どうでもいいの。


 私の暴力に即座に文句を言ったレイランは仲間想い以前に常識人なのだろう。ホント、キツい言動のわりにマトモなんだから。だけどあなたの苦情は受け付けない。



「ダーシャ先生は単なる巻き込まれ、私も、単なる巻き込まれ。ゴールのオーブは取得したらスタート地点に転移される手はずなのよね? 違うかしら、先生」


「おっしゃる通りです、神使さま。本来は黄色いオーブなのです。疑似ダンジョンで生成される、一種の使い捨てアーティファクトでもあります。台座から受け取ると若干のラグを経て転移が開始され、数分後、新しく生成された黄色のオーブが台座の下よりせり出してきます。ですがオーブが生成される前に台座に物を置くと、安全装置が作動して次のオーブは生成されません。これを悪用すると……」


「つまり、前パーティの誰かが罠オーブを台座に置いたってことよね」


「……はい、残念ですが、その通りです」



 新人のフリをした手先の器用な誰かか、暗殺者の息のかかった引率のギルド職員か。そもそも組んだパーティ全員がその『仕事』を負っていたか。



「その辺りは彼に語ってもらいましょうねぇ。暗殺者カルド。汚れ役のカルド。好きなだけ抵抗してもいいわよぉ。だだし、抵抗できればの話だけど、ね?」



 ガッと乱暴に蹴りを入れて半回転。カルドをうつ伏せにする。

 そして、どすっ、と手を彼の背中に突き立てる。指先から吸血を開始する。



「ぎゃああああああああああっ!?」

「痛くないでしょ、大げさな。むしろ気持ち良いはずよ?」



 背中に突き立てた手を妖しく刺激してやる。……オンナノコを愛撫するように。



「うわああああああああっ!? ひいいいいいいいいいいっ!? ……アッー! アッー!! イ……イクッ! イクぅ! マーシャ、僕、妊娠しちゃう!」

「……いや男で妊娠したらおかしいでしょ。百歩譲って、どうやって産むのよ?」


「ダメ……僕、女の子になっちゃう! お姉ちゃんになっちゃう! アッー!!!」

「……なんでやねん。というか、マーシャって誰よ。どこから生えてきたのよ」


「僕の妹ですぅうぅぅぅぅぅぅ!! アッー!!! イグぅぅぅっ!!?」



 私は尋問はしても拷問なんてしない。

 もっとスマートにやる――スマートなのかな、これ。

 考えないことにしようっと。


 眷属化、完了。ビクンビクンするカルド。股間が若干濡れていて、イカ臭い。

 新生吸血鬼カルドの階位は騎士。ある思惑で奴隷のレッサーバンパイアはやめた。

 レベル700。半吸血鬼特性から使い勝手の良いデイウォーカーを継承。



「いっ、イリス! カルドに……カルドに一体何をしたのっ!?」

「半吸血鬼は、低階位の父バンパイアからでも母体が女性で処女ならデキちゃうチャンスは一度だけ可能性がある。とはいえ確率は数パーセント。伯爵クラスでも10パーセントほど」


「何を……?」


「いいから聞きなさい。カルドはおそらく低位の吸血鬼を父に持つ。吸血鬼社会は階級と縦割り社会。低位吸血鬼は高位吸血鬼に逆らえない。特に、寄親にはね」


「……」


「たぶん彼が所属する暗殺教団――と仮に名づけましょうか。そのボス的存在はそこそこ高位の吸血鬼と推察する。まったく、吸血鬼たるものが暗殺者など卑しい行為をね……。それは今は置いておくとして、おそらく彼は寄親に命じられてレイラン、あなたの護衛につかされた。チャンスがあればいつでも殺せるように」


「ひっ……!?」


「あなたの、彼の護衛はいつから?」


「さ、3ヶ月ほど前から。前の騎士の子が大怪我を負って動けなくなったから」


「誰の紹介で?」


「暫定子爵の私の後見人役、叔父です」


「じゃあソイツが一連の黒幕ね。あとでちゃんと叔父たちの処遇を考えなさいよ?」


「あ……う……」



 幼女を怖がらせるつもりはないけど、現実を直視しちゃんと因果を含めないとね。

 なんせ彼女、暫定的とはいえ子爵家の当主サマらしいから。


 貴族の当主たるもの、狼狽えてはならぬ。

 と、私の独善かもしれない思惑はひとまず横に置くとして。


 どうしたのかって? 招かぬお客さんですよ。わらわらやって来てる。

 ド派手に転移して、その上で騒げば当然魔物はやってくるからねー。



「……ふーむ、ちょっとダンジョンの魔物がこっちに来ているっぽいわ。カルド、命じます。魔物どもを駆除しなさい。詳しい話はそれからにしましょうか」


「はい、マイマスター」


「待って待って! イリス、どういうことなのか、ちゃんと教えてよ!」

「端的に言うと、寄親の権利を強奪し半吸血鬼から騎士階級の吸血鬼に塗り替えた」


「……強奪? 塗り替え? 本物の吸血鬼に? それって、神使さまって、まさか」


「吸血鬼よ、当然。階位は大半の吸血鬼を跪かせる程度かしらね」


「――!? 真祖の吸血鬼!?」


「いいえ。真祖は私のパパね。私は真祖のパパと元祖のママの娘。星の太祖」


「星の太祖!?」


「安心なさい、人間を害するつもりはないわ。……そちらが手を出さない限り」



 にゅっと牙を見せて、そして引っ込める。ドン引きするダーシャ先生とレイラン。



「ちなみにシュトーレン領グレートレイクサイドのスタンピードを駆除したのは私」

「えっ。それってつい最近、遥か西方都市で起きた歴史に残るほどの激烈なスタンピードについてですよね? ギルド経由で話だけは伺ってはいますが……」


「そうですよ、ダーシャ先生」


「平均レベル100オーバー、襲来数10万以上の絶望的スタンピードですよね? 確かに謎の女性双剣士の話は持ちきりで、シュトーレン侯爵も探しておられるとか」


「とある商人の娘さんのために暴れたんだけどね。そこそこ楽しかったわ」


「えぇ……」



 のんびり会話する。目の端では私の新しい眷属、騎士級吸血鬼となったカルドが暗殺者としての早さを生かし、ビュンビュン駆け回っては魔物を駆除している。



「地下100階層の魔物のレベルは300かあ。うーん、王都のダンジョンは大したことなさそうね。その点、グレートレイクサイドのダンジョンは熟成されていたわ」


「い、今のカルドのレベルは?」


「700くらいかしらね。弱いけど、十分ね」


「なっ、なっ、ななひゃく……っ!?」


「レイラン、発音が変になっているわよ」


「イリス……いえ、神使さまのレベルは一体いくつ……?」


「指先に軽く神気を貯めて、クンッと解放すればこの大陸が爆散轟沈するレベル」


「……ひっく(しゃっくり)」


「まあ、それはそれとして。カルドが魔物を駆逐したら詳しい話を聞きましょうね」



 私は目を細めて、調子よく戰う新たな下僕を見守ることにした。




【お願い】

 作者のモチベは星の数で決まります。

 可能でしたら是非、星を置いて行ってくださればと。

 どうぞよろしくお願いします。

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