第93話 シナリオはあって無きものに
シナリオが形骸化してきたのは仕方がないと諦める。人間も吸血鬼もわりとあきらめは肝心だと思う。だって初めの一歩目から狂ってしまっているし。
はい、どうも。
この世界に転移して即エニグマ侯爵家を制圧、シナリオを狂わせた犯人の私です。
本名、カミラ・ノスフェラトゥ。現在はトリュファイナ・エニグマ。
裁判長。こちらの言い分にどうか耳を傾けてください。
普通、右の頬を殴られたからって左の頬なんて差し出しませんよね?
そもそも右の頬を殴られる前にこっちが先んじて相手を殴る。後の先こそ美学。もしくは二発目を受ける前に反撃する。できればカウンターパンチを叩き込む。
頬を差し出す愚者はさっさとワンツーパンチを喰らって人生のリングに沈むべし。
あれ? ほんの少し魔族的な考えが過ぎるかな?
確かに生まれた当初に比べると心が殺伐としている自覚はある。
そりゃあそうよね。
大体さ、短いスパンで転移しすぎなのよ。冒険冒険冒険って。千年に一回くらいの割合でいいじゃん。多少の年月なんて不死族だからへーきへーき。……たぶん。
私としては、もっと
最近、狼とかコーモリに変怪してない。霧化は何度かしたけれど。
夜空を飛んだり城周りをかけっこするの楽しいのに。それなのに昼夜逆転のせいで夜は眠くなるし、かと言って昼間に飛んだり駆けたりは太陽が気持ち悪いし……。
はぁ……ママ氏の控え目なおっぱい吸いたい。裸で赤ちゃんゴッコしたい(唐突)。
さて、さて。
支離滅裂な愚痴はここまでとして。
私は瀕死のフォーリタイン・イーレン小公爵の首筋に咬み付いて吸血した。
同時に眷属化のために、私の血を彼の血管内に注入する。
宣言通りイーレン公爵家の彼に合わせて公爵級吸血鬼にするつもり。
もはや私が出張らなくても、彼一人でユグドラシル問題も解決出来るはず。
何せ公爵級吸血鬼は単体で人類国家の一つや二つ簡単に滅ぼせるほどの力を持つ。
精々気張りなさい、私のために。おほほほほほっ(悪役令嬢笑い)。
ちなみにこの男、童貞じゃなかった。イケメンであろうと血はイマイチだった。
「う……? わ、わたしは死んだのか……? それにしては……?」
「フォーリタインさま! ああ、もうダメかと思いました……」
おっと、もう目が覚めたのか。咬みつく私は彼を横にして離れる。
ちなみに『死んだのか?』は大正解。致命傷で死ぬ前に私の眷属化吸血行為によって一度死んで、それで瞬時に生まれ変わったのだから。
彼の背中の深くえぐれた傷は、眷属化が完了するや凄まじい勢いで修復された。
高位の吸血鬼は首を物理的に飛ばされてもほとんどダメージにならない。なので人なら致命傷の今回の背中の傷も、私たち吸血鬼には1ミリの掠り傷にもならない。
「残念ながら死神の仕事は永遠にキャンセルされたわ。なんならうちの死神様にお伺いを立ててもいいわよ。ともあれ、傷も癒えたので起き上がりなさい」
「あなたは……いえ、あなたさまは。わかります、頭ではなく心で。ご主人様」
「ふ、フォーリタイン小公爵さま……っ!?」
「眷属化とはこういうことなの。でも自由意思は残している。安心なさい従者くん」
「兄上ぇ……」
悲劇なんだか喜劇なんだかわからない状態になっている。発言順に『私→フォーリタイン→従者→私→ベルカイン』となる。やあ、なんだか混沌としてきたわ。
「要点だけ話す。あなたは弟であるベルカイン卿を庇って致命傷を受けた。人族からすればそれはもうひどい傷。あなたの連れている優秀な白魔導師でも手を施せないほど。なので、私は咬んだ。そう願ったのは兄君に救われたベルカイン卿」
「わたしはそうして、敬愛するあなたさまの下僕となったのですね」
「自由意思は残している。なのでその辺の折り合いはあなた次第よ。それよりも公爵級吸血鬼についてレクチャーはしないと王都が消し飛ぶかもしれないわね」
「あの……冗談、ですよね?」
「残念ながら本気よベルカイン卿。今の彼なら力をきちんと扱えば一夜のうちに難攻不落の吸血鬼城を作り上げ、魔物を呼び寄せて飼い慣らし、それはそれはスリリングな、魔族でも死んじゃう命がけのアトラクションキャッスルを開園できるわ」
「えーと……」
「まあ、分かりやすく言えばユグドラシル勢力と単騎で戦い抜けるってことよ。そんな力を持つのに、王都で力の暴発なんてさせたら一瞬で更地になるわよ?」
「ご主人様なら世界中の大陸を更地に出来ますよね」
「できるわね。ユグドラシル本体を根っこから吹き飛ばして、ついでに人類も死滅」
「あわわ……」
「とまあ、ベルカイン卿の危惧も手に取るように理解できるので、フォーリタインはしばらく療養扱いにしてエニグマ家預かりにする。力の使い方を教えてあげる」
「ご主人様から力の使い方を手取り足取り教えていただけるとは……自分は今日死ぬのではないでしょうか。……ああ、吸血鬼なので死んでましたね。ふふふ」
「ふむ。卿の兄上はなかなかお茶目なところがあるわね」
「じ、自分の知らない兄上が……います……ッ」
「あらあら、まあまあ。それは新鮮な気持ちになれて良かったかも?」
「頭を抱えそうです……」
「そんな深刻にならなくていい。吸血鬼になっても生者とのハーフの子は作れるから。人間が伴侶ならダンピールという太陽に強く、それでいて吸血鬼の特性も併せ持つ良いとこ取りの子どもが出来る。男性吸血鬼と人間女性カップル限定だけどね」
「わたしはご主人様と結ばれたいです」
「えっ、嫌よ。わたし、子どもなんて欲しくないもの」
「Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン」
「そうですよ、トリュファイナお姉さまと結婚するのはわたしですもの」
「同性結婚なんてしないわよ?」
「Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン」
いや、二人ともガーンてなんなの。
「……行くわよ。ひとまず我らが邸宅に戻らないと」
「そういえばトリュファイナ嬢は、太祖としてエニグマ家にどういう関わりを?」
「実質上の当主なのは言うまでもないわね、ベルカイン卿。下僕のエニグマ侯爵は眷属化に伴い子爵級から伯爵級の吸血鬼に格上げ。それくらいかしら」
「……そ、そうですか」
「当然ながら家の些末な事情には一切関与しないわ。なのでこれまで通りエニグマ侯爵が名目上の当主なのでそのつもりでいて。魔塔の方もあまり興味ないし」
「アッハイ」
「じゃあ、改めて。何か用向きがあれば
私は6対12枚の翼を展開する。翼は白い羽ではなくコーモリ被膜羽。俗にいう悪魔翼だった。私はアリサをお姫様抱っこにしてやる。ついでに頬にキスしちゃう。
「あん、お姉さまったら。キスは唇と唇でするものですよぉ」
「ホント、甘えん坊な聖女候補さまだねぇ」
「――せ、聖女候補なのですかっ!? その小さな彼女が!?」
「おっと従者くん、このことはまだ内密に。正式発表の前に漏らしたら殺すから」
「えっ、あっ、はい……」
一方、フォーリタインのほうは私の魔力でくるんで固定、一見すれば彼が自らの力で宙に浮いているような形でけん引される。力の使い方を知れば自力で飛行も可能となるだろう。扱いの違いは男女の違い。あと、下僕と聖女候補の違いでもある。
死神のサンズと騎士たちは一旦召喚を解除して帰宅後に再召喚する。
「何もかもすっ飛ばしてフォーリタイン・イーレンが私の元に、か。本当はアリサの元にいないといけないんだけど……まあ、今更よね。どうとでもなればいいわ」
私は独りごち、飛行速度を上げてエニグマ侯爵邸へと戻った。
【お願い】
作者のモチベは星の数で決まります。
可能でしたら是非、星を置いて行ってくださればと。
どうぞよろしくお願いします。
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