第78話 一途な想いと大罪の影

 夜に活動するはずの吸血鬼が朝に目覚めるのはおかしいのかもしれない。しかし人間だった頃の名残で、どうしても夜は眠って朝に目覚めてしまう。


 アモル様のおっしゃるには、体調を崩さない限り別に吸血鬼としての昼夜逆転でも構わないとのこと。ただ必ず産土を練り込んだ専用の棺生まれた土地の資材を使った棺で睡眠を摂るようにと。


 私は、ルナマリア・ワイズロード。

 ワイズロード学園都市公国の公女であり、吸血鬼としては子爵級の血脈者。愛するアモル・アモール吸血鬼侯爵様のおかげで血脈の眷属化した元人間。


 染色体上の理由で(アモル様曰く)私は虚弱体質で、しかもその身体は男性でも女性でもあった。半陰陽状態。しかし心は女性のそれで、顔立ちも女性のそれだった。ゆえに私は女性として生きてきたし、女性として生涯をまっとうするつもりでいた。


 しかし、あるとき。

 私は肺炎を患って死の寸前までに陥った。


 医師のどんな高価な治療薬も、高名な白魔術師の快復魔術も、高僧の治癒の祈りも効かない。このときは知らなかったことに、アモル様が診断するには染色体異常による肉体の形質不全からの、極端な抵抗力の低下が原因だった。


 染色体異常による、重度の免疫不全。


 主な症状は、空気中に飛ぶカビや菌糸による肺炎だった。まるで床に伏せる往生間近の老人のように抵抗力が異常に低下しているので快復のしようがなかった。


 ああ、これはダメだな。


 自室のベッド。病床につく私は冷静に自己判断する。これまで何度も死の淵は味わったが、今回は特大だ。回避のしようがない。父様母様は、公国の持てる力でありとあらゆる手を尽くそうとしてくれている。が、身体が持ちそうにない……。



「お加減は、いかがですか? ルナマリアお嬢様」


「……」


「ああ、大丈夫です。声に出さなくても僅かな唇の動きから読唇いたしますよ」



 ワイズロード魔法魔術研究学院理事長がやってきたのは、どの医師も魔術師も高僧も手の打ちようなし診断されて父様母様をどん底に突き落とした次の日だった。


 公国にはいくつかに分けた大規模な学園を抱えていた。世界中から優秀な研究者や教師を喚び、また、身分種族に関わらず広く生徒たちを募集する。


 私が属する公国は『ワイズロード学院都市公国』だった。つまりそういうことだった。そしてワイズロード魔法魔術研究学院は私の通う学校でもあった。


 アモル様はそんな学院の理事長を努め、また、大陸向こうの魔族のための巨大帝国、スレイミーザ帝国から派遣された侯爵閣下であり、大使でもあった。


 つまり、非常に多忙な方でもあるわけで。



「お見舞いに上がったのですが、多少、具合の深度が悪い方向にあるようですね」


「……」


「ええ、はい。まあ、私は吸血鬼ですからね。ご存知のようにアンデッドは風邪引かないのですよ。元気、というのは私が言うには変ですが、いつも元気です」


「……」


「それで、ですね。さっそく本題に移りましょうか」


「……」


「はい、まさかの私が公女様を診る番となりまして。不死者が生者の具合を見る。正直、邪道なのですが……それでもあなたの御両親は打てるだけの手を打ちたいと」



 アモル様は目を閉じて何かを唱えた。人類が扱うよりももっと強力な力。

 すなわち、魔法。

 魔族ならではの力で、私の診断を始めた。



「ふむ、ふむ。やはり、染色体上の影響によるものですね。身体の衰弱はそこから来ています。ただ、悔しいことに私は診ることはできても、医療行為として染色体を正すのはできないのです。そう、医療的には。ある一つの方法を除いて……」


「……」


「大公閣下より、伏して願われました。が、私としては、乗り気ではありません」


「……」


「はい、おっしゃる通りです。吸血鬼化すれば、生者の苦しみから一切合切解放されます。以後、どんな病もかからず、歳も現在の若いままを保つでしょう」


「……」


「ええ、吸血鬼としてはあるまじき考えかもしれません。しかし、生きとし生けるものは、生を全うしてこそだと思うのです。それがたとえ、病死であっても」


「……」


「そうですね、生への渇望が転じて吸血鬼化を求める方もいます」


「……」


「……本当に、いいのですか? 後戻りできませんよ。吸血鬼化とは単純な現象ではありません。一度、死ぬのです。アンデッドになるのです。若さは保てましょう。病気にもかからないでしょう。毒も無効になりましょう。しかし、もはや人ではなくなります。太陽に背を向け、私の眷属として、永劫の夜を過ごす羽目になります」


「……」


「……そうですか、わかりました。それでもと言うなら、これ以上は無粋ですから」


「……」


「ええ、あなたと私は同志。また、私は自分自身のようにあなたを愛しています」


「……」


「そうです、お互い、女の子ですもの。



 私は、アモル・アモール吸血鬼侯爵に首筋を差し出した。そうして吸血鬼に、子爵級吸血鬼にと、血脈の一眷属に仲間入りした。


 私はアモル様に感謝をしきれない。


 実は同じく性別の悩みを持っていて、そこからの親交でしたが、性別の境界線を越えて、種族間の隔たりをも越えて私は彼女を愛していた。


 アモル様も私を慈しみ、愛してくださった。


 だからこその吸血鬼化への問いかけであり、引き止めでもあった。


 最終的に私たち二人の心身を完全に癒やしてくださったのは、私たちの性別を完全に女性固定化させたカミラ様でしたが、これはもはや別格なので語りません。


 ああ、ああ。愛しいアモル様。この身をすべて、あなたに捧げたい。


 と、そのときだった。


 ちょっと考えられないような『力の塊』が、私に覆いかぶさって、きた……。


『大罪、色欲。憑依完了』




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