第28話 帰還の前に

 狐面の怪物女襲来を下し、当人(?)に勝手に忠誠と服従を誓われて一週間後。


 まあ正直、迷惑以外の何物でもないけれども。実際、帰還のために貯めていたエネルギーを予定外に使ってしまったため、転移ゲート生成に数日の遅れが出ていた。


 早くパパ氏とママ氏、お兄ちゃんにただいまを言いたい。あと、抱きつきたい。


 大罪とかいうイミフなサムシングはしばらく無視無視ノーセンキュー!


 一日、最低でも一度はGPS指輪魔道具を使った連絡を送っている。が、送受信ではないのでこちらからの一方的通信となってしまうのだった。はあ……。


 それで本日。ようやく、ゲート生成のためのエネルギーを貯められたのだった。



「エネルギーはオッケー。さっそく転移ゲートを生成にゃあ!」

「お嬢様、お待ちを」


「にゃ? なんで、どうして止めるの?」


「現状、おっしゃられるように生成はできるでしょう。しかし焦りは禁物とお諌めいたします。もしものときのために、余力を多少なり確保しておいたほうが良いかと」


「うう……」

「どうか、せめてあと一日だけご辛抱を」



 うーん、正論なんだよね、これ。

 すべからく、計画には一定の余裕を持つようにせよ。

 日程であれ資金であれ人員であれ物資であれ、常に上手く回るとは限らない。


 ああ、でも。現状はわりとギリギリで。


 ホームシックになりそうなのよ……。


 中の人=前世の私は、かつては大人だったはず。が、精神なんてしょせんは肉体の玩具にすぎないのだった。哲学者ニーチェも同様の内容を論じている。


 私の中の人=今の自分は、外見の幼女に寄り添うように、幼児化退行が著しい。


 もちろんセラーナの言うことは正しい。

 わかってはいる。わかっては、いるのだが……。


 第三者視点的に考えて、三歳幼女では有り得ない頑張りを見せているはず。


 でも、だけど、それなら増してセラーナの諫言は受け入れるべき。

 部下の諫めを聞かない主君は破滅すると、徳川家康も名言を残しているし。


 むうううぅ……家族のみんなに、早く会いたいよう。あと一歩、なのに。だけど!


 うにゃああっ! あと一日だけ、あと一日だけ、我慢にゃあーっ! パパ氏、ママ氏、お兄ちゃん。カミラは早く会いたい! でも、不測の事態に備えるの!



「みゅー! にゃー! ふにゃー!」

「ああ……叫ぶことで心の平衡を保とうとなさっておられるのですね……」


「……セラーナ」

「はい」


「平城為朝にお手紙を書くの。カミラ、字はまだヘタクソだから代筆して!」

「かしこまりました」


「明後日には立ち去る旨を為朝に伝えておくの。あと、ダンジョンコアがレベルアップしたらしく、子ダンジョンが造れるようになったので残しておくかどうか」


「コアのレベルが上がったのでございますか?」


「大罪『暴食』を下した影響だと思うの。強敵からタワーディフェンスを成功させたダンマス用のボーナスかも? 子ダンジョンは親ダンジョンの半分の階層しかなく成長性もないけど、龍脈を整える目的にはちょうど良いし、訓練迷宮にもなるよ」


「たしかに短い期間とはいえお世話になった土地ではありますが、しかし人類に手に負えないモノを置いていくのは、さすがにいかがなものかと……」


「全地下五階層程度なら人類でもダンジョンを有効活用できないかなー? 実は子ダンジョンは龍脈の余剰エネルギーで勝手にもう生成はなされていて、親ダンジョンから分離するだけの簡単なお仕事なんだけど。どうせ予備みたいなものなのよ」


「勇者や聖女など、ワタクシたちから見ても強いと感じるごく一部の英傑ならまだしも、お嬢様が思っている以上に大部分の彼ら人類は、とても弱くございます」


「うーん、じゃあやめておこっか」


「調整が可能であれば、攻略レベルを最高で80程度に抑えてはいかがでしょう」

「うん、いいね、それ。セラーナの案を採用なの」


「では、ワタクシたちが明後日には立ち去る旨と、訓練にも使える地下五階層の龍脈調整用ダンジョンを残すや否かの質問の二つを交えて手紙をしたためます」


「うん、よろしくね。ああ、返事はなるべく早く、返信用の封筒に連絡を頂戴って」

「はい、承りました」


 私たちには私たちの事情があり、この土地に住む人たち――特に、扶桑皇家より領地を預かる平城氏には異物を排除して領民を守るなどの義務的な事情がある。

 なんであれ他国の領地を侵犯したのは私たちなので、国際問題封じの詫び代わりに領地に多少なりメリットのあるものを置いていきたいのだった。


 ここまで気を回す三歳児とか、まずいないと思うけどね!


 注意点。攻略推奨レベル80とは、パーティを組んでの攻略レベルである。

 

 セラーナが手紙を代筆してくれている間に、私は大和のクニの領都の位置を想像魔法『空の雫』で探ることにした。フッと、周辺マップがディスプレイされる。



「ふーむむ」



 マップをスマホを弄るように指でピンチインやアウト(拡大・縮小)しつつ、大和のクニの大きな街を探す。思ったよりすぐに見つかる。まあ、例えるなら田舎の山林地帯からポツンと人里を探す感じで探せば、そりゃあ簡単に見つかるもの。


 なるほど、このダンジョンから僅か東へ10数キロの位置にあるらしい。そしてこの領都の西側に広がる一帯は――森林と池と崖山までの一帯は、平城氏の占有訓練施設になっているようだった。前世日本風に言うと自衛隊の演習場である。



「だからあの少年が、たった一人で森を抜けて崖山にまでマラソンしていたのね」



 納得する。一帯が平城氏の兵士育成施設なら普通にあり得る。

 それならばなおのこと、新しい子ダンジョンは有用かもしれない。まあ、それでも現ダンジョンにてボコられているので有難迷惑がられるかもしれないけど。



「お嬢様、書き上げた手紙の内容をご確認ください」

「うん」



 簡便な挨拶に始まり、用件を二つ。そしてご健勝をお祈りしています、と。


 貴族ならもっと面倒くさい長ったらしい手紙を書くべきだろう。が、ここは遥か東の異文化の国。鎌倉時代の武士の手紙って、記憶では反公家思想でなるべく華美を避けて用向きだけを書いていたような……いや、どうだったかな……?


 鎌倉時代後期には亀山上皇の命によって弘安礼節の中に書札礼しょさつれいという手紙のマナーが整備されたはずなのだけど、うーん、まあ異文化ってことでいいかな。


 さて、自分の中で納得づけて手紙をしたためるわけだが、一つ、忘れていた。


 しまった。封蝋文化圏だったわ、私の住む一帯は。


 貴族の手紙につける封蝋には、差出人や家系を表わすいわゆるシンボルマークがシーリングされる。私も個人のシーリングスタンプを持っている。


 これから出す手紙に、これを使って良いものか。


 身バレ、怖い。


 扶桑から遥か西の帝国出身なので、しかも個人のシーリングスタンプなのでまずバレはしないと思うのだけど……さて、どうしたものだろう。



「新しく、ダンマスとしてのスタンプを作ろう」

「身バレ対策でございますね」

「うん」



 ちょっと考えて決定する。意匠は〇の中に迷路とコーモリを描いたものにする。


『EL・DO・RA・DO』


 想像魔法でちゃちゃっと作る。台座はオリハルコン。柄の部分は古龍の牙。なんだか勝手に材質が設定されてポンとシーリングスタンプが出来上がる。


 手紙を封筒に入れて、返信用の封筒も入れて閉じて。シーリングワックスを垂らして、その上でぎゅっとシーリングスタンプを押し付ける。はい、オッケー。



「今は何時?」

「夜の2時過ぎでございます」

「良い時間だね。ヒューマン族なら眠っている時間なの」



 私は身体の一部からコーモリさんを生成させる。手紙を持たせ、郵便させる。

 目指す場所は平城為朝の自室、文机の上。もしくは彼の寝所の枕元。


 一仕事、やり切った気持ち。



「ところでお嬢様」

「うん?」


「手紙はワタクシたちの公用語で書きましたが、扶桑では読めるのでしょうか」

「えっ? でもカミラはこのクニの人たちと普通に会話を交わしていたよ?」


「お嬢様は彼らと会話を交わす際は、それはそれは流暢な扶桑の言葉でしたが……」


「……えっ?」

「……えっ?」



 そうなの? 自動翻訳とか、そういう言語的なサムシングが起きていた?



「ま、まあ……大きな氏族だし、語学に堪能な人もいるよ、きっと……」

「そ、そうでございますね……」



 これ、返事が来るのに少し時間がかかりそうかも……。




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