大河ドラマ「徳川慶喜」感想(13)

第49話「無血開城」

この2ヶ月間親しんできた「徳川慶喜」の世界と離れるのが寂しく観るのもことさらに小刻みになっている。


このドラマは終盤になると「ドラマでは触れられなかったが」というアバンが頻出する。

こういうのも脚本家が作成するのかな?

尺が押せ押せでどうにもならんかった苦労がしのばれる。

最後の将軍の一代記(人生の4割まで)いよいよ閉幕。


ことさらに豪快ぶることもなく生真面目一方の山岡は、ステロタイプを脱していて〇。

このドラマの西郷はユーモアは一切なく(超然とした態度に周囲の人間がいきりたちそれがユーモアに繋がっているところはある)そんな二人の火花散らす掛け合いが緊迫感をかもす。

それを引き継ぐかのように、勝と西郷の問答も悠然とした所は一切なし。

英雄は英雄を知る、言葉無くして分かり合えるのだ!なーんて綺麗事ではなく、この勝は敗軍の代表としての立場を自覚しつつ、言葉と条理を尽くして成果をもぎとろうとする。

私はこういう描写の方が好きですね。


勝の辰五郎を巻き込んでの江戸焼き討ち計画も甲陽鎮撫隊もカットしつつパークスの介入や和宮の安危が鍵となったことなど触れるべきところは触れ、どんどんドラマはすすむくん。

仕方のないこととはいえ、ケイキさんの心情描写がほぼないのが残念。


水戸藩主徳川慶篤死去……彼もまた時代に弄された一人。

烈公の息子で慶喜の同父母兄なのだから、決して暗愚ではなかったとは思う。

しかし比較対象が強烈すぎるというのは差し置いても、この時代の水戸を鎮静化させるのは一国のかじ取りをするよりなお難しい。


天璋院「なぜわたくしが出てゆかねばならぬのじゃ!(怒&涙」

出番は多くはなかったが、この深津天璋院も強烈な存在感だったなあ。

明け渡しで空になった江戸城に入る西郷、将軍だけが座れる上段に足を踏み入れるのかと思ったがさすがにそれはなかった。


明け渡しと入れ違いに、水戸へ護送される慶喜。

安政の大獄の時と同じようにひげと月代を伸ばした姿で……慶喜がひげと月代をボウボウに伸ばして水戸に護送されるシーンなんてほとんどの幕末物はまず書かないからな。

「無責任男が京都で好き勝手やって幕府を潰した挙句逃げかえり、勝に後始末を全部押し付け楽隠居」という印象操作にもう必死。

とある政府の260年の悪政の責任をよそから来た青年が一身に負わされて、公共の敵認定され社会から追放される。

日本史史上最大の不条理劇、いよいよ閉幕へ。


本当は世界史を見渡しても、旧政府の権力者が、まだ戦える余力があるのに自発的に権力を返上した例なんてまずないと思う。

まして、権力を返上したのに戦争を起こされて、それでも戦わずに恭順を貫き罪人の汚名を引き受けた例においておや。


島津斉彬ってどの作品でも書物でも大賢者として書かれるけど、幕末政局の混乱の大半って、斉彬(雄藩連合主義者)が慶喜(幕府中心主義者)を思想調査すらせず神輿に担ごうとしたことからくるよね。

「神輿が一人で歩けるもんなら歩いてみいや!」

幕末後半の薩摩の慶喜への怒りって要するにこれ↑だし。

それで独立独歩を止められないとみるや戦争を起こして武力討伐。

西郷と大久保に至っては政治で全敗した私怨含みで、慶喜が非戦と恭順を発表した後も「コロセコロセー!!」の猛連呼。

マジかよ薩摩サイテーだな……史実です。


水戸に入り、弘道館で謹慎することになった慶喜。

本作の撮影では弘道館も実物を使用している。

弘道館には2回行ったからよく知ってる。

大河で本人出演はどだい不可能だけど、建物の実物使用というのもなかなかできることじゃない。


「貞芳院さま、御成りです」

嗚呼!

全人類必見、大河史上最も壮絶な3分半のシークエンスが始まるよ!


慶喜「このたびは朝敵の汚名をこうむり、誠に申し分けなく…」

貞芳院「そなたのことはこの母が良く存じています。そなたは徳川宗家を救ったのじゃ、そなたの他に誰ができましょう。よくやりました」

「外国と戦争になることもなく、この国が二手に分かれて争うこともなく、江戸の街も救ったではありませんか。そのための汚名なら、この母も喜んで御受けいたします。そなただけを朝敵には致しません。斉昭公も、きっとそなたを誇りに思うていうことでありましょう」


脚本家が慶喜にかけたかった言葉をそのまま慶喜母に言わせている感もあるが、この間のモックンの表情の変化がもう凄すぎるの。

最初はすーっと眼の上に涙が浮いてでもこぼれるほどではなく、しかし母の言葉を聞くうちに一気に表情がゆがんでいく。

もう、本木雅弘という役者が慶喜を演じているんじゃないんだよね。

慶喜が本木雅弘という役者の身体を借りで、現代の地上に顕現しているかのような。


慶喜は母と再会して慰められ、ようやく安息を得た…と言いたいけど、水戸の戦乱はここからが本番なんだよなあ。

慶喜が駿府に退去した後はおろか、会津戦争が終わった時期でもまだ内戦を続け、誇り高き維新の魁は大勢から外れてボロボロになって消滅してしまった。

一応官軍組になって賞典禄ももらってるんだけど、新政府に入れて出世できた人間はほとんどいないと思う。

会津の方がよっぽど多い。

内紛は外寇よりも恐ろしい一例。


私が大久保vs江藤で大久保の肩を持ちがちなのは大久保びいきだからというのもあるけど、そもそも水戸好きからくる肥前そのものへの反発が根底にある。

だってズルいよね?

幕末動乱期は何にもせず閉じこもっていて無傷、明治時代になったらぞろぞろ出てきて新政府の要職占めまくりとか……おっとこんな時間に誰か来たようだ。


さくらの顛末は哀しき。

これに関しては完全に水戸から連れ出した慶喜の責任を免れないけど、そういう滅びに向かう女、水戸の象徴でありさらに旧体制の象徴として描かれているのだ。

しかし幸吉が気の毒すぎてなあ……うめは、まあ、よかったねとしか。


その後は歴史の推移も大半のオリキャラのその後もすっ飛ばし、断髪姿のケイキさんが母や妻たちと記念写真、30年後天皇に拝謁して名誉復帰がかなったとだけのナレ復権。

その後の現代に至るまでの大きな歴史イベントの写真と映像が次々表示され、サリン事件で〆。

突っ込みどころはそりゃあるけど、総体で言えば、


 大 傑 作 で し た


とだけ、今は述べておく。

キャストとスタッフの皆さん、本当にありがとうございました。


羽山信樹氏の「流され者」は映画化の企画もあって、主演はwikiでは伊武雅刀、小説あとがきでは鹿賀丈史とも言われてるけど、壬生宗十郎の正確な実写版ビジュアルのイメージってこのモックン慶喜がまさにそのままなんだよなあ。

文庫版での表紙イラストもそっくり。

歴史小説家だから大河ドラマは欠かさず見ておられたはずで、羽山先生このドラマを観て何か思う所あったのでは……と思ったけど、お亡くなりになったのが1997年だからそれは不可能なことなのだった。

謹んでご冥福をお祈りいたします。

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