第32話 魔帝スレイミーザ三世

「うむ、よく来たな。ノスフェラトゥ公爵家の面々よ、歓迎しよう! 内々の晩餐会である。さあ、格式ばった挨拶は抜きだ。はやくこっちに来ると良いぞ」



 円卓の席の一つにちょこんと座する幼女が、物凄く偉そうにそう言い放った。


 ……えっ? えっ? どゆこと?


 見た感じでは未就学児か小学一年生くらいかの年頃。つまり六歳か七歳くらい。

 席から足が床に全然届いていなくて、ブラブラしている。


 頭部にはメリノー種のような羊角が二本。背中にはコーモリ翼が見え隠れ。

 顔立ちは完全におこちゃま。髪は落ち着いた薄紫のロング。見目麗しい女の子。


 ――の、はずなのだけど。


 端々から感じる淫靡な気配は一体。なんか、ロリっ子なのに妙にエロい。

 男女関係なしに食べられてしまいそう。性的な意味で。うわようじょこわい。


 彼女の衣装も少し気になる。まるで黒のバレエ衣装を改造したようなドレス。

 あれはそう、例えるなら某格闘ゲームのモ〇ガンとかリ〇スみたいな。


 ……初めて会ったけれど、魔帝陛下って、幼女で淫魔だったの?



『否。夢魔であるぞ』



 え? ああ、夢魔? えっと、淫魔と夢魔の違いって、何?



『獏のような例外もいるが、好むアクションが肉体的か精神的かの違いであるな』 



 そうなんですか。うーむ、奥深い。


 知っての通り、私はまだ生まれて半年と少しだった。まともに動けるようになったのはごく最近。その後、転移に二度遭ったりと色々と忙しく、この国の世情については実際年齢の子供たちよりかはマシだが、貴族令嬢としてはあまり詳しくない。


 まして、生まれて半年程度で、国の最高権力者と対面するとか普通はないから。


 色々と帝国臣民として知識が足りなくても、それはしようがない。

 スマホで画像検索とかないので、国のトップの顔を知らないのも致し方なし。


 ただ、まさかの幼女とは。てっきりお爺さんタイプを想像していた。メラゾーマではない、これはメラだ――とか言いそうな、老獪で強大な力を持つ感じの。



「くはははっ。子供たち、オレの姿を見て驚いておるな? ヴラドよ、頼んでいたようにオレの容姿について子供たちには教えないでいてくれたようだなー?」



 魔帝スレイミーザ三世陛下は、嬉しそうに手を叩いて喜んだ。



「お戯れが過ぎますぞ、陛下……」

「まあの、オレは夢魔であるがゆえ姿見に自由が利くでのう。ああ、公務ではちゃんと三十路くらいの欲求不満オバサンの姿をしておる。熟女の色気ムンムンじゃよ」

「はあ、まあ……やはり見た目も大事でありますゆえ」

「じゃが、オレは子供が大好きだ。好きだから自身も自由時間にはこうして幼女を堪能する。イイゾー、子供は。ペタンコで動きやすくて、しかも何をしても楽しい」



 魔帝スレイミーザ三世陛下、おいでおいでと手招いてくる。

 いずれにせよ席につかないと晩餐会(私たちからすれば朝食会)が始まらない。



「うむ、自己紹介をしておこう。オレはこの帝国そのもの。リリス・アスモデウス・スレイミーザ三世である。種族は夢魔。淫魔でも良いが、個人的に夢魔の方が好みでのう。コンゴトモヨロシクである。子供たちよ、気軽に話しかけてくれて良いぞ」



 自己種族を好みで決めちゃえるとか、ある意味型破りというか。


 ……ところで、なぜか私、円卓席の陛下の左隣に座らせられているのですけど。


 ちなみに陛下の右隣は、これまたなぜかマリーが座らされている。

 コチコチになっているマリー。私の左隣で静かに安堵の息を漏らすお兄ちゃん。



「んっふっふっ。幼女に囲まれるのは良い。男の子も良いがオレは幼女の悪夢を喰うのが一番好きなのじゃよ。もちろん、わが臣民全員の安らかな眠りも守っておるが」



 ああ、女の子が好きというのは夢魔としての実質的な食事の嗜好だったと。


 そういえば、魔国にいる間は悪夢らしい悪夢を見た覚えがないわ。特に意識していなかったので、はっきりと断定はできないけれども。



『そして、夢を通して、臣民すべての想いは心に留めておる。夢とは荒唐無稽なようで、必ず意味がある。そう、夢の元になるモノが、絶対にあるのだ』



 んん? つまり、それは。



『そうだよ、カミラ。そういうことだ。そなたもオレなのだよ』



 ……あまりに自然に受け答えされるので反応が遅れたけど、陛下は念話で個人的に私と会話していたようだ。だって私への会話のとき口が動いてないし。


 しかし。あー、これ、私が転生者なのバレてるね。

 まあでも、バレたからといってどうということも……ないこともないな。


 うわ、どうしよう。


 転生者という自覚はあるけれど、もはや『そういう前世の自分がいた』くらいしか意識がないのよね。そもそも男だったか女だったかもわからない。ヘンテコなサブカル知識はバンバン知っているのに、自分についてはほぼ分からないのだった。



『心配するでない。そなたのようなもいるのは知っている。そしてオレは、そなたの全面的な味方。そなたは心の赴くままに生きて――バンパイアに生きるは失礼だったな。ともかく好きにやって良い。それが巡ってわが国の繁栄にも繋がろう』



 寛大なお言葉を賜りました。つまりいつも通りの生活でOKと。陛下がとても気さくなお方で、本当に良かった。器が計り知れなく大きなお方だなぁ。


 円卓には次々と料理が並べられていく。


 ……どう見ても、中華料理、なのですが。しかも大阪とか餃子の〇将的な。


 円卓もよくよく見れば、ターンテーブル付属のものだった。ほら、ちょっと高級気な中華飯店にいけばあるよね。横浜の中華街が発祥の、何かと便利な食事円卓。



『これは黒船の一人の夢から再現したものじゃよ。料理のほうは、ふむ、中華料理と言うのだな。できるだけ頑張ってみたが、オレは夢ソムリエなので視覚的再現度はともかく味のほうは自信ないかもしれん。すまんな。味〇なる存在がのぅ……』



 うーん、〇覇の再現は確かに厳しそう。ほぼ最強の中華化学調味料だから。



「最近のオレの趣味は、変わり種の食事じゃ。よし、喰ってみるか」



 まずは前菜。各種ターンテーブルに食事は用意されているので好きに食べてもいいのだけれど、いつも家で食べる順番風に食べたほうが無難だと思われる。


 前菜→スープ→主菜→主食→点心。こんな感じで行くよ。


 というわけで野菜たっぷり生春巻きから。


 うん、ガワは生春巻きだけど、味は全然中華じゃない。

 どちらかというとケ〇タッキーフライドチキンの、野菜多目のツイスターっぽい。


 どういうわけか、皆、私の行動を確認してから同じく生春巻きを食べている。


 次は、コース料理の作法に則るなら……スープかな。タンとも言うけど。


 一見すればふかひれスープっぽいタンを給仕に注いでもらう。


 おおーっ、これは……ッ。

 どこをどうすればこの見た目からこうなるのか。


 飲んだらタイのグリーンカレースープみたいな味がする。

 おっほ。しかも幼女の味覚でもギリギリ耐えられる辛さになっている。


 ふむふむ、これはこれで。全然ふかひれスープの味じゃないけど。悪くない。


 ……例によって、なぜか皆して、私と同じくスープを啜っていた。


 では次。主菜と行きましょう。


 骨なしザキ鶏のから揚げと麻婆豆腐、八宝菜、白身魚の中華蒸し、チンゲン菜炒め。

 北京四川広東と色々な地域の料理が混じっているけど気にしない方向で。


 ちょっとずつ摘まむ、贅沢な食べ方。一部、〇将らしくない料理も入ってる。


 からあげは甘味噌っぽい味が加わっている。うん、悪くない。でも中華からあげとはちょっと違うな。九州地方で食べたからあげにちょっと似た風味がある。


 麻婆豆腐は、なんと極甘だった。四川の人に謝れ。これは一口で断念。


 八宝菜は惜しい。かなり思った通りの味だけど何かが足りない。

 白身魚の中華蒸しも惜しい。ごま油が欲しい。ごま油がこの料理を完成させる。


 チンゲン菜炒めは見ためはそれっぽいけど、味はなぜかほうれん草炒めだった。


 以上、主菜でした。


 ちなみに箸で食べるのではなく、ナイフとフォークとスプーンで食べていた。私と陛下は箸も使えると思うけど、パパ氏たちはたぶん無理だから。


 招待客に恥をかかせないのも主催者の役目。私はその意図に乗っかっただけ。


 次は主食。主に炭水化物系の料理。


 というわけで、炒飯をもぐもぐするよ。


 ……なるほど、炒飯っぽいけど米の種類が長粒種だった。なので当然、私の知る炒飯ではない。米の種類のおかげでご飯は綺麗にパラパラ。フレーバーは東南アジアっぽい。ふと香るのは魚醤か。要するにう〇このニオイっぽい香味が、慎ましい奥ワキガのようにかくれんぼしている。しかし味自体は悪くない。むしろ美味しい。


 最後に点心。食事の〆である。甘いものか、軽食が饗される。


 無難に杏仁豆腐といきますか。味が見た目と違う場合が多いので無難とは何かと哲学に入りかねないけど。他に、点心としては焼売と胡麻団子っぽいものもある。


 ぷるんと白い杏仁豆腐を、つるりといただく。

 果物と果物由来のシロップ風を加えた――日本人には馴染みの、あのデザート感。


 あ、これは当たりかも。ちゃんと杏仁してる。果物シロップもそれっぽい。



「――うむうむ。それなりに食べられるものであったな。くっくっくっ。こういうのも悪くなかろうて。中でも最後に食した杏仁豆腐は特に当たりであった」



 愉快そうに、魔帝陛下は頷いていた。


 まあうん、陛下もそう。皆してどういうわけか、私が食べた順に食べるのよね。


 ……なんで?




【お願い】

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 可能でしたら是非、星を置いて行ってくださればと。

 どうぞよろしくお願いします。

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