第18話 パパ氏、愛娘の安否に肝を冷やす。前編
本日も月夜の闇が冴え冴えと広がって良い天気である。
至高なる魔帝、スレイミーザ三世陛下の治める魔国スレイミーザ。その数ある領地の代表格。ノスフェラトゥ公爵領、領都中心部、ブルーローズガーデン城。
最上階執務室にて、ワシは書類仕事に勤しんでいた。
ああ、うむ。ワシはアレである。
ノスフェラトゥ領の主、ヴラド・ツェペシュ・ノスフェラトゥ公爵である。
にしても、相も変わらず書類仕事とは面倒なのである。
こんなもの早く終わらせて、愛娘のカミラとたくさん遊びたいのである。
今日は何をして遊ぼうか。変怪して追いかけっこなど良いかもしれぬなあ。ふふ。
ワシは可愛いわが子を想ってほくそ笑む。
ときに、息子のカインは、妻のバートリーにべったりでワシ的には少し寂しい。
パパンに甘えてきても良いのだよ? お前もワシの可愛い子供なのだから。
それにつけても。はぁー。繰り言になるが、書類仕事は面倒なのである……。
――そのときだった。
「い、一大事でございます!」
ドドドドドッと凄まじい勢いの5連が扉を打ち、メイドが一人、駆け込んできた。
ちなみに5回のノックは、緊急事態を指す符牒である。
このときだけは例外的に部屋主たるワシの許可を得ぬまま入室しても良い。
「うむ、どうしたであるか?」
「かっ、かっ、カミラお嬢様がっ、消えました!」
ヒュッ、と思わず喉を鳴らしかけてグッと堪える。公爵という立場上、いかなるときでも平静さを保つよう訓練している。たとえそれが表面上だけであっても。
「……落ち着いて、一気にしゃべらず、ゆっくりと状況を話すのである」
「セラーナ主任メイドがカミラお嬢様のために絵本朗読を始めようとした矢先――」
「うむ」
「そのとき主任は、カミラお嬢様の求めに応じて抱っこされていたのですが、突如、すーっとお嬢様のお姿が透明になりまして」
「うむ」
「そうすると、二人とも、フッと消えてしまわれました!」
「……むぅ。まさに面妖なるや。よろしい、執務はこれで終了するのである」
「公爵様……ど、どうすれば……」
「落ち着くのである。そう、おちけつ。いや、落ち着くのである」
「はい……」
口ではそう言ったが、落ち着いていられようか。可愛いわが娘が行方不明である!
だが立場上、なんとか鉄面皮を保つ。胸の内は大嵐状態なのは言うまでもない。
本当に、胸中では吹きすさぶ嵐の中、正気と狂気が戦いを始めつつある。
おちけつ、ワシ。いや、落ち着け、ワシ! そんなことでは娘が。
まず、これだけの報告では何もわからない。欲するのは情報である。
ワシは執務室に駆け込んできたメイドをソファーに座らせ、温かい飲み物を持たせてから改めて詳しい話を聞き出そうとした。
が、最初に彼女がもたらした以上の内容は聞き出せなかった。
念の為、まとめておこう。
カミラ専属のメイド、セラーナが我が娘のために絵本を読み聞かせようとした。
絵本のタイトルは『
男の子が好みそうな冒険絵本だった。聞けばなんと12巻構成であるらしい。
セラーナはカミラの求めに応じ、彼女を膝上に抱っこした。
そうやって絵本を読み聞かせるつもりだったらしい。
が、突如、カミラの姿が透明化。
慌てたセラーナはわが娘を抱き止めようとして、娘と一緒に消え去った。
一つ、思いつく出来事がある。
以前、魔苦死異無なる文字通り世界を跨ぐ盗賊が眷属の城で大暴れした際、討伐に向かったワシのテレポートに図らずもカミラは巻き込まれた事件があった。
正直、魔苦死異無如何よりも、テレポートの一件のほうが重大事であった。
実はアレは、ワシのテレポートに巻き込まれたのではなく、娘自身の転移能力であると後々調べてみて分かったのだった。というのも、空間と空間を繋いだ際に生じる重力子の波形がワシのそれと似てはいるが、若干、形が異なっていたためだった。
訳の分からぬことを言っていると思われるのも業腹なので端的に書くと。
テレポートは人それぞれに、特徴的な癖というものが絶対に出てくるのだった。
いわば、指紋のようなものである。
転移系の犯罪を追跡する研究課程で発見された事柄でもある。
犯行現場なり対象人物を定めて調べるなりすると、この残滓が必ず残っていて、それを精査すると判明する。ちなみに転移系を扱う者は数少ないので特定率は高い。
しかして、娘のカミラはテレポートなど使った覚えがないという。
無自覚での転移現象か。これは中々にレアケースだった。
発動のトリガーは何か? 外的因子? 内的因子? あるいは両方?
うむ、厄介な現象よ。謎が謎を呼ぶ。
個人的には、あの子の想像魔法が一役買っている気がしないでもない。
余談。転移系で思い出したが、量子テレポートは絶対にやめたほうがいい。
以上、メイドからの事情聴取だった。何はともあれ現状把握。次は行動に移る。
ワシは右手ひとさし指にはめた指輪を抜き取った。
この指輪は娘の指輪とワンセットになった、特殊な魔道具である。
機能は、娘の居場所を星の座標で教えてくれること。対迷子捜索用魔道具である。
「……うむ? これは、どうしたものか」
本来なら送信側の魔道具より装着者――娘の現在座標が送られてくるはずだが。
反応がない。うんともすんとも言わぬ。はて、一体?
経度緯度表示が『――――、――――』とだけ表わされて数値が出てこない。
機能、していない? どういうことだ? 壊れたわけではなさそうだが。
「まさか、ジャミング……であるか?」
いや、機能は正常に働いているはず。となれば、考えられるのは。
「よもや、とんでもなく遠方にいると……? 出力が足りなくて送信側が必要出力を貯める必要があるほどに……? そんな、まさか? 転移はワシでも最大1000キロが限度。ならば念のためと半径1500キロをカバーするよう設計したのだが……」
うーむ、と唸るワシ。
「……現状では埒が明かぬな。ならば次である。娘の部屋へ向かおう」
ワシは報告にやって来たメイドを連れて、娘の部屋へと向かった……。
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可能でしたら是非、星を置いて行ってくださればと。
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