第157話 カミラ死す。デュエルスタンバイ!

 ゴトゴトとあまりきちんと整地されていない道を鉄柵馬車は行く。

 私は細目を開けて無心で外の風景を見ていた。荒地の続く枯れた冬の風景を。


 ときおり、無表情の王国騎士や兵たちを見やる。


 ふむ、と心の中で頷く。


 どことなく、彼ら騎士や兵たちが前世の映画や漫画などで見た共和政時代のローマ軍の、軽装兵みたいないでたちをしているなと思いつく。


 厚手の冬装束の上に青銅製と思われる胴鎧、青銅製の兜。長剣であるスパダ。ラウンドシールド。あとは投げ槍ピルムと脛当て。足元はさすがにサンダルではなくブーツ。


 たしか、こういう兵士たちを古代ローマではウェテリスって呼んでたっけ……。

 役目は重装兵の連携補助、敵騎兵へのけん制、偵察など……要は何でも屋。


 騎士はこれらの装備にマント、兜にはトサカ付き、あと馬に騎乗している。



「……なあ、ホント、お嬢さんは何者だよ?」

「どこかの貴族令嬢だというのは話をしていてわかったのでしょう?」


「そうなんだけどさ……てか、お嬢さんって、こう言うのもアレなんだが……」

「まるで高級娼婦みたい?」

「まあ……うむ……自覚あるのかよ」


「そんなこと言われても自分にはどうしようもないの。この身体はパパとママが心から愛し合って、それで慈悲深い偉大なる神さまから授かった結果だもの」


「いや……すまんかった」

「いいわよ、別に。気にしてないから」


「マジですまんかった」

「しつこいわよ?」


「……」


 とりとめもなくフィクスと名乗る黒目黒髪の褐色肌の男と会話を交わす。

 彼の連れのラムズは無言のまま私をなんとなく眺めている。私心はなく、本当に視界に入れているだけみたいだった。女は男の嫌らしい視線にはすぐ気づくのだ。


 なんとなく、今まで気にもかけず、当然、声もかけなかった人物に目をやる。

 この馬車には私の他、フィクス、ラムズとあと一人、女性が乗っている。


 怯えた表情の女だった。歳は、よくわからない。想像魔法『不思議な第三惑星』で鑑定してもいいが、そんな価値もなさそうではある。たぶん三十路辺りと勝手に決めつけてしまう。彼女は私を盗み見ては顔を引きつらせていた。わけがわからない。



「あ……あんたは……」



 おや、この女、何か私に言いたいことがあるらしい。



「あんたは、あの、ストームドレイクの首魁か何かなのかい……?」

「ストームドレイクって?」


「とぼけないで! 反乱軍のストームドレイクよ!」


「……知らないわ。むしろどうでもいい」

「あ……あんたのせいで……薬草を探しに山に来ただけの私は捕まった!」


「だから、知らないってば」


「いつも上の人間は、私たち下々の者をめちゃくちゃにする……っ! ただ、薬草取りに出ただけなのに、疑わしいから捕らえて、しかも処刑だなんて……っ」


「……」


「何か、言いなさいよ……っ」


「やめろ。お嬢さんは、そんなのではない。俺様にはわかるんだ」

「あんたたちも、ストームドレイクなんでしょっ!?」


「やめろ。どうせ人は遅かれ早かれ死ぬ。今際のきわで、無様に喚くな」

「うぅ……私……死にたくないよぅ……」



 あなたたちの目の前にいるのは高位吸血鬼で、レベル2億で、あなたたちからすれば避け得ぬ死の塊のような存在だと知ったらどういう反応をするかしら。


 なんにせよ自分の不幸を呪うのに忙しいならそっとしておくべきね。


 ともあれ……。


 ストームドレイクねぇ。ドレイクとドラゴンと、どう違いがあったかしら。

 えーと、たしか……。

 ドレイクはドラゴンの古語だったような。つまり、同じ意味。


 でもアレでしょう? 空飛ぶ蛇みたいな『竜』ではなくて、ファンタジー系でよく見るずんぐりむっくりな『龍』のほうのドラゴン。もといドレイクでしょ。


 雰囲気から察するに竜人族系ではない感じだし、大したことないと推定する。


 竜人族は『竜神』でもあり、生まれもっての亜神。

 龍人族は獣畜の『龍』から派生した亜人。


 その亜人の祖のドラゴンなら……ね。


 ちなみに現文明期は第13文明期『メガルティナ・ドラゴニックオーラ』という。

 最強の竜神メガルティナが第12文明期『エターナルエコーズ』の元凶となったハイエルフを駆逐、呪いの根源を排し、そうして文明期を改元したとかなんとか。


 色々とツッコミどころがあるように思えるけど、今はやめておこうね……。


 ゴトゴトと、鉄柵の馬車は行く。


 やがて。



「もうじき処刑場だ。降りる準備と、死への覚悟をしておきなさい」



 2時間くらい経ったか。馬に騎乗する騎士の一人が馬車に近寄ってそう告げた。



「私は関係ないのっ! 私は、薬草を、摘みに出てきただけなのっ! 助けてっ!」



 先ほどの女が必死になって騎士に訴える。だが騎士は一瞬だけ眉をひそめただけでそのまま馬車から離れていった。泣き崩れる女。一応は気の毒だと思う。


 そんなことより。


 街、なのだろうか。ほぼ廃墟みたいな場所に一団は入っていく。



「監獄の街、いや、監獄そのものを兼務する処刑場、ギヨタンさ」

「へぇー」

「……マジでどういう神経してるのか、呆れを通り越して感心するよお嬢さん」

「ギヨタンって言うくらいだから、処刑具はもちろん断頭台よね」

「もちろんってお前……まあ、当たりなんだけどさ……」



 言った矢先、大振りの断頭台が視界に入る。薬草摘みの女が声にならない悲鳴を上げる。じわぁーっと下半身から盛大に濡れ滴るものが。彼女は失禁していた。


 鉄柵の馬車は止まり、私たちは強引に兵たちに腕を掴まれて柵内から追い出される。そして追い立てられるまま死刑執行官と思しき中年男の前に立たされる。



「スカイガーデン王国裁判法に則り、簡易法廷を開く。なお、緊急時による特例のため求刑から判決に至るまで被告はこれに反論する権利を一切持たない」


「「「「……」」」」


「被告、フィクスと名乗る者。被告は反乱軍ストームドレイクの一員である疑いあり。よって断頭台による斬首刑に処す。次。ラムズと名乗る者。被告は反乱軍ストームドレイクの一員である疑いあり。よって断頭台による斬首刑に処す。次。……ん? お前は誰だ? 何……? うん……? そうか、異国人か。おほん。被告はいかなる手段にてわれらがスカイガーデン王国に忍び込めたのか。……ああ、うむ。語らなくてもいい。聞く必要なし。被告はスパイ容疑にて断頭台による斬首刑に処す。次。メイナと名乗る者。被告は不審行動を取るがゆえの、ストームドレイク協力者の疑いあり。よって断頭台による斬首刑に処す。……以上、閉廷。刑を執行せよ」


「嫌、嫌々、嫌ぁーーーーっ!」


 薬草詰みの三十路女は突如喚き声をあげ、暴れ出した。

 彼女を捕らえていた兵は驚いて、掴む彼女の腕から手を離してしまった。

 足枷がついているにもかかわらず、必死の気持ちなのだろう、薬草摘みの彼女の逃げ足は思った以上に速い。小股で転がるように駆けて行く。


 が、それまでだった。


 別途で待機していた兵士が瞬時の判断で投げた投げ槍が――彼女を完全に捉えた。

 ぐさり、と背中から一撃。貫通。投げ槍、地面に突き刺さる。

 哀れ。彼女はふっと空を見上げるようにして、がくりと力尽きた。



「刑の執行は絶対である。逃亡とはなんという法廷侮辱。兵よ、あの女を改めて串刺しにし、この監獄の街の入り口に晒せ。逃げても無駄だと周囲に知らせよ!」


「……ちょっと、いいですかぁ」


「なんだ! 法廷は既に閉会したぞ! どのみち被告には反論の権利はない!」


「そんなのどうでもいいわぁ。ただ、刑の執行についてちょっと聞きたくて」


「どうでもいいとはどういうことだ! 女、お前から刑を執行してやろうか!?」


「あら、都合がいいわ。私が一番目に刑の執行ね。……で、それで聞きたいのよ」


「……異国の女よ、お前、何者か」


「知る必要ないわ。それよりも、刑の執行がなされたら、それで終わりよね?」


「何が言いたい」


「そのままの意味よ。断頭台の処理が終わって――つまり斬首が終われば、被告の刑はそれで完了するのよね? これは大事なことなのよ。だから、答えて」


「斬首されれば被告の刑は完了するに決まっておろう。……さあ、お前からだ!」


「はいはい」


「こいつ……っ」



 私は大型の断頭台に首をセットされた。刑務官たちに乱暴にガチャリとやられる。

 通常は大型の断頭台だと両手首も首と一緒に固定してカッティングとなるが、手枷を着けたままなので首だけを落とすつもりらしい。



「死刑執行!」



 どすん、と分厚い刃が私の首を飛ばした――否、飛ばすようにわざとしむけた。

 くるりすとんと一回転半。首が下の受け籠に落っこちる。


 しばしの沈黙。手枷と足枷が外れるのを確認。呪いが解けたらしい。

 せっかくなので、想像魔法『不思議な第三惑星』発動させよう。


 解析……呪いのメカニズム……構造……網羅完了。


 さーて、そろそろ動きますか。


 ご存知のように高位の吸血鬼は、首を吹っ飛ばされたくらいでは滅ばない。

 実質、ミリもダメージにならない。

 なんなら転がった首をよそに、新しい首を作ってしまえるほどだった。



「――ひっ!?」



 この声は執行官のアイツだね。情けない悲鳴を上げちゃってからに。

 手足の自由になった私は遠隔で自分の身体を動かして、私の首を拾わせた。


 そして合体。パイルダーオン。



「ふう……ってことで、私はもう自由よね?」

「ば、ば、バケモノめ! 兵たちよ、あのバケモノを殺せ!」


「あら、約束を破るのかしら?」

「バケモノと交わした約束などない!」


「そう……刑は完了したのに、まだ私を殺そうとするのね……?」

「黙れ!」


「……わが名はカミラ・マザーオブハーロット・スレイミーザ。スレイミーザ帝国の正当なる皇太女なり! 次代の漆黒の太陽であるぞ! 下郎、頭が高いわよ!」


「黙れ黙れ! 兵どもよ、臆すな! 早くかかるのだ!」


「これは外交問題である。私がこの国に至った経緯はともかく、そなたらスカイガーデン王国は皇太女たる私を処刑した。しかも刑の完了の嘘までついた」


「があああああっ。ならば私自らお前を処断し……ぐぶぼぁ!?」

「無礼者は処する。大地に干渉。串刺し刑ヴラド・ツェペシュなり」



 約束を守らない死刑執行官の股座より、大地に干渉して伸ばした鉱物の槍で串刺しにする。かの愚か者は尻から胴を貫き、喉を貫き、口から穂口を覗かせて絶命する。


 私は一歩、足を進める。とたん、ざっと一歩下がる王国兵たち。



「そなたらも同罪である。なぜ執行官の愚行を止めなかったのか。黙って見ているだけとは許容と同じであり、愚行を成したのと同じ罪業である。よって死刑」


「や、やめ……っ!? おぼうぁ!?」



 次に刑を執行。私を強引に処刑台にセッティングした刑務官が串刺しになる。



「テキパキ行く。はい、全員死刑執行」



 魔力サーチして周辺の兵および騎士、王国関係者を全員を尻から串刺しにする。

 汚い不協和音みたいな悲鳴が周囲に上がるけど……本来死刑不要物の処分とはこういうもの。


 私はかつて、ベリアル魔王国で謀反を起こした王家傍系のルシフという男を処刑していた。あのときミーナちゃんに憑依していただけで、処したのは私なのだった。


 貴族は、否、支配者とは、必要があれば殺人の一つも出来て当たり前なのだった。


 この見識……傲慢かな?


 うん、傲慢かもしれない。


 でもね。人を殺すのにも才能がいるのよ。


 殺人無才の人は、たとえ実弾入り拳銃を手に持たせて、物凄い罪人の口の中に銃口を突っ込んで処刑の名目でトリガーを引くだけであっても、絶対に引けないもの。


 私には、その才能がある。ただそれだけ。行為自体になんの感慨もない。

 実はあなたも知らないだけで、あなたの中にその才能があるかもね。


 私は大地に干渉して、串刺しにした全員を街の門外に移動、晒し者にした。


 交わした約束は、必ず、守ろうね。破ると代償に命を奪われる場合もあるから。



「ふう……これからどうしようかしら」

「お、おい……」

「おっと、あなたたちのことコロッと忘れてたわ。で、どうするの?」

「どうするって……」


「一つ目、そのまま私が死刑執行官となって首を落としてあげる。二つ目、私に咬まれてから死刑を執行、手枷と足枷を私みたいに取り外して自由の身になる。三つ目、実は呪いの解析は既に終わっているのよ。チョーカー、手枷と足枷を外して自由の身になる。フィクス、ラムズ。好きなのを選んでいいわよ。叶えてあげる」


「もちろん三つ目を俺様たちは選ぶが、二つ目は、まさかお前……」

「吸血鬼よ。私、魔族だし。だから首が落ちたくらいではどうってことないの」


「いやいやいや。俺様の知る吸血鬼は首が落ちたらソッコーで灰になってたぞ」

「程度の悪い吸血鬼ねー。レッサーバンパイアだったとかじゃないの?」


「そもそもなんで冬とはいえ日中に吸血鬼が平気で外に出られるんだよ……?」

「私、超強いから」


「おい……サラッと答えるその態度に俺様、妙に頭痛を覚えるのだが? ……スレイミーザ帝国って、アレだろ、北半球二大大陸の片方で、大陸の大部分を占める鬼デケェ魔族の国。お前さん、あの魔国の皇太女……なんだよな? 女なのに?」


「性差的な発言はよろしくないわぁ」


「あ、いや、すまん。そういうつもりではなく、一般的な認識でな……?」


「本当に皇太女よ。あの国はこれと見染めた子を皇帝が養子に取って、その子を育てて次代の皇帝――魔帝とするの。私は、帝国の正当な後継者。だから皇太女」


「うっそん……マジかよぉ……」



 フィクスは途方に暮れたような、それでいて納得のいった表情で肩を落とした。


 と、そのとき。


 真っ白な体躯の、一軒家サイズほどのドレイクがぐわりと私たちの前に現れた。




【お願い】

 作者のモチベは星の数で決まります。

 可能でしたら是非、星を置いて行ってくださればと。

 どうぞよろしくお願いします。

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