第52話 まずは現状把握

 心に迷いが生じたらチェストせよ迷ったらとりあえず殴れ


 ……どこの薩摩隼人なのか。


 ここでチェストしたら魔法の鏡がズバーンってなっちゃうわ。


 というわけで、まずは現状を把握のためにも自身今の自分を詳しく知ろうと思う。


 私は魔法の鏡を注視する。


 頭部に金のティアラ。紫に近い紺のウェーブロングヘア。豪奢&威圧的。

 これは悪役ですわ(確信)。

 目つきは切れ長。美人なのに、自然とキツい表情になる。これは悪以下略。


 今回は、私のチャーミーな深紅の瞳は顕現していないらしい。錆銀の瞳だった。

 目鼻立ちの整った美人さんなのに、特に目つきがキツくてヤバいと心で理解。


 体型はかなり頑張っているご様子。コルセットをしているとはいえ、女性が理想とするようなスラリとしたマーメイドラインを演出できるようにしているらしい。


 意識すれば彼女の記憶が掘り返されてくる。なるほど少食に徹して体型維持と。隠してるけど甘いものが大好き。でも外見イメージにそぐわないのでほぼ食べない。


 ほっそりした身体つきに、白主体に紺生地と金糸がアクセントのスレンダーラインドレス。首周りの白のぽわぽわファーがチャームポイント。

 ただ、クリエムヒルトが着ると途端に悪女の迫力が倍加するのには閉口する。


 年嵩は、肉体記憶によれば二十八歳。血の繋がる我が子なし。未だ破瓜はかを知らず。

 あらやだ。彼女、この歳でまだ処女じゃないの。


 この王家には、先妃が病に没して後添えの王妃として嫁いでいる。

 魔法が大好きで、趣味は魔道具集め。周囲から魔女と陰口を叩かれるほどらしい。


 いかず後家になりかけた公爵家令嬢のクリエムヒルト。現在は継母後妻王妃。


 後妻王妃枠は彼女の父親――公爵が政治的ゴリ押しで無理やり入籍させた模様。


 自分についての通り一辺はそんな感じ。


 ……んん? まあ色々とツッコミどころのある女性ではあるけれども。

 この程度、彼女が悪役ムーブする要因たらしめるにはイマイチ弱いというか。


 もうしばらく、悪役ムービング彼女について記憶を掘り返し、脳内検索する。


 そして、いささか偏見ぎみの推論ではあれど、たぶん正解に行き着いた。


 端的には、美人ではあれど己の悪女面に悩んでいて、しかも先妃の忘れ形見である一人娘が陰キャの自分とは対象的に可愛すぎて逆にどう関わっていいか分からず、そうやって拗れた末が継母の王女いじめという悲劇を生み出したのではと。


 繰り返すが推測である。でもこれで間違いないと思う。


 どれだけ不器用なの。

 ブレーキのない暴走列車みたいに破滅に向かうつもりなのかな?


 あと、夫=ブリュセル王との夜の生活がまったくなくて擦れてしまったコトも関係しているようだ。床の作法もヤらなきゃ意味がない。夫婦なんだからシようよ。心開いてさ、ギシアンとね。私のパパ氏とママ氏とか、毎日ラブラブが超スゴイよ?


 いずれにせよ。


 王は後妻を迎えはすれどそれは体面だけで、未だ前妃を愛しているらしい。


 なーるほど、これは厄介。帰還(勝利)条件が見えなさ過ぎて頭が痛い。


 更に情報を。


 夫でもあるブリュセル王は、現在遠征中である。つまり隣国と戦争ドンパチしている。


 現在、この王城を守るのは少数の護衛騎士団と僅かな兵のみ。城下街に行けば治安維持兵がいるので、有事でもギリギリのラインでなんとかなりそうではあるが……。


 現在この城は王の代行として私=クリエムヒルト王妃が最高権力者となっている。

 義理の娘=スノーホワイト王女は未成年なので王家直系とはいえ権勢は弱い。


 ふむ、ふむ。あー、これはダメですわ。


 大過なく過ごせればそれに越したことはないけれど、そうは行かないだろうなあ。



「鏡よ」

『はい、世界で一番お美しい我らがお妃様』

「ここはどこかしら」

『これは異なことを。ここは私室。美しいお妃様だけの魔導具コレクトルームです』

「そうだったわね」

『はい』

「わらわの義理の娘、愛らしいわが王家の姫君は今、どうしているかしら」

『スノーホワイト王女殿下は庭園にてお茶を嗜んでいるようです』

「ふむ。ではそこまでわらわを案内せよ」

『したいのはヤマヤマですが、ワタクシ、鏡なもので……』

「ああ……鏡だものね。それは如何ともし難いわ。じゃあ、こうするわね」



『EL・DO・RA・DO』



『これは……』

「マイクとスピーカー付きのモニターよ」

『よくわかりませんが、コレクトされている特別な魔導具とだけは理解できました』

「自律会話のできるあなたのほうがよっぽどだと思うわよ?」

『いやぁ、お褒めいただき恐悦です』

「これから、わらわはイヤーラップアクセサリを通して鏡の貴方と連絡を取り合うようにする。具体的には、わらわの見聞きした内容はそのモニターを通して通信される。そなたはモニター越しに話しかけ、わらわの相談役となってちょうだい」



 鏡の返事を待たず、魔法の鏡の前に19インチ液晶モニターを設置する。

 私は私で想像魔法『EL・DO・RA・DO』で作り上げた一見するとゴールドとルビーのイヤーラップアクセサリを左耳に取り付ける。


 そして部屋の中を、軽く行き来してみる。



「モニターとのリンク具合はどう? 不具合は出ていない?」

『完璧です。美しい王妃様の視点とお声がこちらに通信というのですか、されています。何が凄いって、移動されても全然揺れないところですよ』

「人は二足歩行ゆえに歩く際には平均して視点を15センチほど上下させているものなの。つまり、そのブレ補正を魔道具に組み込んでいるわけ。もっとも、わらわは貴族の歩法を学んでいるのでそもそもの上下の揺れは小さいはずよ」

『はえー。素晴らしいアイデアですねぇ』

「では話はそこまでにして、我が義理の娘たる姫のいる庭園まで案内しなさい」

『はい、承りました』



 部屋を出る。すると外で控えていた侍女が2名、すぐさま私の後ろへ付き従う。


 なるほどあの部屋は私室の中でも特別で、趣味の魔道具の収納部屋だった。

 なのでだろう。自分=クリエムヒルト以外は入室を禁止しているらしい。



『美しいお妃様、聞こえますか?』

「感度良好よ」

『はい。では案内を始めます。まず私室をお出になって回廊を右手に行きます』

「わかったわ。部屋を出て回廊を右ね」



 小さい声でぽそぽそと話す。指向性マイクも導入しているので、小さい声もキレイに拾えるようにしてある。これで侍女たちにも気づかれずに通信できるはず。


 私は余裕と優雅さもって、ゆるゆると回廊を歩いて行く。

 私室を出てからは専属の護衛騎士も2名ついた。そんなのいらないと思っても王妃という立場が許してくれない。避け得ぬ必要経費と考えて諦めよう。


 これでも中身は公爵令嬢である。この悪女王妃も元は公爵令嬢だけど。

 美人ではあれど顔が怖くて、しかも実は陰キャ。趣味は魔道具集めであるらしい。


 私=カミラと王妃では正反対のキャラっぽく見える。


 だが、何度かこの話題に触れたように、

 私の表の喋りが異様なほど変化しているのはこのためでもある。


 しかしてたとえ憑依した肉体に喋りや性格を引きずられても、自己の情報とクリエムヒルトの情報をすり合わせて常にチェックしておけば自分というものを保ち続けられるはず。どうせ幼女体に戻れば元の喋りと性格に戻るにしても、である。


 クリエムヒルトの記憶を掘り返せば、意外と可愛いところもあるのだけどね。


 さて、と。スノーホワイトちゃんはどんな美少女ちゃんだろう。原作では鏡がロリコンだったのか、主人を差し置いて彼女を推しをしたくらいである。期待しよう。


 なまじっかな少女では、私が納得しなくてよ?

 ロリコンを唸らせる美少女を希望。



「可愛いは正義なのよ」

『はい?』

「なんでもないわ」



 私は城内中腹にある空中庭園ルフトハンザにたどり着いた。名前を聞いて一瞬、どこぞの国の筆頭航空会社を連想したのは秘密だった。



「太陽光は気持ち悪いけど、手入れの行き届いた良い空中庭園ね」

『太陽光、お嫌いですか?』

「ええ、まあ。お肌が荒れちゃうし」

『日傘も意味ないですか』

「外に出る直前に侍女によって差し掛けられているけれど、ないよりマシ程度ね」

『まるで吸血鬼みたいです。ああ、別に侮辱しているわけではなく』

「例え話でしょう? そんな些細なことで一々目くじらを立てないわ」

『寛容なお心に感謝いたします』



 実際、吸血鬼だし。と口の中で呟いて私はスルスルと庭園をゆく。


 中央の手前あたりに屋根付きのパーゴラが建てられていて、そこに白のふんわりドレスを着た白金の髪の少女がお茶を愉しんでいるのが見える。



「お楽しみのところ、お邪魔するわね」

「……ッ!? き、妃殿下……ッ」

「そう警戒しないでほしいわ。今は二人、わらわは夫を、姫はお父上の武運を祈りつつ、この城を守る仲ではありませんか。まして、義理とはいえ親子」

「横から失礼いたします。お言葉ですが、妃殿下にあらせましてはスノーホワイト王女殿下の親と名乗るには、いささか不足しているものがあるのではと」

「そなたのはしためは、目上の者に対してキチンと諫言できるのね。感心するわ」

「あ、いえ。……ソフィア、出過ぎないで」

「はい、大変申し訳ありません。スノーホワイト王女殿下」

「私ではなく、妃殿下に」

「……。申し訳「いいのよ、心の籠らない謝罪なんて無意味だもの。それに、そこのはしための言葉はこの城内、いえ、王国内の全員が思っていることでしょう」」



 沈黙が。


 しかし私はあえて空気は読まない。というのも、彼女、スノーホワイトちゃん。


 前評判と称しては変だが、私としては評判の通りとても良い子だと感じた。


 その年なりの天真爛漫さはほぼ感じられない。

 私の出現によって引っ込んでしまった可能性もなきに非ず。逆に空気を読める年頃になっていると考えればむしろ高評価だろう。うーむ、可愛いなあ。



「それで、席は用意してくれないのかしら」

「……あ、はい。申し訳ありません、不手際でした」

「いいのよ。断られるかもって、思っていたから。ありがとう」

「妃殿下……」



 私は、用意された席につく。

 真向かいにはスノーホワイトちゃんが。


 彼女は緊張した面持ちだった。私は、静かに微笑んでみせた――悪人顔で。




【お願い】

 作者のモチベは星の数で決まります。

 可能でしたら是非、星を置いて行ってくださればと。

 どうぞよろしくお願いします。

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