第19話 パパ氏、愛娘の安否に肝を冷やす。後編

「バートリー、カイン。二人ともカミラの現状を聞いてやって来たのであるな」

「ええ、あなた。なんでも前触れなく消えたとか……」

「こんなことなら、ぼくがカミラの傍にいてあげればよかった……」



 妻と息子も事態を聞き及んだらしく、カミラの部屋にやってきていた。

 当然ながら二人とも相当にちょっとショックを受けている。


 が、ここで悲嘆に暮れても何も解決しない。奮起して動かねば。


 なのでワシらはその日担当していた、他のお付きメイドたちからも事情聴取した。

 が、一律、同じ回答だった。つまり何もわからないということ。


 と、そのとき。無反応だった指輪に反応が表れた。中空に文字が浮かび上がる。


『北緯34.4度、東経107.2度』


 ――うげえええっ!? と素っ頓狂な声を出しかけて思わず手で口を抑えた。


 ちなみに子午線は魔国準拠。こんなものは先に設定したもの勝ちなのだった。

 いわんや、基本線はスレイミーザ帝国、魔帝陛下のおわす大迷宮にして城である。


 東経107.2度とは、つまり。この場所は東経では、僅か2度ほどであって……。

 緯度はこちらは50度近くのため、34.4度という数値を踏まえると。


 ……有り得ぬ。しかし現実である。約8500キロの遠方に、娘はいると?


 なるほど、座標がすぐに出てこぬわけだ。いくらなんでも遠すぎる。


 場所は、扶桑皇国か。あの、武士と名乗る首狩り族の国。修羅の国とも言うが。


 ……マジかよ。思わず、素の言葉が出た。いや、マジであるか!?


 今一度、今度は精査モードに変更しておく。

 ジリジリと待つ。遠方ゆえに、座標送信出力を貯める時間を必要とする。


 大体1時間ほど待って、やっと受信魔道具に反応が表れた。どうやら受信機に表示が表れるのは、本来なら5分ごとのところが約1時間のスパンになるらしい。


『北緯34.4253度、東経107.2775度』


 メートル単位まで細かく表してみた。センチ単位までも出来るがそこまでしない。



「マジで、あるか」

「そ、そのようですね、あなた……」

「カミラ……そんな遠くに、どうして……」



 悲嘆に暮れている場合ではないが、それでも動揺しないわけがない。

 大事なわが子が、お付きメイドが傍に控えているとはいえ、無情なほど遠方に。



「……迎えに行く。ワシ、カミラを今すぐ迎えに行く」


「あなた、気持ちはわかりますが、転移は最大で行くとしても9回。最初こそ転移能力所持者に任せるとしても稼げる距離は数百キロ。魔法陣、増幅の魔道具を使ってもそう変わらないでしょう。そこからあなたが転移を続けるとして、しかし一度の転移で最大距離を飛ぶのは魔力枯渇の恐れがあり、そもそも休息を摂るにしても数日は棺で眠る必要が出てきます。帝国内ならまだしも、他国でそれは危険すぎましょう」


「ならば、どうせよと」

「魔帝陛下に協力をお願いしてはいかがでしょうか。あのお方なら、きっと」


「むう、陛下にか。あのお方に借りを作るのは高い買い物になるが……いや、わが娘を想えば些細な問題である。あいわかった。緊急の謁見の申請を。登城しよう」



 とたん、慌ただしくなってきた。右往左往する使用人たち。

 正直好きではないが、貴族には、作法と見栄と矜持が常につきまとう。

 端的に言えば、支配者層は支配者層らしく、何時でも体裁を整える必要がある。



「――父上ッ、母上ッ! 今しばらくお待ちくださいっ」

「うむ? カイン、どうしたであるか?」

「その、受信魔道具の様子が、ど、どうもおかしいのですっ」

「……ふむ!?」



 飛空馬車の用意ができたと執事長の報告が来た時だった。

 息子のカインはずっとカミラの座標を示す受信魔道具を注視していたのだが。


 見れば、指輪がカタカタ震えていた。こんなことがあるのだろうか。


 と、そのとき。このような表示が中空に浮かび上がった。


『北緯34.4253度、東経107.2775度。

 カミラ セラーナ ブジ キカンノタメ ダンジョン コウチク

 マリョクヲタメ テンイゲート サクセイヨテイ シンパイシナイデ』



「なんと、文字が付随されている? カミラからの連絡か! カミラ、セラーナ、無事。帰還のためダンジョンを構築……えっ、ダンジョン構築? ど、どういうことであるか? いや、続きを。魔力を貯め、転移ゲートを作成予定。心配しないで……」



 いや、心配だよ。パパはカミラが心配過ぎて心臓がバクバク言ってるよ!

 文章自体は短いのに、情報量が多すぎて大混乱であるぞ!?


 どうやらカミラは魔道具のメンテナンスモードから表示項目に介入、これを通して連絡を寄越してきたらしい。さすがはわが娘、思ってもみないことを平気でやってくれる。なるほど天才か。ああダメだ、そうじゃない。浮かれる場合じゃない。


 カミラが天才児なのは、前々から知っている。


 いわんや、生まれて半年にして数種類の変怪を使いこなし、しかも創造ならぬ想像魔法にて新しい魔法を次々生み出すのだ。会話は幼きゆえ呂律がまだ回らぬが、深い思考に基づいての意思疎通ができる。もはや、天才と言わずしてどうするのか。 


 それにしてもダンジョンを構築するとは。

 つまりは、ダンジョンコアを作り出したということだった。


 龍脈溜まりによる自然発生ではなく、あのような奇跡の具現体を任意に創り出せるのは、われらが魔帝陛下くらいだと思っていたが……。


 可愛いわが娘がダンジョンマスターになりました。


 ……まるで三流読み捨て小説のタイトル。


 にしてもこれは、カミラの嫁ぎ先が9割方決まったようなものではないか。

 あの子の未来の夫は、魔帝陛下。

 パパは寂しいのである。せめて5000年くらいは一緒にいたい。


 いやそれよりも、魔帝陛下に緊急の謁見申し込みの先触れを出してしまったぞ。


 これは、どういう風に言上すれば良いものか。

 下手したら速攻で嫁ぎ先が決まりそうで『嫌』なのだ。


 どうかして上手く言いくるめないと。現在の娘の状況も心配だが未来の娘の状況も心配になってきた。魔帝陛下のお気に入りになっては、パパ、困る。


 なんせあのお方、若干ロリコンの気があるというか。


 悩みが怒涛のように押し寄せてきて百面相を取っていると、バートリーがバシンとワシ背を叩いた。シャキッと背筋が伸びる。気合注入である。生前は元聖女の妻はこういうときこそ非常に頼れる女となる。賢妻良母、さすが愛する妻である。



「では行ってくる。陛下には上手く誤魔化し……いや、言いくるめてこようぞ」

「はい、あなた。カミラを陛下の元へなどさせませぬよう」


「ストレート過ぎて、ワシとしては逆に困惑してしまうのであるが……」


「父上、行ってらっしゃいませ。カミラを、妹を、どうか」

「うむ。妹ができてからとうもの、明らかにそなたの成長が見られて嬉しいぞ」



 ワシは表情を引き締めて、準備のできた飛行馬車へ乗り込んで帝城へと向かった。




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 可能でしたら是非、星を置いて行ってくださればと。

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