第149話 聖堂騎士団長は頭を抱えていた。

 聖堂騎士団、団長執務室。

 私はアーデルハイド教国聖堂騎士団を取りまとめるベネリ・オルトバーグである。


 いや、自己紹介などどうでもいい。それどころではないのだった。まさか、アーデルハイド教国総本山がダンジョンスタンピードに遭うとは。


 もちろん総本山主道路の末端部分に、ひっそりと話中のダンジョンが存在するのは知っていた。地下階層たったの3階。ドロップ品はゴミ。ダンジョンコア無しの。


 ひと言で表現するなら、旨味のないダンジョン。

 むしろダンジョンと称するのもおこがましいほど『だった』。


 たとえ総階層が浅くてもドロップ品が――いわゆる宝物に値がつけば冒険者はものだが……それもなく。というのも得られるものが絶望的にお粗末過ぎて話にならないのだ。棒切れとか、割れた皿とか、そんなもの誰が欲しがるだろうか。


 出現する魔物もナメクジを大きくしただけの鈍足かつ攻撃手段も持たない無力な存在で、まさに『クソザコナメクジ』をたいで表すクリーチャーとくる。


 本来ならダンジョンが見つかった場合は統治国が徹底的に調査する。ダンジョンとはそれ自体が利益の可能性を秘めているのだから。

 わかりやすく言えば『鉱山』である。地下資源と考えればいいと思う。

 だが前述の通り『全階層が極端に浅い、ダンジョンは生きてはいるがなぜかコアが存在しない、ドロップ品は無価値、出現する魔物は最弱』とくればどうだろう。


 たとえ総本山主道路の末端にそれはあったとしても、放置されるのは当然の成り行きではなかろうか。ダンジョンにはその土地を豊かにする作用があるため、いっそ豊穣のための施設と見なして放置しようと判断するのはちっとも不自然ではない。


 追記。

 我々の召喚に応じられた使徒さまは該当のダンジョンを『つまらない』とおっしゃったそうだ。ただしこの『つまらない』は我々の感想とは別物であった。

 なぜなら使徒さまの言う『つまらない』とは、人を騙し油断させるために隠ぺいをしているダンジョンコアの卑しい性格(性向)に向けられたものであったのだ。


 そう、後々判明することに、このダンジョンは巧妙に入口を隠した二重ダンジョンだったのだ! あえて簡潔に語らせてもらうが、ダンジョンへの入場の仕方で、偽のダンジョンと本物のダンジョンとの向かう先をふるい分けされていたのだった。


 正直、そんな法則があるだなんて……思いもしなかった。


 そしてこの邪智に長けるダンジョンコアは、静かに『そのとき』を待っていた。


 ダンジョンスタンピード。


 今、教国では、各都市の近郊にあるダンジョンが次々とスタンピードを起こしていた。これを予見された我らが教皇聖下は勇者召喚を5名の枢機卿に命じ、都市防衛に当たらせている。事実、既に3つの都市がダンジョンスタンピードの惨禍に遭い、しかして見事、召喚された勇者とともにその防衛に成功している。


 後に、使徒さま曰く。



「こういうつまらないトリックを弄する性向から推測すると、ここのダンジョンコアは他のダンジョンコアとは違って成り行きでスタンピードを発生させたのではなく、ずーっとスタンピードを起こす機会を見計らっていたのかもしれないにゃー」



 先の語りからわかるように、コアがスタンピードを狙っていた説は私も同意見だ。


 ダンジョンコアにも、色々と性質が異なるものがあるという話……。


 さて、それはそうと。


 現実は非常だった。


 スタンピードの報を受け、次いでは規模と魔物のレベルを聞いて――

 私は思わず腕を組んで目を閉じ、唸ってしまったのだった。


 人の上に立つ者は、いかなるときでも泰然とするべし。

 先代の団長より拝聴したありがたい教えがちっとも生きていない。

 それくらいの衝撃があった。


 私は意識して呻きを無理やり飲み込む。


 押し寄せる魔物の数は最低でも数万。多ければその10倍。

 魔物のレベルは簡易鑑定ではあれど平均が100レベルに達しているとのこと。


 報告によると各都市のスタンピードの魔物平均レベルは30だったのに。


 ……ダンジョンが意図した悪意によるものか? なんと危険な。


 しかし……。


 レベル30ならまだしも、100は手に余る。

 否、手に余るとかそういう話でない。もはや無理筋というもの。


 私――聖堂騎士団総括、ベネリ・オルトバーグのレベルは100。騎士団最高レベル保持者であった。もうおわかりだろうが、私でやっと、100レベルなのだ。


 それが、今回のスタンピード。


 繰り返すが、襲い来る魔物の数、少なくとも数万。多ければその10倍。

 最悪にもこれら魔物どもは一体一体が100レベル相当の強さを持つという……。


 あえてこう表現しよう。

 神聖アーデルハイド教国、聖堂騎士団長の私が、数万人単位で街を襲う。


 レベル100の私が、数万単位で。


 魔物ではピンと来なくても。

 人間で例えると、とたんに具体的になるのではないか?


 控えめに言って絶望的。

 よもや……よもや!

 我らが教国が、今日の日を越えられぬやもしれぬとは……!?


 ……。


 ……否。否、否!


 そんなこと……あってはならぬ!


 私はダンッと席を立ち、部屋を出る。

 既に修練場には聖堂騎士団の精鋭たちがずらりと列を並べているはず。


 私の訓示を、傾注するために。


 神官、並びに一般兵と下士官たちは既に周壁に配置付を完了している。

 防衛戦最終準備をするためだ。本来なら魔族を相手にする、その防備である。


 修練場2階、踊り場に私に立つ。

 眼下には我らが聖堂騎士団、精鋭たちがズラリと列を並べこちらを見上げている。


 深く息を吸い込む。


 そして。



「……諸君! 知っての通り、状況は最悪である! だが、それがどうした!!」



 どうしたもこうしたもない、というのが本音。自分たちは誰なのか。そう、我々は聖堂騎士。アーデルハイド教国最強の剣。自分たちこそ教国最後の砦!



「命令は単純だ。総本山の絶対防衛である! だが実行は難しい! 敵は多く、しかも強い! それでも成さねばならぬが、我々聖堂騎士の役目!」


「応!!!」× 騎士全員!


「我々は教国最強の剣にして、一人一人が最後の砦! 決して崩れてはならぬ砦!」


「応!!!!!」× 騎士全員!


「万の魔物が何するものぞ!! ならば万の数、斬り捨てればよい!!」


「応!!!!!!!」× 騎士全員!


「……気骨があって素敵。覚悟極まった折れない心、騎士とはかくあるべきね」


「誰だ!?」



 いつの間にか、背後に1人の若い女性が。

 厚めの白のベールを頭に被った、これまた白のローブの女。只者ではない雰囲気。



「……あなたのところの教皇聖下から要請を受けて、支援協力する者よ。都市の防衛はあなたたちの仕事。迎撃は、私の娘が務めてくれるわ」


「……名はなんと申す?」


「エルゼ。……元聖女のつもりだけど、まだ力が使えるので現役の聖女かもね」


「……聖女さま!?」


「さっそく支援をかけるわ。……神さま、神さま。この街を守る者たちすべての能力を10倍化、念のために死しても即蘇生をお願いします。……そうあれかしエイメン


 ――おk。


「え……? お……? 力が溢れて……?」


「攻勢に出る必要はないわ。守勢に徹しなさい。私の可愛い娘が処理してくれる」


「ええ……?」


「うちの子、使徒でもあるのよ?」


「し、し、使徒さま!? ち、地上における神罰代行者とも呼ばれる攻性聖者!?」


「本人に自覚はまったくないけれど、こうやって私たちが私の娘が使徒であると語っても神々の干渉がないところからも、使徒だと証明されているわね」


「……素晴らしい!」


「まあ、見た目はオムツの幼女よ。でも私の娘は、とっても利発で強いわよぉ」


「オムツの幼女!」× 騎士全員!


「うふふ……さあ、防衛に向かいましょう」



 絶対死を覚悟していたところに救いの希望が降臨する! なんと劇的な。まるで……物語の一説でも見ているかのようだ。これも聖下のお下知によるものか……!


 私は勇んで防衛の位置につかんと身を翻した。精鋭の騎士たちも整然と駆け足で修練場を出ていく。聖女さまの神の奇蹟によるバフで高揚感が凄まじい。周壁の頂上に立ったときなど、士気の高まりでむしろ魔物よ早くやってこいと望むほどだった。


 スタンピードの報を受けた直後から、総本山とその周辺の人々は既にこの高い壁に囲われた都市内に避難している。あとは我々が守り抜くだけである。


 ……。


 ……来た!


 津波のように押し寄せる魔物ども。


 スタンピード。


 ダンジョンスタンピード!!


 私は腰の剣を抜き、大喝を入れる!



「我々こそ教国の剣にして最後の砦!!」


「応!! 我々こそ教国の剣にして最後の砦!!」× 騎士全員!



 いざ、いざ。防衛開始する……!


 壁の底。眼下には魔物がひしめいている。

 足のつく場もない様相。


 死と狂気と……何より、暴力。


 騎士と兵たちは弓矢を豪雨のように降らせ、教国魔術師は炎を放ち、神官たちは生命を逆流させる術を使う。強化された力によりまるで藁のように魔物を狩る!


 行ける……数が多くても、殺れる! このまま防衛に徹せられればあるいは……!


 もちろん必滅を賭けた戦いに甘い展開などありえない。

 いわんや、常に最悪を胸に行動するのが、騎士団長というもの。


 戦いにおいて甘さは死に直結する。


 ただ、そんなネガティブを粉砕するように現れたのは……。



「ロードローラーにゃああああっ!!」


「……んな!?」



 まるで彗星の如く。


 突如現れた、これはなんだろう、後で聞くには三輪車というらしいが……超巨大な乗り物に乗った、これまた超巨大な……白髪の美しい青眼の幼女が、ブチブチブチュリと凄まじい勢いで魔物を踏み潰しつつ天から舞い降りて奈辺へ突進していった。


 背中には輝ける一対の翼が。彼女が、使徒さまなのだろうか。きっとそうだろう。



「悪い子にはお仕置きなの!」



 ギュギュギュガリガリズドーンッ! と急ターンして容赦なく魔物を踏み潰しふっとばし、その上で周辺の魔物どもにズビシと指さす超巨大な幼女使徒さま。


 参考程度に、今の使徒さまの体格は約18メートル。周壁より少し低いくらい。

 使徒さま曰く『連邦の白い悪魔、ガ〇ダムにゃー』だそうだが、意味は不明だ。


 彼女はショベルを小さくした(巨大な体躯に対しての対比)ような……園芸用のスコップというか、砂遊び用の無邪気なおもちゃというか、されど10トンはありそうな鋼鉄の獲物を右手にブチュリブチュリと叩いては魔物どもを圧殺していく。


 正直、かなりえげつない。が、子どもらしいといえば子どもらしい。

 特に小さな子どもは、虫で例えるなら微塵も悪意無しに遊びで六本の足を引き千切ったり首をもいだり、あるいは虫そのものを叩き潰したりするものだった。



「ふはは……」



 思わず笑い声が口からこぼれた。



「ふははははっ」



 これは……勝てる。違う。防衛は、成る!

 確信する。

 私たちに負けはないと! 甘えた考えではない。現実を直視しての予想である!


 ……かくして。


 アーデルハイド教国総本山の、もっとも長き一日が始まったのだった。


 敵はダンジョンスタンピードの魔物。多種多様の種族。中には獣人など人種ひとしゅまで混じっている。総じてその目には狂気を孕んで凶悪さを隠しようもなく。


 彼奴らのその数、数万から十数万。レベル平均100。


 対する我々。

 超巨大な幼女使徒さま。

 我々聖堂騎士団。神官や一般の兵たち。あとはたまたま居合わせた冒険者たち。

 全員を合わせても一万人を切る。

 ただし、聖女さまより神の奇蹟10倍強化バフがかかっているため意気軒昂。


 ……ダンジョンスタンピード防衛は必ず成し遂げる。魔物どもよ、何するものぞ!




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