第169話 冒険初心者講習会

 冒険初心者講習会と聞いてわりと甘く見ていたら、意外とためになって驚いた。

 正直、舐めていた。よもや新しい視点を得られるとは思わなかったのだ。

 他の受講生(私を含めて12人)共々、眠ったりせず真面目に視聴したのだった。


 その内容のごく一部を抜粋しようと思う。



「挨拶は冒険者の基本です。挨拶の一つで人は人と繋がることが出来ます。何気なくよく挨拶を交わしていた人に、見知った顔としてダンジョン内で助けられることもあります。これは私の実体験からくるものです。逆に、挨拶できない人はピンチになっても誰も助けてくれず、むしろ周囲から敵視されても文句は言えません」



 と、熱く挨拶について語るのは、受付嬢のダーシャだった。

 以降、彼女をダーシャ先生と呼ぼうと思う。

 まあね、社会人として『挨拶』は当然の常識。おはようございます、こんにちは、こんばんは。なのにただひと言を惜しむ社会人未満は思いのほか多いのだった。


 ちなみにダーシャ先生の本業は副ギルマスで、本来の受付嬢が風邪で休んだので代役で受付に立っていたのだという。……偽の身分で使徒が降臨している(という勝手に生えてきた)設定が、無駄に真実として冒険者ギルドの上役に知られた件……。


 更に加えてこっそり想像魔法『不思議な第三惑星』で彼女を鑑定すると、実年齢が四十路を越えていた件。ビンディ付きなので既婚者なのはわかっていた。が、どう見ても二十歳前後にしか見えないのがまた……しかも彼女には子どもが五人もいる。


 女の人って、怖いね。マリーは普通に成長して、普通に年齢を重ねて欲しいなぁ。

 私も女だけどさ、基本的にチートな吸血鬼、人外キャラだから……ね?


 そんなこんなで先生が怖いなぁと思いつつ、私は真面目に講習を受けるのだった。


 さてさて。


 もう一つ、興味深い講習会の内容の一部抜粋しようと思う。



「まだ行けるは、もうダメだの指標と思いなさい。ダンジョンはあなたに決して優しくありません。さまざまなトラブルをあなたに押し付けて来るでしょう。たとえばトラップ。たとえばダンジョン内の魔物たち。攻撃を受け、トラップに引っかかり、傷つき、決断を迫られる瞬間。あなたは総合的に考えているようで、実は現実を見ていない可能性が非常に高いのです。これも私の実体験から語っています。繰り返しますが、ダンジョンは、あなたに決して優しくない。身を引けるときは引きなさい。また潜ればいいのです。単に身を引くといっても潜った階層分をまた昇らないといけないのです。この辺りを甘く見るとあなたはダンジョンの養分となり果てます」



 身を引く勇気、というダーシャ先生の実体験を基にしたありがたいお話。


 ふと思い出したのが、前世でのチョモランマ登山についてのこと。

 登山者はあと数100メートルで山頂に着く。だが、天候ならびに体調、食料、装備品、仲間などをすべて踏まえた上で『その場から下山』する場合がある。


 また来ればいい。また、今度こそ登り切ればいい。


 チョモランマ登山には準備だけで数年はかかるという。でも、設定した条件に合わなくなったとき、あと少しで登頂であっても、登山者は引き返すのだった。


 だって、たとえ登り切ったとしても、今度は下山できずに遭難死しかねないから。


 私はうんうんと頷く。ダンマス視点でこういったダンジョン探索者の考えに触れるのは、より良いダンジョン構築のための糧となるのだった。


 ……え? 糧にしちゃダメだって? 探索者にクリアさせる気がないのかって?


 だって、ダンマスにとってダンジョンは自分の領土と同じ意味なんだよ? 私のおうちに無断で入るのが冒険者――侵入者なのだから。諦めてくれるのが一番だよ。


 ……うーむ。どうやら立場による見解の相違を感じるね。まあいいけどね。


 その後、二時間ほどかけてダンジョンへの心がけ――主に『ダンジョンを甘く見てはいけない』という内容だったがダーシャ先生の実体験話なので興味深く聞けた。



「パパ、面白かったね」


『人間の考えに触れるのは、我々には大切なことなのである』


「うん♪」


『なぜなら我々は吸血鬼だから』


「うん♪ 人間大好き♪ 美味しいし♪」


『うむ!』



 何かがズレているかもしれないと感じるのは、それはあなたが人間だからだよ。


 次の日。冒険初心者講習会二日目。



「これから当ギルド名物の疑似ダンジョンを回ってもらいます。いいですか? ダンジョン探索は基本的に『ソロ禁止』です。あなたたち初心者は特に『複数人数』で『役割を分けて』探索に臨むよう心がけてください。昨日も言いましたが『ダンジョンは決してあなたに優しくない』のです。絶対に甘く見てはいけません」



 口酸っぱくダーシャ先生は語る。ダンジョンは本当に危ないからと。私=ダンマス視点でも、彼女の主張は正しいと絶賛させてもらいたい。


 そういうわけで、私も臨時のパーティを組むことに。

 人間とパーティを組むなんて、異世界転移エロゲー世界転移での聖女アリサのとき以来だね……。


 構成。

 オフェンス前衛。剣士設定の私。

 オフェンス後衛。魔術師のレイラン少女。

 ディフェンス。盾士のアーウィン少年。

 スカウト。レンジャーのカルド少年。


 こんな感じ。いやあ、なんだかとっても新鮮な気持ちだよ。


 12人を3パーティに分けて構成して、時間を分けて練習用疑似ダンジョンにそれぞれ潜っていく。場所は冒険者ギルド施設地下の特設会場だった。前文明記のアーティファクトを利用して、地下3階層の迷宮を疑似的に作り上げたのだそうだ。



「あらあら、凝ってるわねぇ」

「目的は地下3階層最奥に安置されるオーブを一つ持ち帰ること、だったか」

「そうね、アーウィンくん」

「……ねえ、早くいきましょうよ!」

「お、お嬢さま……急ぐと危ないよ。疑似とはいえ罠も用意されてるんだから……」

「それはカルドが処理すればいいでしょ!」



 一連の会話で読み取れること。


 私、余裕綽々。だってダンジョンマスターだもの。久しぶりに正式名を言ったわ。


 次の台詞は盾士のアーウィンで、冷静な様子が伺える。大盾持ちの大柄な15歳の少年。なお盾以外に青銅の胸当てに肘と膝のガード、ハーフメットを装備する。


 探索を急かすのは魔術師のレイラン。黒髪ツーテールのチマっとしたローブ娘。見た目は一ケタ後半。実年齢も一ケタ後半。……なんで成人してない幼女が冒険者をするのかは不明。子爵家の娘で、言動からしても大変キツそうな性格をしている。


 最後の、諫言かんげんしていたのはカルドで、レイランの少年従者だった。年は16であるらしい。特質すべきは彼のジョブは斥候のプロであるレンジャーとなっているが、私の鑑定では暗殺者アサシンであり彼女の護衛兼汚れ役の半吸血鬼であった。


 おや、ツーテール幼女のレイランがこちらを見上げて睨んでるわね……?



「あなた、男爵家の令嬢ですって?」

「……ええ、その通りよぉ」

「私はカーツブルグ子爵家のレイラン」

「……バウムクーヘン男爵家のイリスよぉ」


「前衛オフェンスは任せるわ。魔術を放つときは声かけるから、聞き逃さないで。アーウィンとやらも、気をつけるのよ! 魔術は危ないんだから!」


「はぁい」

「わかった」



 特に歯向かうことなく、むしろ素直に頷く私とアーウィン少年。



「……なんだろう、なんか調子が狂うわ」

「お嬢さま……」

「あんたも気をつけなさいよ、カルド! 私を護衛するのも忘れちゃだめよ!」

「は、はい……っ」



 この幼女令嬢、我儘なようで思ったよりまともな性格の持ち主のようね。


 ……ふむふむ、ふむ! ぴこーんっと来ましたよ!


 よし、この娘をパーティリーダーに定めてやろうじゃないの。貴族の娘で黒髪ツーテールロリで仕切り屋とか完璧でしょ。カルドくんの護衛も付いてるしね。



「レイラン、あなた、パーティリーダーね」

「えっ!?」

「前衛は前衛に腐心するから、後ろから指示されたほうが動きやすいのよ」

「それもそうだな。イリスさんの提案に僕は賛成だ。僕は盾役しか出来ないから」

「お、お嬢さま……?」

「カルド! うろたえないの! ……わかったわ! じゃあリーダーは私ね!」



 よしよし。この程度なら私も自分の判断ではなく人の判断で動きたいのよね。

 だって、楽ちんだし。

 元公爵令嬢で現皇太女の私なんて嫌でもリーダーシップを取らないといけないのよ。なので楽できるときは楽したい。特に、死ぬ恐れもない練習探索とかね。


 パーティ内の役割をそれぞれのジョブから自動で取り決めて、パーティリーダーも後衛職の魔術師幼女に選任させる。とりあえずの準備はこれでいい。


 練習用疑似ダンジョンである。臨時パーティならこの程度で十分だよね。



「ダーシャ先生! パーティの準備が終わったわ! そろそろ潜りましょう!」


「レイランさん、もう少し待ってくださいね。先に入ったパーティがあと少し進んでから……はい、いいわよ。最初の三叉路さんさろは左に進んでください。右と真ん中は先のパーティたちが進んで行きましたので。その後はあなたがたの思うように探索してくれていいわ。私も後ろからついていくから、いざというときは遠慮なく頼ってね」


「いざというときなんて起こさせないわ!」



 鼻息荒く幼女魔術師のレイランは答える。

 ちょっと意気込みが過ぎる気がしないでもないが、一ケタ後半の幼女の頑張る姿と思えばこれはこれで愛らしい。私は見て見ぬふりを決め込んだ。


 松明は手にしない。レイランが光源の魔術を唱えたからだった。


 私たちはカルドを先頭に、中央にレイラン、右に私、左にアーウィン、少し離れてダーシャ先生がついてくるインペリアルクロスでダンジョンに入場する。


 予定通り、三叉路で左をチョイス。しばらく無言で進んでいく……と。



「えっと、ここでストップです。弓矢トラップが仕込まれているようです」

「みたいねぇ」

「イリスさんもおわかりになられますか」

「あなたの足元に張られた紐を引っ掛けると、尖端が丸くなった矢がそことそこの二箇所から飛び出すっぽいわ。十字射撃とは、実戦だったらなかなか殺意よねぇ」

「……! 罠設置場所だけでなく、矢の種類までわかりますか!?」

「まあ、うん。罠解除はお任せするわぁ」

「あっ、はい!」



 罠設置はダンマスの嗜み。如何に効率的な罠を仕掛けるかが腕の見せどころだよ。


 その後、殺傷能力は削られてはいれど本来的に殺意の高い罠がいくつか続いた。


 例えば油を想定した水の放射からの火攻め。例えば途中で止まる吊り天井。例えば底にクッションを用意した落とし穴。例えば鳴るだけの警報装置など……。


 ……あっ、私、なんか目覚めたかも。


 高難度ダンジョンの奥深くに、低階層の簡単な罠を設置するの。普通ならありえないこの状況。なぜって、もっと凶悪で分かりづらい罠がディフォルトなのに見えている地雷の如く、簡単極まる罠がポツンと設置されるのだ。……逆に、怖いと思わない? 私ならめちゃくちゃ警戒を高めるわ。もしかしたらコース替えもするかも。


 よし、今度、試してみよう!


 などと、ほくそ笑みながら擬似ダンジョンを進んでいく。滞りのない歩みだった。


 地下1階層から地下2階層へ。



「もしかして……私たちって、優秀なパーティ?」



 ツーテールな幼女、レイランがつぶやく。

 いやいや、その判断は早すぎる。まだこれ、地下2階層だからね。

 そろそろ油断を引き出してからの『仕掛け』がやってくると思うわよぉー。


 などと、顔に出さずにレイランへ胸の内でツッコミを入れていたら。


 キーキー叫びながらドタドタと鈍足で向かってくる複数の魔物の気配を感じた。

 私は闇の奥を見やる。魔眼発動。

 粗末な剣と盾を装備した木人ゴーレムが5体。なるほど緩急を持たせてるのねと変に感心する。チラッとダーシャ先生を見る。ニコッと微笑まれた。



「魔物の集団よ! カルドは後退! アーウィン先頭! イリスはアーウィンのヘイト集めからの攻撃をお願い! 私は取り残しを魔術でサポート攻撃するわ!」



 おー。この娘、ちゃんとパーティリーダーしてる。これは将来有望ね。


 アーウィンは盾を構えて盾スキルのヘイトオーラを発動させる。とたん、ドタドタと走る木人ゴーレムたちは彼に憎しみの表情(芸の細かいゴーレムだわ)を浮かべて凸し始める。そこを回り込んで私がスパスパの首を狩る。アンタ大将だろ? 首おいてけ、首おいてけYO! なのだった。


 戦闘状況は30秒も経たずにあっけなく終了する。

 魔術発動準備をしていたレイリンは、ふううううーっ、と大きく息をついた。



「……やるわね、二人とも」

「うふふ、盾士のアーウィンが上手くヘイトを集めてくれたからよぉ」

「いや、それよりも素早く敵を排除してくれたイリスさんが凄いから……」

「なるほど。攻守が上手いとパーティは安定するわけね! 私も頑張らないと!」



 あらあらこの娘ったら、見かけはキツそうだけど中身はやっぱりとてもいい子ね。


 私は内心でレイリンを気に入りかけている。このまま育つと良い令嬢になるわ。


 だが、それは。

 これから先のトラブルで。


 言い訳は見苦しいが私の油断もあっだろうし――

 レイリンが成人せずに冒険者になろうとした理由もあり――


 複数の因果の絡み合いが、ささやかな達成を難しくしてしまうのだった……。




【お願い】

 作者のモチベは星の数で決まります。

 可能でしたら是非、星を置いて行ってくださればと。

 どうぞよろしくお願いします。

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