第20話 さっそく侵入者が!

 仮眠自体はゆっくりと摂れた。よく眠れて気分もスッキリだった。

 うーん、と子供サイズの棺から身を起こして伸びをする。


 やっぱり吸血鬼というと棺だよねー。


 これは私の最後の領土。ゆえ、誰にも渡さぬ。

 私はヘルメスの鳥。私は自らの羽を喰らい籠の鳥となった。


 なーんてね。


 私は某彼のような悲しい怪物ではないので自らの血を呑んで自らを再生させない。

 そこに不死性を求めない。私の不死は、私を転生させてくれた神様に帰属する。


 はい、どもどもー。生まれてまだ半年、身体は三歳児、中身はたぶん大人。

 転生公爵令嬢にして吸血姫。カミラ・ノスフェラトゥなのよ。


 最近は増して幼児退行が進んで、ちっちゃい子の遊びがとても楽しい毎日です。

 童謡とか、ノリノリで歌っちゃいます。これがまた超楽しいのです。


 子供って、安直にものごとを楽しめて、すっごいお得だよね!



「お嬢様、お目覚めでこざいますね。はい、バンザーイしてください」

「ばんざーい?」

「そこですかさず抱き上げるのお姫様抱っこでございます。お嬢様くんかくんかーすーはー♪」

「うわー(ドン引き)」



 お付きメイド主任のセラーナにサラリと抱き上げられて。

 すーはーすーはー、と幼女吸いされる。彼女は幼女匂いフェチだった。



「みゅう。セラーナ、何か変わったことはあった?」

「はい、いいえ。お嬢様が設定なさったダンジョンは滞りなく稼働、確実に龍脈より気を汲み上げては精錬されています。世はなべてこともなしでございます」

「うん、良かった」



 お姫様抱っこされた私は自室でも使っていたチェアーに案内された。


 当初はソファーと棺以外には目に付く家具はなかったはずなのに、テーブルセットやキャビネット、床にはジュータン、カーテンを使った簡易の仕切りなどがセッティングされてそれなりに貴族令嬢の部屋っぽい雰囲気を演出させていた。



「これらはお嬢様のお部屋の、予備の家具類でございます。もしものときのために空間収納していたのですが、図らずも役に立って良かったです」

「セラーナの収納能力、すごいねぇー」

「お褒めいただき嬉しく思います。うふふ」



 微笑むセラーナ。せっかくなので彼女の立場や容姿を紹介しよう。


 彼女は私のお付きメイド隊の主任を務めている。もちろん吸血鬼である。

 厳密にはレディースメイドという、女性使用人の頂点たるハウスキーパーに次ぐ立場であり、仕える女主人の身の回りを世話する上位使用人の一人だった。


 元は子爵家の令嬢で、たしか四女だとか。例えばわが家みたいな高位貴族の元へ行儀見習いに入って、そのまま貴族メイドとして就職したクチであるらしい。


 澄み渡るような蒼髪、血を落としたようなくれないの双眸。整った顔立ち。私へ向けられる表情は柔らか。ところによってエロい目つき。どうしようもない性格である。


 吸血鬼の容姿は、基本的に人類の美的感覚に則した美しさであるのが特徴。


 何せ、人類から『騙して』血を啜るために特化してきたのだ。いわんや吸血鬼の容姿はそのためのもの。人は美形に特に弱い。エルフとか好きでしょ、人類あなたたちって。


 さて、なぜゆえセラーナの立場や容姿から食事事情の話に移ったかというと。



「……侵入者、かな。ダンジョンを作ってまだ間もないのに」

「おそらくは悪い意味での偶然だと思いますが、そのようでございますね……」



 ダンジョンコアを弄って迷宮内部を見回っていたところ。見つけてしまった。


 招かざる者の出現。むう、と私は唸る。予想外に、いきなり侵入者だとは。


 入ってきたのは具足姿重装備の若武者だった。歳は15歳前後だろうか。月代が青々としている。つまりは元服している。額の鉢巻が初々しい。腰には太刀が差されている。


 なんでわざわざこんなところに? と思ったら後で知る話、この崖山は非常に急斜面ではあれど、登山できるように整備されているとのことだった。つまり、具足をつけて駆け回り、山を登り、装備に慣れると共に体力をつけるのが目的のようで。


 場所運が悪かったなぁ、と思う。少年よ、その好奇心が、猫を殺すかもしれない。



「あの若武者くんの具足は大鎧だねー。後年の、いわゆる当世具足とは違って『用と美』をとにかく意識した工芸技法が特徴だね。だって大鎧は最上の、もっとも正しい具足という位置づけだから。両肩の大袖おおそでが格好良いにゃー。ちゃんと騎馬戦を考えて栴檀板せんだんのいた鳩尾板きゅうびのいたとかついてるね。草摺くさずりはもちろん四間。うーむむ。いかにも、鎌倉武士って感じ。兜をつけていないのは何か理由はあるのかにゃー?」


「お、お詳しいのですね……」

「たまたま知識が合致しただけにゃ。それより、彼はこれから災難に堕ちるぅ」



 私はほくそ笑んだ。きっとそれは、獲物を見つめる捕食者の笑みになっている。



「10分もしないうちに、私たちの美味しい糧になると思うよ」

「……はい」



 でもそこまで鎌倉武士っぽいのに、ダンジョン内なので馬はともかくとして、どうして弓と槍を装備していないのか? メイン武器なしで戦うつもりなのか。


 太刀なんて戦闘の役に立たない。異世界だから、考え方が違うのかもしれないけれど。鎌倉時代の武士のメイン武器は弓と槍。理由はリーチが取れるから。


 実際戦闘の観点からすれば、刀剣類なんてただのファッションでしかない。



「あっ、いきなりダイアーウルフのパック集団と出くわしちゃった」

「これはダメですねー」

「ダメだねー」



 ダイアーウルフは12頭編成のパックだった。多勢に無勢。瞬殺確定かな……。



「と、思ったら意外と善戦しているー」

「壁を背に戦っていますね。あと、範囲の炎魔法の使い方がそこそこ上手です」

「うんー」



 某クソたわけ式ダンジョンゲームウィザードリィでは、侍は戦士の能力に加えてレベル3から魔術師のスキルを覚えていったのだが。確かに小器用に戦ってはいる。善戦、と評しても過言ではない。が、所詮は単独。多勢に無勢。私のウルフはそんなに甘くない。



「あー、ダメにゃ。連携で首筋咬まれちゃった」

「ご飯が出来上がりましたね」

「ふーむむ。転送されるはずだから、そっちに行こっか」

「はい」



 私たちはダンジョンコアを使って収容所へと向かう。

 さっそく侵入者が来るとは思ってもなかったため、紹介が遅れてしまった施設。


 それは収容所。


 


 何をするところかというと、この部屋にはいわゆる強制睡眠と思考力剥奪と詠唱魔力霧散と超回復効果を持たせた寝台を複数用意して、そうして戦闘不能になった侵入者たちを保護するためのものなのだった。ご飯を殺すつもりなんてないからね。


 この寝台に横になっている限り、たとえ身体を欠損しようが心臓を握り潰されようが、どんな致命傷でも死ぬことは許されずに回復していき、いずれは全快する。


 それで、ここからが肝心で、侵入者が回復無力化している間に。



「いただきまーす」



 血をいただく。殺しはしないけど、ペナルティーはしっかり受けてもらう。


 もちろん公爵家令嬢たる私は、この可哀そうな少年に咬みついたりはしない。

 彼の手首に手を添えて、指を埋没。手首の血管から指を通して吸血する。


 吸血鬼の文化には想い人同士の吸血鬼がカプカプ咬み合う愛情交歓というものがあり、昔はともかく近年では咬みついての吸血は性行為に近いモノと扱われている。


 現代の吸血鬼は、グラスに注いで飲む以外、基本口からの血食はしない。


 まあ、そうは言ってもいざとなれば牙を剥いてガブーッ、ではあるけれど。



「……うん、ごちそうさま。セラーナも、食べて食べて」



 若い男の血は美味しいね。あと、彼は童貞だったらしく、血にまろみがあった。


 ノスフェラトゥ領内の吸血鬼はパパ氏より無料で血液配布がなされている。


 だけどたまには天然モノが飲みたくなる時もある。

 パパ氏の用意する奇跡の人造血も濃厚で、とても良いものだ。

 それでも、吸血鬼としての本能なのか、なまの人の血を啜りたくなるのだった。


 そんなときは、合法的に売血所から血を購入すればよい。結構お高いよ。あとは正当な理由で人族と戦って勝利して、ちょっと血を貰ったり。今回みたいにね。



「では、ワタクシもいただきます」



 セラーナも彼の手首に手を添えて吸血を始める。


 私の血食量は精々100ccくらい。大人女性のセラーナなら200ccくらい。

 とはいえ吸血鬼だからって毎日血を必要とするわけではない。


 ただ、血食だけで済ませるならその倍くらい飲む場合がある。吸血鬼は種族の通り食事には血を必要とするが、別に他のモノは一切口にできないわけではない。


 私は血食だけでなく、他のモノも食べたい派だった。



「この子の血、凄く美味しいねー」

「彼は童貞でございますね。血潮に深い滋味を感じます」



 気に入ったらしく、セラーナは少し多めに吸血したようだった。


 余談になるが、人などから直接吸血すると、私たち吸血鬼は第二要素のエナジードレイン効果を任意で発動できた。


 エナジードレインでお手軽レベルアップ。


 より原初の吸血鬼に近いほど効果の恩恵は大きく、私なら4レベルのエナジードレインを。セラーナなら1レベルのそれを得られる。


 注意点。 

 調子に乗って吸い過ぎて、レベル以上をドレインすると対象がロストする。

 この少年のレベルは35。

 某クソたわけ式ダンジョンゲームのレベル概念とはまるで違うので、念のため。

 この世界では人類は基本的に150レベルまで上げられて、限界突破の試練をパスすれば最終レベル限界は1500まで引き上げられる――そんな人、滅多にいないけど。


 そんなこんなで二人して計5レベル分のエナドリをしたわけで。



「後はこのまま寝かせておいて、傷が癒えて目覚める直前に外にポイなの」

「お嬢様。念のため、彼の身ぐるみを剥いでおきませんか?」


「……にゃあー? それも、いいかも?」

「というわけで、このままスキルで収納しましょう」


「取り過ぎてふんどしまで剥いじゃダメよ。おちんちん丸出しは可哀そうだし」


「うふふ、お嬢様のおませさん」

「違うよー、そういうのじゃなくてー」

「うふふ」



 ホント、そういうつもりはなくて。まあ興味ないとは言わないけど。

 私たちは殺伐としているようで意外と朗らかに、侵入者の後処理を行なった。




【お願い】

 作者のモチベは星の数で決まります。

 可能でしたら是非、星を置いて行ってくださればと。

 どうぞよろしくお願いします。

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