すかしっ屁探偵 後編
「おいミズキ、手鏡はいつも持ち歩いてるのか?」
「え、え…!?」
犯人探しにつながるとは思えない質問を突然されたからか、ミズキは驚いたようにタンテイの顔をうかがう。
「おい、タンテイ…、話を逸らすなよ」
それはヘイスケも同じようで、タンテイに対して訝しむようにそう告げる。
「話を逸らしているように聞こえるかもしれない…、いや、実際それは事実なんだが、今はこの質問に答えてくれないか、ミズキ?」
「で、でも、そんなの今じゃなくても…」
「どうした?何も回答が難しい質問をしているわけじゃないんだ。それとも、答えられない理由でもあるのか?」
「…い、いつも持ち歩いてるよ…。そ、それがどうしたってのさ!」
「ふーん…」
何か一つ納得したような声を漏らしたタンテイは、それからすぐに次の質問をし始めた。
「ところでミズキ、お前の髪ってすごいサラサラだよな。もしかして、トリートメントでも使ってるのか?」
「え、え!?なんでまた急に僕の髪の話なんか…」
「なんだか、俺ら完全に置いてけぼりにされてるな」
「マジでタンテイが何してんのかわからん…」
ヘイスケとマサトは2人してそうこぼす。
しかし、タンテイはそんなことをお構いなしにミズキの髪を手櫛で梳きながら話を続けていく。
「前から気になってたんだよ、お前の髪。なんの手入れもなしじゃあこんなにサラサラにはならないだろうから、何かトリートメントとか使ってんのかなって」
「え、えーと…」
タンテイに訳のわからない質問をされ続けるミズキは、助けを求めるようにヘイスケとマサトの方に視線を回す。
しばらくの沈黙ののち、今度はミズキが二人に質問を投げかけた。
「ね、ねえ、二人はトリートメントとかって使ってたりするの…?」
「み、ミズキまでどうしちまったんだよ!」
「つーか、とりーとめんとって何だ?」
普段特に髪に気を遣ってないのか、マサトはそんな質問をする。
「まあ、簡単に言えば髪の状態をよくするためのものだ」
「いやあ、俺そんなの使ったことねえや。いっつもシャンプーだけで済ませてるぜ」
「俺もそんなの使わねえな。髪サラサラになりたいとか思わねえし」
どうやらヘイスケとマサトはトリートメントを使っていないらしい。
その情報を欲しがっていたミズキは、何か自分の中で考えをまとめるように額に手を当てた後、顔を俯かせながらタンテイの質問に答える。
「ぼ、僕もトリートメントなんて使ってないかな…。こんなにサラサラだけど、い、一応地毛なんだよね…」
「ふーん、何も手入れしなくてこの髪か…。…お前、本当は女子なんじゃないか?」
「え、えええええ!?な、なんで!?」
突然の的外れな発言に戸惑うかのように、ミズキは驚きの声を上げる。しかし、逆になぜミズキが驚いたのか戸惑うようにタンテイは発言を続ける。
「いや、冗談のつもりで言ったんだが…」
「じょ、冗談…?」
「タンテイ、さすがに今の冗談はどうかと思うぞ…。ミズキも驚きすぎっちゃ驚き過ぎだが」
タンテイの冗談によってさらに状況が混乱に陥り、全員が戸惑っているという状況が出来上がってしまった。
が、タンテイはその状況の中、すっと表情を変え、まるでさっきの冗談が冗談であったかのように平然と、そして、反論の隙も与えないように長々とそれを語り始めた。
「…ミズキ、やはりお前は本当は男じゃなくて女のようだな。さっきの一連の会話で確信したよ。
まあ、この確信に至るまでの根拠について、一から話すことにしようか。
まず、ミズキは俺が最初についた嘘、つまり『日本人は隠し事をしているときに鼻の頭が赤くなる』という嘘に騙され、ポケットから手鏡を出していた。
非常に細かいことなんだが、その時俺は一般的な小学生男子のポケットから手鏡が出てくるとは、どういうことなんだ?という疑問が脳内を占拠した。普通、男子小学生なんかが身だしなみに気を付けるとは思えないからな。
その疑問について考えていると、そこでさらに引っかかることがあったことに気づいた。
ミズキはこの一連のすかしっ屁騒動の間、『屁』だとか『おなら』というワード、まあつまり汚い言葉(下ネタ)ってのを一切使っていなかったんだ。
まあこれに関しては親の教育とかってのも関わってくるのかもしれないが、普通健康的な男子小学生が下ネタを毛嫌うように避けるってのは考えにくい。
この二つの根拠からたどり着いた一つの仮説に『ミズキは本当は女なんじゃないのか』というのがあった。この一見バカげた推論を確かめるために、さっきの質問『トリートメントとか使ってるのか?』が関わってくるんだ。
まあ正直この質問の答えは、イエスでもノーでもどっちでもよかった。この質問の意図は、答えるまでの過程にあったんだ。トリートメント使ってるかどうかで男と女なんて見分けられるわけないしな。
なら答えるまでの過程で何がわかるのか、これを説明するにはまずミズキが女であることを仮定しなくてはならない。
もしミズキが女だったらこの質問に対してどういう行動をとるか。当然、ミズキ自身、理由は不明だが女であることを隠して男を演じている以上、男としてより一般的な方の回答をしたいわけだ。変に疑われたくないからな。
しかし、トリートメントの話なんてそうそう友達同士でさえ話すことは無い。となると、男にとってトリートメントを使うのが一般的なのかをミズキは知らない状況だってことだ。
男を演じるために必要な情報が足りないとなると、その場で収集するほかなくなる。それがミズキがヘイスケとマサトに対してとった行動およびその質問である『二人はトリートメントとかって使ってたりするの…?』につながるわけだ。
ここまで根拠があれば、もはや疑いようはない。ミズキ、お前、本当は女なんだろう?」
「…ぐ、ぐぅ…」
ミズキは否定とも肯定とも受け取れるうめき声をあげるほかなかった。
「ちょ、ちょっと待て。ミズキが…女だって!?」
「で、でも、まだ信じられないっていうか…」
無理もないが、唐突に告げられた衝撃的で、突発的な推論をヘイスケとマサトは受け入れることができていなかった。
それに対して、タンテイは冷静に答える。
「言葉だけじゃ信じられないのも無理はない。それなら、触って確かめてみれば済むだけの話だ」
そう言いながらタンテイの手はミズキの股間に向かって伸びていき、もう少しで触れそうというところまで来たところで___
「わ、分かったよ!認めるよ、僕が女だってこと!今まで黙ってたけど、実は僕は女なんだ!い、今まで黙っててほんとにごめん!」
こんな剣幕でまくしたてられれば、もはや信じるほかないだろう。
ヘイスケとマサトは、この事実を前にして完全に興味がシフトしたのか、次々とミズキに質問を投げかけていく。
「お、おい、なんで今まで黙ってたんだ?」
「そもそも、なんで男の振りなんてしてたんだ?」
「ちょ、ちょっと二人とも落ち着いて!」
そんな三人を後目に、タンテイは事件を解決したかのような足取りで教室を後にする。
放課後、もはや生徒のほとんどが下校している静かな廊下にタンテイの足音だけが響く。夕日が作る窓の影は、もうすぐ夜が更けることを告げるようだった。
(しかし、危なかったな…。ミズキが本当に女かどうかってのは正直賭けだったし、すかしっ屁の話題から逸らすのもかなり粗が目立つやり方だった…。
やはり、人の興味を別の方向に移すには、興味が向いている事象よりさらに気になる事象を重ねるに限るな。
すかしっ屁の犯人探しが有耶無耶になっていなかったら、俺が屁をこいた犯人だってバレるのも時間の問題だっただろう。もし俺が屁をこいていたことを黙っていて、責任を逃れようとしていたことがバレたら、俺の沽券と信頼にかかわるからな…)
すかしっ屁探偵 レベルNデス @lv5death
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