第92話 人間やめますか or 死体になりますか
「――怪我人を見せなさい!」
「助力には感謝するが、いま我々の白魔導師が治癒をしている」
「それでは足りないわ。精々が傷口を閉じるだけ。傷ついた内臓はどうするの!?」
私たちが駆け寄るも、五人分隊の一人がフォーリタイン小公爵の元へ行かせまいとする。それは正しい判断だよ従者くん。普段ならね。だから退きなさい従者くん。
ベルカインは膝をつき、傷つき倒れ込んだ兄の彼の手を握って祈るように目を閉じている。その横で白魔導師が回復術式を必死で唱えてはいるのだが……。
「そもそもお前たちはどこの誰なのか。我々が誰なのかを知っているのか?」
「私はエニグマ侯爵家のトリュファイナ・エニグマ。お前、とはお言葉ね。侮辱と受け取るわよ。侮辱されたら殺せ。わが家の鉄血の家訓、当然、知ってるわよね?」
私は口内の牙をグッと見せつけるように深く微笑む。
どこかの漫画で読んだ――
笑うという行為は本来攻撃的なものであり、を地で行なう。
「その牙……魔塔の……では、お前……いや、あなたも吸血鬼なのですか……?」
「そうよ。同時に魔女でもあるけどね。だから引っ込んでなさい、ヒューマン」
私は邪魔な従者を押しのけてフォーリタイン小公爵の元へ行く。アリサもおっかなびっくりでついてくる。苦悶の脂汗を流して白魔導師は回復術を使い続けている。
ここに来るまでに考えていたことがある。
すなわち、彼の救い方を。
一つ目。トドメを差す案。根源となる苦痛を消して楽にしてやるという救い方。
冗談のようで、本気なのだった。私は大真面目である。
大き過ぎる傷は最初は痛みを感じないが、時間とともに地獄もかくやの苦しみを連れてくる。まして、助からないならば、殺してやるのがせめてもの優しさだった。
次いで、二つ目。アリサのショップ能力。課金アイテム購入チートを使う案。
この案は絶対にダメ。というのも聖女になっていないのに有限チート能力を他者に知られるのは非常によろしくない。彼女は元子爵令嬢とはいえ現在は平民。利用するだけして捨てるド悪党にまとわりつかれるロクでもない未来しか見えてこない。
……もっとも、既に私というロクデナシが彼女にまとわりついてはいるのだが。
三つ目は私の想像魔法で回復魔法を作ってしまう案。
これがベストな回答だろう。ただし、さっきから作ろうと色々と思考を巡らせているのになぜか想像魔法が発動しないのだった。どういうことなのか……?
想像魔法『El・DO・RA・DO』で回復薬を作る腹案もある。が、これも魔力の巡りが上手くいかない。なんだろう、外部から制止の意思が働いている感覚がある。
四つ目は先ほどドロップしたユグドラシルの葉を錬成クラフトし、
……無理だろう。一刻を争う状況で、作る作らない以前の問題だった。
五つ目。アリサの回復術で回復させる案。
これができたら世話がない。白魔導師が脂汗を垂らして回復術式に専念しているというのに、半人前の、しかも聖女因子も内包していない彼女には荷が勝ちすぎるだろう。彼女独自の『増幅』の力も、まだほとんど開花していないみたいだし……。
六つ目。私のダンジョンの収容施設に放り込む案。
これもできたら世話がない。というのも、いつの間にか私たちは自らのダンジョンから放り出されてリアル1-1フィールドで戦っていたのだから。
そもそもダンジョンコアはダンジョン最下階の黄龍の間に安置したままだった。なのでここでダンジョン展開も出来ない。第一、彼らにコアを見せるのはマズい。
七つ目。これが最後。私の眷属にしてしまう案。
最悪の案である。しかし現状では、ある意味での助かる可能性がもっとも高い。
眷属化の瞬間に一度死ぬけれど、まあ……人間やめるか、死体になるかの違いに過ぎない。吸血鬼に生まれ変わり、私の下僕として姿と記憶と経験を永劫に渡り保持できて、しかも人間では到底無理だった能力が多々得られる。……これしか、ないか。
「……私の力で助けられる方法は一つ。私に血を吸われて眷属化することよ」
「ト、トリュファイナ嬢……。眷属化とは、つまりあなたの下僕になるということではありませんか? この方はイーレン公爵家のお世継ぎ、フォーリタイン・イーレンさまなのです。そ、そんなことが……出来るわけ……ないでしょう!」
「なら、どうするの? 白魔導師の魔力もそろそろ限界に近そうに見えるけど」
「う……フォーリタインさま……」
「あなたの忠義心には敬意を払う。だけど、早くしないと知らないわよ。眷属化は生きている間しか無理だから。死んでからだと最下級の
「そ、そうだ。後ろの彼女は回復士ではないのですか? 彼女の回復術で……」
「目の付け所は良い。アリサの回復を含む支援潜在能力はピカイチよ。でも、今はまだどれだけレベルを上げても半人前。まだ大事な儀式が済んでいないもの」
「儀式、とは?」
「それを他家のあなたが知ってどうするの。エニグマ家の秘儀よ」
「……」
「腹をくくりなさい。眷属化を遂げてもなるべく自由意思は尊重できるよう調節してあげるから。もちろん、
「うう……フォーリタインさま……」
名前は知らないけど、これは相当に忠義心の篤い従者ね。
でも、この辺りが限界。彼の権限では決めかねる判断ではあるわ。
時間的な制約も、刻々と迫ってきているし。
「ベルカイン卿。あなたは現状をどうしたいかしら。二択よ。そのまま眠らせてあげてあなたが世継ぎとなる。または私の眷属としてある種の救いを得るか」
「……他に、助かる方法はないのですか」
「致命傷を受けて、あなた方の分隊が連れているおそらく最高の白魔導師が苦悶の表情で必死に回復術式を使ってギリギリ彼の命を保っている状況。こんな野っぱらで回復の設備なんてあるわけないでしょ。私たちも実践訓練で外へ出ていたとはいえ、まさか初級者向けフィールドで完全回復薬が必要になるとか想定していないもの」
「エクスポーションなんて、そんな伝説に類する薬など王家くらいにしか……」
「錬金術で作れば良いじゃない。素材ならあそこに落ちている。でも時間はない」
「……あなたは、本当に何者なのですか。なぜ伝説級の薬の知識が」
「私はエニグマ侯爵家の一人。トリュファイナ・エニグマよ。魔女にして、吸血鬼」
「……わかり、ました。お願いします、兄を救ってください。吸血にて眷属化を」
「よろしい。階位は公爵家に合わせて公爵級にしてあげる。太陽に背を向けた永劫の存在に。でも、伯爵級以上なので陽光の元でも普通に歩ける。戦闘力は単体で国を滅ぼせるほど。ただし自由意思は与えど基本は私の下僕。子は親に従うものだから」
「……あなたは、本当に何者なのですか」
「魔女にして、ただの女の子よ。ちょっと太祖の吸血鬼なだけの」
「た、太祖……!?」
私は白魔導師の術式を制止させ、気を失ったフォーリタイン小公爵を抱き上げる。
風前の灯のフォーリタイン・イーレン小公爵。流水が輝くような金髪のイケメン。
確か、王家の血が一定の濃さを発露させると髪が金色になるのだったか。
公爵家だもの。王族との婚姻もあるあるなのだろう。
死にかけてもイケメンはイケメン。んー。でも私としては可愛い女の子のほうが好みかな。同性愛じゃないよ。ちょっと百合嗜好が強いだけ。
だって本体は産まれて間もない幼女だし。同性のお友だちのほうが安心するし。
私は彼の首筋に、自らの吸血牙を、深く、喰らいつかせた。
【お願い】
作者のモチベは星の数で決まります。
可能でしたら是非、星を置いて行ってくださればと。
どうぞよろしくお願いします。
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