第29話「英雄譚を聞く」

 翌日も日が高くなり、目も覚めてきたところでベッドから起き上がった。窓を開けるとさわやかな風が入ってきたのだが、お世辞にも風景はさわやかとは言いがたかった。魔物の大量の死体が風化しながら残っており、オークの肉を解体しているであろう人もいた。


 オーガは死体を記念にと遠目に見ても分かる討伐記念碑の下に埋めていた。大きく『我町の脅威討伐記念」と彫り込んだ石の元に埋めているのでそうだと一目で分かった。


「眩しいですよぅ……ソル、まだ朝でしょう?」


「もう昼だよ、夜のことを忘れたのか?」


 ジャンヌも昨日の殲滅戦を思い出したようで窓の外を眺めて深呼吸をしていた。


「魔物もアレだけ倒されるとスッキリしますね!」


「昨日のアレがよくあるとは考えたくないな……」


「お! ソルはゴア描写が苦手なタイプですか?」


「得意なやつなんていないだろう……」


 なんでゴア描写なんて言う表現が翻訳出来るんだ……?


『ああ昔私のお下がりのゲーム機をあげたここの担当がホラーゲームを楽しみましてね~』

『あ、もういいです、大体分かりました』


 神様間の事情のようだ。確かにゴア描写という表現ってゲームから有名になった感があるもんな。そんなところを学習しなくてもいいだろうに……なんとなくAIにおける過学習という言葉が思い浮かんだ。


「ソル! 酒場に行きますよ!」


「真っ昼間から飲む気かよ……」


「違いますよ! 昨日の戦果でイキって……いい気分になって自慢している人が絶対いますよ! 昨日の体験談が聞けそうですし行くしかないでしょ!」


「やれやれ、分かったよ」


 俺は窓を閉めて宿を出ることにした。しかしイキると言う単語が辞書に登録されているあたり偏った翻訳システムのようだ。


 そうして俺たちは酒場に向かうために宿を出たのだが……


『銘菓、魔王軍饅頭』

『魔王軍型抜き』

『サハギン掬い』


 そんな露店がたくさん出ていた。これではこの町が魔王軍の配下なのではないかと疑ってしまうほどだ。なんとなくここの人たちが魔王軍を倒さない理由が分かった気がした。どの露店にもそれなりに客が付いている、観光資源を潰す奴はいないと言う事だろう。


「ソル……なんというか、魔王軍より邪悪な気がするんですが……」


「実際魔王軍を撃退してるんだから文句もつけられないだろ」


 カランカラン


 そうして入った酒場には昨日の戦闘に参加した連中が大量にたむろしていた。


「やっぱり俺の大剣がトドメだったよなあ!」


「俺のメイスがあのオーガの頭を潰したんだよ!」


「いやいや、俺の魔法だろう」


 以下略


 こんな感じで皆が成果を自慢していた。我も我もと自分が一番成果を上げていたと主張している。周りを見ると町の住人以外に昨日の戦闘を見ていた人もいた。


「お二人とも、何を飲む? ウチはワンドリンク制だよ」


 マスターがそんな決まりを突然言い出す。要するに話を聞くには酒を頼めと言う事だろう。


「エールを一杯、ジャンヌは?」


「ミルクで」


 別に酒場でミルクを頼んだ事をからかうでもなく普通にグラスが二つ出てきた。一杯銀貨五枚で二人で金貨一枚も取られたのは品質が高いからではなく場所代と言う事なのだろう。


 ゴクリと飲んだエールはそれなりに温かった。しかし話を聞くために注文しただけなので気にはならなかった。ジャンヌもミルクを飲みながら話を聞き入っている。


「そこでよ、コボルトをまとめて俺がナイフで切り裂いたんだよ」


「おおー!」


 時々歓声が上がりながら話は進んでいった。ほとんど自慢話で魔王軍の討伐に役に立ちそうな話題は無かったが、ジャンヌはワクワクを隠しきれないように聞いていた。


「魔王軍に雷を落としたときの快感といっ足らないよ、あの瞬間のためにこの町で暮らしているようなもんだ」


「ちょっと! 少しは回復魔法にも注目してくださいよ! 私たちが治さないと危なかったでしょう!」


 総和って入る女の人、ヒーラーなのだろう、あの戦闘に参加した人は誰もが欠かさず自己アピールをしていた。まるで就活ような有様だ。


『いい感じに勇者が歴戦の猛者に教えを請うている場面ですね~ここは切り抜いておきますね~』

『暇なんですね神様って』

『私は交配のために有休を取ってあなたを見守ってるんじゃないですか~失礼ですよぅ』


 見守るってどういう意味だろうな? マジで見ているだけじゃないのか? 見守り(手を出すとはいっていない)というのが正しいところではないだろうか。


 神様って随分といいご身分だな……まあ存在があやふやなものなので俺みたいに直接関わらないかぎり何をしていようと知ったことでもないか。


「しかしあの時のヒールは助かったぜ。さすがの俺もサポートが無ければ死んでたよ」


「俺もあんたの大剣に守られてなきゃ死んでたな。助かったよ」


 何やら和やかな流れになってきたので話も終わりかな? 宴もたけなわですがと言う雰囲気が出てきた。


「ソル! 私たちも次のお祭りは参加しませんか?」


「俺は嫌だよ」


「嬢ちゃん! 魔王軍との戦いは遊びじゃねえんだよ、下手に戦うと死ぬぞ?」


「むっ……私は負けませんよ! ソルがいますから!」


「兄ちゃん、あんた腕に自信があるのかい?」


「いやぁ……全く無いですねえ……ただの人間ですから」


 そう言うと、筋骨隆々のおっさんがテーブルに腕を立てた。


「ちょっと腕相撲に付き合ってくれよ、相手がいなくて退屈してんだ」


「えぇ……」


「いいぞー!」


「一泡吹かせてやれ!」


「やっぱりこういうのがねえと酒場っぽくねえよなあ!」


 空気が大戦を押す方向になってきたので俺も諦めてテーブルに着いた。さっさと負けておっさんの機嫌を取ってやろう。


「しょうがないですね……手加減してくださいよ?」


「おう! ただの観光客に本気は出さねえよ」


 そして手のひらを握って勝負が成立した。ジャッジ役を買って出た女性が『スタート!』と宣言した。


 俺は全力で自分の側に手を倒した。なんの抵抗もなくバタンと手は倒れてテーブルに着いた。


「いやーやっぱり強いですねえ……俺じゃあまったく歯が立ちませんよ」


「……」


「あ、あれ? どうかしましたか?」


「俺は自分の方に倒そうとしたんだが……」


「へ!?」


「観光客へのサービスも大事だからな、花を持たせてやろうと思ったんだが……あんた思い切り自分側に引っ張ったろ?」


「や……やだなあ……そんなわけないじゃないですか!」


 やばい……この人は手加減なんてしないだろうと思っていた。俺が自分で負けたのがよくない方向に向いてしまった。


「あ! 夕食の時間だ! 宿に帰りますね!」


 俺は金貨をジャンヌの分と合わせてカウンターに置いて酒場を出た。そんなフェイント分かるわけねえじゃねえか! 理不尽だぞ!


 失敗したのを後悔しながら俺は宿に戻った。目立たないようにこの町の残りの時間は気をつけないとならない。ままならないものだな……


 その後、部屋に帰ってきたジャンヌに俺の正体を詮索されて苦労したと延々愚痴られたのだった。

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