第30話 日常に戻れて……ない!

 くだんの突然転移事件から私とセラーナが無事帰還して三日が過ぎた。

 時刻は夜の九時過ぎ。場所はマリーが泊っている客間のベッド。


 ちょっと大人っぽいネグリジェ姿のマリーと、いつものゴスロリの私。


 マリーとは、朝、私が寝る前か――

 夜、彼女が寝る前の数時間を使ってのお付き合いを続けている。


 うふふ。お付き合いって、恋人関係みたいな言い方だね。それも良いけどね。

 実際は単なる友達付き合い。見た目三歳幼女とリアル十歳幼女の仲良しさん。



「えっ。じゃあカミラって、初めて会ったときからずっと、私と話す際には私の世界の言葉を話しているのに気づいてなかったの? 今も流暢に喋っているのに?」


「みたいだねー。でもマリー、ひと言くらい教えてくれても良かったかもー」


「あまりにも自然に喋るものだから、わかってやっていると思い込んでいたわ……」

「そーなのかー。あ、じゃあアーカードくんと話すときはどうしていたの?」


「私の世界には言語魔術があって、自国語を触媒に意思のやり取りができるのよ」

「にゃふっ。それはとっても便利だねー」


「カミラほどじゃないわ。カミラのはほとんどチートでしょうに……」



 何がというと、まあ先の会話で大体はお察しだと思うけれども。

 私がマリアンヌ・ブラムストーカー、愛称でマリーと出会ったときの話だった。


 あのときも今も、私はマリーと会話する際には。

 彼女の世界の、彼女の国の言語で会話しているとのことだった。


 つまり私には自動翻訳の能力を生まれもって備えていたと。


 そういえば私、生まれてすぐにパパ氏とママ氏の会話を理解していたわ。


 ついでに言うと、外国語で書かれた文書も普通に読めてしまう――日本語で。

 もしかしたら古代の忘れ去られた言語であっても読めるかもしれない。


 更につけ加えるに、書くのも自動翻訳の能力が適用される。


 たとえば先立ての扶桑皇国の平城氏に手紙を書くとして、私は日本語で書いているのに、文書自体は平城氏の読める扶桑の言葉に置き換わるのだった。


 もっとも、それに気づいていなかったがゆえにわざわざ西大陸公用語で書いてしまう失敗もあるにはあるのだけど……。


 まあね、いいよね。子どもだし!


 はえー、と間抜けな声を出しつつ自分のステータスを確認する。


 アンチ・バベル。


 というスキルがステータス表の下の方の備考欄にちまっと書かれていた。


 効果は、

『どんな言語も読み書き聞いて喋れる』

 だった。


 バベル、と言えばバベルの塔。


 かの塔の話は前世の数ある神話の中でもかなーり有名なモノではないだろうか。


 人々に散らばって増えろと命じた神を無視して、彼ら人間たちは高い塔を建てた。

 言うことを聞かない愚かな人々に激おこな神は言語をバラバラにしてしまう。

 互いに言語的意思疎通がしにくくなった彼らは、しかたなく世界中に散らばった。


 大体こんな話だった。ああ、塔も神パンチで破壊されたんだっけ?


 バベルで起きた混沌に対する抵抗が、私のアンチ・バベルであるらしい。



「そういえば、マリー。あのねあのね」

「どうしたの、カミラ?」


「マリーはカミラのニオイ、どう思う?」

「ニオイ? あなたの体臭のこと?」


「うん」


「うーん。意識したことがないから、ちょっとよくわからないわね」

「にゃあ。そっかー」


「で、ニオイがどうしたの?」

「お付きのメイドたちは、カミラのニオイが大好きなのよ」


「へえ?」


「だからマリー、ちょっとカミラのニオイ嗅いでみて」

「えっ。あ、うん」



 マリーはスンスンと鼻を寄せて私の体臭を嗅いでくる。



「うーん、ちっちゃい女の子の良いニオイがするね。甘いミルクというか」

「そうなんだー。ねえ、カミラもマリーのニオイ、嗅いでもいい?」

「あ、うん。恥ずかしいけど、ちょっとだけならいいよ」



 今度は私がスンスンする番だ。マリーに鼻を寄せて嗅ぐ。



「くんくん。くんくん。マリーもねー、女の子らしい良いニオイがするー」

「乳臭くない? 家ではお姉さまにあなたは乳臭いってよく言われるの」


「そんなことないよ。女の子の、優しく甘い良いニオイがするの」

「甘いニオイはここで用意してくれる香油かしらね……?」


「うふふ。カミラはマリーのニオイ大好きっ」

「う、うん。ありがとう。カミラのニオイ、私も好きだよ」



 言って私たちは抱き合ってじゃれ合った。ちゅっちゅと互いに頬にキスをする。

 女の子は、仲の良い同性同士では頻繁に一次接触をする。

 手を繋いだり、抱きついてみたり、もっと仲が良ければ頬にキスしたり。


 百合じゃないのよ。これが仲の良い女の子同士の普通のお付き合い。


 そうやって互いの体温を確かめ合って、眠る時間になったマリーは眠りについた。


 うん、今日もいい日だと良いな。


 と、思った矢先。マリーの客間から退室して、自室に戻った直後。

 トレーに乗せられた手紙を、私のお付きメイド主任のセラーナが捧げ持ってきた。


 最高級の紙材に無駄に豪華な装飾が施された、一通の手紙。


 封蝋は、スレイミーザ帝国紋章がガッチリとシーリング。



「にゃあー。どうしてかな、カミラ、とっても嫌な予感がするよー?」

「しかしそうも言ってられないようでございます、お嬢様」

「みゅうー」



 私は手紙を受け取り、ペーパーナイフで封を解く。


 うわー、やっぱり。


 一読して、否、手紙の装丁から既に知っていたというべきか。

 個人的な、内々での晩餐会への招待状。招待者は、魔帝スレイミーザ三世。


 貴族的なダラダラとした修辞法を除去して内容をかいつまめば、


『ヴラドの娘、カミラ。一度、オレの城へ遊びにおいで。一緒にご飯を食べよう』


 だった。


 生まれて半年と少し。見た目は三歳児幼女。中身は幼児退行中の大人。そんな私。


 普通に考えて、人類ならまだオムツをつけてハイハイしている赤子の年の子に。

 個人的、内々でとはいえど、国家元首が名指しで晩餐会に招待なんてありえない。


 ああ、これ、完全に目を着けられてるよ。


 非日常的なダンマス生活から解放されてひと息ついたと思ったら、案の定というか魔帝陛下からストレートにご指名を受ける。非日常はまだ終わってなかった。


 こんなの、とてもではないがお断りの返事なんて出せるわけもなし。



「この一件はパパやママも知ってるの?」

「はい、ご存知です」


「だよねー。こっそりダイレクトに私にお手紙とか怖いしー」

「お返事はどうされますか?」


「もちろん、参加にゃー。ご指名されてるし、先に延ばしても意味ないの」

「おっしゃる通りでございますねぇ……」



 セラーナは私の持つユニークスキルを良く知っている。

 想像魔法はアイデア次第。なんならダンジョンコアも作ってしまう。


 そんな稀有な能力を持った存在に、関心を抱かない為政者などいない。


 こーんな小さい子を政治の世界に巻き込むのは、いくらなんでも早すぎる。

 パパもママもセラーナも、もちろん、そう思っているはず。


 あとは、魔帝陛下は……小さい女の子が大好きらしい。


 ロリコンというか、私も対象になるならどちらかと言えばペドフィリア?


 性癖歪んでるなぁ。会いたくないなぁ。色んな意味で身の危険を感じる。

 でも国のトップに招待されたらお断りは難しいし……。


 私は、にゃふーとため息をついて、セラーナにお返事の手紙を書く用意をさせた。

 ああその前に、パパ氏とママ氏とお兄ちゃんにも了承を貰わなきゃ。


 絶対に嫌な予感しかしないよ、もう……。




【お願い】

 作者のモチベは星の数で決まります。

 可能でしたら是非、星を置いて行ってくださればと。

 どうぞよろしくお願いします。

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