烏羽玉②
五分もしないうちに、天丸と地丸が戻ってきた。
それぞれが、くろまるとしぐれをくわえている。
ただ、ふたりは子犬ほど大人しくはない。白犬と黒犬から逃げることはできないようだが、口は達者なままだ。
「天丸と地丸を使うとは、
「かの子の手先になるなんて、わたくし、信じられませんわっ!」
犬にくわえられた格好のまま抗議する。その姿はユーモラスで可愛らしいが、笑ってはいけない場面だろう。
「悪かった」
朔が、くろまるとしぐれに頭を下げた。それから改まった口調になり、ふたりに頼んだ。
「かの子が、おまえらのために和菓子を作った。味を見てやってくれ」
鎮守が頭を下げたのだから、眷属は聞くしかない。
「……御意にございます」
「……分かったわよ」
渋々といった様子を隠そうとしないが、それでも、ふたりは首を縦に振った。かの子の和菓子を食べると言ってくれた。
頷いたのが合図だったかのように、天丸と地丸がふたりを離した。くろまるとしぐれが、どさりと地面に落ちた。妖と幽霊なのに、痛そうな顔をしている。
朔は、眷属ふたりから式神二頭に視線を移した。
「ご苦労だったな。あとは休んでいていい」
「わんっ!」
「わんっ!」
一方、くろまるは不機嫌だった。地面から起き上がり、苦虫を嚙み潰したような顔で言った。
「我に味見させるのなら、早く菓子を出してくだされ。さっさと終わらせとうございますぞ」
天丸と地丸に無理やり連れて来られたのだから当然だけど、いかにも嫌そうだ。こっちを見ようとさえしない。
朔はそんなくろまるの態度に慣れているのか、何事もなかったように話を進める。
「いい月が出ている。ここで食べるといい」
「ここ?」
「そうだ。店前だ」
朱色の
そう思っていると、もう一つ、幸せが飛んできた。朔が言葉を続けたのだった。
「おれも食べていいか?」
「は、はい。御堂さんに食べていただけるなんて──」
光栄ですと言おうとしたとき、美しい鎮守が口を挟んだ。
「朔だ」
「──え?」
「下の名前で呼んでくれ」
「……はい。朔さん」
恥ずかしかった。でも、うれしかった。彼の名前を呼んだだけで胸が苦しくなった。顔が熱くなる。
頰を赤らめていると、くろまるの投げやりな声が割り込んできた。
「何でもよろしゅうございますぞ」
一瞬、心の中をのぞかれたのかと思ったが、「ここで食べるといい」と言った朔の言葉への返事だった。
「わんっ!」
「わんっ!」
天丸と地丸が、くろまるを
そう言えば、朔に頭を
○
くろまるは、気分が悪かった。やっていられない気持ちだ。小娘の作った和菓子など食べたくなかった。
そう思っていることくらい分かっているだろうに、朔は話を進める。
「まずは、くろまるに食べてもらうといい」
「はい」
かの子は
「茶番でございますな」
声に出して言ってやった。心の底から、うんざりしていた。馬鹿らしいにも、ほどがある。人間の作った和菓子が、自分のような大
「我は、烏
黒猫は主張する。烏天狗は、
時代の波にもまれ、
「若の物好きには、困ったものでございますぞ」
大きくため息をついた。朔は仕えるに値する立派な鎮守だが、小娘に肩入れしているのは納得できない。店を任せた上に、神社に置いてやるなど言語道断だ。御堂神社はそんなに軽い場所ではない。
まあ、あえて意を
「側室にするつもりでございましょうかな」
今度は、声に出さず
地味な小娘にしか見えないが、
それに、とくろまるは思慮深く考える。御堂神社の主である朔には、血筋を絶やさないようにする義務がある。
だとすると、頭から反対するのはよくない。かの子を受け入れて、側室としてお育てするのが家令の役割ではなかろうか?
考え込んでいると、かの子が戻ってきた。
「くろまるさんのために作ったお菓子です」
漆塗りの銘々皿を縁台に置いた。皿には懐紙が敷いてあり、その上に、何かが載せてあった。くろまるの目が、その何かに吸い寄せられた。
「宝石でございますか?」
呟くように問うた。他の何物にも見えなかったのだ。漆塗りの銘々皿の上で、月光を受けて
「宝石ではない。かの子が作った和菓子だ」
返事をしたのは、朔だった。さっきからずっと保護者のような口振りで話している。くろまるの予想した通り、かの子に気があるのだろう。
そのかの子を見ると、朔の気持ちに気づいていないようだった。朔を見もせず、うつむいている。頰が赤いのは、風邪でも引いたのかもしれない。
人間は弱い生き物だから、すぐに病気になる。くろまるの脳裏には、身体を壊した女性の姿が浮かんでいた。かの子の知らない人間の女だ。
また、ご苦労なことに、恋の病というものまであるらしい。よく知らぬが、医者でも温泉でも治せない難病だと聞いた。朔も、それにかかってしまったようだ。
病人は、懲り懲りだ。病がひどくなる前に、どうにかしなければならない。
(仕方ありませぬな。我の力でまとめますぞっ!)
誰に頼まれたわけでもないのに、朔とかの子の仲を取り持つと決心したのだった。
くろまるの思慮深い考えに気づくことなく、朔はさらに話を進める。
「かの子、この和菓子の正体を教えてやれ」
「は……はい」
そう返事をし、くろまるに向き直った。
「
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