第91話 シナリオクラッシャー

 先に結論から。

 これは私に課された冒険への強制力。前世今際いまわの、願いの強制力である。


『節度を持ったプチ私つえーな冒険でも楽しめれば言うことなし』


 前世最期のひと言が転生後の生活を乱す元凶となるなんてね……。


 更なるぶっちゃけタイム。


 私は、聖女となるはずのアリサに、シナリオ展開を丸投げしようとした。

 ゲームとしてはそれは正しい。何せ『聖女』アリサが世界の主人公だから。


 しかしここはゲームに酷似してはいれど、かの18禁ゲームそのものではない。

 くどいほど何度も言うが、現実とゲームは混同してはならない。


 そして、なぜ私がここまで消極的なのか。

 異世界転生・転移して無双を夢見る人々には理解し難いかもしれない。


 私は、押しつけがましい冒険なんてしたくないのだった。


 星の裏側の地まで移動したり、童話の世界にTRPG形式で憑依したり、今回みたいに酷似する成人指定ゲームのライバルキャラに成りすましたり。


 別に私はそんなものを求めてはいない。一ミリも求めちゃいない。

 転生バンパイア幼女は冒険なんてしたくないのだ。


 むしろストレスでしかない。こう短いスパンで冒険を強要されると。


 神様、その辺りどうお考えですか。応答願います。


 現在の願いはとってもささやかなもの。


 パパ氏とママ氏、お兄ちゃんと静かに日常を暮らしたい。

 友だち――もはやそれ以上の存在でもあるマリーと仲良くしたい。


 それだけ。たった、それだけ。


 大体、幼女に冒険とか酷でしょう? 冒険は大人になってからでも遅くない。


 だから――


 わざわざダンマス権限を使って『ユグドラシルギルティ』ゲーム内の戦闘展開を模したダンジョン玄室を作り上げ、アリサに徹底的に予習させようしたのだった。


 もしかして、神様って手加減無視で契約に固持するタイプなのかしら。

 私の策謀などお見通しと言わんばかりに、有り得ない出来事をぶち込んでくる。


 ああ、もう。現実は非情だわ。



 ◆◇◇◆◇◇◆



 時系列はほんの少しだけ巻き戻る。


 ダンマスたる私は、自らの権限でダンジョンに成人指定ゲーム『ユグドラシルギルティ』の1−1フィールドを作った。未来の聖女アリサを鍛えるために。


 なのに、どうしてこうなった。


 ダンジョン1−1フィールドの試練の森(仮)から、ダンマスとしてそもそも設定してもいないイベントモンスターがドカンと闖入してきたのだった。


 手負いの巨大ビースト。四足の、猫型大型肉食獣を想起させるその姿。戦闘にて全身が緑の血まみれ。逆立った体毛。興奮し切った様子。立ち上がる熱気。


 しかもフォーリタイン・イーレン小公爵率いる五人分隊までバリューセット。彼はゲームイベントとしては確かにこの時点で分隊を率いて現れる。金色の貴公子とも呼ばれる輝き流れるような見事な金髪。間違いなく彼であり、彼の分隊だった。


 あー。でもね。


 ここ、私のダンジョンなのよ。つまり私の管理下にあるフィールドってこと。

 キミたち、どこからやって来たの。どこ中よ? 怒るよホント。


 最悪なのは、空があること。不愉快な太陽がさんさんと陽光を振りまいている。


 私のダンジョンフィールドは高天井の玄室に作った仮のゲーム準拠フィールドに過ぎない。土地空間の詳細など不要。必要最低限の環境設備での教練所であった。


 それが、いつの間にか空がある。


 嫌な予感がする。大体の場合この手の予感は当たるもので。


 つまりこれは……転移した?



「アリサッ! 訓練中止ッ! ここから先は実戦だと思って!」

「ど、どういうことですかトリュファイナお姉さま!?」


「指揮者はうろたえない! まずは分隊に巨大ビーストから離れるよう指示を!」


「は、はいっ! ――後退命令ッ! 別分隊と巨大ビーストとの戦闘に巻き込まれないよう間を取れ! 騒ぎではぐれビーストが周囲から集まってくる。周辺注意ッ!」


「よく出来ました。アリサ、手筈は分かっているよね?」


「は、はいっ!」



 細かい状況確認などは戦闘を終了させてからでも遅くない。



「はぐれビースト、現れました!」


「落ち着いて対処! 大丈夫、味方を信じて指示を出すの!」


「はい!」



 ゲームの通りなら、向かって右左右右左左の順に、四体ずつ敵が出現する。



「魔女の力は基本的に攻撃型なので、トリュファイナお姉さまは範囲攻撃でお願いします! それで念のため、騎士さんたちは生き残りにトドメを差してください!」


「そうそう、いい感じ」



 私は魔導二丁拳銃を三点バーストからフルオートに変えて構えた。


 ゲームの通り、自分から向かって右側より大型犬種型の怪物が四体現れる。


 緑色主体のボディ。真っ赤に爛れた双眸。耳まで切れ上がった不自然に大きな口。鋭い牙。垂れるよだれ。人類の敵。ユグドラシルが生み出した異形――ビースト。


 私は左から右へと二丁拳銃で掃射する。


 アリサに合わせてレベルをたった20にしたので、魔力変換されたエネルギー弾は非常に弱い。それでも数が重なれば一定の威力を供給できる。


 四体中三体のはぐれビーストは一度の掃射で始末できた。

 残りの一体は暗黒騎士たちがとどめを差した。


 その残りの一体を始末した直後、軽い破裂音と緑色の煙が上がる。


 おっと、このエフェクトは確か……ドロップアイテムの演出だったかな。


 吸血鬼の魔眼を併用しつつ『不思議な第三惑星』で鑑定をかける。


『世界樹の葉』


 なかなかのレアアイテム。これを原料に完全回復薬エクストラポーションを錬成クラフトできる。

 浄化されたユグドラシル身体の一部という、素材分類アイテムであった。


 ただまあ……拾うのは後で。



「焦らず行きなさい。まだまだ続くわよ」


「はい、お姉さま!」



 次は向かって左から敵が現れるはず。アリサの役目は基本的に指揮と回復である。

 全体を俯瞰しつつユニットを動かし、ときに回復、ごく稀に攻撃も加わる。


 まだ彼女は聖女の因子を移植されていないが、聖女の持つ特殊範囲バフはパッシブで味方のステータスをすべて倍加させるという強烈な効果を持つ。

 スキルレベルを上げればその効果範囲を広げたり、自動回復効果も新たに持たせたりと、味方になればこれほど頼もしい支援能力者はないほどの存在となる。


 その代償として敵にとにかく狙われやすくなるのでしっかり彼女を守りつつ戦うのが基本となる。ちょっと前に話題に出た手を繋ぐ行為、バンドなどは更に強烈な力を味方に与えるが、それだけ敵に近寄るためハイリスク&ハイリターンとなる。


 私たちはアリサの指揮の元、そつなく増援はぐれビーストを処理してゆく。


 ちらりと闖入してきた――あるいは私たちが転移した先に現れた血みどろの巨大ビーストに目を向ける。あの巨大ビーストはフォーリタイン・イーレン小公爵率いる分隊の力ではまだ倒せないはず。シナリオ的にもゲームステータス的にも。


 何せアレは二段階変身をするのだ。一段階目の猫型大型肉食獣は実はそれほど強くなく、しかしイベントではギリギリ撃退できた演出がなされるのだった。


 ありていには――

 プレイヤーのレベリング次第で将来的には比較的容易に討伐できるが現状では勝てない、みたいな感じか。まあ、精々強くなってやろうではないか……アリサがね。


 私は冷静に状況俯瞰する。そろそろイベントが始まるはず。


 ここでのイベントは開幕の1-1とは思えないほどタフでハードな展開となる。


 シナリオとしては、フォーリタイン小公爵と行動を共にしている彼の弟(茶髪のベルカイン)がくだんの巨大ビーストの鋭い爪にかかって切り裂かれ絶命する。

 戦闘中、巨大ビーストの必殺攻撃『Nine Inch Nails』の猛攻に耐えかねた兄フォーリタインを咄嗟に弟のベルカインが庇ったためだった。


 確か設定集では、とても仲の良い兄弟であったと書かれていた……。


 そして、兄弟愛ゆえの悲劇を乗り越えて……というのが聖女(予定ではアリサ)とフォーリタイン小公爵の好感度イベントルートの始まりとなっている。


 ああ、とても嫌な考えがよぎる。なんてゲーム的な思考なのだろう。

 アリサの今後を思えば、遺憾ではあれどあの茶髪くんにはご退場願うのが一番だ。

 要するに、彼が死亡するのは既定路線で、そういうものなのだからと。


 ――そう、思っていた時期も、私にはありました。


 間抜けだった。誰がって、私が。シナリオは初めから破綻しているというのに!



「――ベルカインッ!!」

「あ、兄上ッ!?」



 なんてこと。巨大ビーストの必殺攻撃『Nine Inch Nails』の猛攻を受けたフォーリタイン弟ことベルカインが、兄に庇われてしまった。ゲームとは真逆の展開。ゲームでは弟が兄を庇って死亡した。だが現実では兄が弟を庇ってしまう。


 フォーリタイン小公爵は鎧ごとかの怪物に切り裂かれる。飛び散る鮮血。大きく削がれた彼の肉体。マズい。端から見てもわかる。攻略対象者が致命傷を受けた。



「くっ……変身解除!」



 私は本来の姿に戻った。跳躍、瞬時に銃撃。魔力弾を巨大ビーストへ撃ち込む。


 4015万レベルから抽出された魔力弾、頭部着弾。爆裂。処置はひとまず完了。



「なっ……!?」


「油断しないで! ソイツは段階変身する! 今の攻撃は一時的な足止めに過ぎない! 下がりなさい! はやく、仲間を連れて、下がりなさい!」


「くっ、この攻撃で足止めだと!? おおおっ!! ビーストめ、よくも兄上を!」


バカ! 早く下がりなさい! あなたの力じゃ勝てない!二段階目は人型! レイドボスクラスよ!邪魔してないで引っ込んでなさい!



 逆上して敵に突っ込もうとするイーレン弟。もといベルカイン。

 制止するには距離があり過ぎた。

 私が縮地で飛んで殴ってでも彼を止める? それだと殴った衝撃で彼が死ぬミンチになる



「世話が焼けるわね!」


至天熾天使十二極光破壊砲ガンマ・レイ!!』


『――うっぎゃあああっ!? 突然呼び出されたと思ったら目からビームうぅ!?』



 魔法少女の杖を呼び出して、振るう。なんだか騒がしいけどスルー。

 亜神気奇跡による超精密超高圧搾エネルギービーム攻撃は寸分違わず巨大ビーストを捉え、1800万度という恐るべき焦点温度で対象のみを焼き尽くす。


 末期の叫びすら許さない。欠片も残さず瞬時に蒸発させる。アストラル体も魂も。


 ああー。わかってたけどやっちゃった。


 あのビーストは後々シナリオに大きく関わってくるんだけど……。



「アリサ、増援はサンズと騎士たちに全委任して。小公爵の容態を見に行くわよ!」

「は、はい! サンズさん、騎士さんたち! あとはお願いします!」

「OK、OK、OK牧場。アーハン!」

「(騎士たちは無言で剣を立てた蹲踞のポーズをアリサに向ける)」


 私とアリサはグッタリと倒れるイーレン小公爵の元へと駆け寄った。 




【お願い】

 作者のモチベは星の数で決まります。

 可能でしたら是非、星を置いて行ってくださればと。

 どうぞよろしくお願いします。 

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