第144話 商業都市パーセク防衛戦 決着

 勇者セラフの戦いぶりを観戦していると、時折、彼の周りをまるで上機嫌を表わすかのように明滅を繰り返してはくるくる巡る小さな何かを確認できるのだった。


 目を細めてよーく観察すれば、それは光る人型だと判別できるはず。


 それは、私がダンジョンコアを使って生成し彼に与えた光の精霊であった。

 厳密には光の精霊型の『魔物』となるのだけど、まあ、ここでは多くを語らない。

 セラフの要望でパックという名の妖精を作るつもりだったのが……生成事故でなぜか精霊ができたわけで。名前はスタニーなのだそう。スタングレネード由来かな?


 精霊は自然現象をより具体化した存在であり、よって、性別の概念はない。

 だけどよく見てみると、光から垣間見るシルエットがちっちゃい女の子のそれ。


 ふむ……めちゃくちゃ気に入られたみたいだにゃー。

 わざわざおんにゃのこの姿を取るとか。これはそのうちチョメチョメしたいから身体を大きくしてほしいとか、光の精霊――スタニーちゃんからお願いが来るかも。


 巨大化させても頭身的に10歳前後の女児になりそうなのはひとまず横に置いて。


 光の精霊は自律的にスタン攻撃やときには光魔法で回復などサポートしている。

 本来なら命令もしくはお願いをして、そこからレスポンスを受けるのだった。


 まあ、いずれにせよ。


 スタンピード防衛戦はセラフサイドもママ氏サイドも順調なわけで。



「にゃー。ハンスハンス。これからの話をしよっかー」

「あ、はい。使徒さま」



 というわけで、今回は。

 一連のスタンピードでのもっとも大事な話を詰めていこうと思う。



「この戦いが終わって後処理が済んだら、ハンスはにゃあとママと一緒に教国中心部のアーデルハイドへ行くにゃ。移動はダンジョンコアの力でゲートを開くので移動行程は加味しなくてもいいよ。馬車自体は必要だけどねー」


「教皇聖下へ談判に行くのですね」


「みゅっ。その通りー。でもね……」


「でも……?」


「たぶん教皇は、すべて織り込み済みだと思うにゃ。なので先触れ連絡だけしておけば、向こうからぜーんぶにゃあたちの受け入れ準備を整えてくれるはず」


「……え。も、申し訳ない。なぜそのように思われるのでしょう?」


「それがねー、よくよく考えてみると不自然な点がねー。このスタンピードはマッチポンプ。そして教皇の勇者召喚もマッチポンプだったとしたらと仮定すると……辻褄が合ってくるのよね。……だっておかしいのよ。神さまが、静か、すぎるもん」



――ぎくっ。



「みゅふー。神さまがぎくって反応したにゃー。ほら、みーんな出来レースにゃー」


「えぇ……」


「ここからはにゃあの勝手な推論なので神さまはちっとも悪くないとして。ハンス、ちょっと長くなるけど話を聞いてみる?」


「ぜ、ぜひ」


「まず、たとえ魔族に有効打を与える勇者を複数召喚したとしても、スレイミーザ帝国は微塵も揺るがないのよ。以前も触れたけどお隣は帝国死霊公爵領であって、簡単に言えば死者の、死者による、死者のための死(生)活圏なのよね」


「はい……」


「その数はかなりのもの。公称では領民人口は1300万人らしいよ。でも死者は既に死んでいるから人口は減ることはないのよね。たぶん公称の5倍はいると思う」


「はい……」


「ターンアンデッド、どれだけしないといけないかな?」


「もはや予想だにも。ひとこと言えるのは、ほぼ不可能であるとだけ」


「だよね。公爵も強いしね。種族はエルダーリッチー。レベルは1億くらい」


「1億!?」


「それくらいはあると思うよ。えっとねー、ちょっと覗いてみよっか」


「だ、大丈夫でしょうか?」


「お手紙送るときにチラッと覗く感じで。それでね、ここにすでに書かれたお手紙があるの。ママに代わりに書いてもらったのだけどね。気になる中身は後で概略で教えてあげるにゃ。もうノスフェラトゥ家の封蝋もしちゃってるからねー」


「……ノスフェラトゥ家!? あの、帝国筆頭のノスフェラトゥ公爵家!?」

「にゃあのおうちだよ」


「で、では……エルゼ夫人はまさか、あの元祖の。250年前に婚儀があったという」

「人間にしてみれば250年前は大昔だから、情報が風化しちゃうもんにゃー」


「バートリー・ノスフェラトゥ公爵夫人」


「正確にはバートリー・エルジェーベト・ノスフェラトゥ公爵夫人。でも表向きはママはミドルネームを公表していないんだって。これは最近にゃあも知ったのよー」


「聖女バートリー・エルジェーベトは、元祖の吸血鬼になっていた、と」


「パパと熱愛して、パパとの結婚生活のために自ら神さまへお願いしたっぽいよ」

「となれば不老の吸血鬼時間観点からして、未だアツアツですか……?」


「うん。すっごいから」

「す、すっごいのですか……」



 ちょっと話がズレたので元に戻して。



「にゃにがともあれ、お手紙を今から送るのよ。えーとね、コーモリさんを一匹出して、お手紙もたせて。にゃあはゲートを開いてと。宛先はデスメトゥ公爵家当主、アリス・ツーアンクルズ・デスメトゥね。……じゃ、行ってらっしゃいー」



 私の分御霊でもある伝令兼スパイ役のコーモリさんは、キキッと頷いてパタコラとせわしなく翼をはためかせつつゲートを超えていった。これでよし、と。



「しばらく時間がかかるので、そもそもこの勇者召喚騒ぎが茶番の話をしよっか」


「……はい」


「まず大前提。アーデルハイド教皇は、光神と闇神が同一存在であると知っている。2つの側面は1つの神のもの。これを知る正しい信仰を持つため、聖女や聖者の例外を除けば教皇はもっとも僧侶として強い力を持つ。ここで、なぜ神の一側面でしかない光神だけを信仰するのか? と、疑問が湧くと思うけどそれはたぶん国を御する政治的な理由なので取り扱わない。そもそも人間は闇を恐れる生き物だしね」


「はい」


「それで、なぜ神聖アーデルハイド教国がスレイミーザ帝国に戦争を求める行動に出たのか、なのよ。神不在の嘘の宗教で金と政治の道具でしかないならまだしも、信仰を主体とした国が、側面が違うだけで同じ実在する神さまを拝する国を敵視する――魔族は基本的に闇神を信仰しているからなんだけど、まあ、仮想敵国として国民の結束を図る政治目的ならわかるとして、それで実際に戦争をするのは不合理なの。だって理屈が通らないもん。たとえ何人勇者を揃えようと、専守防衛ではなく尖兵として扱うのは国として自殺行為が過ぎるから。いくら勇者が対魔族特化存在とはいえ人数に限りがあるし第一人間のレベルは1500で頭打ち。魔族にはその制限はない。にゃあだって、本気モードならレベルは5500万をいくよ! つおいよー!」


「ごっ……5500万……」


「今回に限っては、にゃあについてなどどうでもいいのだけどね。要約すると、アーデルハイド教皇は、戦争以外の目的を持っているということなの! 勇者召喚と戦争はただのこじつけであり、それが成されたというフラグさえ立てばもう目的は果たされたも同然。ここににゃあたちがマッチポンプを持ち込んでも、体の良い国民への理由付けになるだけで教皇の目的になんの齟齬も生まない。……というか、黒幕は、神さまにゃ! 神さまは教皇の何かの願いを叶えてあげたくて動いているにゃ!」


 ――ワーォ。


「ワーォじゃないにゃ神さま……なんでこんな回りくどい……」


「……」


「神さまの目的は、すべての事情を知った上で味方になってくれる存在を作り、その味方が次期教皇を治められることにある。つまりハンス、お前のコトにゃ」


「わ、ワシですか……!?」


「そう、お前が次期教皇。……さーて、そろそろにゃあのコーモリさんがお手紙を」



 モニターを切り替えると――

 ちょうど15歳前後の、黒を基調にした豪奢なドレスの女の子が手紙を開けようとしていた。なお、視点はコーモリさんのそれを共有している。



『なんじゃ、ノスフェラトゥ公爵家から直接の手紙とな? ふむ、字は元聖女の小娘のもの。あやつの絶壁胸は他人とは思えぬのよな……わが胸も悲しいかな、ペタンコであるし。ああ、なぜだか目から汗が。……しかして内容は……ふむ、最近産まれたという娘御が母御に書いてもらったようであるな。この蝙蝠の主であるかの?』



 ふむ、と彼女は鼻を鳴らす。



『……アーデルハイドの教皇。あの子か。ちんまいショタっ子だったのがたった80年ほどで偉くなったものじゃ……気まぐれで冒険者のフリをした旅先で出会って、お姉ちゃんお姉ちゃんって懐いてくれたのが昨日のように思えるのぅ』



 ふと、視点を外してこちらへ向いた。もちろん彼女はコーモリさんを見ているのではない。コーモリさんを通して、私を見ているのだった。



『よもや、そういうことなのか? まさかこんなババァに――もう自分の歳すら覚えていないというのに。人の年の流れでは80年近くなど途方もないというのに』



 おや、当たりかな?

 ハンスは小首をかしげているけれど。私はコーモリさんにウンウンと頷かせる。



『ど、どうしよう。わらわのようなババァにまさか、あの子が。


「――!?」


「そうにゃよ、ハンス。教皇は、アリス死霊公爵閣下に、殺されたがっている」


「り、理解が……追いつかない……」


『しかし、あいわかった。その話、受けよう。80年前の約束を守ろうだなんて。わらわ自らの身分を隠していた……徹底的に。それを見抜いて、しかも我と立場をキチンと揃えて。これはもう、受けてやらねば失礼というもの。……どうしよう、年甲斐にもなくドキドキする。心の臓などとうにその役目を終えているというのに』



 死霊公爵は手紙を抱いて、まるで乙女のように顔を赤らめていた……。


 その後、公爵からお返事を貰って、私のコーモリさんはパタコラと飛んで、行きに通ったゲート戻ってくるのだった。


 ……スタンピードは二人の英傑によって、100万というトンデモ魔物をすべて駆逐しようとしている。チート込みとはいえよくもまあ、あの数を撃って斬って穿いてとできたものである。ママ氏は当然ながら、劣勢のはずのセラフサイドがね……。



「し、し、使徒さまっ」


「んみゅ?」


「ど、どういうことなのか、お教えください! さっぱり、わけがわかりませぬ!」


「にゃあ」


「にゃあでございますか!?」


「落ち着いて、ハンス。神さまはね、二人のキューピッドになるために勇者召喚を許容し、それを隠れ蓑にしてにゃあたちも呼んだわけなのよ」


「……!?」


「つまりこういうわけ。手紙の内容も合わせるよ。……現教皇は死霊公爵と幼い頃に親交があった。それで、彼はその時抱いた恋心をずっと大切にしていて、しかしその過程で恋心の相手は魔族であり、死霊公爵だとわかったの。自分は教国の人間。人は魔族を一方的に敵対視してはいるけどさ、自分はどうなのだろう。たぶん総合的に考えて『気持ちに嘘はつけない』と彼はこのとき悟った。じゃあどうする? まず彼は、彼女のために釣り合いが取れるよう立場を上げて教皇となろうと決めた。それからどうにか政治交渉でも何なりと……上手くいかなかったっぽいけどね。魔族側の問題ではなく、人類側の問題として。もうね、どうせなら裸一貫で公爵に凸していたら良かったのに。人間観点では魔族は水と油みたいな仲なので、どうやって結びつきを保つか悩んでいる間に年を取り、もはやロスタイム状態となるにゃ……」


「……」


「それを憐れに見た神さまは、一計を立ててあげた。ちょうど、にゃあの試練も出来て一石二鳥の策をね。……巡り巡って、結局は好いた張ったの恋物語ってわけ」


「な、なぜ……」


「ん?」


「なぜそこまで、わかるのです!?」


「えー? だって絶対勝てない戦争を仕掛ける時点でおかしいよね? ココだけの話、にゃあは神さまから試練を受ける立場なの。で、にゃあたちがマッチポンプを始めても神さまからはなんのツッコミもない。……おかしいよね? 普通ならイヤそれはと神さまからはイエローカードをもらっても仕方ないことをしたのに。あとは推理を立てて、神さまに逆にツッコミを入れてその反応から判断。仮に教国がもし戦いを始めるなら、まずスレイミーザ帝国の死霊公爵領が標的となる。絶対に勝てない相手に戦いを挑んで、死を前提とする? まるで自ら公爵に殺されに行くような。となれば……ね? 何かありそうな予感、するでしょ? ……しない? するよね?」


「はわわ……」


「そーんな感じにゃよー。……あっ、スタンピードもすっかり片が付いたっぽいね」



 とたん、バタバタと駆ける音が外の廊下に響いた。



「報告します! お喜びください! 勇者セラフ殿、聖女エルゼ殿、共にスタンピードの魔物を撃退完了とのこと! 我々の、防衛は、成功いたしましたぁー!!」



 入室してきた伝達兵は、満面の笑みでスタンピード防衛成功の報を、伝えてきた。




 【お願い】

 作者のモチベは星の数で決まります。

 可能でしたら是非、星を置いて行ってくださればと。

 どうぞよろしくお願いします。

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