第73話 実はおしっこ大ピンチ
わたしを自らの娘と思い込んでいる神様は『マオウ・ザ・ハクション』という名の魔神であるらしい。変な……いえ、個性溢れる名前だと自分としては思っている。
どうも奇特な性格をしていて、別名『願いを叶えてくれる壺の魔神』とも。温厚で楽しいことが大好きな神様で、その性格に沿った願い事なら叶えてくれるとか。
後にカミラ曰く『パリピの魔神様にゃ。コーメイコーメイ』とのこと。
……パリピって、何? コーメイとは? カミラはたまにわからないことを言う。
とまれ、この度の事件の中心。魔法から魔術へ落とし込んだ『魔神召喚魔術』は。
実は、不敬が過ぎて召喚者は即断罪されても不思議ではない代物だった。
そもそも、この元となる魔法とは。
なんと『神降臨』の魔法であり『神召喚』魔法ではなかった。
つまるところ、本来的には大量の魔力を以って神様に御降臨を願う魔法なので、ときにはいくらおいでませと願い奉っても降りてきてくださらない場合がある。
逆を返せば。
神様ご自身が初めから地上へ降りる気があれば。
不完全な『魔術』でも降りてきちゃう場合もあるわけで。
ここから『神召喚』魔術がどれほどマズいものか、お分かりいただけると思う。
無理やり神を呼んだ形となるため、まずかの神の
併せて、神ご自身の実体化が不完全になる。
自我を構成する記憶、認識、意志、感情など、変調が起きていないはずもなし。
そんな状態でダンジョンなど作ってしまえばどうなるか。
そりゃあ学院そのものを素材にした、無茶なダンジョンが構成されるだろう。
なお、召喚者の教師=研究者は奇跡的に無事であった。それはひとえに『マオウ・ザ・ハクション』の神としての寛容さ、心の広さによるものだと追記しておく。
さて、続きを。
魔法から魔術への落とし込みとは、取捨選択の極北なのだった。
カミラからこっそり教わった話によると、魔族が使う魔法から人類でも扱える魔術への落とし込みとは『最低限の魔力で最低限の効果を得ること』であるらしい。
もちろんこれは魔族視点からの物言いであって、人類視点の意見ではない。
『太陽と仲良くする魔法』
↓ ↓ ↓ ↓ ↓
『太陽と仲良くする魔術』
この魔法、カミラによって魔術に落とし込まれたのは既に御存じの通り。
まったく。くだんのやらかし研究員も『魔法→魔術』への落とし込みの成功に、あわや自分もとやる気を爆発させた気持ちは分からなくもないけれど……。
カミラは特別なのよ。冗談でもあなたではカミラと同じレベルにはなれない。
とまれ。
『太陽と仲良くする魔術』の誕生についてだった。
ここで『最低限の魔力で最低限の効果を得る』と述べたカミラのセリフを留意。
本来の『太陽と仲良くする魔法』は、レベル200以上の魔族がそれなりの魔力を消費して魔法を唱え、約一ヶ月間効果を保たせるもの。まるで吸血鬼御用達のようだがそうでもなく、主に魔族の御婦人たちが美容のために唱えていたとのこと。
白い肌は50万年の時を超えても、種族に関係なく女性の憧れだったみたいね。
そして『太陽と仲良くする魔術』はというと、レベル20の人類が少ない魔力で唱えて、たった一日だけ効果を持たせるものだった。元の魔法に比べればダウングレードが甚だしい。しかし魔術名の通り『太陽と仲良く出来る』のだった。
効果期間はほぼ30分の1になったが、最低限の効果は確保する。これが魔術。
取捨選択。効果期間を捨ててでも、欲しい効果を確保するのである。
さて、ここからが本題。
魔法から取捨選択もロクにせずにただ単に魔術へ落とし込んだだけの。
『魔神召喚魔術』
本来は――
『魔神降臨魔法』
先ほども述べたように魔神自体が召喚を了認したので『マオウ・ザ・ハクション』はここ現世へと現れた。本来ならこんな不出来な魔術で神は現れない。
召喚に応じたはいいが、大切な娘と離れ離れになり、ご本尊の実体もあやふや。
何よりわたしを自分の娘と思い込む、認識の混濁と記憶の改ざんが酷いのなんの。
「ファーハ」
「違います。わたしはマリアンヌです」
わたしを自身の娘と勘違いする『マオウ・ザ・ハクション』を意地でも否定するのにはちゃんと理由がある。それは私は人類だからだった。
人如きが神を名乗るなど不敬も不敬。ところによっては火炙りにされかねない。
なので、違うものは違うとずっとわたしは主張する。
「ファーハァァァァァァッ!!」
「きゃっ!?」
「ごめんなぁぁぁぁ、お前の大好物のプリンを食べてしまってぇぇぇぇっ」
「プ、プリン?」
「おとうちゃま大嫌い! って。でも、それでもお前は吾輩の膝の上にいてくれる」
「あ、あの……」
「愛してるぞファーハァァァァァッ!!」
……ここに『ファーハ』なるおそらくは女児型の魔神がいないのは、召喚魔術の不備ではなく親子喧嘩の可能性が浮上してきた。なんなのそれ……バカじゃないの。
ああ、でも、いい加減にわたし自身もマズいことになっている。
おしっこしたい。朝、目覚めてから一度もトイレに行ってない。
でも、魔神はわたしを開放してくれそうにない。
そろそろ、我慢の限界が。もじもじと股を動かす。お漏らしだなんて嫌よ!
宮殿を見渡すフリをしてアイコンタクトを送る。わたし、おしっこ、ピンチ!
誰か! お願い! 伝われ!
この宮殿にいるのは、魔神とわたしだけではない。
教師陣もいる。それに加えて生徒達も十数人。オリエンタルな宮殿風に様変わりした学院の、隅っこの方で固まっている。逃げるにしてもどこに行けばいいか……。
この学院は女子生徒だけの構成で150人ほどが在籍している。貴族や準男爵や騎士爵などの準貴族、富豪の娘たち、あるいは平民ではあれど強力なパトロンを得た少女なども。基本的にレム大陸各地、諸外国からやってきた優秀な令嬢たちである。
ただし『いるだけ』だった。あまり役に立たないということ。
だって相手は不完全とはいえ神様だから。迂闊に手を出しては罰が下りかねない。
「お、畏れながら、魔神マオウ・ザ・ハクションさま……」
教師陣の一人が平伏しながら尺取虫みたいにずいっずいっと前に出てきた。
気づいてくれたらしい。さすがは教師。生徒たちの反応を見慣れているのだろう。
「えっ、何その動き。びっくり斬新。まあ吾輩、機嫌も良いし話を聞いてやろう」
魔神の反応も大概だと思う。あの珍妙な動きを斬新とか。
「あなた様の娘様は、どうやらお花を摘みたいご様子……」
「なぬっ、そうなのか? ファーハ、なんでそれを早く言わない?」
「だ、だって、恥ずかしい……です」
「おお……ファーハが恥じらいを覚えつつあるっ。成長したなっ。吾輩嬉しい!」
「そ、それで離してもらえると」
「ここでしなさい。吾輩の手に出しなさい。尿は転移させてトイレに流そう」
「ええーっ!?」
神様の考えることってわからない。こんな人目に付き過ぎるところで放尿とか。
恥じらいで死にそう。あ、でももう漏れちゃうかも。
「周りに、見えないようにカムフラージュを」
「うむうむ。さあ下を脱いで、吾輩が股に手を当てるから、そこにしなさい」
「は、はひぃ……」
なんと言う羞恥プレイ。神様とはいえ殿方に、その、股に手を当てられるなんて。
カミラですらまだそこには触れていないのに。カミラだったら、嬉しいのに。
ああ、でも、でも……っ。
もうおしっこ出ちゃう。意識が『出す』モードになってしまって我慢できない。
わたしは色々とあきらめの境地で、魔神の手に放尿した……。
性癖が歪みそう。でもすっきり。この虚無に似た気持ちは、自慰に近い。
「……うむ、健康なおしっこである」
「調べないでぇ……」
「吾輩、愛する娘のことなら何でも知りたいのだ」
「くすん」
周囲に見れないようカムフラージュはされている。しかし音までは。たぶん宮殿風の隅っこにいる皆には聞こえてはいない。でも勢いのある放尿音は魔神にばっちり聞かれた。そもそも手で受けて転送されているのでそっちの方が恥ずかしい。
カ、カミラ……。
たすけてーーーーーーっ。
【お願い】
作者のモチベは星の数で決まります。
可能でしたら是非、星を置いて行ってくださればと。
どうぞよろしくお願いします。
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