大河ドラマ「徳川慶喜」感想(4)

この「徳川慶喜」主人公の慶喜は、私にとり大河史上最も美しい主人公であるとともに、最も味わい深いユニークな主人公でもある。

洒脱で気さくなケイキさん、英邁な大政治家慶喜公、反幕派が恐れ憎む鵺のごとき一橋、父母や兄の前で見せる七郎麿の顔、全部入り。

特に「気さく」という点は重要だ。

それがなくてただ頭の良さを誇る嫌味なキャラだったら、火消しの親分と仲良しだった史実がわけわからんくなる。

でもそういう、ただ嫌味なだけの慶喜像ってほんと多いから……


そしてこのドラマの慶喜は近年私の中で膨張している慶喜のイメージとどんぴしゃりなのだ。

四賢侯をまとめて投げ飛ばし、明治の最強政治家・大久保利通をこてんぱんに叩きのめすモンスター。

お、大久保さんもまだ若かったから……慶喜は大久保より7つも年下で、四賢侯とは親子やそれに近いぐらい離れているのだが。


その盛りだくさんな脚本を演じ切るモックンの表現力。

13話でモックン慶喜が平岡に説教するシーンで、ほとんどまばたきしていないのが凄い。

プロの役者なら基本テクだったりするのだろうか?


もうずっと昔、このドラマの公式ムックを見たことがある。

公式のあの隷書体のような題字ではなく、書道をたしなむモックンの直筆で「徳川慶喜」と題字されており、雄渾堂々たる揮毫だった。

史実の慶喜公も書道が巧みであらせられましたからね。

慶喜公は写真や絵画など種々の作品をのこされたけど、その中で本当に芸術の名に値するのは書だと思う。


2009年から2011年の「坂の上の雲」では序盤は43才ぐらいで大学生を演じて違和感なかったからなあ。

篤姫も新選組!もこのモックン慶喜でよかったんじゃ……いや、人間には「心の目」という最強の武器がある!

幕末大河の慶喜は全部このモックンで!

「この人は大人物でこの人に反する連中がダメ人間なんですよ」オーラが凄すぎて世界観ぶち壊しになること請け合いだ。


本題に戻ると、第28話「上洛への道」では衣冠束帯姿の将軍後見職モックン慶喜が時折、有名な衣冠束帯正面写真の慶喜公に生き写しに見えて震える。

本人出演?……と思える配役は、実はこのドラマではほかにもいる。


その筆頭、杉良井伊直弼がびっくりするほど井伊直弼。

モックン慶喜以外に、この井伊だけで一見の価値あり大河ドラマ徳川慶喜。


同じそっくりさんの双璧が、畠中洋の松平容保。

顎が細くて目が大きい容姿をして甲冑をまとった姿は肖像写真から抜け出たかのごとし。


ただ坂東八十助の勝海舟はまるで肖像を逆張りしたかのように似ていないので(演技は良いです)完全に細部にまでこだわりぬいているとまではいえない。


しかしそれ以外にも鶴田真由の徳信院の異様なまでの色気と魅力、松島の危機感と美賀子の嫉妬に説得力がありすぎる。


肖像には似てない組だけど、江守徹の島津久光が好き。

ワガママですぐ苛ついて冷酷で、でも美声で威厳たっぷり。

「吉宗」の近松よりもずっといい味出してると思う、

西郷の渡辺徹とはダブル徹対決だな…この久光と西郷との問答シーンは爆笑必至の必見ものだ。

こういう、緊迫したシーンなのになんとも言えないユーモアがあるというのも本作の特徴で、またほかの大河には見られないところ。

ギャグではなくユーモア。

アメリカンジョークとブリティッシュユーモアの違いのような、上品で昔ながらで、さらに知的ななんとも言えないおかしみ。


モックン慶喜のまとうなんとも言えない春風駘蕩としたところが、彼の登場しないシーンでも余沢を及ぼしているというか。

さらに実母たる若尾文子貞芳院もかなりの不思議ちゃんキャラだしね。

もちろん、おかしみのかけらもない緊迫一辺倒のシーンも多いです。


しかし10年後の篤姫では、この慶喜最大の政敵が慶喜実父に、慶喜最重要の股肱が慶喜最大の政敵になるんだよな。

それを言いだしたらそれこそ、さらに10年後の西郷どんでは篤姫での14代将軍が15代将軍に、小松が大久保に転生してるわけだけど。


しかし褒め一辺倒というわけにもいかず、不満もある。


麦屋の人たちは横浜市鶴見区民なのになぜあんな東北弁もどきのような中途半端ななまりなのか?

神奈川県民ならやっぱり「~~じゃん」と言わないと。


じゃ、なくて。


平岡をプッシュしすぎて原をおざなりにしすぎ!

青天を衝けでもそんな感じだったらしいし……NHKの上層部には安藤信正の子孫がいてその遺訓が今でも生きてるとかなんですかね。だったらしょうがないけど。



〇1分でわかる慶応3年政局

原「上さま、お使い行ってきました。これお釣りです。あと西郷と大久保とかいうザコが性懲りもなくまた何か画策してたので、軽くボコっときました」

慶喜「お前は本当にお利口で優秀だね。旗本が何万人いようと役に立つのはお前だけだよ」

原「じゃあ、ごくつぶしの旗本連中をリストラしましょう」

慶喜「考えておこう」

西郷&大久保「くうぅ~~っ><。。。」

旗本「原の野郎ゆるせねえコロ助」

西郷&大久保「えっ?!」


~原斬殺~


慶喜「(すまぬ市之進……幕府はもうだめだ)大政を奉還するぞ」

西郷(か、勝てる……今なら勝てるぞ!!)



それ以外でもこのドラマは、原の事績を慶喜に移行しているところが目立つ。

徳川宗家相続と将軍就任を分けて慶喜の値を吊り上げる作戦は腹の発案だし、長州処分に関して慶喜がいう「長州への寛大は、罪ある者への寛大だ」は昔夢会筆記伝えるところの原の台詞……


あと平岡円四郎の人物像は、当の渋沢栄一が陸奥宗光と引き比べて、平岡を評するときは「陸奥宗光のような人」といい、陸奥を表するときは「平岡円四郎のような人」と言っているので、青天のチャキチャキの江戸っ子風の平岡よりは、この「徳川慶喜」の剛直で冷静な平岡の方が史実に誓いのだろうなと思う。


語っていけばきりがないけど、役者の魅力の粒ぞろいぶりにおいても宝石箱のようなドラマ、それが「徳川慶喜」なのです。

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