第155話 波乱のデビュタント? 後編

 魔帝スレイミーザ三世陛下が自ら強力にバックアップする、カインお兄ちゃん主催の夜会は大成功のうちに終えることができた。


 自分でパーティを主催して、同時にデビュタントして、しかも小公爵宣言もする。


 前世世界や他世界ではどうか知らないけれど、この世界では名前に小『爵位』と付く――主に伯爵以上の上級貴族令息は、基本的にその家の後継ぎなのだった。


 小伯爵、小侯爵、小公爵。ちなみに辺境伯は伯爵カテゴリーに入る。


 この宣言をパーティなどで行ない、正式な後継ぎと世間に認知させるのが大切で。


 さて、さて。


 カインお兄ちゃんのパーティの裏側では、私も色々と動いていたのだった。


 主に、カインお兄ちゃんの味方になってくれる傘下の有力貴族を得るために。


 彼ら傘下家系者は、厳密にはノスフェラトゥ家の現当主、要するにパパ氏の手下であって、必ずしもカインお兄ちゃんの味方になってくれるわけではなかった。


 あたりまえだよね。


 人間社会でも、代替わりした二代目に反目する組織の部下なんて普通にあるのだから。自分は先代に従ってきたのであってお前(二代目)ではない、とかなんとか。


 何より、これが重要。


『魔族は強さこそ正義と尊ぶ。強いはエラい。強さこそ、支配能力のすべて』


 ということ。


 妹の私が言うべきではないのかもしれない。カインお兄ちゃんは私に比べてちょっとレベル的に弱い。成長期なので今後は立派な後継ぎになるはず……なのだけど、ならばなおさら早いうちに味方を担保しておいた方がいい、と思い立ったわけで。


 余計なお世話かもしれない。お兄ちゃんの矜持を傷つけてしまうかもしれない。


 でも、だけど。


 私のデビュタント、嫌な予感しかしないから。だって私ったらまだ1歳よ? それなのに無理やり社交界への進出=大人への第一歩とかいくらなんでもね。


 なので愛する家族のため――特にお兄ちゃんのために、何があってもわが家の被害を最小限に食い止められるよう私は傘下貴族への根回しを画策したのだった。


 一番の収穫は、ノスフェラトゥ公爵家その傘下筆頭となる、ド・ケスベイ淫魔侯爵家が、お兄ちゃんの味方になってくれる確約を取れたことかな……。


 ただし、いや、もちろんと表現すべきか。


 もし私との約束を破ったら、私はかの家に何をするか、ちょっとわからない。


 ともかく、裏切ったらドン引きするくらいの不幸を叩き落とすつもりでいる。


 まあ……先立ての様子から推察するに、どうやっても裏切りはないとは思うけど。


 そんなこんなで、私は自らのデビュタントに向けて忙しい日々を送った。

 それこそ愛するマリーとイチャイチャする間ものないくらい。

 ふと寂しくなって、マリーを想いながら眠るときに自慰なんてしちゃったり……。


 つくづく私は、性向が百合属性なんだと確信したよ。


 まあ最近はほら、そういう方面の嗜好も世間サマは理解しようとしているので。

 特に淫魔族から言わせれば、愛に性別や種族は関係ありませんとのこと。

 少し心が痛むのは、マリーの性向を私が捻じ曲げたかもしれないということ。責任は最後までしっかり取るので、許してね……。


 余談。

 私のレベルは2万となり、大人モードでは2億レベルを数えるようになった。

 嫉妬の権能は、願う姿になれるという権能。自分限定でレベルが向上する場合も。


 ……日々が過ぎて、とうとう私のデビュタントの日がやってくる。

 スレイミーザ三世陛下主催の舞踏会。


 ダンスの練習はしたのかって?


 見た目が三歳児の私に、どこをどうやれば社交ダンスできるのか……。

 たぶん後々に、私のために10歳女児タイプに変怪した陛下が私のダンスの相手をしてくれるはず。なので基本ステップだけ覚えておけば問題ないと思われる。


 というか、パパ氏とカインお兄ちゃん以外に、異性に触れたくないのよねー。

 アーカードちゃんはって? あの子は私の眷族で『男の娘』だから例外だよ。

 ペロペロしてあげると、女の子みたいなというか、女の子な反応が返ってくるし。


 さてさて……。


 私はパパ氏に抱っこされたまま(エスコートされて)パーティ会場に入場した。



『――ノスフェラトゥ公爵家、ヴラド・ツェペシュ・ノスフェラトゥ公爵、カミラ・ノスフェラトゥ公爵令嬢の御入場です!』



 読み上げ士(この人って宮中使用人の中でも特別に立場が高いらしい)が私たち父娘の名を読み上げ、そして会場に入場する。背筋を伸ばして、堂々とね。父親に抱っこされたままでいいのかって? いいんだよ、私、見た目三歳児幼女だよ。


 あとはテキトーにブラついていれば人の輪が出来上がる。パパ氏の威光でね。


 魔族は強ければ正義。真祖の吸血鬼たるパパ氏は、吸血鬼一族の王でもある。

 要するにめちゃくちゃ強いのである。そんな存在に、誰が反目しようか。

 庇護をうける娘の私も、同時に、畏怖の存在として扱われる。

 粗略には絶対にされないということ。


 ダンスのお誘いは、基本的にはお断りする。体格的に無理だから。

 大人モードになれば問題は解決するけれど、それをするつもりはさらさらない。



『――我らが偉大なる帝国の漆黒の太陽。魔帝リリス・アスモデウス・スレイミーザ三世陛下の御入場です!』



 会場の楽団の曲目が一瞬途絶え、わざわざ荘厳な曲に変わった直後。

 読み上げ士が陛下の入場を告げたのだった。


 あー、嫌な予感しかしない。むしろ確信するくらいに。


 通常、公務中の陛下は人間でいうところの30代女性の姿を取るという。

 なのに、今回は。

 陛下は10歳女児の姿で入場してきた。


 凄いのはバレエドレス亜種とでも言うべきか、背中にズバッと生地の切れ込みの入ったエロ衣装を着ていること。女児が着るには攻めすぎじゃないかな?


 とまれ。

 淫魔・夢魔らしいキワドイ格好だった。


 10歳女児モードに見合った小さな身体。

 薄い胸、薄い身体。細い手足。

 生意気メスガキっぽい口元。精一杯ふんぞり返して歩く姿。それはそれは愛らしくて。



「おう、カミラよ。オレとの約束はちゃんと守ったようじゃな」

「みゅー」

「不満げな顔じゃのう。貴族は心に不満を抱いても笑顔を保つモノ。まったく、このパーティはお前のためだけに開催したようなものじゃからな。うはははっ」

「陛下、後でにゃあと踊ってよねー」

「うむ。もちろんであるぞ! オレはこの日を待ちかねておったのじゃし!」



 のじゃロリ陛下は超ご機嫌だった。あとでそのペタンコの胸をモミモミしてやるんだから。なんなら小さな二つの苺ちゃん(乳首)に口づけしてやろうかしら。



「それは魅力的な提案じゃの」

「心を読んじゃ、めーなの」

「むはははっ」



 笑いながら陛下は壇上へ行く。ちなみに陛下にエスコートはいない。


 通常なら皇室筋なら皇后がおられて、または、婚約者がいて、彼または彼女を伴って入場するものだった。が、陛下にはそのような者はいない。むしろ釣り合う存在がいないと言うべきかもしれない。なので陛下は、こういう会合では一人で入場する。


 わが帝国に世襲制はない。前世のローマ帝国と同じ選帝法を取るのだった。


 すなわち――

 優秀な、コレと見定めた子を養子として育て上げ、その者を次代の皇帝とする。


 聞けば陛下も養子からの魔帝戴冠で現在に至っていた。なので、三世なのだった。


 まあ……うん。その先はあえて言うまい。



「今宵はオレの舞踏会に出席してまことに大儀である。オレは上機嫌であるのじゃ!」



 既に舞踏会自体は始まってはいるが、それでも会の音頭は取るべきで、そのために陛下が壇上に上がったのだった。いわば様式美の一環のようなものだった。


 それはともかくとして。

 これからが、私にとって問題なのだった。


 あー。魔帝陛下がこっち見てるぅ。


 私はパパ氏の胸元にひしと抱きついて深呼吸をする。

 パパ氏は、トントンと私の背中を優しく叩いてくれる。



「それでは、今宵の主人公を紹介しようではないか。カミラ・ノスフェラトゥ公爵令嬢。こちらへ来るのじゃ。ヴラドはそこに待機。令嬢だけ、こちらにな」

「みゅー」

「……肚を括るしかないのである。はあ……」



 私はパパ氏に降ろしてもらって、トコトコと壇上へ向かった。

 視線。目、目、目……。

 衆目を集めている。陛下はわざわざ女児の姿をしてくれてはいれど、それに輪をかけて幼女な私である。はっきり言って、舞踏会には場違いな私なのだった。こういう手合いの会合は、最低でも婚約適齢期を迎えた年頃の令嬢や令息でないと……ね。


 私の今の姿、知りたい?


 深紅の生地に登り竜の刺繍の入ったチャイナドレス満州族の民族衣装を着こんでいる。正装ならなんでもいいのでしょ? 扇を片手に、トコトコと陛下の元へ行く。



「喜べ、皆の衆。オレに後継者が現れたのじゃ! カミラ・ノスフェラトゥ公爵令嬢である! 生まれて1歳で、神の権能をなんと6つも所持しておる! わかるか、この凄まじさが! 暴食、嫉妬、憤怒、色欲、強欲、怠惰……いずれも普通には扱えぬ、人の子の中では大罪とも呼ばれる権能である! オレは、そんな彼女に才を見た!」



 うん、知ってた。招待状を受け取ったときからこうなると思ってたよ。

 そうしないと、国が割れる恐れがあるから。だって、大人モードになると……。


 ともあれ、まあー、もっともらしいこと言ってるね。

 確かに権能を使えば、神さまパワーで大抵のことはできるだろう。


 しかし、上手くはいかないようで。


 なんども言うけど、魔族は強さこそ正義と尊ぶ。


 ざわざわと波のように周囲の帝国貴族たちは戸惑いの様子を見せ出した。

 一人だけ、淫魔侯爵だけは納得顔でニコニコしているけれど……。



「カミラ、力を見せてあげなさい」

「みゅー」

「魔族は以下略であるぞ」

「はぁーい」

「それでこそわが養女」

「ママ、って呼べばいいにゃ?」

「パパでもいいぞ!」

「にゃあは女の子が好きだから、ママって呼ぶね」

「善き善き」



 私は嫉妬の権能を使って大人モードに変更した。

 するとどうなるか。


 デカ胸、むちむちの身体にチャイナ服という大変眼福な姿になるわけで。


 魔力全開。


 レベル2億の魔力、受け止めてみなさいな。気をしっかり保たないと、飛ぶよ!?


 轟。


 うねる魔力はさながら春風に舞う桜の花びらのようで、それでいて嵐の如く。


 花も嵐の喩えもあるぞ。さよならだけが人生だ……なんてね。井伏鱒二。


 他者を圧倒する力。強さこそ正義。比類なき暴力。わかりやすい思考形態。

 私は魔族の単純さを愛している。だってわかりやすいし、これもまた真理だし。



「文句のある人は一歩前へ出て来なさい。私はね、こう言っては何だけど、慈悲深いのよ。一撃で跡形もなく消してあげる。苦しみなく逝けて良かったわね……?」



 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ。


 魔力の質を上げて神気変換していく。もはや数十万レベル程度では失神するほどに。仮にここに人間がいたら、瞬時に汚い花火となって絶命するだろう。



「暴君タイプじゃな。うむうむ。オレの養女になるならこうでないとな!」



 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ。


 陛下も魔力のうねりを立ち上げる!



「カミラよ、そなた、またレベルが上がっておるではないか。ふむ、2億辺りか」

「はい、そうなりました。ちょっと異世界の神を食べましたので」

「ふむ、ふむ! ゴッドイーターじゃの!」



 もはや留まるところを知らない。神気へと昇華された二つの魔力の奔流は、さながらダンスを興じるかのようにくるくると相手の周りを巡り始めて……。



「よし、そのくらいでやめておくのじゃ。お披露目で衆目が粗相を始めよったわ」



 つまり失神および失禁者が出始めたと。なら、これくらいにしますかね。

 私は魔力解放を中断する。グッと背伸びをするようで気持ちいいのだけどねー。

 ついでに幼女の姿に戻っておいた。

 そんな私を、陛下は後ろから柔らかく抱き寄せてきた。



「すまんな、そなたが早々にこれほど力をつけるとは思わなんだのじゃ」

「国が割れちゃうにゃ?」

「うむ。なのでオレの娘になってもらった。後継ぎなら問題あるまいて」

「魔族は、力こそ正義だものね……」

「うむ……」

「キスしていい?」

「もちろんだとも……ん……ちゅ……」



 言葉の通りだった。くどいほど語るに、魔族は力こそ正義であり尊ぶもの。

 齢1歳にして陛下に並ぶほどの力を得た存在がいて、それは周囲にどれほどの影響を与えるかを私は甘く見過ぎていた。つまり、魔族の性根を見誤っていた。


 たとえ幼女の姿をしていても、いずれは大人モードの力がバレる。

 今でこそ幼女の姿で養女宣言されて周囲を戸惑わせたけれど。

 じきにこれも、当然の処置だとすぐに皆納得する。


 強きに従う。この法則が、国を二分してしまう可能性が出てきたわけで。


 強大な帝国内で、内戦が起きかねない。


 そんなの私は望まない。平和、大事。なので、最終的に、受け入れたのだった。

 魔帝スレイミーザ三世の養女となることを。いわんや、皇室に入ることを。



「聞け、皆の衆。これよりカミラ・ノスフェラトゥはわが娘となる! カミラ・スレイミーザである! 加えて淫魔族より伝説の大淫婦の称号『マザーオブハーロット』をカミラに献上するという。なので、これよりわが娘は――」


『カミラ・マザーオブハーロット・スレイミーザ』


「と、改名されるものとする! 以後、間違うことのなきようにな!」



 いや、大淫婦とか、アレでしょ。666の魔獣マスターテリオンの背に乗るあの大娼婦のことでしょ? 私、そんなに、エロくないつもりなんだけど。


 大体、私は前世の知識をちょっとだけ右から左にしただけで……。


 と、言っても今や遅し。


 私はすべてを悟り切ったような静かな笑みで、受け入れるしかなかった。


 そして、私は、唐突に――


 転移した。




【お願い】

 作者のモチベは星の数で決まります。

 可能でしたら是非、星を置いて行ってくださればと。

 どうぞよろしくお願いします。

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