第145話 マッチポンプの裏側で
※今回ちょっと長いです。
たしか、死んだはずなのに。その瞬間を自分は克明に覚えているというのに。
朝の通勤時間帯。
人でごった返す駅のプラットホーム。
俺はどこにでもいるような、くたびれたサラリーマンだった。
そんな俺は……。
気がつけば線路内に落っこちていた。何が起きたのかさっぱりわからなかった。
おそらくは睡眠負債。
最近特に仕事が忙しくて疲れが取れないまま出勤したのがよくなかった。
ブラック企業なんて、すべて潰れて経営者陣は軒並み地獄へ堕ちればいい。
折り悪くプラットホームに突入してくる特急列車。警笛音が凄まじく響く。
俺が利用する駅は急行までが停車する。つまり特急は、全力通過するわけで。
したたか腰を打ち付けて、尻もちの体勢で動けない自分。迫りくる鉄の塊。
周りから音が消えた。強い衝撃。俺、吹っ飛ぶ。視線が宙を舞う。
痛みはなかった。
なかったが致命傷なのは一瞬で理解した。
列車にはねられた瞬間に首無しの胴体を見てしまった。
吹っ飛んだのは、胴を残してキリモミする俺の首だったわけで。
そして、ブラックアウト。
……しかしここはどこだろう。左右を見て回る。
石の壁で覆われた小部屋らしき場所。俺以外、誰もいない。
ドゴッと何かが手から離れ落ちた。下を見る。えっ、と思う。
あり得ないデカさの、スレッジハンマー。ハンマー部分が米俵みたいに太い。
こんなの誰が使うのかと苦笑いする。重量は100キロを下るまい。
……てか、俺、これをさっきまで片手で持っていたのか? ちょっとビビる。
と、その時。ピッ、と電子音らしき音が脳内に響いた。ほぼ同時に視界が揺らぐ。
『タカムラ・ショウイチロウ。26歳。男。
ミノタウロス(ユニーク)タイプの魔物。
レベル48。EXP15800/16500
アクティブスキル一覧
パワーアタック、LEVEL3。
フレンジー、LEVEL2。
ガッツ、LEVEL2。
火焔掌(魔術)、LEVEL1。
パッシブスキル一覧。
リジェネレーション、LEVEL3。
大型武器補正、LEVEL2。
斧、ハンマー適正、LEVEL2。
スタミナ補正、LEVEL2。
身体能力補正、LEVEL1。
自動翻訳、LEVEL1』
……いや、どういうわけなの。
視界の直ぐ側に現れた、まるでゲームステーテスをより稚拙にしたような、情報量のまったく足りない文字の羅列の意味は。
「イミフ過ぎて……そう、アレだ。草生える。大草原」
過重労働のせいで地の性格がナリを潜ませていたが、この突飛な展開のおかげでなのか、昔のネットスレ用語が出るくらいには回復(?)していた。
あー、あのクソクズな、時間をダダ洩れに浪費する幸せな日々を思い出すなぁ。
ミノタウロスとはアレだな。ギリシア神話のミノスの迷宮に閉じ込められた、牛頭人の怪物のことだろう。まさかとは思うが、俺、あの怪物なのか。
手足や胴などを見て回る。筋肉の塊。赤銅色の肉体が凄まじい。ニノ腕が成年男子の太ももを倍にするほどある。肩にちっさい戦車がマジで乗っかっている感じ。
腹筋がシックスパックどころじゃない。ゴツゴツの鬼の洗濯板みたいだ。足も凄い。筋肉という筋肉でガッツリ。ビ○ケット・オリバもニッコリ大満足だ。
鏡的なものがないので顔は確認できないが、伸びたノーズ部分が明らかに畜生のそれで、稚拙なステータスの通り俺はきっと牛頭の怪物になっているのだろう。
うーむ、マジか。
アレだな?『死んだら物理最強なミノタウロスに転生していました』みたいな。
カクヨムやなろう作品だと主人公はとりあえずしばしの間はこの怪物ライフを楽しんで、それからなんやかやで人化手段を手に入れて人里へ行き、当然の如くトラブルに巻き込まれ、チート能力で問題解決し、これを皮切りになぜか女キャラがどんどん関わってきて男女比率が男1対女10みたいな異常事態が起こるわけなのだが……。
俺は毎回、ハーレム主人公に対して死ねよクソが悪態を垂れていたわけで。
……転生、か。
テンプレのトラックにはねられなかったが、転生してしまったのか。
まあ列車にはねられて幼女転生した凶悪主人公もいることだし、セーフかな?
やおら、口元が歪んだ。ニヤニヤしている。キモい笑みが浮かぶ。嬉しいのだ。
「マジかー。つれーわ異世界転生。マジかー。つれーわー。転生しちまったかー」
地獄のミ〇ワ状態で呟く俺。かつての自分を取り戻していく感覚がキモチイイ。
とりあえず。
俺は吠えた。ンモォオオーッと。
異世界転生……異世界転生である!!
俺は足元に転がったスレッジハンマーを拾い上げる。ずっしりと確かな重量はあれど、装備してみれば意外なほど軽々と扱えることに気づいた。
ちょっとポージングしてみる。ハンマーを肩に、歌舞伎の見栄を切る格好をする。
湯気でも出そうな赤銅色の身体は、芸術的なほど滑らかでしかも力強くレスポンスを返す。なんだか理由もわからず感動を覚える。
「フィジカル全開だな、俺! ビーフステーキ喰いてぇ! 共食いだけど!」
今の自分なら何でもできそう。追われる仕事からも、気持ち悪く妙に絡んでくる嫌な上司からも、栄養ドリンクからも、寝不足からも開放されたのだ。
「この力で職場のクソ上司を捕まえてぶっ殺せたら最高なんだけどな!」
俺の中のデスノートには上司は必ず殺すリスト最上位になっている。可能ならファラリスの雄牛の刑にしたいところだが、もはやそんなのどうでもいい。
「ミノスの迷宮だったら、そこに生贄に解き放たれるヤツを殺せば良いのだっけ。あるいはここがゲーム的なダンジョンなら……まあ、狩りだな!」
俺はのっしのっしと歩き出す。
お気づきだろうか。テンションハイの影に隠れて目立たなくなってはいれど、俺は敵であれば人間もたやすく殺す宣言を間接的にしていることに。
姿が変われば、心も変わる。
偉大なる哲学者ニーチェは言った。
『精神など肉体の玩具に過ぎぬ』
今の俺は前世の記憶を持つ一匹バケモノ。狂気と正気を侍らせて、俺は征く。
さあ、狩るぞ。狩って狩って、目につくモブはすべて狩る――狩りつくす!
……と、まあ。色々とレベリングに邁進し続けた結果。
俺のレベルはいつの間にか150に達していた。48から始まってひたすら狩って狩りまくって100上げたことになる。なかなかのモノだと自画自賛しちゃうぞ。
『タカムラ・ショウイチロウ。27歳。男。元会社員。童貞(前後)。
ミノタウロス(ユニーク)タイプの魔物。中身が転生者のためユニーク判定される。
レベル150。EXP186032/320000
上位転職可。ミノタウロスナイト(騎士爵)。騎士→準男爵→男爵→etc 昇爵可。
HP25030 MP1650
アクティブスキル一覧
牛頭天王モード、LEVEL1(new)
人化モード、LEVEL1(new)
デッドバスター、LEVEL2(new)
パワーアタック、LEVEL3→5。
フレンジー、LEVEL2→4。
ガッツ、LEVEL2→4。
火焔掌(魔術)、LEVEL1→2。
パッシブスキル一覧。
ステータス表示強化、LEVEL2(new)
男の(雄としての)魅力、LEVEL5(new)
絶倫無双、LEVEL5(new)
雑食(悪食)、LEVEL5(new)
限界突破の権利、LEVEL3(new)
リジェネレーション、LEVEL3→5。
大型武器補正、LEVEL2→5。
斧、ハンマー適正、LEVEL2→5。
スタミナ補正、LEVEL2→4。
身体能力補正、LEVEL1→2。
自動翻訳、LEVEL1→2』
随分強くなった。
ここ一年ほど、俺はこのダンジョンをさまよっては遭遇する魔物を狩っていた。
ダンジョン。そう、ここはダンジョンだったのだ。ミノスの迷宮ではなく、人知れず存在するどこかの深いダンジョン。冒険者など見たこともない隠しダンジョン。
わかっているだけで20階層はある。まだまだ奥は深そうである。
一度だけ、興味本位でダンジョン外に出ようとしたことがある。が、どうしても出られなかった。ダンジョンに所属する自分はこのダンジョンに束縛されるらしい。
なるほど、これは由々しき事態だ。
このままでは俺のハーレム計画が! 女女女の、姦しいハーレム計画が!
せっかく人化スキルを覚えたというのに! チクショーメ!(チョビ髭おじさん風)
ダンジョンの隅で、持て余す性欲のために人型のメス個体を捕まえては発散する生活にはもう飽き飽きだ! ゴブリン、コボルト、オーク、人狼、猫人、ヤギ頭の悪魔、羊頭の悪魔、ドワーフ、ノーム……エルフとヒューマンはどこにいる!?
メスオークはむしろすり寄ってくるし! オスオークともヤってみたけどな! 気持ちいいから良いけどさ! おかげで雑食(悪食)とか不名誉スキルが生えたけど!
珍宝銀銀丸。
これはもっと狩りをして強くなって発散するしかないな!
……と、意気込んで更にレベラッポしたわけですよ。上位転職もして、強化して。
『タカムラ・ショウイチロウ。30歳。男。元会社員。非童貞(前後)。
ミノタウロス(ユニーク)タイプの魔物。中身が転生者のためユニーク判定される。
レベル2500。EXP650350000/950000000
昇爵可。ミノタウロスロード(子爵)。
HP8265030 MP66500
転生体、悪戯な神によって改良ミノタウロスの肉体を与えられた一般人。
神は嗤う。神は嗤う。悪意を満ちて。
さあ、身に沿わぬ過大な力を与えられたパンピーよ、精々運命に足掻くが良い。
異世界転生が、チートが、すべてお前の思い通りになるとは思うなよ!!
アクティブスキル一覧
ハリケーンミキサー、LEVEL3(new)
地獄の弾丸超特急、LEVEL3(new)
バッファローボム、LEVEL3(new)
焔の身体(強化バフ)、LEVEL2(new)
前立腺パンチ(雄専用)、LEVEL2(new)
牛頭天王モード、LEVEL1→5
人化モード、LEVEL1→4
デッドバスター、LEVEL1→4
パワーアタック、LEVEL5→MAX
フレンジー、LEVEL2→7。
ガッツ、LEVEL2→7。
火焔掌(魔術)、LEVEL1→5。
パッシブスキル一覧。
支配者・統率者、LEVEL3(new)
ノブリス・オブリージュ、LEVEL2(new)
ウンメイニアガクモノ、LEVEL1(new)
ステータス表示強化、LEVEL2→3
男の(雄としての)魅力、LEVEL5→7
絶倫無双、LEVEL5(変わらず)
雑食(悪食)、LEVEL5(変わらず)
限界突破の権利、LEVEL3→4
リジェネレーション、LEVEL5→8。
大型武器補正、LEVEL5→7。
斧、ハンマー適正、LEVEL5→7。
スタミナ補正、LEVEL4→6。
身体能力補正、LEVEL2→5。
自動翻訳、LEVEL2→5』
なんだかステータスに神からの悪意の記述がなされているが、気にしない。
俺は、今が、非常に気に入っている。
神が邪神であろうと悪神であろうとどうでも良い話。いつか殺せば解決する話だ。
それよりも重大事項がある。
バッファ○ーマン的なアクティブスキルも気になるだろうけれども、それよりも。
地下50階層。とうとう俺は最下層にたどり着いたのだった。
そこには、ダンジョンコアがあった。
俺はそれを手に取ろうとする……が、突如血を吐いてぶっ倒れた。
「警告、ダンジョンマスターの資格なき者、私に触れること能わず。下がりなさい」
「げふ……ま、待て……っ」
「私はダンジョンコア。マスターなき現在はマスター代理として魔物どもの管理統括をする。私が生成した下僕よ、陳情があるなら平伏して申し立てなさい」
「……」
「話がないなら、速やかに去りなさい」
「お、俺は、お前の下僕ではない……」
「反抗的態度、ユニーク個体と判別。走査します……異世界転生者と推測」
「違う、反抗的態度ではない。ただ、俺は、外の世界へいきたいだけだ……っ」
「なるほど。それで何をしたいのです?」
「異世界転生者としてチート生活を満喫する。美男美女ハーレムを作る」
「低俗過ぎて逆に新鮮ですね。異世界転生者はかくも性格破綻した者であるとは」
「……」
「貴方が私の束縛から解放されるには一つだけ方法があります」
「……なんだかんだ言いつつ、叶えてくれようとするのはなぜだ?」
「別に貴方でなくてもかまわない。たまたま面白い適応者が現れただけのこと」
「……」
「最近、周りのダンジョンがこぞってスタンピードを起こしているのです。その波及で龍脈の力が余分に回ってきて、いま少し持て余し気味なのですよ」
「スタンピードを統括する者に、俺を指名したいわけか?」
「話が早くて助かります。その通り、龍脈の安定のため、貴方は魔物を統括し、外へと出征してください。外では何をしても構いません。破壊も殺戮もすべて貴方の手の中。スタンピード後もここに戻らなくて構いません。スタンピードは龍脈の力の放出手段。貴方にしてみれば、ダンジョンの束縛からの解放でもあるのです」
「……わかった。利害の一致と納得させる」
「別にダンジョンで籠もっていてくれても構いませんよ。まだ1000レベルは上げられるでしょうし。その後は知りませんけれど」
「いや、行く。スタンピードを利用して俺は出ていく。人化して人の女といい加減ヤりたいしな! 人化せず、ま○こを破壊しつつヤるのも悪くないけどな!」
「ゲロ以下の発言に嫌悪を隠せません。速やかなる去勢をお勧めします」
「性欲を持て余すんだ、仕方ないだろう? 見ろよ、俺の赤銅色の肉棒をよぉ」
「……まあ、精々足掻きなさい」
トントン拍子で話は固まっていく。
興奮する。
これまでずっと、外に出たかったのだ。
ダンジョンコアからの情報によると、人族は数だけ多くて大変弱いとのこと。人族のレベルは良くて150。気が狂うほど鍛えても限界が1500レベル。
俺、圧倒的ではないか? 人間雑魚杉ワロタ。
配下に加える人員(魔物)は、下は数レベルだが上は俺に匹敵するほどある。そんなので人の街を襲うとなると……くくく……これは血が滾る。
俺はダンジョンコアから一部だけ権限を預かって、総勢10万の手勢を編成する。
近くの街は……神聖アーデルハイド教国、総本山アーデルハイド。
さあ……地獄を作ろうじゃないか。
【お願い】
作者のモチベは星の数で決まります。
可能でしたら是非、星を置いて行ってくださればと。
どうぞよろしくお願いします。
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