あしらえの木

黒潮旗魚

第1話

11月の終わり、私は炎のようにあかあかと染る山中にいた。もみじの木も赤く色づき、葉はまるで赤子の手のひらのようだった。

私は山道をのんびり歩いていった。理由は特にない。美しい景色があったら行ってみたくなるのは人の本能だろう。周りにはスマホを片手に歩く人が数人いるだけの静かな参道だった。風がふくと、焚き火のように木々は優しく揺れた。さわさわと葉の擦れる音は、自然と私の心を穏やかにした。

私はこのまま山道を歩き、この山の頂上を目指すことにした。そこまで高い山では無いためゆっくり歩いても2時間ほどで着く計算だ。木の葉のカーペットは私が1歩歩く事に秋の歌を歌っている。

私は鼻歌交じりで歩き続けた。普段運動しないのですぐ疲れるかと思ったが、今日の私は調子が良くいくら歩いても息が切れることは無かった。

かれこれ1時間歩いた頃だった。頂上までもう少しのところで喉が渇いたので少し休憩をとることにした。カバンからペットボトルを取り出す。透明な水に紅葉の紅がうつり、紅茶のようだった。水を飲もうとした時、突然強い風が私の前をかすめた。秋の香りが風と共に流れ着いた。私はふと前を見た。すると紅い木々の中に1本、おかしなもみじがあった。染まっていない。周りが紅く染まっているのに、このもみじだけは綺麗な緑を保っているのだ。植物学的に珍しいものなのか一般人の私には分からないが、そんなことより私にはこのもみじの周り一帯が他より美しく見えて仕方がなかった。

「そこの方、このもみじが気になりますかい?」

急な声掛けに驚いた。声が聞こえた方向を見ると60代ほどの老人がたっていた。

「そうですね…。すみません、変な質問かも知れませんが、このもみじはなぜ染まらないか分かりませんか?」

私が問いかけると老人はにこりと笑って言った。

「染まらないのではなく、染まりたくないんですよ。」

「染まりたくない?」

変わった返答に私は老人の言葉をオウム返ししてしまった。老人は話を続けた。

「このもみじは争うことが嫌いでね、周りのもみじ達は私が1番綺麗に染まっているだの、私が美しく散っているだのずっと言ってるんでさ。だからこのもみじは別の方向で美しさを見せることにしたですよ。」

「別の方向?」

「あなたはお刺身は好きですかい?」

「はい、大好きですが…。」

「お刺身は大葉を使って彩りを出すでしょう。いわばあしらえってやつですわ。このもみじは、そのあしらえになろうって決めたんですよ。」

言われてみればと納得してしまった。ただ単純に白い器に赤いマグロがのせてあるだけではどこか物足りないものを感じる。しかし、1枚大葉をかませることでマグロの赤と大葉の緑が美しいコントラストを作り出し、その皿が1枚の芸術作品と言えるようになるのだ。この紅い山中でも同じことが言えるだろう。赤だけでは面白みがない。しかしこのもみじの周りだけは他より卓越した美しさがあった。

「面白い話ですね。」

私が言うと老人はまた優しく笑った。

「周りと同じような美しさを求めてもいいけど、周りとは合わせない、個人の個性を生かした美しさも時には必要なんですわ。」

そう言って老人はゆっくりと歩き始めた。

「では、道中お気をつけて。」

老人の言葉に私は軽く会釈を返した。目の前にある緑葉のもみじは、あの優しい笑顔をうかべる老人にどこか似ていた。

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あしらえの木 黒潮旗魚 @kurosiokajiki

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