第71話 マリーは勘違いされ大迷惑

『我が娘、ファーハよ。どうしてそんなにも不機嫌なのじゃ?』

「だから魔神様、私はファーハという子ではありません! マリアンヌです!」


『うーん、どう見ても吾輩の可愛い一人娘なのじゃが』

「ち・が・い・ま・す・!」


『と言うて? 吾輩たち、仲良し親子ゆえ必ず二柱共々降りるわけだ。ほら、みろ。そなたが我が娘であろうがー。愛いヤツよのー』


「きゃあああああっ。巨大なベロで舐めないでぇー!」


『ほれほれ、その反応。まさに我が娘よぉ』



 悪気がないのが一番性質が悪い。この魔神は本気でわたしを我が子と思っている。


 朝、わたしが目覚めてからずっとこの調子だった。


 ランプの魔神ではなく、ツボの魔神? わたしは彼の、壺の中身をぶちまけたようなオリエント風味のある豪華な宮殿にいる。学院が半侵食を受けている。


 しかも、玉座に座す彼の膝の上に、わたしはちょこんと座らされている。


 一見すると青いガス状の神だった。が、不可視の部分にもちゃんと実体がある。表情はガスのせいで分かりにくい。が、感情表現はかなり豊か。むしろ凄くお茶目。


 身長は大体わたしの三倍。わたしの身長は135センチ。その三倍なので4メートルと少し。巨大にして豊満な身体は肥満体ではなく不可視の部分もしっかりと筋肉質。


 魔の神とはいえ神は神。そして神様だけあって、不思議な安心感がある。


 でもね、わたしはね。


 あなたの娘ではないのよ。



 ◆◇◇◆◇◇◆



 ……少し遅れましたが、わたしの名はマリアンヌ・ブラムストーカー。


 ブラムストーカー侯爵家の三女。長女次女よりも、ブラムストーカー家の家風にふさわしいと自負する女の子です。加えて、実はつまらぬ盗賊だった魔苦死異無に騙されて、バンパイアハンターのつもりで異世界転移した未熟者でもありましたが。


 ときに、我が侯爵家は人に害する人外と戦う、歴史の裏側の一族


 そう、過去形です。残念なことに。


 というのも長い年月のうちに家系の持つ異形を滅するは弱まり、現当主でもある父様などはわたしの目からしても明らかに劣っていて、これでいざ有事の際に役目を果たせるのか甚だ疑問になるほどで。せめて、わたしの半分の魔力を持たないと。


 もちろん、口には決して出しません。


 腐っても当主。同時に敬愛すべき父親です。あるいは何か、三姉妹の末っ子でしかないわたしなど知る由もない、特殊な手段を持っているかもしれません。


 そんなある日、先の魔苦死異無マクシーム鈴門ベルモンなる男が我が家にやってきました。


 彼は日々鍛錬を欠かさず、なんと異世界に蔓延る魔族ですら倒しているとのこと。


 遥か東方より異形と戦う術を身につけ、名を変え、鈴門党なる異形ハンターチームを組み、日夜活動を。彼らの言う異形とは、主に吸血鬼だというから驚きだ。


 吸血鬼。またはバンパイア。人に似て人にあらざる者。人類の血を啜り、眷属を増やし、闇を支配する超高位アンデッド。彼らを滅するのはとても難しい。


 単純に、強いのだった。


 高い知能を有し、大抵の魔術は効かず、聖物を使っても効果が多少なり増えるだけで決定打にならない。変怪をし、頭を打ち抜いてもすぐに再生する。胸を抉ってもすぐに再生する。異常な怪力を振るい、悪夢のように邪悪な魔法を繰り出す。


 そんな怪物を、魔苦死異無は倒しているという。なるほど彼も大概な化け物だ。


 彼の武術はひと言で表すなら『変態』であった。誰にも真似できなさそうな機動力を以って気の籠った徒手空拳で戦う。これがまた強いのなんの。


 彼は父様に言いました。



「閣下は最近、領内にて奇妙な盗賊が幅を利かせているのをご存じのはず。というのもこの盗賊、チラとも姿を見せずに領民の大切な財物を奪っていくのですから」


「うむ、どうにも手を付けられず、困っているのだ」


「盗賊がいるはずなのに姿を見かけない。それは当然です。奴らは異形の者だから」


「異形の者……吸血鬼。いや、決して低くない可能性として考慮に入れていたが」


「なんと奴らは図々しくも世界を跨いでやってきているのです。そう、その通りです。魔界からの侵略行為なのです。経験上、私にはわかります。手始めに物品を盗み、反応を様子見て、与し易いと判断すや次は……と算段付けていることに!」


「……それが事実なら、放置しておけぬ!」


「御心配は無用です、侯爵閣下。私は敵の事情に精通する者との接触に成功しているのです。その、敵とは。魔界の一端に君臨する吸血鬼、ドラクロワ伯爵」


「待て。事情に精通する者とは内通者であるのか? その者の正体とは?」


「母親を人間に持つ、ダンピール。ドラクロワ伯爵の息子、アーカードです」


「……子が親を売ると?」


「はい、いいえ。単純に見れば重大な裏切り行為ではあります。が、彼の中にある人としての正義が、たとえ父親であってもその所業、許せないものであったと」


「……なるほど」


「ゆえ、どうか私に許可を。彼、アーカードと共に吸血鬼ドラクロワの討伐を命じてください。アレには個人的な因縁があります。実は何度か戦った経験もあります」


「何、それは本当か」


「はい。奴との戦いは幾度も優勢に進めてきました。ですが、不思議とトドメが差せない。そういう流れではないと言わんばかりに大量の敵の援軍が押し寄せたり、かの悪魔の更なる上の血脈が現れたり。はたまた空間を切り離す秘術にて私を遠くの地に飛ばしたり。奪われた財物を取り返せるかはわかりません。しかし、それよりもまずはこれ以上の侵略行為を阻止せねば。閣下、どうか私に、正式な討伐許可を!」


「……うむ、わかった。許可し「わたしも、行くわ!」」


「マリー!?」 


 咄嗟に私は会話に割り込んだのでした。

 魔苦死異無の技は到底見て盗めるものではないのは承知の上。


 ただただ、人を害する人ならざるものを認識しながら、ブラムストーカー家が直接関与しないのはもはや我が家系は不要と宣言するようなものではと思ったのです。


 それに、不遜を承知で語りますが、今のこの家での最強格はわたし以外になかったのでした。上の姉たちはまるで単なる貴族令嬢のよう。我らブラムストーカー家が一体どうやって侯爵貴族位を賜ったのか、まるで分かっておられない。


 わたしは、違う。ことあるごとに貴族令嬢らしくあれとバカにする姉たちと違う。


 わたしは、自分を先祖返りの個体だと自己認識している。


 わたしこそ真に異形を狩る者。


 十歳女児と侮るなかれ。銀の燕が、炎の精霊が、光の剣が、闇の魔物を裁く!



 ……アーカード、格好良かった。


 片親が人間の母親というバンパイアハーフの青年。種族的にはダンピールとも。


 儚さ。高身長、黒尽くめの陰気な姿。それでいて醸される気配は耽美のひと言。


 銀糸のような長髪。病的に白い肌。悩ましげに伏せられる目元。薄紅の唇。十五の成人、その数年後の若い男でありながら、女性的な印象すら与えてくる。エロい。

 一番上の姉が隠し持っていた、男性同士の愛を語る、禁断の艶本に出てきそうなイメージ。主に、鍛え抜かれた逞しい男によって、耳元に愛を囁かれる。エロい。


 どうしよう、ドキドキが止まらない。


 これが、恋?


 しかも彼、紳士でした。十歳女児のわたしに対して丁寧かつ優しく、同時に一人の仲間として扱ってくれる。普通、子供相手だとどうしても大人は侮ってくるのに。


 魔苦死異無率いる私とアーカードは、魔苦死異無の得体のしれない気合で空間を割って世界移動をする。と言って移動自体は一瞬で、扉を抜けた感覚だった。



 眼前には、超巨大な、黒々としたオーラを纏う城がそびえ建っている。


 デモンズキャッスル。または、悪魔城。


 アーカードの表情は陰鬱かつ、どこか苦し気でした。

 さすがに正義のためとはいえ父親を討つのには抵抗を覚えるのでしょう。



「アーカード、大丈夫?」

「……すまない。だが平気だ。ありがとう」


「それでは向かうとしよう。まず自分が先行する。キミたちはその後についてきてほしい。敵はすべて薙ぎ払う。そしてなるべく目印にペイントを置いていく」


「「はい」」


「もし困りごとが発生したらマリアンヌはアーカードを頼りなさい。単独になった際は、登山と同じくとにかく上を目指すこと。そうすればきっと味方と再会できる」



 魔苦死異無はそう残すなり城内へ突入していった。速い。人間の動きではない。



「ムッムッムッムッムッ、ズザーズザーズザーズザーッ、ムッムッムッムッ……!」



 残響だけが残る。わたしはアーカードと顔を見合わせて、ほぼ同時に駆け出した。




【お願い】

 作者のモチベは星の数で決まります。

 可能でしたら是非、星を置いて行ってくださればと。

 どうぞよろしくお願いします。

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