木守①

「お菓子がいっぱいになっちゃったわねえ」

 久子が竹本の菓子折を見て、おっとりとした口調で言った。澪が元気になったからだろう。表情と声に余裕があった。

「うん! すごいね! 食べ比べできるね!」

 少女がうれしそうに言うが、かの子のダメージは大きくなった。人間国宝級の職人が作った和菓子と比べないで欲しい。お願いだから、食べ比べなんて恐ろしいことをしないで欲しい。

 だが、その願いはかなわなかった。

「おじいちゃん、開けてもいい?」

「ああ。いいとも。澪ちゃんのために作ってきたんだから、たんと食べておくれ」

 トントン拍子に話が進み、澪が菓子折を開けた。開けてしまった。竹本和三郎の和菓子が姿を見せた。

 入っていたのは、小さな大福だった。かの子の作った草餅よりも、さらに一回りも二回りも小さい。いちごくらいの大きさだ。

「ちっちゃくって可愛い」

 澪が笑い出した。それくらい愛らしい大福だった。どことなく澪を思わせる形をしている。竹本のことだから、わざとそんなふうに作ったのかもしれない。

 その一方で、かの子は首を傾げていた。この和菓子を見たことがなかったのだ。竹本和菓子店には置いていない。

 自分が知らなかっただけだろうかとも思ったが、さすがに店員だったのだから商品は把握している。特に、竹本和三郎が考案した和菓子には注意を払っていた。

 すると、竹本がその疑問に答えるように言った。

「澪ちゃんのために新しく作ったんだよ」

 なんと、竹本和三郎の新作であった。日本中、いや、世界中の和菓子好きが、大金をはたいてでも食べたがるだろう。

(でも)

 かの子は首をひねった。名人の新作にしては、何と言おうか、ありきたりに見えたのだ。失礼を承知で言ってしまえば、ただの小さな大福である。さほど珍しいものではない。まあ、澪がよろこんでいるので、これでいいのか。

 そんなふうに納得していると、竹本が軽く手をたたいた。

「見てないで食べておくれ」

「うん! お姉ちゃんも食べよっ!」

 澪に誘われた。ありがたい誘いだ。和菓子職人の端くれとして、竹本和三郎の新作には興味があった。ありきたりの大福だろうと、勉強になるはずだ。

「いただきます」

 遠慮することなく、かの子は大福を手に取った。そして、今さら気づいた。すごく白い。

 大福は、あんが透けて見えることが多い。この皮の薄さなら、必ず見えるはずだ。しかし、中に入っているはずの小豆あずきが見えなかった。

(白あん?)

 苺大福という可能性もあるが、それにしては小さすぎる。いや、病人向けに苺を小さく切って作ったのかもしれない。白あんでくるむようにすれば、苺も透けて見えにくくなる。

 小さな苺大福。

 きっと、そうだ。苺ではなく、どうあんず、メロンなどをくるんでいるパターンもあり得るが、とにかく果物入りの大福に違いない。かの子は、見当をつけて手に取った大福を食べた。

 だが、違った。

「──え?」

 声が漏れた。不意打ちだ。この味は、驚きだ。大福に入っていたのは、小豆あんでも、ただの白あんでもなかった。苺でもない。葡萄でも杏でも、メロンでもなかった。

 果物を使ったという予想は外れていなかった。でも、まさか、を大福にするとは。

 自分には思いつかない。

 思いついたとしても、こんなふうに作る技術がない。果物をくるんだだけの、ただの小さな大福だと思った自分が恥ずかしい。

 お見舞いに来たことも忘れて、食べかけの大福を凝視していると、先に食べ終えた澪が声を上げた。

「これ、柿だよね? 柿のあんこが入っているんだよね?」

 少女は目を丸くしていた。食べたことのない味なのだろう。柿は柿でも、ただの柿ではなかった。

「その通りだよ、澪ちゃん。干し柿を使ったんだよ」

 竹本が、秘密を打ち明けるように答えた。それが、この可愛らしい大福の正体だった。

 干し柿入りの大福だ。


 和菓子の甘さは、干し柿をもって最上とする。


 古来、そんな教えがある。干し柿よりも甘くしてしまうと、和菓子の風味が損なわれるという意味だ。

「澪ちゃんは、干し柿が大好きなんだってね。おじいちゃんも大好きで、大福にしてみたんだよ」

 少女に話しかける竹本の声はやさしい。ちなみに、現代では甘柿ばかりが店に並んでいるが、古来、流通していたのは渋柿だ。甘柿はかまくら時代に突然変異種として登場したもので、それまではじゆくや干し柿にして食べられていた。

 さらに付け加えると、梅田家の畑にあるのも渋柿の木だ。久子と澪は、毎年のように干し柿を作っているという。

「干し柿をそのまま食べたほうが美味おいしいかもしれないけど、それじゃあ、おじいちゃんの腕の見せどころがなくなっちゃうからね」

 冗談めかして、竹本は言った。そのまま食べたほうが美味しいという言葉は、もちろんけんそんだ。干し柿をただ包むのではなく、白あんと練り合わせる。そうすることによって、干し柿の甘さが十分にかされている。

 本当に美味しい。そして、見た目も美しい。味わえば味わうほど、見れば見るほど、竹本の技術の高さを感じる。

 干し柿あんの大福をしみじみと味わっていると、竹本が何の前触れもなくつぶやいた。


まもり


 またしても不意打ちだった。

 驚きのあまり声が出そうになり、慌てて口を押さえた。竹本が、柿の木のあやかしを知っていると思ったのだ。

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