第54話 隠しシナリオ発動

『捲し立てましたねぇ。ぼく、感動ですよ。世界で一番美しい方はこうでなきゃ』

「今、そなたに質問すれば、きっと答えはスノーホワイトって回答されるわよ」

『そこを曲げてクリエムヒルト王妃殿下ですよ。ええ。覚悟を決めた女性は美しい』


「ま、まあ……好きにすればいいわ。ところで、あなたの一人称って『ワタクシ』ではなくて? そなた、さっき『ぼく』と称した気がするけれど」

『そうでしたっけ……?』


「いえ、いいわ。気にしないで」

『ではそのようにー』

「通信はできるし、ここに籠もるのも王妃としてどうかと思うので部屋を移すわ」

『そうですね。空気も滯ってますしねぇ』



 私は魔導具を保管する、特別な部屋から出た。そうして自らに用意された椅子に腰掛ける。お付きの侍女たちは私が何も言わずにもお茶を用意してくれる。


 一応は義務的に鑑定し、安全性を確保した後は目を閉じて、それを頂く。


 ほんのりとリンゴの香り。アップルティーであるらしい。


 あー。そういえば白雪姫って、妃が魔女に用意させた毒リンゴで死にかけるんだっけ。そしてたまたま通りかかった隣国の王子様のキスで蘇る、と。


 あのリンゴって、キスで驚いて吐き出して、それで目覚めるのよね。


 ……それってさ。


 ただ単に喉に詰めて仮死状態になっていただけでは? 毒、関係なくない?


 ともかく、隣国の王子に助けられるのだ。


 うーん、そっかあ。


 うんうん、リンゴだけに隣国のねぇ。


 ……隣国?


 いやいや、待て待て。


 今、この王国って、隣国と戦争状態じゃなかったっけ? じゃあ何、作中に隣国の王子がこの国で白雪姫と出会うのは……王子自ら斥候に出ていて姫君をゲット?


 となれば、そう。そういうことになる。


 童話の白雪姫の『隣国の王子との結婚エンド』は、実は王国の無血敗北だったと。何せ人質に取られているのと同じ。跡取りが白雪姫だけというのも最悪。


 ……うわあ。知りたくなかったな。あの王子、実は敵国の王子でしたとか。



『あなたは物語に隠された事実を知ってしまいました。隠しシナリオが発動します』



 ……やめてよ、そういうのは。ロクでもない展開が見えるから、やめて。


 ああーッ!! アッー!!! と、胸の内でシャウトする。

 ……胸といえば、クリエムヒルトってかなりボインなのよね。揉んだら敏感感度最高だし。


 いやそうじゃなくて。


 隠しシナリオって何よ。聞いてないわ。

 今回はトーク主体の展開じゃなかったの? これ、TRPGでしょう?


 まさか、バトルシナリオに鞍替えとかないよね。昔の漫画みたいにトーナメント制の格闘大会をストーリーに無理やり押し込むような真似、しないよね?



 数日後。



「し、失礼します! 緊急の伝令です!」



 激しいノック、伝令兵の一人が私室に飛び込んてくる。



「ブリュセル国王陛下、敵の特殊部隊の敵陣浸透奇襲攻撃により重傷を!」

「なんですってっ? それで陛下の安否は? 意識は? 傷の具合は? 特殊部隊というのは暗殺部隊と理解するが、どうか? ならば毒は? よもや……?」


「伝令に飛ぶ以前の状態では意識はありました。が、毒の危険性も踏まえれば!」

「帰ってくるとな? その方法や如何に?」


「緊急の転移法術を使用する予定です!」

「まずは陛下だけを帰すと考えていいのかや?」


「はい、現在急ピッチで準備がなされているかと! 整い次第、転移を!」

「あいわかった! ……スノーホワイト姫にも連絡はもう済ませたか?」


「はい、いいえ! 王女殿下にはこれからの報告です!」

「わかった。ご苦労であった。早く彼女にも伝令内容を伝えよ!」

「はっ!」



 私は席を立った。


 隠しシナリオ、か。まさか、これは。


 戦争で、ブリュセル王国は隣国を攻めていた。どういう事情でかは知らない。

 ところが暗殺者にブリュセル王は背中から刺され、敗走する羽目になる。


 となれば、次は。

 

 逆に、この城が攻められるのか……。


 また、タワーディフェンスなサムシング!


 もうね、うん、隠しシナリオって出た時点で知ってた(やけっぱち)。



「みなのもの! 転移方術の帰還場所へ、とく急ぐぞ!」

「「「「「はい、王妃様!」」」」」


「ああ、待て。こういうときのための魔導具を……たしか、一度だけならどんな傷も癒せる指輪があったはず。それを持っていこう」


「治癒師はもちろん待機していますがっ」

「それでも、御守として持っていく。しばし待て」



 私はクリエムヒルトの記憶から掘り出した魔導具を引っ張り出して指に嵌める。


 そして、恥も外聞もなく駆ける!


 行き先のナビは鏡に任せる。


 100メートル6秒の勢いでひた走る! 時速換算で60キロ!


 ついた! まだ、転移はなされていないようだ。

 遅れること1分。私の侍女たちと護衛騎士が息を荒らげつつ追いついてくる。


 目についた法衣の神官に詰め寄る。



「そなた、治癒師だな?」

「は、はい。王妃様」

「我が夫、くれぐれもよしなに頼む! くれぐれも、頼むぞ!」

「こ、この命に替えましても!」

「たとえわらわのような妃であっても夫は夫。大事なきが一番。信頼するぞ!」

「はい!」



 かくして、5人の護衛術師に囲まれてブリュセル王が転移されてきた。



「治癒にかかります!」


「陛下はダガーにて背後から脇腹を一突きにされました。ただ刺されるまさにその時、陛下が乗騎なさっていた愛馬、ハイペリオンが異変を感じてか嘶き跳ねて、そのおかげで辛うじて急所からズレた模様です!」


「わかりました!」


「しかし背腹部を刺突された事実は変わらず! 毒はもちろん刃に塗られていて、種類は不明です! ゆえ、応急の治癒だけ掛けています!」


「了解です!」


 護衛の申し送りに治癒師が応答している。少し離れて私はそれを見守る。


 なるほど、毒が仕込まれているとなれば、下手な治癒をかけては細胞が活性化して余計にその毒性を深める場合がある。まずは解毒し、そうして治癒にかかられば。



「妃殿下っ」

「……スノーホワイト姫」



 ドレススカートを少しつまみ上げ、スノーホワイトちゃんがかけてきた。例の失礼な失格侍女も、二人セットになっている。



「ちょうど、治癒が始まったところ。大丈夫、急所は外れているわ。でも、暗殺者のダガーには毒が塗られていたらしいの」

「そんな……」


「わらわたちにできるのは、見守ること……なのだけれども」

「……はい?」


「姫、陛下の背腹部に、何か黒いモヤのようなものが見えないかしら……?」

「黒い……モヤ? いえ、わかりません」


「おかしいわね。毒のダガーに刺されたと報告を受けた。しかしモヤは何か? これ、そこな王の護衛術師よ。毒のダガーはもちろん回収したであろうな?」

「はい。回収済みです!」


「毒は囮で、ダガーに呪いなど込められておらぬだろうな? 念のため調べよ」

「――ッ!? は、はい!」



 嫌な予感は当たるもので。



「呪いです! ダガーから呪いの反応が!」 

「あのモヤはそれでなのか……」


「と、父様ぁ……っ」

「――ッ! 姫、陛下に触れてはならぬ! 呪いが伝播するやもしれぬぞ!」


「しかし……妃殿下……っ」

「ヤキモキするのはわらわも同じ。しかし専門家の仕事を邪魔してはならぬっ」

「はい……っ」



 絶望的状況。しかし、我が国の神官、もとい治癒師の手腕は確かだった。

 毒は囮で呪いが主であると知るや、すぐさま解呪の法術を唱えた。そしてそれはてきめんに効果があったらしい。みるみるうちに呪いは沈静化し、そして消滅する。



「次は解毒です! 行きます!」

「頼むぞ! 我らが陛下はこの王国の太陽。なくてはならぬお方である!」

「はい!」



 囮の毒も相当のものであった。脂汗を流して治癒師は術による解毒を試みる。


 20分後、毒も解毒せしめた。



「最後は傷を治癒させます! 助手たちよ、己の持つ最大の治癒を陛下に! 総出で陛下の傷を癒やすぞ! 出し惜しみはするな!」



 破ァッ! と、某寺生まれのTさんの如き気合のこもった治癒術をブリュセル王に注ぎ込んでいく。見る間に癒えていく背腹部の傷。これで一安心か、と思う。


 しかし――



「――なぜだ。陛下はお目覚めになられない! 呪いは解けた、毒も解毒した、傷も癒えた。内部から外傷まで完璧に癒やした。なのに、なぜ!?」


「落ち着け。そなたらは見事やり切った。ただ簡単な事実を見落としただけである」

「妃殿下、その、見落としとは一体!?」


「一つ。陛下の御身から、血が大量に流れ失せている。呪いは解けて毒は解毒できて傷は癒せても、失った血まで戻せぬであろう。二つ。先ほどの三つに加え、血の消耗と戦争による身体の酷使、つまりは非常なほどの疲労状態にあられる」


「あ……!」


「出来る最善はすべて行なった。あとは、お疲れの陛下にご休息頂けば」

「そ、そうです。まさにその通りでございます。私としたことが」


「めったに起きぬ、そして起きるべきではない事故。そなたらは陛下の命を救った」

「はいっ」


「よし、陛下を寝室へ。みなのもの、ご苦労であった!」



 この場で一番位が高いのは私なので指示を出していく。スノーホワイトちゃんは不安げな表情のままだったので、せっかくなので指示の追加を出す。



「姫はお父上の側にいてあげなさい」

「でも、妃殿下は」


「わらわがいるより、血を分けた娘が側にいてあげるほうが良いであろう」

「……」


「何も心配ない。さ、行ってあげなさい」

「……はい、妃殿下」



 私は搬送される王とその娘を見送る。そして、自分も自室に戻る。


 考えねばならない事柄が満載され、そちらに気が行ってどうしようもなかった。




【お願い】

 作者のモチベは星の数で決まります。

 可能でしたら是非、星を置いて行ってくださればと。

 どうぞよろしくお願いします。

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