第156話 寝て起きたら囚われていた。

「―――」

「―――」



 背中にゴトゴトと、得体の知れない振動が絶えず伝わってくる。

 というか背中、痛いのだけど。不協和音系の振動がずっと私をさいなむよ。


 寝心地悪いわぁ。


 ……ん?


 ……あれ?


 なんで、私、寝心地悪いだなんて思ったのだろう。寝床は専用の棺一択なのに。私の棺は総シルク張りで、しかもクッション材も入っててフワフワ仕様なのだ。これにコーモリさん抱きまくらかワンワン抱きまくらに抱きついて眠るのである。


 いや、ちょっと待って。だからさ……。


 おかしい……たしか私は魔帝陛下の舞踏会に招待されて、デビュタントを果たしてそれと同時に魔帝陛下の養女――娘となり、姓も変わったのだけど……。


 とどまるところを知らない違和感をなだめつつ、冷静さを保たんと努力する。


 とにもかくにも、今の私の名前は。


『カミラ・ノスフェラトゥ』

 ↓

『カミラ・マザーオブハーロット・スレイミーザ』


 最終的には、スレイミーザ姓に『四世』と付くのだろうね。


 ……むう。


 パパ氏、悲しんだだろうなぁ。

 手前味噌だけどさ、愛娘をたった一年で、皇室に取られてしまうだなんてね。


 でも大丈夫。私は、パパ氏の娘だよ。


 だからこそ(本当のママ氏には悪いけど)魔帝陛下の平時の呼び方(当たり前なことに公式の場では呼ばない)を『ママ』に設定したのだからね。

 

 大好きなパパは、パパ氏だけ。たった一人だけ。


 私は『ヴラド・ツェペシュ・ノスフェラトゥ』パパの娘。


 立場は変わっても、大好きなパパは大好きなパパのままだからね。


 ごとっ、と何かが跳ねた。背中にダイレクトに振動がくる……?


 ……うーん。


 なんで、こんなに、背中が痛いのかしらね……?


 ガンッと、今度はより激しく跳ねた。同時に私の身体も跳ね上がったらしい。



「――あいたっ!?」



 背中にきつい衝撃が。

 そして。

 私は『目が覚めた』のだった。



「おう、眠り姫が目覚めたようだな」

「……だな」


「……ここは、どこ?」



 上半身を起こす。



「ほほう、こんな剣呑な場に怯えもせず、まずは自らの環境に気を向けるか」

「……変わった格好をしているだけある」


? ? ? ?」


『カミラ、カミラ! 目覚めたでなるな? 大丈夫か? なんともないか?』


「……パパの声が聞こえる。でも……いない? 待って……変なおじさんが二人、端っこに女性が一人、全員に手枷と足枷……?」


 鉄柵に囲まれた荷馬車。私たちを運ぶ。外に見える風景。針葉樹を除く、枯れたような木々。天には不愉快な太陽が弱々しく光を落とし、ハケで掃いたみたいな高層の雲が浮かんでいる。あと、うろこ雲。寒々としたモノトーンな光景。実際、少し寒い。帝都近辺は年中温暖な気候のはずなのに……?



『ワシはここだ。いや、ワシも恥ずかしいのだが、ここにいるぞ!』


「……パパ、私の頭の中に住んでるの?」


『違うのだ、違うのだあ……。あー、ワシ、さすがに娘のこんな……すまん、ワシも混乱しているようである。また落ち着いたら、話そう。……な、カミラ?』


「わかったわ、パパ」


「……突然、独りごとを話し始めたな」

「……不思議ちゃん、か」



 くるり、と私は変なおじさんたちに顔を向ける。おじさんたち、ビクッとなる。


「「「……」」」


 三人とも無言。異様な間が落ちる。


 変なおじさんの一人は黒髪に黒い瞳の長身痩躯。毛皮のコートに身を包んでいる。

 ただしさらけ出された両腕から察するに、筋肉で覆われた細マッチョらしかった。


 もう一人の変なおじさんは茶髪にモヒカンっぽい頭に超が付く筋肉ダルマだった。彼も毛皮のコートをまとっているが、湯気でも出そうなほどの筋肉圧を感じる。

 青い穏やかな瞳、口数は少なめ。気は優しくて力持ちタイプかもしれない。


 二人に共通する肉体的特徴は、薄い褐色の肌をしているところ。イメージとしては前世世界の中東の人たちを見る感じ。口ひげは生やしていないけれどね。


 なんにせよ、どうでもいい話。


 私は視線をはずす。

 変なおじさんたち、ほっと息をつく。


 私は自分自身の身体に目を向ける。

 大人モード状態、か。


 むちむちの身体。淫魔族ですらエロいと絶賛の肢体。デカい胸。叡智(誤記入ではない)カップ。重力を無視して盛りに盛り上がるオッパイである。


 ココだけの話。自分で自前の乳首を口に含めるよ。まあソレだけなんだけどさ!


 あとは……。


 真紅のチャイナドレス、インナーに白のブラとパンティ。ガードルにストッキング、真紅のハイヒール。無骨な手枷と足枷。首に違和感。首全体に薄手の革か何かがピッチリと巻きつけられている。


 何だこりゃ、としか言いようがない状態。


 とりあえず枷はぶち壊して、脱出かな。



「……待て、待て! お前は今、手枷と足枷をぶち壊そうとか考えなかったか? あるいはもしかしたら、俺様の勘ではお前なら可能かもしれない。このクソ寒い真冬に半裸みたいな薄着衣装で凍え死にもせず平然としてるんだ。そういう無茶もありえないとは思わない。……だが、それだけは、頼むからやめてほしい」


「どうして? 邪魔でしょ? 外してしまえるなら、外すべき」


「お前……王族みたいに綺麗なスカイガーデン語を話すのな……」


「……」


「いや、それよりも。この手枷と足枷は、俺様たちにも連動しているんだよ」


「無理やり外そうとすると、枷の中に仕込まれた致死性の毒針でも飛び出すとか?」


「死ぬという意味合いでは同じだな。この手足の枷には強力な呪いがかけられていて、無理に外すと死ぬ。連動した全員がね。……戦いのさなかに討ち死ぬは名誉だが、呪いで無様に死ぬのはスカイガーデンの戦士には屈辱でしかないぜ」


「……一応訊くけど、外し方は?」


「死ねば外れる。具体的には、首に丈長の革のチョーカーが巻き付けられているだろう。それが枷の司令中枢で、チョーカーの内側に致死の呪いの制御陣が書き込まれている。で、斬首の際にそいつごと真っ二つに斬れば司令中枢が壊れる=呪いが解けると同時に拘束する手足も外れる寸法になっている。意外と低コストなんだぜ?」


「……手枷と足枷は再利用されるわけね」

「そういうこった」

「……」


「それよりもお前のことが知りたい。お前、この国の人間ではないだろう? そんな雪のように白い肌のヤツはこの国にはいないんだ。なのに奇麗なスカイガーデン語を話す。ワケがわからん。どうやってこのスカイガーデン王国に来れたのだ?」



 言語的な疎通理由は私のパッシブスキル『アンチバベル』のおかげなのだろう。

 しかし、どうやってここに来たかは……私の神さまの思し召しとしか。



「……知らないわ」


「そうか……知らない、か」


「私は自分のデビュタントのさなかに気を失って、目が覚めたらここにいたのよ」


「ふむ……デビュタントか。少なくとも貴族令嬢であるのはわかった。他国の貴族という意味でな……しかしどうやってこの国に来たのかはわからない、と」

「……そうね」


「俺たちを処刑場に連行する途中でお前が倒れているのを、王国騎士が拾ったのだ」

「そうなの? 筋肉ムキムキのおじさん」

「唐突に褒めないでくれ。驚く」

「……」



 そういえばこの荷馬車、鉄柵付きだったわ。まるで虫かごみたいになっている。


 そして不穏極まる単語――処刑場。


 鉄柵馬車と処刑場が無関係なわけがない。



「ラムズの言うとおり。お前は行き倒れていたところを拾われた。ただし助けるためではない。その姿、明らかに他国の者。どこから来たんだ? ってなわけでお前には絶賛スパイ容疑がかかっているわけで。そして、疑わしきは、処刑だよ」


「野蛮ね」


「非常時だからだよ。長年の支配でこの王国は腐敗を深めた。王は民草の生活を顧みず、貴族どもも同じくだ……クソどもが。で、その腐敗をどうにかしようと反乱軍が組織されつつある。……わかるだろ? この王国は末期だと。……滅ぶのさ」


「そう」


「自分は無関係、みたいな顔をするなよ。お前が今どこに向かっているか、考えろ。この鉄柵馬車はな、処刑場行きさ。俺樣たちと一緒に斬首される定めにある」


「そうみたいね」


「マジかよこの女。全然動じてねえ」

「フィクス、アレは気が触れていんのかもしれない。衣類からも常人には見えない」


「そうね。常人如きには思いもつかないことを考えているかもしれないわよ」


「……そんなこと言われると、俺様、かえって興味が湧くね」

「フィクス、それは、危険だ」


「興味が湧くのはいいけど、取り囲む王国兵の人たちは私たちの会話を聞いてどう思うのかしら。見たところ、前後に一部隊ずつ配置されてるっぽいけど」


「もうすぐ処刑される奴らの戯言なんか、いちいち耳を傾けるわけねえだろ」


「ああ……それもそうね」


「……で、考えを言ってみな」


「処刑はあなたたちより先に、私が執行されるようにしてほしいの」


「……それだけか?」


「執行される前に、執行官にいくつか質問するけどね。処刑についてとか」


「うーん……なんだかモヤッとするのは気のせいか?」

「フィクス」

「黙ってろラムズ」



 フィクスと名乗る細マッチョの変なおじさんは、しばし瞑目して無言になった。



「……わかった。それだけなら乗ってやる」

「じゃあ、そのつもりでいるから」


「はははっ、愉快になってきたぜ。こんな状況で死をまったく恐れないとはな!」


「単に絶望してさっさと死にたいだけかも」


「それはねえだろ。お嬢さんのその深紅の目、血のように赤い目には絶望がない」


「良く見てるわね」


「まあ、好きにやってみな」


「もちろんよ」



 言って私は鉄柵に身を預けて瞳を閉じた。




【お願い】

 作者のモチベは星の数で決まります。

 可能でしたら是非、星を置いて行ってくださればと。

 どうぞよろしくお願いします。

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