第53話 お茶会と告白

 私は用意された椅子に腰掛けて、真向かいに座る白のドレスの少女を眺めた。


 彼女の背後では、私への嫌悪感を全く隠さない侍女が二人控えている。

 これはよろしくない。

 主人を補佐するどころか主人の足を引っ張るとは。侍女として失格だった。


 侍女というものは――

 自らの感情と仕事での理性を完全に分離できて初めて一人前。

 例えばセラーナは変態だけど、仕事は仕事としてキッチリするのだった。


 さて、さて。


 私は貴族的な仮面の微笑みを浮かべつつティーカップを取り、ゆらりと香りを楽しみつつ静かにカップに口をつける。凪の心持ちで、一瞬の集中を図る。


 舌先で液体を鑑定。審査。類推。結論。ルイボスティーに似たハーブティー。

 カップにも茶にも毒は混入されていない。安全を確認。飲むべし。


 まあ、そうよね。普通なら毒なんてありえない。


 私は目を閉じて記憶を掘り返す。

 自身が今現在、彼女に対してどんな嫌がらせをしたか。


 もちろん『私』がやらかしたのではない。

 この世界での『クリエムヒルト』のやらかし行為についてである。


 ふむ、ふむ。


 まだ狩人にスノーホワイトちゃん暗殺依頼はしていない、と。

 リボンで緊縛プレイもなし。プレゼントは私よ全裸プレイではないので念のため。

 毒を塗った串での刺突もなし。というか串って何。串カツでも食べたの?


 やったのは……。


 無視、暴言、暴力(ビンタ)。

 ありゃあ、イジメの三大行為とくるかぁ。


 うーん、こんなことを言っては顰蹙ひんしゅくを買いそうではあるけれど……。

 彼女(本来のクリエムヒルト)は、まだ本格的には状況を開始していないのね。


 もちろん程度の問題であって、やって良いことと悪いことがある。

 クリエムヒルトはスノーホワイトちゃんに、十分に嫌われる条件を満たしている。


 スノーホワイトちゃんの現年齢は十三歳。四年前、九歳のときに実母を亡くした。

 クリエムヒルトが嫁いだのは三年前。つまり二十五歳で嫁いだ。


 この世界での成人は十五歳。この世界では、クリエムヒルトは行き遅れ。


 頼りないが、せっかくなので前世の記憶を呼び覚ましてみよう。

 もちろん、話題の白雪姫について。


 原作ではなく改訂版――原作は実母が実の娘に嫉妬して殺そうとするどうしようもない暗黒童話なので無視をするとして、改訂版ではスノーホワイトちゃんが十四歳のときにどんどん美しくなる彼女に継母の妃に嫉妬されて、だった。


 載せた出版会社や絵本や海外のアニメ映画などで設定が微妙に変わるが、基本的に継母の妃の嫉妬が原因で、スノーホワイトちゃんがとばっちりを受けるわけで。


 まあ、うん。それはそれとして。


 三年間も無視したり暴言吐いたりときにはビンタなんてしたら……。


 これは全面的にこっちが悪いわ。後妻で、旦那たる王は未だ前妻たる前妃を愛していて、こちらには一切振り向かず色々と不満を溜め込んでいたとしても。


 それを前妻の子とはいえ、彼女に対してキツく当たるのはお門違いだろう。

 まあ、愛憎はそう単純に理性で御せるものではないのも理解できるが。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、という例え話もあることだし。


 あー。これ、どうすればいいのだろ?


 私はパパ氏とママ氏とお兄ちゃんの愛情を一身に受けて育つ幼女なのだった。


 なので、うーん。義理とはいえ母娘関係の改善というか修復というか。


 こんなの、私にはレベル高すぎだYO!


 言いわけではないけどさ。私の愚行ではないの。クリエムヒルトのやらかしなの。


 クリちゃん、不器用すぎてさー。


 無視した理由はクリエムヒルト陰キャで、十歳女児のスノーホワイトちゃんにどう接したらいいのか分からなくて、テンパって逃げたのが事実だし。


 これはファースト&セカンドコンタクトの出来事ね。ヘタレすぎて笑えない。

 

 暴言は、スノーホワイトちゃんが彼女から私に接触しようとして、よりにもよってクリエムヒルトはテンパって陰キャ的に頭に血が登ったものだったり。


 この、スノーホワイトちゃんの歩み寄りは数回繰り返され、彼女は諦めた。


 ビンタは一度だけではあれど、お気に入りの魔道具を悪気なくスノーホワイトちゃんが壊してしまって思わず手が出たのが本当のところだし。


 うーん、モノを壊されたからって叩いちゃだめだよ。女の子には、優しくね。



「信じてくれなくてもいいので、わらわの話を聞くだけ聞いてくれるかしら」

「……はい?」

「何を今更と嘲笑って聞き流してくれてもいい。ただ、この場から去るのは、わらわの発言の後にしてほしい。それだけこちらも覚悟を決めているから」

「……はい」

「ありがとうね」

「……」



 私は、一度だけ、ゆっくりと深呼吸する。



「わらわ、実は、陰キャなのよ」

「……は?」

「陰気な性格の人物という意味ね。そなたが太陽ならわらわは月のようなもの」

「あ、はあ……」

「わらわ、顔が怖いでしょう?」

「ええと……」

「人の容姿についてはセンシティブな問題を孕むので、答え方は難しいわね」

「……」


「わらわは美人のカテゴリーには入るだろうと思う。そりゃあそうよね。政略結婚が基本の貴族とはいえ、他家に娘が嫁ぐにはまず美しくないと。ブサイク競争に必死な当たり屋ポリコレなんかは激怒しそうだけど、容姿は男女問わず、力であり、才能であり、財産なのよ。ただしイケメンに限るって言うでしょう? いえ、あんな頭のおかしい差別団体はどうでも良いとして、美形同士がくっついていけば美形が生まれる確率は当然高まるわけ。そしてブサイクは排斥される。持たざる者として。残酷なようだけど、平民ならいざしらず貴族社会はそういうふうにできている」



 近親結婚の末、アゴが福本漫画みたいになって滅んだハプスブルク家はともかく。



「ときに、スノーホワイト姫。わらわの趣味を知っているよね」

「あ、はい。魔道具集めがご趣味と」

「そうね。ああ、あのときはすまないことをしたわ。思わず可愛いそなたを叩いてしまった。形あるものはいつか壊れるのに。それがあの日だったに過ぎないのに」

「か、可愛い……?」

「話を戻しましょう。わらわの魔導具の中でも、とびきりのものがあるの」

「それは、一体?」

「鏡よ。それも受け答えする鏡」

「自らの写し身が話しかけてくるのですか」

「……うん? あら?」

「……はい?」



 その考えはなかった。


 鏡は自らの写し身。幼女のカミラは吸血鬼ゆえに鏡には写らない。それはそういうものだからしようがない。でも、クリエムヒルト状態なら鏡には写った。


 何が言いたいか。


 実はあの鏡って、私の中にある願望が写し身的に声になって出ているのでは?

 じゃあ、今、もし鏡に例の質問をしたらどうなるのだろう。


 ここで、少し遅れたが、スノーホワイトちゃんの容姿について言及しよう。


 某ウォルトなバタ臭い白雪姫ではなく、サラサラの白金ヘアーの美少女である。


 ひとことで言えば――

 今すぐペロペロしたいくらい可愛い。雪の精霊と言われても私は信じる。


 なんでこんなに精緻なバランスを保って形作れるのだろう。

 肌は雪のように白く、ぱっちりとしたバイオレットとヘーゼルのオッドアイ。これはブリュセル王家の特徴。きれいに通った鼻筋、頬は微かな紅色に染まる。ほっそりした肢体。脚はドレスで見えないが、腕の細さから脚の細さも容易に推測できる。


 そのうち、この子の背中に天使の羽根でも生えてくるのじゃないかしら。


 私が鏡なら、有名な鏡よ鏡の質問には『スノーホワイト』と答えるね。



「後で鏡に問いかけてみるわ。世界で一番美しいのは誰かって。きっと鏡はこう答えるでしょうね。それはブリュセルの王女、スノーホワイト姫ですって」

「あ、あの……」

「そなたはわらわに素晴らしい発想を授けてくれた。鏡とは、己の写し身であると」

「あ、はい」

「ごめんなさいね。一人で勝手に納得したりして。でもそれだけ衝撃的だったの。そなたのおかげよ。……それで、本題なんだけど」

「……はい」

「貴族社会では目上の者は下の者に頭を下げないし、下げてはならない。ですが、本当に頭を下げないといけない事情があれば、話は別だとわらわは思う」

「……」

「わらわはこれまで、そなたに対して酷いことをした。……すまなかった」

「そんな、突然……」


「わらわの心変わりが気になるだろう。しかし、このままでは早晩わらわたちは破滅を迎える。仮にも家族。もちろん常に仲良くせよなどとは言わない。しかし寂しかろうて。我が夫にしてそなたのお父上は、未だそなたの母御を愛しておる。わらわはお飾りとしての妃よ。かと言って、そなたのお父上はそなたに構うわけでもなし。勝手な想像だが、先妃を思い出して辛いのだろう。そなたはそなたで、夫に相手にされぬお飾り妃の、陰キャなわらわの八つ当たりじみた仕打ちを受ける。もう最悪よな。重ねてそなたにはすまぬと謝罪させてもらう。こんな家族があってたまるか。下手をすれば、王家家庭の崩壊は、国の崩壊にも繋がりかねない。わらわはまあ、これでも大人ゆえどうとでもしよう。しかし、そなたが姫君として不幸に更に不幸をかける事態になるのは、どの口が言うかと厳しく指摘されようとも、やはり看過できない」



 私は一気に捲し立てて、そしてハーブティーで喉を潤した。



「わらわは生まれ変わった気持ちで、今後に臨もうと考えている。その第一歩がこの告白。笑ってくれて良い。信じなくても良い。だが、わらわは本気で動く」


「は、い……」


「お茶、美味しかったわ。では、また機会があればお茶をともにしてたもれ」


「……はい」



 この告白にはなんの意味もないかもしれない。私は、空中庭園を後にした。


 ただ、言わずにいられなかったのだ。私としては。


 正直、クリエムヒルトが八割くらい悪い。残り二割はブリュセル王が悪い。


 継母でも上手くやりようはあるはずなのだ。

 親子でなくても良い。普通に歳の離れた家族として接していれば、あるいは……。


 なぜ自分ここに飛ばされたのかなど知らない。が、たとえ無駄でも行動せねば。


 私はゆるゆると、自室へと一度戻った。




【お願い】

 作者のモチベは星の数で決まります。

 可能でしたら是非、星を置いて行ってくださればと。

 どうぞよろしくお願いします。

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